ケント帝王を解析
御前会議的な物が終わり、集まった人々と一緒に歩く。
皆口を開かず雰囲気は暗い。……訂正。抑えてはいるが一人泣いてる人物が居る。
マリオではない。『今、お前は泣いていい』と言える状況だが、背中を見るだけで分かるくらい不機嫌なだけだ。
泣いている人物は暗いどころか、漆黒の宇宙で輝く太陽のように喜びで輝いている。
く、クソかー?
あ、真田が寄って行って肩を支えた。何か言うつもりか。
……さり気なく近づいてみよう。
「ユリア、良かったね……」
「うん……うんっ! ソウイチロウ様、陛下が、あたしを血族だって、会えて嬉しいって」
「ああ、ユリアが今までケイの人々の為に戦ってきたのが、ケント様にまで届いたんだ」
「ううん。ロクサーネが、アシュレイが、頑張ってくれたから。そして何よりソウイチロウ様が導いてくれたから。……本当に有難うソウイチロウ様」
「いや、俺は大したことはしてないよ。ユリアの想いに沿ってやってきたんだから。……今後とも頑張ろうユリア」
比較的近くにいてギリッギリ聞こえる程度だから、大半の人には聞こえて無かろうが、肩を組んで喜び合ってるだけで……。
全員が殺気の籠った目で見てる。
はい。当然ですね。
あ、みせつけやがってって誰かがボソっと言った。
はい。当然ですね。
一応周りを憚るつもりはあるみたいだが……いや、大喜びしない方が問題か。
貴い人物から頼りにされたのに、感動してなかったらそれはそれでお前何様だってなる。とはいえ……。
……あ、マリオとイルヘルミが一瞬二人を見た。
当然のパーペキな敵意が目に……。
すげぇ、もしかして人が人を殺すと決心した時の目を見たかもしれない。
これもまた当然。確かに真田たちは命を掛けて戦った。しかし他の人間に比べて三段跳びの褒美を貰っている。
兵糧を出したマリオから見れば、トンビに油揚げなんてヌルイ表現では済まされまい。
私だったら何よりも先にマリオの所へ行って、平身低頭し、今日の夜話し合いを持ちたいと言う。
そしてフェニガ、セキメイの二人と相談、基本方針としてケントから与えられたマリオの二郡の管理をマリオに任せる。
会談の場では這いつくばって慈悲を請い願い同盟を締結し、イルヘルミを宥めさせる。の、だ、け、ど。
そんな雰囲気は欠片も無い。
思考パターンが本当に違う。まぁ、自分の長があんまり情けない態度を示していると、忠誠心が揺らぐという話もあるけど……ぬーむ。
あと、どーでもいいけど、若さが違うわー……。こんな人の多い所でイチャイチャ……とは言わないかな? これは。
はぁ……肩を支え合って歩いてる真田たちに合わせていたら遅れて目立ってしまうし、さっさと歩こう。
さて、今回の出来事については話し合わずにはいられない。
宿舎に帰って直ぐリディアの部屋へ行く……あ、リディアがこっちへ歩いてくる。
「あらリーアさん、何か用事でも?」
「先ほどの出来事について、話し合いたく。貴方もそう考えて下さっていると希望しております」
「おお、勿論ですとも。私の部屋だと人に聞かれやすい。リーアさんの部屋でお願いできますか?」
という事で連れだってリディアの部屋へ行くと、扉の前にラスティルさんとレイブンが居た。
「あ、戻って来たか。リーア、さっきの出来事、余りに合点が行かぬ。是非そなたの考えが聞きたい」
ラスティルさんも同じ用件みたい。これはアレだな。熱くなる試合を見た後、茶でも飲みながら話し合いたくなる奴だな。
「ラスティル殿は歓迎致しましょう。しかしレイブン殿に、私ではない方の許可が下りるかどうか」
お、おお。た、立てて来ますねーチミー。おいら驚いちゃったよ。
「なっ! お、おい、ダイ。まさか駄目とは言わぬよな? あれ程の事件の後一人で悶々としろなど人道にもとるぞ」
んー、邪魔ではあるね。でも、気持ちは分かるし謝罪もしたい。
居るなら居るなりの話をリディアはしてくれるっしょ。
「ええ、勿論です。ではリーアさん、待っててください。私は台所からお茶を取ってきます」
て事で台所に行き、火が残っていたのに安堵してお茶と茶請けを準備して部屋に戻り給仕をした。
で、お茶を置いたらレイブンが変な顔をした。
なんやねん。毒なんて入れてねーぞよ?
「毎度思うのだが、主君が茶の世話をするのだな」
「はい。私に出来るのはこれくらいですし、多分この中では一番美味しくお茶を入れられますからね。そんな話よりもレイブンさん、今日、衆人の中ケント陛下から失望される矢面に立たせてしまい、申し訳ありませんでした。この通り、お詫びいたします」
「……謝罪を受け入れよう。いや、要らぬ。元よりあのような分の悪い追撃に兵たちを駆り出すのは不賛成であった。今後の方針を考えれば更に無意味なのも理解している」
そう言ってくれると有り難い。
まさかケントを連れ帰って来るとはなぁ。完全に想定外だった。
さて、義理も済んだし本論に戻りますかね。
「お言葉、感謝致します。それではレイブンさん、何を話し合いましょうか」
「当然遷都についてだ。このランドはケイの象徴ではないか。それを捨て、一諸侯の都へ移り住むなど納得が行かん」
ま、話し合うと言うよりは、リディアの講義を皆で聞くだけになると思うんだけども。
武将二人+他じゃしゃーないね。
「まず絶対の問題としてその権威が無い。此処五十年、帝王は官僚の傀儡であり、乱世となってからは有力な諸侯の後ろ盾無しに自分の身も守れぬ有様。コルノの乱までは王軍が一応ありましたが、有力な諸侯の兵なしには何も出来ず、それもザンザの謀殺と同時に崩壊。ケント陛下としてみれば、マリオ、ビビアナ、イルヘルミの誰かに頼る以外に道が無いのです」
「しかし遷都をする必要があるか?」
「私が思いますにイルヘルミの希望かと。地理的にも己の本拠地から遠く、再建が必要なランドに居られては世話をしきれますまい。更にレイブン殿は何故イルヘルミなのかと問いたいのでしょう?」
「そ、そうだ。気に食わぬがマリオの方が強力な諸侯。しかもビビアナから遠い。何故危険な地を選ぶ」
「言うまでも無く、イルヘルミの唆し故。彼女はトーク、サポナと同盟を組みビビアナと戦う計略を、決まった事として話し危険の少なさを主張したと推察致します。どの様な差異が起ころうと、自分の手中に収めてしまえば何とでもなりましょうから。加えて、ケント陛下が今最も欲しい物を保証したのではありますまいか」
「……最も欲しい物、だと? それはなんだ?」
「安心。ケント陛下は長らく混乱するランドに住まわれ操る人間も次々と代替わりし、眠れぬ夜を過ごし続けてこられました。
イルヘルミはレイブン殿が言ったとおり最大勢力ではなく、全てを利用しなければなりません。そしてケント陛下の権威ともなれば、この世に唯一つの宝。御身を大切に扱うし、お互い助け合えばマリオ、ビビアナの所よりも安全が保障される。そのような趣旨を述べたのではありますまいか。そして陛下は、イルヘルミが負ければビビアナの下へ行こうとお考えなのでは」
「ビビアナは無かろう。彼女はケント陛下が最も信頼なされていたカッチーニ様を殺した。……だが、ビビアナを庇うかのような言葉も……ううむ」
「ええ。イルヘルミが負ければ仕方ないとは言え、確かに奇妙。誰かの入れ知恵があったように思われます。ただ付け加えますれば……」
「「「付け加えますれば……?」」」
「……。いえ。ケント陛下はマリオがお嫌いでしょう。ビビアナと同じく策を巡らし、己を操ろうとしたのは明白。更にこの軍の盟主としてビビアナを追い出したが為に陛下も苦労をしました。故に己の苦労の根源であるかの如く感じられたのやも。
邪推ではありますが、大きく外れてはおりますまい」
私も一応、マリオが嫌いなのかなー。とは思ってたけど……成る程……。
「しかしあれではイルヘルミとマリオの関係にヒビが入ったのではないか?」
「元より長期の関係ではありません。それにマリオはイルヘルミと敵対できませぬ。希望を無くしてしまうと、イルヘルミといえどビビアナに膝を折りかねずマリオにとっても自殺行為ですので」
勝ち目ゼロだったら戦わず、万に一つビビアナが命を助けてくれる可能性を求める、て事か。
言われてみれば、現実主義者の効率主義者っぽいイルヘルミならそうするかも。
「それにマリオを大公爵にしたのは戦う気は無いという意思表示。今夜あたりイルヘルミはマリオと会談します。同盟関係の持続と、遷都を勝手に決めてしまった謝罪をする為に。マリオも許すはず。彼は自分の都に、建前だけでも上へ置かなければならない人物を住まわせたくないでしょうから」
「では、ユリア殿が帝叔となったのをどう思う? 目出度い事とはいえ、まさか陛下自らお認めになるとは思わなんだ。真にユリア殿の一族を、代々帝王家が家系図へ記録していたのであろうか……」
……あっぶね。思わず口がカッパリ開く所だった。
あれを信じる……いや、私も苗字の無い方々が、目の前で系図を読んで友人が実はエンペラー一家だったと言えば、信じるか……な?
「……まさか。その可能性は文字通り万に一つ。陛下の身になってお考えあれ。これからイルヘルミの下へ行けば、安全ではあっても籠の鳥となるのは目に見えております。先ほどの会議は諸侯と会える最後の機会でした。
陛下は外に信頼出来る者を作れぬか、誰であれば味方となり得るか、一昼夜程度の時間必死にお考えになった結果、ユリア・ケイと名乗る人物を知って策を練り系図に手を加えるよう命じられたのです」
このお嬢さん捏造だと断定しおった。知ってたがやりおる。
「策にしては粗が多すぎるのではないか?」
「満足な師を得られず、情報を集める手立ても少ないであろうケント陛下ですぞ。なのに一定の影響力をお示しになった。賢い方だと聞いてはいましたが、考えいたより数段上で御座いました。時代と運に恵まれれば賢君とおなりあそばしたかもしれません」
あの、それ小学生の勉強を褒める大人の言いようですよね。
そして、時代と運に恵まれてない、とも言っている。
そなんだよね。私でも分かる程完全に詰んでるもの。産まれた瞬間から。
「しかし、領地を渡せと言われた二人が逆らう可能性もあったし、何よりサナダ殿は数多の諸侯より敵意を買ってしまった。下手をすれば攻められかねない状態と言える。拙者はそのように感心できぬ……」
「かねない? 何を悠長な。あの場でマリオが黙ったのは、人々の前で陛下に逆らい人心が離れるのを恐れたからだけではありませぬ。近い内、まず一年以内に力で奪い返せると気付いたからです。そしてイルヘルミにとってサナダは格好の生贄。出来る限りの協力を申し出ましょう。可能であれば、サナダを逆臣にするのも厭わぬはずですが……流石に難しいか」
「あー、血染めの詔が出てきたりとかですか」
「なんだそのおぞましい言葉は……」
「昔聞いた物語で、こうて……帝王が自らの血で書いたという詔が出てくるんですよ。内容としては自分が今傀儡の身でどれ程苦痛を味わってるかが切々と書かれていたり、守ってる人間、イルヘルミにやがて命を狙われかねない。とか、不忠者だから討伐しろ、という感じです。
で、それを仲間に引き入れたい人間に見せて血判状を押させるも良し、陥れたい人間が持ってた事にして謀反の証としても良しって感じですね」
まー、切々と書かれた長文を全部自分の血で書いてたら大変だし、赤い染料使って書くのが普通……。
あ、あれ? なんかドン引きの様子。感心したように頷いてる娘っ子も一人いるけど。
「お前……本当にそういう汚い真似を良く知ってるのだな……」
「……これが我が主か……」
「素晴らしい。民に触れ回る内容ならばそれ位修飾してあった方が良いやもしれません」
「い、いや、私が考え付いた話じゃなくて、物語ですよ? 実現するのに必要な数多の苦労なんて知りませんからね?」
だから疑いの眼差しやめてくんない? ちょーっと意見言うとコレですわー。
「承知しております我が君。さて、それ程の面倒をする可能性は低いとしても、マリオがサナダから領地を奪い返した際に、ケント陛下が表したい不快感の表明はイルヘルミは止めます。ケント陛下は賢くも残念ながら世間をご存知ではない。不敬ではありますが生兵法は怪我の元を体現なさり、サナダへ与えようとした恩は怨となって彼らに危機を招きそうです。……ラスティル殿、サナダに危機を教えたいとお考えか?」
「!? あ、ああ。とても危険な状況に思える。友として、一言伝えたいと思ったのだが……駄目か?」
「……凡愚でも気づくあからさまな敵意ではありませんか。確かに断り難い状況ではありましたが、終わった後の様子からして何らかの考えを持っているのです。さもなければマリオの元へ走っております。意味の無い助言はなさいますな」
「そうか……そうだな。余計な世話をする所だった」
ま、そうだろうね。あそこには頭の良い奴が居る。
真田の方針に沿って、逃げ方を考えてるはずさ。
マリオには全力を出して欲しいねぇ。
テリカに指揮をさせて、水も漏らさぬ様に包囲殲……滅……。
あ。
やら、かした……。
私、テリカとマリオの間に全力で溝を掘っちまってた。
真田にとってみれば時を稼げるか、包囲に穴が開く確率が高けぇ。
ぬ、ぐ、あぁぁあああああ!!
分かるかこんなもん! くそっ。策士策に溺れるってやつか? いや、素人の浅知恵だとでも?
誰も居なかったら机を殴れるのにっ!
「どうしたダイ? 突然考え込んで、何かあるのか?」
おっとまずいまずい、ロダンなポーズを取ってしまっていた。
やっぱ教養あるとなー、取るポーズにも表れちゃうんだよなー。
……よし、下らない事を考えた……私は冷静になれる。
「難しい話でしたので、自分なりに理解しようと頑張ってたんです。さて、聞きたい話はこんな所でしょうか?」
「ああ、某は十分納得出来た。リーア、感謝するぞ」
「これも軍師の役目で御座います。さて、ラスティル殿は話があるのでお残りを。ダイ、新しい茶を持ってきて頂けませんか?」
「あ、はい承知しました」