ラスティルに尾行を探ってもらう
シウンの元を去り、大通りに向かう。
戦場になりそうだったのと、火災により人々が逃げてランドの人口は三分の一に減ってはいたが、それでも道には夕食をとろうと多くの人々が出歩いていた。
何とか計算内の時間で終わったようで一安心である。
出来るだけ人通りの多い道を選び、背中を曲げ、何時もと歩き方を変えてトーク家の割り当てられている宿舎地域へ歩く。
後ろは振り返らない。私が尾行に気付こうが何も出来ん。
トーク家の者たちが滞在している地域に到着した。
そのまま要職にある者たちと、その世話人が住んでいる幾らか立派な屋敷へ行く。
そして門番に、私のではなく、短期間この屋敷に用事がある者に貸し出される通行許可章を見せて中に入る。
これで門番には私が誰かわからないはずだ。
この屋敷は最も警護されているので、ラスティルさんの従僕として私の部屋も割り当てられているが、自分の部屋に寄らずラスティルさんの部屋へ行く。
うん、居るね。良かった。
外に出ていればレイブンを使うしかなかったけど、余り気が進まなかったんだ。
ふぅ……やっと背筋を伸ばせる。背中が痛くなっちゃった。
「ラスティルさん、入っても良いでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
「失礼します……。外に食べに行きたくて、ご一緒お願いできませんか?」
「ほぉ。珍しいな。何か話でもあるのか?」
「勿論ラスティルさんと話せるのは嬉しいのですが……実は、先日リーアさんから今この都で多くの間者が放たれており、諸侯が探り合っていると教えられまして……。情けない話なんですけど、それ以来偶に尾行されてる気がするんです。怖いので、ラスティルさんに護衛と確認をして頂けないかなーって……」
この言い訳を考え付いた時は、自分を天才と思った。
しかもヒジョーに情けない風味。
ラスティルさんも苦笑してなさる。
明確にジーニアス。
「流石に考えすぎであろうが、主君の願いとあれば力を尽くすとも。だが、今日の勘定はそちら持ちでいいな?」
あいあい。それはもう。巨額の収入もありましたからね。
「勿論。美味しい店を教えてください。あ、その前に服を着替えて来ますね。これ汚れてしまいましたので」
という事で覆面付きの別の服に着替えた後、外に出てラスティルさんの横を付いていく。
さっきまでとは歩き方を変えて。
ラスティルさんは人通りの少ない所を通ってくれている。尾行があれば見つけやすいようになのは間違いない。
杞憂だと確信してるだろうに、おじさん感動。
ラスティルさんに連れて行かれた店は客のスペースが広いちょっとお高めの所だった。
更に席も人が聞き耳を立てにくい場所を選び、ラスティルさんに注文を任せる。
「ダイ、昔の経験も踏まえて出来る限り気を張りはしたが、尾行は無かろう。拙者の戦場で鍛えた感覚を越えるのは、諸侯の抱える間者でも厳しいはずだ」
ふんむ。南方に居るシウンであれば、私を知られても何とかなるとは思っていたが……。
知られてないなら勿論嬉しい。ま、これ以上は何も出来ないしこの問題は忘れるべ。
「そうですか。無駄な仕事をさせてしまってすみませんでした」
「いいや。大した手間ではないし、用心をするのに不満は感じぬさ。だが謝罪ではなく感謝が欲しかったな」
相変わらず綺麗な笑顔っす。
「はい。有難うございます、お陰で気持ちよく寝れそうです。あのー、所で昔の経験って……」
「ああ、そのなんだ、何度か男女両方に尾行された事があるんだ。拙者と親しくなりたかった……らしい」
……ちと危険な質問だったわ。
困ったような表情をさせてしまったけど、思い出すのも嫌という感じではないので一安心。
まぁ、美人から親切にされるとね。身に覚えもある。……若い時はホンマ危なかった。
「そ、そんな話よりも飲め! 少しは付き合ってくれるのだろう?」
「はい。まずはお酌させて頂きますね」
ラスティルさんは即飲み始めた。マジのんべぇ。飲む前に食えと教えたのに。
……折を見て、酒の飲み方チェックしたろう。
暫く適当に雑談しながら食べのみしていたが、頃合いと見たのかラスティルさんが少し改まった様子で口を開いた。
「なぁ、ダイ、これから世はどうなると思う?」
「私よりもリーアさんに聞いた方がいいと思いますけど……んー……先にラスティルさんの予想を教えて頂けませんか?」
「拙者の? ぬーむ……どう考えても乱世が更に激しくなると思う。負けたビビアナは、必ずや名誉挽回を求めるはず。さもなければ支配している者どもからさえ落ち目と見られ、反乱が起きかねん。まずは足場を固める為、黄河の北全てを己の領地とするべく動くとしても、必ずやイルヘルミ、マリオを屈服させようとするだろう。
その二人もビビアナの考えは把握していようし、対抗して力を蓄えるために周辺の領地を得ようと今まで中立を保っていた領土へ攻め込むであろうからな」
その平らげられる北の領地に、貴方の友人が居るのは……承知しているか。
何も言わないでくれるのは正直有り難い。どうしようもない話だ。
「ええ。全く同意見です。ビビアナがぶっちぎりで最強ですから、一番あり得る未来は二人ともビビアナに潰され、全土の半分をビビアナが占拠する事なんですけど……。
何時もお世話になってる彼女曰くビビアナはええカッコしいなので、血縁であるマリオを殺すとは思えないそうなのだとか。そんな人であれば残りの諸侯を平らげて全土を再び統一はしないでしょうね」
何せ征服という行為は疲れる。
命の取り合いをする以上当然だが、問題が最初から最後まで山ほど出て来て対処しなければならない。
何もかもを持っているビビアナが、自分にふざけた奴を倒し、誇りと名誉を取り返して誰も表立って逆らわなくなったあと更にそんな面倒を抱えるだろか?
ビビアナに限らず、普通はそんな真似をしようとは思わない。
全く生活レベルが変わらないと分かっているのに、働き続けるなんて誰だって嫌に決まってる。
そんな真似をする奴は異常者、英雄だ。滅多に居ない。
「とはいえその二人を下したなら最低でも天下の三分の二を支配する事になる。そうか、ビビアナの手で天下に安寧がもたらされてしまうのか……」
「安寧と言ってもビビアナが生きてる間、今四十だそうですから……二十年くらいで終わりそうですけどね。土地が余ってるという事は反対勢力が育つという意味でもありますし、ビビアナの死後誰かが欲望に駆られたり、ビビアナの国造りか後継ぎかのどっちかが今一で内乱がはじまっても終わり。勿論ケイ全土を一人が支配したら必ず再び四百年の平和が訪れるという訳でもありませんけど……」
真田を抜きにしての話ではこうなると思う。
真田が生き延びて天下統一しようと思ったら、二十年くらいでこの国は真田の国になりそうだけど。
「ふん。二十年後では拙者の全盛期が過ぎつつある頃ではないか。ビビアナが天下を取る話と言い、詰まらん話だ」
珍しく吐き捨てるように仰るラスティルさん。
あり? さっきからちょっと感じてたけど、
「もしかして、ビビアナ嫌いなんですか?」
「忘れてるようだが拙者もカルマ殿と一緒にここへ来ている。あの時にはビビアナから面倒な嫌がらせを受けたり、嫌味を言われたりしてな。カルマ殿たちも言っていたが、奴の所為で死にかけたのだぞ。それに拙者も庶人の出みたいなものだ。家柄自慢の大貴族は好きになれん」
そーいえばそーでした。
というか、客将なんて言いつつ逃げる気ほんまでなかったんすかこの人……。
客将っていうのは普通、滞在してる間は働くけど、危険がせまったら逃げるからねーという宣言みたいなもんなんですが。
国定忠治の話に出て来そうな人だ。
「なぁ、ご主君よ。何とかならんか? せっかく乱世に産まれたのだ。天下統一を成し遂げた武将の一人と言われてみたい。むざむざビビアナの、しかも崩れる天下を助けるだけで終わっては余りに無念。そう思わんか? そう思うだろ? な?」
あ、私絡まれてる。めっちゃ肩組まれてる。握力強くて微妙に痛いし、酒臭いけど柔らかい。
プラマイゼロって感じだなこりゃ。
しっかし天下統一ねぇ……。
「はぁ……えーと、つまりラスティルさんはトークに天下統一させたいと? ケイの再興とかは良いんですか?」
「ケイはもう滅んでいるではないか。宗廟は燃やされ、帝都がこのザマだ。第一全く諸侯を抑える力が無い。建前としては再興を目指していると言った方が、皆従い易く穏当であろうとは思うがな。それにしてもカルマだと? 何を馬鹿な。自分の主君に天下を取らせたいに決まっている。しかし、絶対表に出ないと言ってるから、我慢しているのだ」
そーはゆーても天下統一が順調に行ったら私とカルマの関係は難しくなると思うんだけど……其処らへんは考えて無いんだろな。
「天下を取るなんて難しい話は、それこそアノ人に聞いて下さいよ」
「実は聞いた。天下を取る方法は無いものかと。そうしたら『無茶を仰る。第一、そのような大きな方針を臣下が定めるのは分を越えております。私は主君の御意に沿うよう最善を尽くすのみにて、まずは我が君の説得をなさい』と言われた。なぁ? まずはご主君の覚悟が必要なのだ。そして共に正史に名を遺そう!」
……酒飲んで決める事じゃねー。
つーかリディアそんな事言ってたのか。
マジ訳分からん奴……。
天下統一……天下統一ねぇ。カルマも望んでるのかな?
「あのー、より声を抑えてくださいねラスティルさん。って、より強く肩を組めという意味では……いや、貴方が良いなら私はいいんですけど」
「お前が声を抑えろと言ったのだろうが。で、なんだ。どんな秘密の話があるんだ」
耳元で喋られてめっちゃゾクゾクする。
貴方そんなんだから勘違いされてストーカーされんのよ?
「秘密も何も、私たちが誰と組むかがバレたらめっちゃ危ないからです。とにかく、天下なんて言う段階じゃありませんよ私たちは。
お隣が強すぎて自分から動くのも無理です。まずは隣の機嫌を伺って、あちらの動きに即して地道に有利を作っていくのみ。もーちょっと大きくなれるかどうかさえ天にでも聞いて下さい」
「うう……やはり、それしか無いのか?」
「はっきり言って、トークの立場になってそれ以上が出来たらそれこそ史上最高の英雄じゃないですか? 強国の隣にある小国が大きくなった事例は幾つか知ってますけど、全部忍耐、只管忍耐。そして幸運があって初めて。って感じです」
織田、毛利。
頭抜けた能力あってこそだけど、異常なほどの幸運が無かったら確実に滅んでたと思う。
「はぁ……では、その幸運が我等の上にあるのを祈るとしよう。だが……天の時が来れば、その時は頼むぞ?」
「あー……彼女が勧めてくれれば。多分……表に出てる二人が嫌と言えば無理ですけど」
「かーっ! どうしてお主はそう煮え切らんのだ! あの二人だって目指しているに決まっていよう! よぉし、今日と言う今日こそは、士のあるべき姿という物を教えてやる!」
「いや、本当すみませんね。お話拝聴させて頂きます。あ、お酒をもう一杯どうぞ」
愚痴と文句くらい聞きますとも。
話したらストレスが減るのは科学的に実証されてるって話だったし。
まぁ、科学的うんたらは毎年変わるので、私が居なくなってからも何か変化してるんだろーけどさ。
それにしても天下統一ねぇ。
そんな真似をしたら、色々難しくはなるってのに。
ま、皆さんが望むならば極力そんな感じで行きますかね。
カルマの領地が広く成れば私にとっても便利そうだし。
私は所詮水面に波を立たせるだけの石ころ。
どうしてもしたい事以外は、皆さんの起こす風に従うとしよう。
腹案もあるっちゃあるしね……。