テリカ・ニイテの不安
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ビビアナ相手に何とか引き分けて名を上げ、マリオに服従の姿勢を上手く示し切っただけでなく、伝国の玉璽まで手に入れた。
万事順調、苦労が報われ天が我等を見ているとしか言えない状態。
なのに、ずっとしてる嫌な感じは何なのかしら。
ランドからの帰り、妹のビイナの所に寄ったら
「まずはお姉さまが天運を得ておられる事、お喜び申し上げます。コレを天命と見る者は多く、使いようは多岐に渡ると思います。でも……忘れないでください。これは単なる石。そして、万世に伝えようとした始帝王の国はたった三代で途絶えてしまっている。
これが福か災いか難しいのではないでしょうか。どうかより一層気を付けてくださいね。衝動で行動しては駄目ですよ?」
とまで言われたのは流石に不本意だったけど。
全く失礼しちゃうわ。お父様が死んだあの日から、隠忍自重のテリカだってのに。
玉璽だって今使いはしないわよ。
……何時からこの嫌な感じがしてるのだっけ。
あ、思い出した。帰還の途中マリオと会い、ビイナの所へ寄って帰ると話した時からだわ。
あの時、マリオとシウンがねんごろに労ってくれた。
ケント陛下とサナダの所為で相当に不機嫌だったろうにそんな様子を全く見せず。
アタシは全知を尽くして従順な配下らしく振る舞ったのだから、おかしな対応という訳でもないけど……。
リンハクも疑ってなかった……。
でもマリオがサナダを攻める為、兵を集めてるのに呼ばれてないのも気にかかるのよ。
一応アタシはサナダを配下として使ったのだから、意見を聞きたくなると思うのだけど。
……一度グローサと相談すべきね。
「テリカ、一緒に見回りをしないか? 外を歩きたくてな」
あら、丁度本人が来るなんて。流石グローサ以心伝心。
でも……これは悪い話がありそう。表情が硬いもの。
「そうね、外は良い天気だし高い所に登りたいわ」
「良い考えだ。では行こうか」
二人で街を歩き、声を掛けてくる住人へ挨拶しながら酒を買って誰も居ない城壁へ。
さて……楽しそうに話さないとね。
「それで、何が起こったの?」
「マリオが離れてる間、江東でした数々の工作がマリオに知られた可能性が高い」
っっっっ!!
「……アタシの表情は大丈夫? ああ、グローサはちょっと硬いけど笑顔だから安心して」
「親しくないと分からない程度しか変わってないぞ。……済まない。思ったより調べられるのが早くて、尻尾を掴まれてしまった」
「……じゃあ、適当な小領主に、マリオの村を襲いたくなるような情報を流した事も?」
流したのは近くの城に居る兵数、将の質、そんな防備の薄い村を推測可能な情報。
マリオが江東の安定を望むようになる小細工が出来れば、と思ったのだけど。
「恐らくは。奴らの所へマリオの使者が行っている。奴らは無い事だって言いかねん。誰からかは分からないはずだが、ワタシの動きも探られているから……。言い訳となるが、あれ程早く、しかもマリオの全力と思われる人員をこちらに回すとは思わなかったのだ」
「それは……幾らなんでも奇妙だわ。早いって何時頃から?」
「ワタシが察知出来たのは一週間前。間者が動き出したのは多分二週間近く前になるだろう」
二週間前? マリオだって帰路の途中じゃない。指令が届くまでの時間を考えたら、ランドに居る頃、三週間近く前……。
待って、もしかして……。
いえ、マリオの人となりから考えて知っていれば……違う、報せなければいいだけだわ。
「グローサ、外を見て。街の方に顔を向けちゃ駄目」
「分かった。何か気づいたのか?」
「多分命を出したのはシウン。そして命を出した日は、大体アタシがアレを拾った日だと思う。……知られたわね。どうして江東で細工してるとまで気づかれたのは分からないけど……アタシならやりかねないと考えられてしまったのかも」
おっと、駄目よ大声を出しちゃ。何処に人が居るか分からないの。
「馬鹿なッ。……井戸の中にある内からお前、リンハク、ジャコ、メントの四人で誰からも見えないように隠したのだろう? 他に知っているのはワタシとビイナ様だけ。まさか……この中に裏切者が居るのか? それとも何か不手際をした覚えでも?」
ああ、勘違いさせてしまったわ。
「馬鹿。裏切り者なんて居る訳無いじゃない。もしもその中に居るのであれば、アタシの天命と器がそれだけの物だったって話。アタシは身の程知らずだから死んで当然でしょ。不手際も無い。物はずっと箱に入れて隠しつづけてあるし、ビイナにだって見せてないの。箱は一度も開いてないと断言するわ」
「ならばどうやってバレたというのだ」
「さぁねー。魔術でも使ったんじゃないの? ほら、大軍師グレースは使えるっていうじゃない?」
「テリカ、何時も厳しい態度を取ってる反動か知らないが、ワタシ相手によくふざけるのは嬉しいが止めなさい。お陰で二人が良い仲で男に興味無いのでは。と、噂されてるのだぞ? 第一今はそんな場合ではない。真面目に頼むテリカ」
あらそうだったの。アタシは男を探さないといけないのかしら。
というか、今男が欲しい。抱きしめて慰めて欲しいわ……。
「アタシは大真面目よ。今大事なのはどうやってバレたかじゃない。バレたって事だけ」
「そうだな。……今後の手は二つ。一つ目、マリオに全てを話し、アレを渡してお前が側室に入りマリオの一族となる事。八割の確率で許されると思う。
お前とマリオが完全に結び、イルヘルミが時間を稼いでくれればビビアナとも五分の勝負が出来るかもしれない。将来的に江東の地は無理でも、何処か一州を任される可能性だってあるが……」
「……が、何? 言い難そうだけどはっきり言ってちょうだい」
「……テリカ、父の仇と子を成せるか? 大業の為とは言え、完全に恨みを捨て去れるか? さもないと却って危険だろう。同じ寝台で寝れば心が伝わり易い」
「グローサ、偶にマリオの話をする時、言いたそうだったのはこの話?」
「ああ。確証は無いが、状況その他を考えるとまず間違いなくあんなに慕っていた父の仇だ。時間が必要だと思った。しかし、そうも言ってられなくなってしまったから」
「……正直、絶対の自信は無い。でも、妹と弟、そして一介の将軍となってしまったニイテ家に忠義を尽くしてくれる家臣の為なら……捨てられるかもしれない。マリオはいい男だし」
……そんな痛ましそうな表情をしないでよ。時を選ばず戯言は言っちゃ駄目ね。
「……ただ、アタシの目が恨みで曇ってるのかもしれないけど、マリオは夫と呼ぶに相応しい人かしら?」
男を探さなかった理由の一つが、マリオの側室に入る手を残すため。
なのにずっとそうしなかった理由は、マリオにこの乱世を泳ぎ切る器があるのか不安だったからなのよねぇ。
「は……あははっ! この状況でそれを言えるのは、正に英雄だけだテリカ」
「あら、アタシが単に我儘で言ってるだけかもしれないじゃない? 或いは巷に居る夢見がちな娘みたいに、夫が多くの側室を持ってるのは嫌だとか」
「夢見がちな娘であれば、マリオの側室は願ってもない話だ。実はワタシもその点は難しいと感じてる。マリオは強い。これからもっと強くなる。そして彼は天下を望んでいるが、器以上の大望に思われてならないんだ。
加えて噂によると、ケント陛下に対する失望が深くケイへの忠義も完全に失せた為、己こそ新しい帝王だと名乗りを上げる気持ちがあるのでは、とも聞く。事実ならば危うい」
それは又、余りに分が悪い賭けですこと。しかも玉璽を渡したら後押ししてしまうじゃない。
「同じ意見を聞いて安心したわ。加えて言うと、今サナダを攻める為に兵を集めてるでしょう? あれはアタシを武力で脅せるように集めてるのもあると思うの。だから話し合いの余地は少ない可能性が高いと思う。少なくとも人質は取られるでしょうね……」
「ならば残る手は一つしかない。二年近く耐え忍び、毎日命がけの戦を続けて積み上げた物を無にするのはさぞ悔しかろうが……」
悔しい? いいえ。そんな物を感じる余裕は無い。
「ええ。逃げましょう。皆に伝えるのと準備は任したわよ」
「はぁ……御意。ビイナ様は当然として、フィリオ様もか?」
「そうよ。ビイナはアタシに同行させるけど、フィリオは別行動ね。護衛としてネイカンを当てて。フィリオをネイカンの手下、貧民の少年に成り済まさせなさい。名前もフィンにして、ニイテの姓を名乗らせちゃ駄目。全員で一度集まった後は完全に別行動させるからそのつもりで」
「其処までする必要があるか? 皆で動いた方がよいと思うぞ」
「ビイナの名はもう諸侯に知られてるかもしれないけど、フィリオは在り得ないでしょ。今後アタシたちはより危なくなるの。アタシたちが死んでもニイテ家の血を残すためよ。
良いわね。ネイカンには殴ってもいいから貧民の少年らしい振る舞いを教育するように伝えて」
「ネイカンに出来るだろうか?」
それよ。あいつ、元江賊なのに子供に優しいから……。
でも他の者は貧民と親しくなんてした経験が無いし、彼しか無理だから……。
「ネイカンにはこう伝えて。『ニイテ家を滅ぼしたくないのであれば、従いなさい』って」
「承知した。逃げる方向はどうする?」
「どうするも何も、北しかないじゃない。南と東はマリオ領端まで遠いし、西のオラリオは父上の直接の仇。北西のオラリオとマリオの州境にもしもの為に準備してあった場所があるでしょ? あそこにしましょう。後は集まってからにするわ。逃げるのは何日後になりそう?」
「四日……いや、七日後の深夜にしよう。それで良いか?」
「それが一番早いのね?」
「ああ、遠方の者もいる。これ以上は無理だ」
「少し不安だけど、どうしようもないか。グローサ、慎重に、絶対気づかれないよう動くのよ。でないとアレを持ってるのまで察知されてるとしたら、数万の兵に追われかねない」
「分かっている。では、ワタシは動く。次に会えるのは二週間近く後だな」
「寂しいわグローサ。これが貴方と会える最後なんて嫌だからね」
「安心してくれ。世にワタシを超える智者は居たとしてグレースのみ。そう言ってくれたのはお前だろう?」
うん。最後までいい笑顔。
……はぁ、お互い作り笑顔ばかり上手くなっちゃって。
本当に、なんでバレたのかしら。
……自分で今そんな時では無い。と、言っておいて悩むなんて情けないわね。
考えるのは生き残る方策だけにしないと。
さて……適当な所で陽気にお酒でも飲むとしましょう。
マリオの動きに全く気付いて無いかの如く、明るい将来を確信してるかの如く。
物見櫓様より、オウランのイメージ絵を再び頂きました。
物見櫓様曰く、ヒロインたちの中で一番悩んだキャラだそうで以下のように仰せです。
偉そう(実際偉い)。
婚期を生け贄に草原族に栄光をもたらし、多くの部族を従え繁栄させている王様。
今すごいビックウェーブに乗っている感じ。婚活には乗り遅れたが。
まぁまだ21だし大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから(現代感覚)
ダンに関わったキャラは結婚できない風潮。一理ある。
とっても美少年ね。男、女、腐、全てから指示される人物は中性的であるべき。という意がこの絵に込められてるのでしょうか。
実はちょろっと出て来た雲部族の族長の女性を初め、女性陣から熱狂的な支持を受けており、今壁ドンして欲しい獣人ランキングナンバーワンを突っ走っているという裏妄想が御座いまして。
言ってないのに、その妄想に相応しい恋に落としてしまう瞳を持った的な王子っぽく描いて下さり有難うございます。
加えて私としては、マントをバッサバッサと描いて頂けたのが特に嬉しいです。
やっぱり王はマントをたなびかせながら馬に乗って疾走しないといけないと思うんだ。
婚期に関しては……。ちょっと作者の構成力の都合上もあって、良い相手が作れなかったんす。
ちょっとアレな設定ですが、獣人、ケイの人間共々女性も四十代までは一応子供を作れるという認識を持ってます。
五十になると流石にヤメトケって感じ。偶にいるけど。だから後20年以上大丈夫なの。相手が出来るかは知りませんが。
物見櫓様、ご支援心より感謝申し上げます。読者の皆様よろしければ以下のurlにでも感想を書いて頂ければと思いますです。
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