シウンに懸念を伝える
シウンはわずか十分ほどで帰ってきた。
再び膝をついて挨拶しようとしたが、手振りで席に着くよう示してくれたので、有り難く椅子に座り直す。
「さて、まずは名前を教えてくださいな。それと覆面も邪魔ですわ」
「この覆面は外せません。それに私は名乗れる者でも御座いません。今後お会いする機会もないでしょう。それよりも屋根裏、床下に人が居ないかお確かめ頂きたいのですが……」
「あや~? 屋根裏、床下はもう調べ終ってますけど……。それでは貴方がどんなに良い話をしてくれても、トーク家にお返しするのが難しくなってしまいますの。だって、貴方がトークの人だという保証はありませんでしょう?」
服と、お前に繋げるまでをトークの官吏らしく動いただけでは足りんてか?
それとも揺さぶってるだけか。
別にどうでもいいけどな。
むしろトーク家に分かるよう返されては困る。
「私が此処に来ましたのは、グレース様が可能であればマリオ家に良い挨拶をしてくるようお言いつけになったからで御座います。お返しは必要御座いません。もしも、私の話が良い物であればグレース・トーク様よりの使者。そうでなければ、他の愚か者がグレース様の名を騙っての使者とお考えくだされば有り難く」
「あや~、都合のいい事を言いますね~? ま、話を聞かなければ始まりませんかぁ。せめて名家の皆さんと酒を酌み交わすよりも良い話を期待しますよ? それでテリカが配下を集めて、何を拾ったというのですか?」
期待には応えられると思うよ。
お前は別動隊のテリカを直接見てないし、話すのはリディアの推測した内容が殆どだもの。
「御意に沿うよう努めます。申し訳ございませんが、話の前にお尋ねしたい事が一つ。
シウン様は伝国璽、帝王の印、五百年近く伝えられる、この国最高の宝物が何処にあるか把握しておられますか? 私のような身分ではとても調べられなかったのです」
「えっ。何を突然。……把握してないですけど、多分、ケント様……と、一緒に。…………。
おい。貴様如き下郎がこのシウンを! マリオ様の筆頭軍師をそのような妄言で謀るつもりかっ!!」
ふつうそう思うよな。
だが怒り過ぎじゃないかな。喋り方が崩れてる。
それとも私を脅してるのかね?
確かに発想は有名な捏造から来てる妄言だが、話全体としては聞く価値がきっとあるよシウン。
「誤解しておいでですシウン様。私はケイの支配者である象徴を、テリカが拾ったと確言したのでは御座いません。手の者が把握出来たのは、テリカが宗廟近くにある井戸に主だった者を集め、特にメントと会話していた事。そしてこの程度の大きさの何かを大切に隠し持っていたのみ。
ただ隠される時一瞬だけ見えた物が玉らしく、金のような光も見えたとか。それに当てはまる物を考えると、もしや伝国璽ではないか。と、なったのです。だとすれば特にマリオ様にとって一大事と思い、こうして参りました」
「…………。テリカが人を集めたという話からして事実なのかしら?」
「これは参りました。私は誰かを常時付けておられるとばかり」
「……。忠実な臣下であるテリカに監視を付ける方が、どうかしてると思わない?」
……これが本音の可能性も万に一つはあるか。ならば……。
「なんと。私はテリカとの今後に多くの悩みをお持ちだと考えておりました。しかしそう仰るならば、下種の勘繰りであった様子。お時間を取ってしまい申し訳が御座いません。直ちに失礼致します」
そう言って腰を浮かせようとしたけど、シウンが手振りで席を示したので座り直す。
やっぱり単なる揺さぶりだよな。マリオが史上に名を遺すような頭抜けた英雄でない限り、悩まない訳はない。
いや、そうであっても悩む。史上最高に人使いが上手いと言われる劉邦だって、韓信との関係は散々悩んだのだ。
「席を立つのを止めさせて相手を揺さぶろうとするなんて、使い古された手ですね~? 大軍師と言われるグレース殿の使いであれば、もう少し工夫した方がよくありませんか?」
「お言葉ですが、揺さぶろうなどとは考えておりません。元より余計なお世話とも言える話。思い違いならば、時間を取ってしまわぬよう出来るだけ早く引き下がらせて頂きたく」
「はぁ……。いえいえ。是非時間を取らせてくださいな~。あ、先ほどは下郎などと言ってしまいましたけど許して下さいね? すこーし動揺してしまいましたの」
「許すなどとんでもない。妄言とお考えになって当然だと承知しております」
「それは良かった。……確かに伝国璽は紛失してますの。でも在り得るかしら? ビビアナが持ち去ったと思っていましたわ」
「ごもっともかと。しかしビビアナがランドを後にした時は、火事まで起こり大変混乱しておりました。その状況で忠勇の者が考えるのはまずケント帝王の安全。そして次に最高の宝物である伝国璽ではないでしょうか? しかし伝国璽が納められていたのは、恐らく焼け落ちた宗廟近くの宝物殿。取りに行ったものが火に巻かれ、混乱した中井戸に逃げ場を求めたとしたら。そして井戸を再び使えるようにする為、テリカが引き上げた時見つけたとしたら。残念ながら、配下は水死体らしき物は確認できておりませんが……テリカが片づけた可能性も御座います」
水死体が無かったか、リディアに確認を取ろうかとも思ったが、そんな真似をしては私が強い関心を抱いてると見破られかねないので断念するしかなかった。
秘密裏に動こうとすると苦労するわ。
「まるで見て来たように語りますのねぇ? ……所で、メントが何に造詣が深いか、知ってますかしら?」
「いいえ。南方の将を調べるのは難しく、大よその情報しかまだ集め切れておりません。メントに何か?」
「……彼女は古い伝承、歴史を好んでますの」
成る程ね。こいつは瓢箪から駒が出るかもしれないな。
そしてシウンは考え込み始めた。
邪魔はしない。後日流されて判断を誤ったのでは? と思われては困る。
私ではこれ以上調べようのない情報だが、マリオの力であれば伝国璽が何処にあるか静かに調べられるはずだ。
それで見つからず、ビビアナの手元にも無いと判明すれば……デカイ情報となる。
有効に、確実に使って欲しいものだね……。
「んー。この情報、非常に、そう、ひじょーに有り難い情報でした。グレース殿には是非感謝の言葉をお伝えください。所でどうしてこんな話を教えてくれたのです?」
「グレース様は今後マリオ様と良縁を繋げたいとお考えです。私に下された指令の一つは、何らかの挨拶が出来ないか機会を探せという物で御座いました。このようなお話を持ち込むとは、グレース様にとっても予想外であったでしょうが……」
「それは有り難いですねぇ。もう一つ教えてください。貴方さっき、マリオ様にとって一大事。と、言いましたよね? どういう意味でしょうか?」
「グレース様はテリカの忠誠心を危うんでおいでなのです。世の動き、マリオ様がテリカをどのように扱っているか、そして今回テリカが示した将器の巨大さと人となり。これらを合わせて考えた結果、テリカは独立を企んでいるのではないかと。其処へ支配者の証を手に入れたのであれば、テリカの燃える大望へ油が注がれると考えましたので、このようにお時間を取って頂いております」
ゲン担ぎの意味もあるが、使い道だって色々あるだろう。
例えば自分がケイの貴い血筋である事を誇りに思っているマリオに渡せば、大いに喜んでくれるはず。
もしかしたら政治的判断を間違える程に。
「在りそうな話ですけど、具体性が全くないですよぉ?」
「北方の人間である私どもが簡単に掴める程テリカが迂闊であれば、元より何の問題も無いでしょう。されど彼女の最も信頼する軍師、グローサ・パブリが来ておりません。
シウン様の目がこの同盟軍に行ってる間に、テリカが望む江東の地で、事あれば兵が集まるような手配だけでなく、マリオ様がテリカを派遣したくなるような切っ掛け作り、例えば向こうから州境の村々を襲わせる。そういった地ならしをしているのではないか? そう心配しておいでなのです。
そんなテリカがもしもマリオ様も欲しがるような宝物を手に入れていたら。事件が起こり誰かを派遣しなければならなくなった時、テリカがその宝物を献上して己の野心無き事を示して任じてもらえるよう懇願したなら断り切れるでしょうか? かくして水上戦を得意とする虎が、長江によって守られた要害の地に放たれて力を蓄えれば。天下全ての諸侯にとって、容易ならざる事態となりかねません。……それで、グローサへはどの程度の監視を?」
今、一瞬舌打ちしそうになってたような……。
流石リディア、お前の推測は当たってるみたいだぞ。
「……今回の同盟軍分の兵糧を我が領で集め、手配する苦労を語っても、手落ちは手落ちですわね。でもグローサがそのつもりであろうと、信頼できるテリカの配下が皆ここに居るのでは不可能だと思いません?」
ゲ。マジかよ……。
それだとかなり厳しい。手紙を誰かに届けさせるにしても、密書を軽々しく渡せるもんじゃないし、準備をするにしても一人では不可能だ。
突然私の話が胡散臭くなっちまった。
とにかく謝ろう。席を静かに立ち、床に膝を付けて頭を下げて……。
「それは……存じ上げませなんだ。どうやら分を弁えずシウン様の時間をとってしまったようで誠に申し訳ございません。伏してお詫び申し上げます。どうか平にご容赦を……」
頭を下げたまま待つ。
……流石に首を飛ばされたりはしないはず。
何かを拾ったらしいってのは本当なんだから。
「……とぼけてるのだとしたら、貴方大したものですの。さっきのは嘘よ。主だった者が数人来てませんわ。元江賊で、州民に紛れて裏で動くのが得意なネイカン。グローサと親睦が深く過激な知恵者と名高いロシュウ。それにテリカは江東一帯で大きな名声を持つショウチと親密に文を交わしています。……だというのにそのような態度を取られると不快です。早く座ってくださいな」
こっちの情報不足を責めて頭を下げさせたってのに、酷い仰りようだぜ。
だが、
「とぼけておりません。調べ切れてない事が多々あるのです。私どもが辺境の者であるのをお忘れなきよう。しかし……其処まで教えてくださるとは。よろしいのですか?」
そう、大変有り難い情報だった。出来れば今すぐにメモをしたいくらいの。
「確かに教えるべきじゃなかったかもしれませんわね~。貴方、どうにも調子を狂わせる人です。貴方の言いよう、態度、全てから好意と敬意を感じてどーしても敵には思えません。グレース殿はこちらを恨んでると思っていましたのに~」
そりゃ私はこの件に関しては敵じゃないからね。
加えて、私はこの地上に生きる全ての人へ敬意と好意を持っている。
これ以上ない程日本でヌルく育った身としては、科学の科の字さえ存在しない環境で生きる人々に敬意を抱かずにはいられない。
ただし、そんな感情で行動を変えたりはしないが。
そしてグレースとカルマがマリオとお前を恨んでるのもその通り。
だがマリオと簡単に敵対はしないさ。私とリディアを放逐してまで戦う程じゃあないだろ。
「グレース様の感情は推察致しかねます。しかし、万民の上に立つ者として大敵を作るよりは、恨みを忘れるだけの度量をお持ちかと。何より、我らが最も恨むべきであり、最大の脅威はビビアナで御座いますので」
よし……表情が変わってない。この反応であれば、我々がビビアナと同盟を組もうとしているのは気づかれていまい。
と言っても目元が髪で隠れてるので分かりにくいのだけど。卑怯くせぇなこの髪型。
……覆面で顔を完全に隠してる私が言ってはいけないか。
「ええ。我々もあの時はビビアナに逆らうのが無理でしたから~。ご理解頂けて嬉しいです。それでどうしろとグレースさんは言うのですか? 今すぐにテリカを殺せとでも?」
それは最高だが、其処まで望みはしないさ。
第一殺せと言えば、お前は離間の計だと思うだろ?
違うよシウン、私は心からお前たちを援助したくて来ている。
最低限、テリカの頭を押さえ続けてくれるようにね。
独立され、テリカの好き勝手に軍を動かされては厄介極まる。
戦場の英雄に戦場選択の権利まで与えては堪らん。
虎に率いられた小さな軍よりも、孔雀に率いられた大軍に大きくなってほしいのさ。
そうすれば、孔雀を上手く使えば虎だって簡単に殺せるかもしれない。
「まさか。第一これ程の事件、流石にグレース様のお考えは頂いておりません。今日の話なのですから。その為グレース様が今まで私に話してくださった内容と、大変僭越ではありますが私の考えが混じった言葉でしかお答えしかねますが……お聞きくださいますか?」
「あー、それはそうですよねぇ。今日の話をグレース殿が指示できたら、魔術師です。ええ、貴方の意見が混じっていても大丈夫ですよ~。話してくださいな」
ん? もしかして今のはカマを掛けられたのか? 全てがグレースではなく、私の考えではないかと?
やはり名も無き使者が持ってくる話としては大きすぎたかな……。
何にしろ私に出来るのは、グレースの手下として相応しい言動を務めるのみ。
大丈夫だ。言葉選びも相応しい物であるよう、散々シミュレートしたじゃないか。
さぁ、大事な所だ、精一杯の誠意を込めて話せ。
今年もよろしくお願いします。