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リディアが当主となる理由

 三番目である(わたくし)が当主? 考えられる理由は……まさか。


「父上、ローザ姉上とシュトラ姉上の身に何か?」


「うん? ああ、安心せよ。前と変わらずローザはイルヘルミ殿の下で、シュトラは私の代わりにバルカ家の領地を守って壮健でいる」


「では何故(わたくし)を当主にするなどと仰いに。父上は壮健でありますし、ローザ姉上は聖人の如き人格者。バルカの名を持つ者皆姉上が当主となれば、赤心より喜ぶと明々白々では御座いませんか」


「時代が変わり過ぎた。私はケイに忠誠を尽くす事しか知らぬ。知りたくもない。ケント様がビビアナの所に行けば、私も行きお傍で一官吏として仕えるつもりだ。しかし、バルカ家を潰す訳にもいかぬ。そう考えた時、ローザでは不安なのだ。あの者は雑兵の為に己の命を捨てかねん」


「……しかし、そのような方ゆえ誰からも慕われております。(わたくし)が当主では、皆不満に思うは必定」


「お前を当主とするのはそのローザからの意見でもある。お前の才は自分の数倍、当主の座を喜んで譲り、全てにおいて従い支えたいともな」


「シュトラ姉様の御意見は?」


「真面目で型に嵌っている上に陰謀を嫌うような者を当主に据えろと? 本人もお前を当主とすると言った時、安堵した様子を見せていた。……唯一の不安は、離れてる間、お前の話を全く聞かなかった事だ。ゆえに最後の決定はお前に任せよう。

 リディア、正直に答えよ。我がバルカ家がこの乱世で生き残る為に、当主として最も相応しい人間は誰であるか」


 父の話は分かる。姉たちは立派な人物ではあるが、情を断ち切るのが下手で今の世情だと難しい。

 だが父上はこちらの事情をご存じない。


「お答えする前に数点の確認が必要です父上。(わたくし)は現在世に名を馳せておらず、今後も不透明。当主となった場合、名を捨て、立身を捨て、バルカ家存続の為だけに動きますが、お許し頂けるでしょうか?」


「それは、少々困る。何故だ? カルマ殿がお前を重用せぬとあれば、何処へなりと行けばいいではないか。辺境で何年も暮らせるお前だ、スキト家も良かろう。そうすれば、ローザはイルヘルミ殿、お前はスキト家。何処が勝っても我が家は安泰」


 何処が生き残るかも分からない以上、良い手と言える。しかし(わたくし)が当主ならそうも行かぬ。

 

「父上、(わたくし)は動きませぬ。そしてもし、この身が当主となれば姉上にはイルヘルミの所を病とでも言って辞して頂き、我が一族全員の出仕先を(わたくし)に決めさせて頂かなければなりません。それでもよろしゅう御座いますか?」


 父上の希望に真っ向から反対するだけでなく、ローザ姉上としても寝耳に水となる話。

 最後に見聞きした時点では、イルヘルミと直接会う程ではないが前途は明るいと聞いてもいる。

 しかし己が当主となったのに、他の所に一族がいるのではダン様の不興を買おう。


「……なんと。それはバルカ家の為か? あるいは己の立身の為か」


「理解しがたい話だと理解しております。されどバルカ家存続の為、(わたくし)が当主となればそうするより他に御座いません」


「……まだお前は我が問いに答えておらぬぞリディア。誰を当主とすべきなのだ」


「…………。この、リディア・バルカで御座います。ティトゥス・バルカ様」


「……分かった。しかしお前の当主就任は一旦保留とする。今一度ローザの意思を確認せねばらん。されど、以前の様子から考えてまずお前が当主となろう。そのつもりで整えよ」


 まさか二人の姉にもしもの事があればと思って備えていた賭けに、我が家の命運を託さざるを得ないとは。

 人の世は本当に分からぬものだ……強い恐怖を感じる。

 されどこれが最善手であろう。いや、最善手にしなければならぬ。


「承知致しました。……この後父上は、ケント様に付いていくのですね?」


「ああ。我が家は百年以上ケイの禄を食んできた。世がどうなろうと私は変わりたくない。叶うならばお前たちにも同じ道を辿って欲しかったが……この乱世ではな。ケイの滅びはもう避けられぬ。

 されどリディアよ、この父の為に一つ誓ってくれ。ケイ室の血脈を絶やさぬよう手を尽くすと」


「勿論で御座います。加えてご承知でしょうが、杞憂かと。何処の諸侯が勝とうとも、これ程に力を失った帝王を殺害して、国を設立する利が御座いません。間違いなく平和裏に禅譲という形をとりましょう」


「確かに。ふむ。このような心配をするとは、私も老いたか。当主を譲るのはいよいよ良い決断だったかもしれん」


「お戯れを。(わたくし)は後二十年父上が当主であると考えておりました。……今後は早々お会いする機会もないでしょう。どうかご健勝で」


「ああ、お前もなリディア。人はお前の才を恐れる。重々に気を付けよ」


「情厚きお言葉、心より感謝申し上げます」


 才を恐れる、か。

 確かにダン様は(わたくし)の才を恐れておられる。

 しかし、内々での功まで全てお譲りになった以上、排除する気は毛頭あるまい。

 実績の無い者には誰も従わぬ。

 功とそれに伴う名は力なのだ。


 なのに妬心が無い。この点はまこと有り難い主君と言えよう。

 ……これでもう少し御心の内を推察出来る方であれば、心も安らごうに。




***


 ティトゥス様が用意してくれた食事とお茶はベリー・デリシャスで御座いました。

 いやぁお貴族様御用達は違いますね。我が舌ではお値段が測りきれぬほどで御座いますよ。

 つい、お茶お替りしたら幾らするっす? と聞きそうだったよ危ない。

 何とかして味盗めねーかなー。帰ったらカルマの料理人がどんなもんか調べて、お願いして習おうかしら。


 はー、今日リディアに付いて来たのは大正解だったね。

 で……その有り難いリディアなのだけど……。


 二階から降りて来たティトゥス様を二人で見送った後、私をもう一度席に着かせて人払いをし、対面に座ってから五分ほども考え込んでいる。

 珍しいなぁ。……あ、やっと何か決まったみたい。


「ダイ、まず先ほどの我が父の非礼、どうかお許しください」


 アルティメットどうでもいい社交辞令からスタートかい。


「あのー、今日付いて来ても良いと言って下さったのは、私が大喜びするのをご存知だったからですよね? なのに非礼と言われましても……」


「……我が君、確かにそのような考えも御座いました。されど世の主君、いえ、同輩であろうとあのように下僕扱いされれば、烈火の如く怒りましょう。己の常識に沿うべきか、それとも御意に沿って報せぬべきか迷いもしたのです」


「はー……頭の良い人も大変ですね」


「……お褒め頂き恐悦至極。して、お許しくださいますか」


「許すも何も一片の不快感さえ感じてませんよ。私は今大変喜んでいます。まさかご家族にも話さないほど、私のお願いを重要視してくださるなんて。ご不快でなければ今後毎日寝る前に、リーアさんの居る方角へ向かい、伏して感謝しようと思います」


 昔リディアが配下になるとかおコキになった時『でもこいつ親族いっぱい居るからなぁ。其処らへんには私の話しちゃうっしょー。真田の所まで漏れたら困るから情報の取捨選別どーすんべ』と悩んだ。

 しかし蓋を開けてみればまさかの黙秘。

 読めなかった! このトーク領影の支配者の目をもってしても……!!

 うむ。一日一回この感謝を思い出すのは、自分の為に良い事だろう。


「……謹んで遠慮申し上げます。しかし自分の働きが名声になっていないと知って、それほどお喜びですか……」


「はい、お喜びです。で、その名声で思い出しました。リーアさん、貴方の感情に従って答えてください。これからはリーアさんの名を高めようと言えば反対しますか?」


「まず理由をお聞かせください」


「そうすると貴方は理性で決めてしまうでしょう? 私は感情で決めて欲しいのです」


 我慢を強いて不満に思われてまでって話じゃないんだよね。


「ご配慮には感謝を。しかし(わたくし)もその点を考えておりました。グレースの名が高まり過ぎている。兵と民の信望が全てグレースの物になっては不都合と。……しかし、(わたくし)ではなく貴方が表に出る形が良いのでは?」


 気を使ってくれてるのか、試してるのか……まぁ両方か。

 ダンの名前を出して、諸侯とサナダに狙われるのは御免被るつーに。

 確かに他の人の名声が高まれば高まるほど、自分一人では何も出来なくなるさ。

 が、名が売れて周囲に人が集まると、逃げるのも難しくなるじゃないかね。


「私を試してます?」


「いえ、いいえ。決してそのような。……されど、(わたくし)とグレース殿に力が集中しては、我が君もご心配でしょう?」


「全く。それにこれよりも良い手、私は思いつきませんし。さてリーアさんの名声をどれくらい高められるでしょうかね? グレースさんが魔術的なら、リーアさんは神がかり……じゃあ普通だなぁ。何か面白い表現ありません?」


「……我が君、お戯れはお止めください。御意は承知致しました。名を上げる手法を考えておくとします。それともう一つお話が御座います。確定ではありませんが、(わたくし)がバルカ家当主となります。その暁には、一族の者ことごとくトーク領に集め……」


「ちょ、ちょっと待ってください。ティトゥス様はご健勝ですよね? それに立派なお姉さんが居ると聞きましたが?」


「はい。その二人の考えで御座います」


「えっ。私の知識だと当主の座とは、血で血を洗う争いの理由になるような物だと思っていたのですが……」


「その認識で間違い御座いません。あのビビアナとマリオの争いも端を発してるのは当主争いと言えましょう。しかし我が姉ローザは世に並ぶ者の無い人格者で、昔からよく(わたくし)を自分の数倍の才であると嬉しそうに周りへ話していましたので……だからといって当主の座を譲られるのは想定外でしたが」


「それは……素晴らしいお姉さんをお持ちで……えーと、おめでとう、御座います?」


「有難うございます。さて、一族の者でローザ姉上以外は出仕していても長い者はおりませんので、直ぐに集えましょうが、姉上は現在イルヘルミの下におり少々時間が掛かりましょう。されど必ずやこちらへ来させます。幾らかのお時間」「ま、待ってください……」


 いかん。話がラッシュされて頭が追い付かん。そんな真似をしたら皆不満タラタラじゃないの?


「働いてる皆様を辞めさせて集めるんですか? しかもイルヘルミの下……お姉さんも凄く優秀なのでしょう?」


「はい。しかし丁度良い機会とも言えましょう。今後を考えればイルヘルミの下は危ない。ビビアナだけで十分ですのに、我が君も潰すおつもりでは?」


 あ、バレてたのね……。だったら……確かに逃がそうとするか?

 そりゃ機会があれば潰すよ。有能な敵は減らせるときに減らすさ。

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