ケント帝王、謀る
「臣イルヘルミがご報告致します。我等はランドにてビビアナが国政を壟断していると知り、マリオ公爵を盟主として同盟を結成し逆賊ビビアナをランドより追放。
その後マリオ公爵は人心を安んじる為にランドを守り、臣イルヘルミはケント陛下を連れ去りしビビアナを追撃。メリオ・スキトの多大な武功と、ソウイチロウ・サナダの協力により敵兵五千を討ち取り陛下をお救い致しました」
ビビアナを殺した報告は無し、と。
しかし、この役目はマリオがしたかったんじゃないかな?
……うん、耽美面の様子は硬い。
とは言えケント帝王を取り返して来た以上、現地で戦った人間に報告させざるを得ないわな。
大したもんだイルヘルミ。確信なんてあった訳も無く、賭けの成分が強かっただろうに。
ま、それでも彼女は相当厳しい状況だろうけど。
「ふむ。朕から一つ付け加えよう。ビビアナが朕をランドより連れ去った最大の理由は、戦いと火事の混乱で、害がこの身に及ばぬようにであった。
とは言え落ち着いたであろう後も、ビビアナは朕を帰そうとせなんだ以上、不忠のそしりは免れぬし、イルヘルミの功績が変わる物でもないが」
これはビビアナを庇っている?
逆賊ではなく不忠と言って、表現が柔らかくなってるし、ビビアナの怒りを買いたくないとかかね?
目の前の偉いお方々も、今の言葉をどう受け取った物か迷ってるな。
「加えてお前たちに述べておく。以前、世ではカルマが朕に狼藉を働いているとの悪評が流れたのを覚えていよう。だが、あれは何処かの愚か者が流した偽りである。しかし……レイブン、此度朕を取り戻しにトーク家も来てくれると期待していたのだがな」
おや、カルマの悪評を晴らそうとしてくれるとは有り難い。
私はラッキーってだけだけど、レイブンの表情は苦い。
こりゃ貧乏くじを引かせちまったな。
「……誠に申し訳のうござる。ご期待を裏切ってしまい、伏してお詫び申し上げまする」
「良い。兵が少なく難しかったと存じておる。詰まらなぬ愚痴よ。
さて、荒れてしまったランドであるが、管理をイルヘルミに任せるとする。またこれほど荒れてはケイの中心としては不適格。よって朕は遷都を決断した。新たな都はイルヘルミの治める都市、ヨウキとしよう。この旨、天下に布告せよ。良いな、イルヘルミ・ローエン」
「ははぁっ! 臣、イルヘルミ・ローエン、非才の限りを尽くしてケント陛下をお支えし、ケイを中興するべく尽力を誓います!」
さらっと重大事が話されたぜ。
多分、動揺してないのはこれを仕込んだのであろうイルヘルミ一党と、帝王なんぞどーでもいい私くらいだろ……あ、私の隣に居る鉄面皮さんも小動すらしていなかったわ。
とは言えこの世に鉄面皮は只一人。他の人々は顔色が信号機。
さもありなん。この宣言で連合軍最大の功はイルヘルミにあるとなったのだから。
で、一番怒ってそうなマリオは……う、うわああ……歯を食いしばり、拳を震わせ、必死になって耐えてるよ。
まさか六本木ヒルズの倒壊を願っていた私が、上流階級イケメンに同情する日の来ようとは。
「所でイルヘルミ、小耳に挟んだのだがビビアナと戦った者どもの中に、ケイの姓を名乗る者が居ると聞いたのだが?」
! 待て、この小僧何を言うつもりだ。
「は? ははっ。あちらに居るソウイチロウ・サナダの配下、ユリア・ケイがそうで御座います」
「ほぉ。ユリア・ケイ。近こうよるのだ」
「は、はいっ。ユリア・ケイ、陛下に拝謁致します」
「うむ。紫銀では無いが、美しい紫色の髪ではないか。そちの家系は?」
「はっ! ウィン・ケイ様の末裔と伝えられております。ユウ・ケイの孫、コウ・ケイの子で御座います」
「おぉ、やはり朕の親戚かも知れぬのか。帝族の系譜を持て。確かめてみよう」
え、態々確かめるの? つまりユリアを帝室の一員として迎えようとしている?
……とても嫌な予感がする。心の準備をするんだ。横に居るリディアに感情の動きを悟らせてはいけない。
私が心を整えてる間、お付きの人によって帝室の家系図が読まれていく。
そして、最後にユリア・ケイと読まれ、「このユリアはウィン・ケイ帝の玄孫です陛下」と言って終わった。
「驚いた……系譜によれば朕の帝叔ではないか」
ほ……ほわったふぁっく。ユリアは? どう答え……顔を真っ赤にし、涙を流してる……。
「は……はい、はいっ!! 陛下の、うぅっ。多大なるご厚恩、ユリア、感涙に咽びますっ」
そうなのでは、と思っていたのに驚愕が私を貫いた。
場の空気と、見える限りの人間、全員の体が揺れたように感じた。
あのイルヘルミでさえ、驚きの表情を隠しきれてない。
……目の錯覚だとは思うのだが、マリオに至っては血の色のオーラが出てない?
そりゃね、歴史ある貴い血筋であるのを誇りに思ってたのに、農民程度と思ってた奴が一瞬で自分より貴くなっては……。
このケイに全く思い入れの無い、私だって驚いてるんだから彼らの心中は筆舌に尽くしがたかろう。
着色料と香料で作られたリンゴ風味ジュースが、突然権威の一言でミキサーで作られた真正のリンゴジュースって事になっちまった。
むっちゃくちゃだ。カラスは白いと言えば白いにも限度がある。
しかし、茶番、悲劇、喜劇、深遠なる謀略の発露、だか何だかは全ての人々を押し流して最も貴い人により続けられていくようだ。
貴人が更にのたもうとしている。
「ユリア帝叔に会えて朕も嬉しく思うぞ。今、ユリアはサナダという者の配下だという話だが……何処の地を所有する者であるか?」
「ヘインという街を拠点とし、一郡を治める男爵であります」
「ヘイン? ……む? ビビアナの隣ではないか。それはいかん。せっかく見つけた我が血族を危険な地においておけぬ。しかもたかが男爵程度の領地とは。
こうしよう、詔を下す。今ジョルノ州は主が不在。サナダを其処の領主、侯爵とする。直ぐに赴き民心を領主として民心を安んじるのだ。邪魔をする者あらば、逆賊として平らげよ」
つっ! 反対の声は……無し。
なんかマリオよりもイルヘルミの表情が危険な物になってるけど、それでも黙っている。
なんてこった、これでビビアナの隣から、黄河を渡ってイルヘルミの隣へ真田が引っ越すのが確定した。
元からビビアナと孤軍で戦う気はないと思ってはいたが、面倒な事態になった。
イルヘルミは真田と同盟を組み、ビビアナと戦おうとするだろう。
……仕方ない、ビビアナを積極的に助けるとしよう。
ビビアナに簡単に勝たれてケイに仮初でも平和が来てしまうのは困るが、真田の死には代えられん。
出来れば真田をきっちり殺したいが、逃げられる可能性も考慮しなければ。
むっ、真田がユリアへ何か目配せしている。って事は……。
「臣、ご厚恩感謝致します。されど陛下、あたしはサナダの臣下、主に発言をお許し頂きたく存じます」
「それもそうか。よかろう。サナダ、前に出るがよい。発言を許す」
「有難うございます。臣、総一郎・真田が陛下に拝謁致します。さて、ご拝領くださるという領地ですが、まだ子爵にもなれぬ臣の身で、一州の民を導くのは荷が重いと感じています。又、新しく血族と仰ってくださいましたユリアも、出来うれば陛下の近くに住み、陛下と親しく話をしたいでしょう。
それで、出来ましたらヨウキの近く……例えばソラの街を頂戴出来ればこれに勝る幸いはありません」
!!!
こ、呼吸は? 乱れてないか? ……鼓動を、手の動きはゆっくり……、うん、少し早くなってる程度。素晴らしいぞ私。
落ち着け、リディアになれ。
でも……こいつ、聞こえ良く理由を付けてるが、西に行きたいだけじゃねーか!
くあぁっ、ケントのアホに断る気配が無い!
「嬉しい事を言ってくれる。それ程に言うのであれば、ソラの領主としよう。しかしそれだけでは男爵のままだ……。よし。
詔を下す。イルヘルミにランドだけでなくジョルノ州を与える。マリオにはランド以外の王領の管理を任せよう」
……ぜってぇこれだけじゃ終わらねぇだろこれ。
「ご厚恩、感謝いたします」「感謝いたします」
「うむ。民を安らかにしてやってくれ。それで二人に頼みがある。我が血族が男爵の配下では余りにも哀れ。詳しはおって指示するが、イルヘルミより一郡、マリオより二郡をこの者に与えてほしい。場所はソラに隣接する郡となろう」
「なっ!? ケント陛下! お言葉ですがソラの街近くは余にとっても民多く重要な土地ばかり。第一そこの者は、兵糧も持たずに参加し、余の助けなくばここに居る事もかなわなかったのですぞ!! なのに此度の戦で荒れた地の代わりに、余の重要な土地を渡すなど!」
私の位置からだと良く見える。
隣に居るシウンが顔を伏せたまま、指二本に全身の力を込めてマリオの服の裾を引っ張ってるのが。
「うむ。そなたのケイへの貢献嬉しく思うぞ。しかし荒れた地で難儀している民を助けるのは諸侯の役目、そしてケイの血筋に尽くすのも当然であろう?」
「っ……あ……。……ぎょ、……御意」
歯を砕きそうなくらい食いしばってるのに、逆らえないのか。散々だなマリオ。
イルヘルミは完全な無表情。こいつにとっても想定外の負担だろう。
私も散々だ。真田が、完全にビビアナから襲われない所まで行くなんて。
やっぱり西の辺境、調べた限りでは地球史で劉備が平定し、力を蓄えた非常に攻め難い蜀と同じような地理のムティナ州へ逃げ込むつもりに違いない。
しかも明確に道が開けてるよ……。
ユリアは帝叔、つまりムティナ州の玄関口カメノ州の支配者、オラリオ・ケイと縁続きになったのだ。
オラリオはケイの姓を持つ者の義務を大事にする人間、ケント帝王に認められた者が頼れば、悪くは扱わないはず。
今貰った土地も運が良ければ保持しておきたい程度で、全く執着してないだろう。
こればかりは誰にも読めまい。
真田の知識の有利性がどれだけの物か把握してない限り考え付かん。
しかし、ムティナは山に囲まれて籠り易い分外に出づらく、東のカメノ州か北のゾンケイ郡からしか出られなくて勢力が頭打ちになる場所。将来的には厳しい。
マリオもカメノを狙うはず……争って自分の物に出来ると思ってる? 或いは……時間をかければ数倍の兵相手に勝つ自信がある?
いや、先走り過ぎだ。それよりも上手く逃げおおせた野郎をどうするべきか考えなければ。
……駄目だ、手が出せない。
今からビビアナと手を組むってのに、他の領地を大軍で通り抜けて、真田をブチ殺すなんて不可能だ。
準備をせずにやっても成功率は低く、カルマを初め全員の強い反対を受けるは必定。
そして私の真田への感情を歌に乗せて叫ぶのと一緒。
リスクとリターンが見合わん。
今私の癒しは、真田を殺意溢れる目で見ているマリオだけだよ……チクショウ。
せめて、マリオに真田の思惑を伝えたい。
そうすれば、奴の死ぬ確率が増える。
……駄目だ。私シウンに静かな自信あふれる感じで、二度と会わないでしょうなんて言っちゃってた。
それにトークは明日の早朝にランドを出るし。
時間が全く……手紙を、見知らぬ子供にでも渡して……ああああアホ。物証を残そうだなんて脳みそ膿んでるのか。
ビビアナと手を組むと決めたのは、真田を殺す為でもあったのに。
逃げやがった、飛びやがった、手の届かぬ所へ!
「うむ。頼りにしておるぞマリオ。さてサナダよ、この身もマリオとイルヘルミの助力なくば国政を行うのもままならぬ身、我が血族を配下にしているのは許そう。しかし此度の厚遇がユリア故だと銘記せよ。ケイの血族を粗忽に扱えば、朕と天がそなたを許さぬぞ」
「ご安心ください陛下。俺はユリアを配下ではなく、友、同輩と思ってるんです。決して悪く扱わないと陛下の前でお誓い致します」
「そうか羨ましい話だ……ならばよい」
くぐぅぁっ。横顔でも分かる、イケメンの喜びに満ちた笑顔で血管切れそう。
「申し上げます。陛下、頼もしき血族を持たれた事、誠に目出度く存じ上げます。しかし、血族のみに御心を配り、御身をビビアナより救い出す為大きな功を上げたスキト家をお忘れ無きようお願い致します。どうかかの者にも恩典をお与えください」
「お、おお。勿論忘れておらぬぞイルヘルミ。しかし……何をスキトに与えればよいか思いつかぬ。何か欲しい物があればメリオ・スキト、申すが良い」
「はっ! ……えっと、お言葉、感謝いたします陛下。じゃあ言います。……申し上げます。我が領地の南にあるゾンケイ郡一帯の事っす。あそこの支配者ヒッポスは、陛下が困ってた時も助けに来ない不忠者だ。スキト家に討伐の許可をくれ……頂けないでしょうか」
……あ、あのー。君、一応名家よね? 名家にも色々あるのは分かるが、なんぼなんぼでも酷くない? そんなに敬語を使う機会が無いの?
後ろから話に聞いた妹、サーニア・スキトだと思われる娘がボソボソ言ってるし……。
昔ティトゥス様がメリオを粗忽者だと言っていたのはこーいう事か。
私は怒られるのでは、と思ったが、ケントは眉をしかめただけで流す事に決めたようだ。
意外な所で賢い小僧だった。
「確かにヒッポスはけしからぬ奴だ。よかろう。詔を後ほど渡す。但し民を傷つけぬよう万難を排せよ」
「おう……御意。有難うございます」
許可を貰えて、粗忽者より後ろに居るサーニアの方が安堵してるよ。
……この家、妹が頭になって兄が従った方が良さそうだけど……長子相続は基本だからなぁ。
サーニアとは機会があれば話してみたいかもしれん。
さて、これで終わりかな……と思ったが、イルヘルミはまだ続けるつもりのようだ。
「陛下、もう一つ御座います。わたくしが愚考致しますに、マリオ・ウェリア様は此度、天下の諸侯を良く集め指揮し、大業を成し遂げられました。その威徳はもはや公爵でも足りませぬ。其処で、新たに大公爵という爵位を作り、マリオ様にお授けください」
「む? ……確かにマリオ・ウェリアは大きな働きをした。しかし新たな爵位を作るのは……」
「「「「陛下、どうか民心を安んじるため、ご決断ください」」」」
おお……イルヘルミと配下全員が、声を合わせてケントに迫ってる。
最初から話し合っていたんだな。
ケントを自分の都市へ移す事で、マリオが感じる不快感を少しでも減らす為とかか?
事態がとんでもない方向に進んだ事で、マリオを慰めようとしてるみたいになっちゃってるけど。
「……分かった。其処まで言うのであれば。マリオ・ウェリアを大公爵とする。この旨天下に布告せよ」
「「「「ご賢明であらせられます」」」」
マリオは、ひとつ息を吐くと、帝王へ拝する姿勢を取った。
「ご恩に感謝申し上げます。臣マリオ・ウェリア、ケイの民を安んじる為、力を尽くすとお誓い致します」
ケントがこの言葉に対して一つ頷くと、散会が告げられた。
はぁ……、約三名以外大ショックの行事だったわ。