シウンとダン、企みを育む
「まず話の秘匿を。そして常の通りお振舞になり、最も有利な自領へテリカたちを連れ帰るまでは気づかれないようにしつつ、意思を確かめるのです。もしかすればかの者は、手に入れた物を献上すべきか悩んでいるかもしれません。これはお許しになるべきでしょう。
しかし宝物を渡しに来ないのであれば。或いは反意を持っているやもしれません。その時はテリカと臣下に企みが無いか、江東の地を含めてお確かめになるべきかと愚考致します」
至極当然の対応と言える。
そして私が思うに、テリカは何かしている。
何故なら私なら必ずするからだ。
テリカが住んでるのはマリオの領内、何時だって監視の目がキツイ。
マリオとシウンが揃って領地を離れるような機会、そうそうあるもんじゃない。
している内容が、マリオの逆鱗に触れるのか、不快感で留まるのかは分からんが……。
第一マリオにとってテリカは内憂の種。
ビビアナ、イルヘルミ、どちらかと戦う時、テリカに江東の地を保証するから寝返るように言ったら?
私でも思いつく策。シウンに思いつかないってこたーあるまい。
加えてテリカの父、フォウティの死因はシウンの謀略であるという噂がある。
これが事実なら? いや、事実じゃないとしても、テリカと、シウンの心に小さな疑念があれば十分だ。
私の情報で水が注がれ、面白い花を咲かせてくれるだろう。
個人的には若くから傷付き苦労して、誰もが認める将軍としての実力を付けたテリカを応援したいのだけど。
足を引っ張らないと面倒が指数関数的に増大する世情だからねぇ……。
空気を入れるクソ野郎にならざるを得ない。
「なーるほーど? 成る程。確認と慎重さは大事ですよねー? でも……うふふっ。なんだ、これを話しに来たんじゃないですか。伝国璽を本当に挨拶程度の話題として使うなんて……流石大軍師グレース、配下まで人が悪い」
やはりバレた。
その通り。何か拾ったかも。なんて話よりも、お前の視界をあるかもしれないテリカの企みに向けるのが狙いさ。
虎を飼いながらボケっとされては困るんだ。
「私は情報とグレース様のお考えをお伝えするのみ。どちらがより重要な物であるかは、私如きには判断が付きませぬ」
「ま、それが草ですよね。しかしグレース殿は大した方です。わたしもすこーしはテリカに奇妙な物は覚えていましたけど、目の前の忙しさにかまけて目が届いていませんでした。なのに河を越えた辺境に居ながら、私以上に考え把握しているなんて……。
かの軍師リウを越えると噂されるだけあります~、わたしも魔術が使えるんじゃないかって思えてきました。あの方も魔術師だったと言われてますし。ランドで以前お会いした時には、それ程の方とも思えなかったんですけど……近頃急に能力を上げられたのでしょうかぁ?」
チッ。
グレースに会ってたのかよ。
想定内ではあるが、嬉しくないね……。
「仰る通り、グレース様は著しく成長なさいました。存亡の危機に立たされ、現状も厳しく、苦難により磨かれたのでしょう。しかし昔から十分に素養はお持ちでした。……失礼を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「勿論結構ですよ。わたしは貴方もひじょーに気に入っています。遠慮なくどうぞ。今更ですが無礼講としましょう」
「ご厚情感謝致します。では、外から見るだけで分かってしまう軍師など下の下。使いものになりますまい。如何に強大なマリオ様の筆頭軍師シウン様といえど、親しく話し合いもせずに全ては見通せぬかと」
……いい笑顔。ま、作ってるのかもしれんがね。
でもそう思うだろシウン。見て内心の分かる奴なんぞ何とでもなる。
「確かに。これは愚問でしたわ。許して欲しいです。所で……良い関係と言ってましたけど、テリカが相手でも良かったのでは? 随分彼女を見込んでるように思えましたし、向こうにこの話を秘匿すると言うだけで、恩を売れましたよ?」
「彼女は大望を抱く人物。よって恩を売ったとしても、己の望みの邪魔となればすぐさま忘れるでしょう。第一、テリカを助けきるのは非常な難事。それよりは現在大きな力を持つマリオ様と縁を繋ぐのをお望みなのです」
加えてテリカの所は此処より遥かに危険だ。
何か拾っていても、私という密使を縛り上げてマリオの方へ物ごと献上すれば、忠誠を示せる。
向こうはトーク家との関係が悪く成っても困らんしな。
「……イルヘルミへ話を持っていくという手は?」
「そのイルヘルミに関して我が主が憂慮しておいでです。世の成り行きによっては、彼女は我ら共通の敵となりえましょう。外交の基本は遠交近攻。どうかお考え頂きたく……」
と適当に言ってみたり。
私はもう二度と此処に来ない以上、気休め程度の話だね。
勿論そちらの同盟関係にヒビが入るのは何時でもウェルカムだ。
「あや~。彼女と同盟を組んでるのを知ってて言うなんて……悪い人ですね~?」
「必ずやお味方頂けるとは考えておりません。しかし彼女は天下を狙っている。さもなければ、あれ程の人材を集め、統率してはいけぬ。と、聞いております。加えてイルヘルミだけではありません。この乱世、我等の間に危険な勢力が産まれる可能性も御座います。オラリオは重病についており、彼の統治するカメノ州が乱れかねない。誰かがつけ入るかも。と」
「……それは、我々を指していますね?」
おっと、いかんな誤解を招いた。
「マリオ様がお取りになるのであれば、トーク家に手を出す方策は御座いません。領地が近くなった折にはどうかご厚意を賜りたく、伏して願うのみにて。
そうではなく、何らかの小勢力が不安定となったカメノ州に付け込み、独立の基盤にしかねないそうで。筆頭はテリカ。他にも居るでしょう」
筆頭は真田だ。
しかし、なんぼなんぼでも東の果てから中央より更に西へ逃げるのは相当大変なはず。
でもあいつの所には頭の良い奴が何人もいる……万が一の時は頼むぜシウンさんや。
「うーん、確かに。はぁ……気苦労が多いですねぇ。わたしはマリオ様と楽しく幸せに暮らしたいだけですのに~」
うんあ? マリオこそ名誉欲と領地欲に満ちているのでは?
……シウンの本音である可能性もあるか。
「……」
「黙っているのは無粋ですよぉ。こういう時は『乱世でありますれば』程度で良いから言うんです。最後に一つ教えてくださいな。貴方の意見で結構ですから。カルマがランドに来て大宰相にまで出世した事、またその後の動きはこれ程の神算鬼謀を持つ者としては余りにお粗末でした。どうしてなんでしょ~?」
「……私如きが口に出すも恐れ多い話なれど……カルマ様は、あの時にはまだ乱世の認識が薄かったようで御座います。つまりどの様な智謀の士であろうとも、時と主君は選べぬ。こう言う他ありますまい」
私の答えは、シウンを満足させたようだ。
この人も主君で苦労してそうだからね。
貴いお方過ぎて、地盤となってる下々まで意識が及んでないのは外からでも分かる。
「成る程ぉ。間違いないですねぇ。さて、今日のお話、非常に有り難かったですわ。それで、グレースさんに感謝の文でも書いた方がいいですか?」
「いえ、無用です。全てをシウン様の胸の内に秘めて頂きたく。私はここに来ていない。そうお考えください。グレース様も、私のような者がこちらを伺ったとは決してお認めにならないでしょう」
「くふっ。テリカの敵となりたくないのですね?」
うん、それもある。
が、何よりトークに所属する人間に知られたくないのだよ。
「お答えいたしかねます」
「責めてませんわよ? 自分の手を汚さないのは賢い手。それにしても良い味方が出来ましたの。神算鬼謀を持っているだけじゃなく、気まで合いそう。貴方を挨拶に来させてくれた天運に感謝です」
「ははっ。お言葉、誠に有り難く」
「トーク家には心の中で感謝するとして……、貴方、何歳なんですか? 声からすると二十そこそこでしょうけど」
くぁっ! 私に興味を抱くなよってのは無理なのか?
……声は練習までして変えてるのに、あっさり見切りやがって。
終ったと思った所で……、軍師ってのはどうしてこう……或いは私が下手なだけなんかね……。
とにかく緊張を切らさないようにしないとな。
「……お尋ねとあれば。四十を越えております。このような大事、若造には任せられませぬ」
「へぇ……。貴方随分声が若いのですね~。でも、四十。わたしより上。……確かに貴方の落ち着きは若者には無理かしらー。うーん、レイブンは何回か戦場の将らしからぬ小知恵が効いてましたけど、知恵を付けてたのは貴方?」
……あっぶね。体揺れるところだった。
突然過ぎませんかねこいつ。
狙ってるのだろうけど……何なんだよもう帰りたいのにどー答えたもんだろう。
「……私どもがしたのは、グレース様の指示を伝えたのみにて。後はレイブン様がお考えになりました。元より私のような者は貴方様は勿論、レイブン様へも名を名乗れぬ身の上。シウン様はグレース様の影を感じ、私を過大評価なさっておいででは」
「そういった面はあるかもしれませんねぇ。でも……うん、冷静さと度胸、全てを隠す用心深さが大変気に入りました。貴方、この話をグレース殿に伝えたら、わたしの配下になりませんか? 配下が居るならその者たち全員の面倒も見ましょう。わたし個人でもグレースは勿論カルマに倍する富を持っています。重用しますよ~?」
なんとまぁ、フェニガに続きここでもお誘い頂けるとは。
出世するのも厳しい社会の歯車だった私が、これ程の権力者に評価されるとは、私も成長してるのかね?
……してなかったら泣けてくるか。
毎日リディアの一言一言を出来る限り考察し、見習うように努力して来た。
直接、間接に山ほど人を殺して、今も前途ある若者の未来を断つべく動いてるんだもの。
あの頃とは全く違う。
しかしお誘いとしては有り難いのだけど、北方を離れるなんて在り得ない話なんだ。
「…………正直感動しております。この身を其処まで評価頂けるとは、夢想だにしない話。されどご存知とは思いますが、私のように情報を扱う者は、この世の何よりも信頼が大切。命の危険さえ無いのに主君を替えた者の渡してくる情報では、どうしても疑念が湧きますので。至極残念なれど、お気持ちだけ有り難く頂戴いたします」
「う~ん。それも道理ではあるんですよねぇ。ま、仕方ありませんか。でも覚えておくといいですわ。トーク家はまだまだ不安定でしょう? もしも潰れた時にはわたしの所へおいでなさいな」
何処でも諜報の手に不足してるのは分かるが、まず在り得ない言葉だろう。
席を立ち、地面に膝を付いて頭を擦りつけ、今までより幾らか声に力を込めよう。
「下賤なる身にこれ程のご厚情、生涯忘れませぬ」
「はい~。本当に楽しい時間でした。すこーし待ってくださいね。物を取ってきますから」
そう言ってシウンは出て行った。
……ふむ。物、だけとは思えん。
五分としない内に、シウンは重たそうな袋を持って戻って来た。
袋のデコボコを見るに金かな?
「これは今日の話への褒美です。どうぞ~」
重い……かなりだぞこれ。
「これは……細やかな気遣い感謝の言葉も御座いません。今後ともどうかトークをお願いいたします」
「勿論、同盟出来る相手は有り難いですからね~。はぁ~、これで終わりとは残念です」
「はい。……シウン様、最後にお願いがございます。貴方様は配下に私を追わせて、何者かを探ろうとなさっている。そう推察致します。どうかそのような事をなさらないで頂けませんか。私としても困りますが、マリオ様にとっても無用な面倒を招きましょう」
シウンの笑みが深くなった。
だよな。
当然の行動だシウン。今まで私に好意を持ってるかのように振る舞ったのは、油断させる為でもあるのかい?
しかし、それは困る。
「ありゃりゃ。わたしって信用がないんですね。そんな失礼はしませんよ~? でもぉ、どうしてマリオ様にまで面倒だと言うんです? 興味がありますねー」
「私が愚考致しますに、テリカが誠に宝物を拾ったとすれば、今は相当に気を張っておりましょう。当然最大の注意を払っているのはマリオ様とシウン様。ここにも何らかの見張りを置いているやもしれません。そんな中、他勢力の何でも無さそうな者に手の者を付けたとなれば、注意を引くは必定。
そうならずシウン様が動きやすいよう、私はトーク家から来る常の者として参りました。どうか我が意をお汲み取りください」
私の言葉を聞いて、シウンは考え込む様子を見せている。
十分考えられるだろう? 此処はお前の本拠地じゃない上に周りに多くの家があるランドの敷地内、幾らでも見張る手段はある。
頼むぜ、詰まらないな欲をかいて台無しにしないでくれ。
必勝の戦法は何時だって不意打ち。それを得る最大の好機なんだ。
「……テリカさん、非常に役立つ方なんですけど……。有能さは時に目障りですねぇ……。分かりました。安心してお帰りなさい。と、言っても後ろを気にするのでしょうけど」
「……他所の間者についても考えなければなりませんので。ご配慮感謝いたします。それでは、失礼を。マリオ様、シウン様のご繁栄を心より祈願申し上げます」
「はい♪ 期待して結構ですよ~。わたし、謀略は得意なんですー」
私は無言で一礼し、部屋を後にして屋敷を出た。