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リディアにテリカを尋ねる

 レイブンは小一時間飲むとテリカの陣を辞去した。

 テリカはもっと飲むように勧めていたけど、後ろで座っていた私たちを気遣ってくれたように思える。

 しかもきちんとお土産をお願いしてくれたので、二人の夕食は御馳走となった。

 ほくほくしつつレイブンを先頭に馬で自陣へ帰りはじめると、リディアが馬を寄せて来た。


「我が君、先ほどテリカの元を去る時なさった礼、間違っておりましたぞ。後ほどお教えします故直されよ」


「あっちゃー……。有難うございます。お願いしますね」


 私が反省していると、レイブンも馬を寄せて来た。

 なんぞね。私の失敗を煽る気かね。


「リーア、某の礼にも何か問題がありはせなんだか?」


 違った。他の人が間違ったと聞くと自分のも気になるアレだった。


「いささか。しかしレイブン殿であれば、幾らか間違っていても宜しいでしょう」


「な、なぜだ? 間違っていれば教えて欲しいのだが」


「貴方は将、それも優秀な辺境の将です。そのような者が無駄に礼節に明るいと、良くはありますまい。結局は信頼されるために礼がある訳で、無駄な気遣いをしない方が宜しいでしょう」


「それならば、ダイもそうなのではないか?」


「我が君は下級官吏の恰好をなさっている。そのような者が上位の者への礼節を間違えるのは少々珍しい話。周りに埋没するのがお望みでもありますので、臣下としては申し上げるべきと考えました」


 はい。ごもっともで。只管感謝をするのみっす。


「そんな物か……。ではリーア、別の疑問に答えてくれぬか。

 某がマリオへ手紙を届け、テリカへの不信を抑えたとしても所詮一時しのぎ。勝ってランドへの道を開かなければ直ぐにマリオの我慢も限界となろう。にしてはテリカ殿は心に余裕があるように見えた。何故であろうか?」


 あ、そうだよね。

 一時しのぎにしては、テリカは大分安心した様子だった。


「それは既に勝っているからでしょう」


「「は?」」


「……。以前説明致しましたが、ランドに居る頭の固い名家の者たちを抑えるのは並大抵ではありませぬ。下手をすると、未だケイが戦乱の中に居ると認識してない者さえ居るでしょう。なのにアルタを殺して以来、名のある者が粛清された話はとんと聞こえてこない。ビビアナは徹底した手段を取れないでいる様です。此処までは宜しいか?」


 こくこく頷く私たち。


「さて、先日の戦いで多くの死傷者が出ました。我らが処理に苦労したように、ビビアナも怪我した者たちの面倒を見なければなりません。多分、黄河を使って先に領地へ帰しているでしょう。この際、怪我人だけでは無理ですので警護の兵が必要となる。前線から兵は割けない以上、ビビアナを守っている兵を使うしかない」


「分かったぞ……。それで守りの薄くなったビビアナを、ランドに居る名家の者が襲うのだな?」


 え、レイブンは当然みたいに言ったけど、何それ。

 そんなのは……。


「そうです。名家の多くから見れば、自分たちを差し置いて帝王の隣に居るビビアナは苦々しい存在。しかもそのビビアナは今逆賊と世で言われている。打倒し、若い帝王を救い出せばその功は比類なく、次の宰相は自分となる。そう考える者が必ずや居ます」


「あのー、そんなに上手く行く物ですか? ビビアナだってそう見られてると、知っているのでは?」


「勿論。もしもビビアナが察知していなくとも、軍師のホウデがおります。むしろ待っているのではありませぬかな。ビビアナを領地へ帰るよう説得する好機として。……良家の者たちもそれ程愚かではないとお考えのようですが、ある程度理解していても一気に名を成す好機を逃がしたくないのです。加えて命を取れずとも、ランドから叩き出せれば十分な功。このように考え己を説得してしまうと思われます」


 ほ、ほへー。


「そうなる確率が高いのであれば、何故某にあそこまで辞を低くして頼んだのだ?」


「テリカは言っておりました。マリオの機嫌を取りたいと。彼女にとって最も大事なのは、名を成す事ではありません。マリオからの好意を得る事なのです。だから自身が常にマリオの感情さえも配慮している。そう知らせ、加えて万に一つさえもマリオがテリカの意欲を誤解しないよう、貴方に頼んだのです。……分かって請け負われたのだとばかり思っておりましたが」


「い、いいや。分かって無かった……。うーむ。どうでも良い事に利用されているような気もして来たな……」


(わたくし)はそうは考えません。テリカはレイブン殿が考えた以上の感謝を感じているはずです。この軍において、貴方は中立であり、マリオに歯向かう程の気骨を持ちながら真っ正直との評判を得ている。しかもイルヘルミが好漢だと認めた。これ以上の人材はいますまい。サナダも中立ではありますが、マリオに嫌われ過ぎておりますので」


 おおー……。リディアの広い考えに感心しきりである。

 レイブンと私はコクコク頷いて、リディアへ教えてくれた感謝を述べると後は自陣まで黙って帰った。


 幕舎に帰り着いた後は、テリカから貰った夕食を温め直しながらリディアに礼の間違いを教えてもらう。

 さてお楽しみの夕食なのだけど、実は私もリディアに尋ねたい事があるのだ。


「ムグムグ……あ、これ美味しい。えーと、リディアさん、テリカを見てどう思いました?」


「どう、とは? 我が君、口の中に少しでも食べ物がある時喋ってはなりません」


「ごめんなさい……。テリカが、マリオから独立する意思があるかどうか。とかです」


「それでしたら以前よりも独立する可能性が高いと考えるようになっております。そうせざるを得ないとも」


「それは又どうして?」


「此度の戦い、マリオはテリカに名を成す機会を与えたくなかったと思われます。しかしこの戦は絶対に負けられず、しかもイルヘルミより目立たなければならない。故にテリカを使いました」


「それは、分かります。そしてテリカは任された仕事を十分に果たしているように見えます」


「はい。先日の合戦を見て確信致したのですが、彼女はマリオ配下の将の中で頭抜けている。つまり力を与えるとマリオは勝てないのです。元より主君より優秀過ぎる配下の運命は身分の剥奪か、命の剥奪と決まっております」


 ……。

 主君より優秀過ぎる臣下がこう言うって事は……私の反応を……いや、一般的な話でもある。

 何とか顔に出さないで済んでいるはずだし、このまま流してしまおう。

 私より優秀だから、なんて理由でリディアをどうこうするつもりなんて無いのに、言い訳したらかえって変だと思う。

 何度か主従は何時でも交代するって言ったしね……。


「んー……。テリカに江東の地を切り取り次第で任せてしまうのは駄目なんですか? そうして同盟関係に持っていくというのはどうでしょう」


「そうするには、父フォウティを謀殺したという噂が邪魔になる。江東の地を治めるようになったテリカが力を付け、敵討ちに来られては堪りません。とは言え良い手でもあります。テリカに大恩を与える事になりますし、上手くやれば最高の結果となるでしょう。最も江東の地も時間があれば己の力で手に入れられるマリオに、そのような決断が出来るとは思えませぬ。

 広く見ればビビアナや他の諸侯と戦うためテリカの力が必要。なれどその為にマリオの意識としては手に入れたも同然の地を、現在配下の者に与えるのは難しい。しかもその者は今持っている物さえ奪いかねないのですから」


「はー。多く持ってる人は何時の時代も大変ですね。それを奪われるのではないかと疑い、周りの人間もそう思ってるだろうからと金持ちを信頼出来ない。毎日多くの問題で頭が痛そうです」


「……だから、富や名声をお求めにならないのですか?」


「え? ああ、違いますよ。現状で十分満足なんです」


 この国の贅沢なんて、極論すれば見栄の一言。

 いや、これは二十一世紀でも大して変わらないか。

 とにかく生活の質自体は贅を極めても変化がなくて、興味が全く沸かん。

 立派な彫刻が部屋にあってどーすんの? と思う。


「……そうで御座いますか」


「そうで御座います。で、テリカが独立を望むと感じた理由、他にもあります? 条件としては分かります。しかしマリオの行動次第にしか思えません。共通の危機がある間は今と同じ程度の関係は保てそうに思えます。もしかしたらマリオがケイ全土を統一するまでもです」


 中国史上最強の戦略家なんて言われる韓信だって、全土を統一するまでは重用された。

 マリオもテリカを自分の元から離れられないようにするのが賢いと分かっている筈だ。


「仰る通り。故に確実とは申しかねます。ただテリカはじっと待つのではなく、己の動きによって変化を作ろうとする攻撃的な人となりと見ました。加えて彼女の視点は眼前の戦のみを考える将ではなく、領主としての物。大望があるに相違ありません。配下の者たちも非常に優秀な人材がそろっており、彼らにより良い褒美を与えたいとも思っておりましょう」


「ふーむ。マリオの機嫌を伺っているのも独立する準備ですか」


「前提としては自己保身でしょう。ただ……先日のグローサに準備をさせているという話、現実にあり得る。と、感じました」


「そうですか……」


 環境、現在の行動を分析し、最後にその者の性向から確度を高める、か。

 頼りになりますねぇ。

 勿論必ず当たる訳ではないけども、自分の感触だけで考えるのとは比べ物にならない。

 私の感覚はこの国だと異端だしね。


「所で近い内にはまず関係を持たないテリカを、大いに注目なさっているようですが何かお考えでも?」


「何時か関係してくるかもしれませんでしょ? その時人となりを見られないかもしれませんから。後は……目を引かれたのだと思います。この軍の大将だと言う以上に目立ってるような? これが英雄というものなのでしょうか?」


「でしょう。優れた容姿や振る舞いがあり、人の注目を集めるのは英傑に欠けざる要素。さもなければ力を得られません。今後彼女のような者が勢力を拡大し、歴史を作り、死ぬのです」


「……なんか、他人事みたいですね?」


「はい。優れた振る舞いとは、往々にして死に易い振る舞いですので。行動を周囲の耳目に縛られもする。魅力的とは言い難いですな」

 当然その臣下になる者も同じ運命を辿り易い。特にテリカのように不安定な者の配下は御免被りまする。と何時も通りの彫刻のようなお顔で仰るリディアさん。


 すんばらしく見切ったお考えに、おっちゃん痺れちゃう。

 確かに英雄は皆死ぬのよね。

 日本の戦国時代も織田信長、武田信玄、上杉謙信。山ほど英雄が居たのに結局天下を握ったのは信長の舎弟であった狸。

 恐ろしい奴、カッコイイ奴、強い奴。誰もかれも死んで、最後に残ったのはみみっちい奴なんだもん。

 誇張表現はあっても間違ってはいないと思う。

 地球の世界史、何時何処を見ても大体そんな感じじゃないかな。

 だが周り皆が成り上がりのチャンスだと浮かれてる時に、二十にもならない小娘がこれは図抜けてるわ。

 とりあえずはこいつが敵じゃなくて良かったとしみじみ思う。


「若さに見合わぬお考え、敬服致しました。所で、先ほどテリカが配下に十分な褒美を与えられてないと仰ったのは、遠まわしに私が皆様に何も与えて無いと注意なさってたりします?」


 ちょっと怯えながら私が言うと、リディアはどうした物かと考えてる風味に指を立てた片手で頭を押さえてしまった。

 ……下手をしたら恥ずかしいポーズなのに、めっちゃ決まってますね。それが貴族の風格なのでしょうか。


「……(わたくし)は日照りに困った時、雨乞いの祭壇を築かず川から水路を掘りまする。貴方様へ臣下の礼を取ろうとした時、ビビアナの所へ行けば十倍の富を得られるのが分かって無かったとお考えか? 一応申し上げますとラスティル、アイラの二人からも褒美の不満は一度も聞いておりませぬのでご安心を」


 私の甲斐性への期待は雨乞い以下って言われてしもうた。


「そ、そうですよね。すみません……」


「そんな明々白々の推察に注意を割くより、(わたくし)の食事作法に注目して頂きたい。ダイは同じ間違いを二度以上なさっておられましたぞ。……もしもご不快でなければ、レスターに帰るまでの間出来る限り作法を指導致しましょうか? ただし共に食事をする必要が御座いますが」


 なんてこったい。一応リディアの様子を見ていたつもりだったけど足りなかったのね。


「それはもう、願ったり叶ったりです。お願いします」


「不快だとしてもどうかご辛抱を。これも我が君の為で御座いますれば」


 不快も何も、見捨てないで下さいとお願いするのみである。

 こうして私は食事の度に頭を抱えるようになった。

 ……気長に行きたいと思う。


 不惑すぎ

 礼を教わる

 小娘に

 伏し拝むよ

 鉄の美貌を


 乱世を生きる日本人、心の短歌。

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