テリカのレイブンへの要請
リディアとレイブンの幕舎へ行き、レイブンに人払いをして貰う。
さて相談と行きますか。
「レイブンさん、テリカからは酒宴に呼ばれただけですか? 他は何も?」
「そうだ明日の夕方呼ばれている。しかし先日カーネル殿と鍛錬したおりに、今テリカ殿は将兵の不満を抑えるのに必死で、鍛錬する時間も無いと心配していたのを聞いていてな。何か思惑があるのではと思うのだ。リーア、どう考える?」
「当然あるかと。今テリカ殿にとって一番難しい問題は、マリオの意思。これ程の大軍を長期間支えるのはマリオもさぞ辛いはず。早く攻めてこの戦いを終わらせるように、矢の催促を受けておりましょう。其処で外部の者に、調停役を願おうとしていると私は見ました」
「ほぉ……ならば某はどうするべきであろうか」
「まず我等は今の所マリオ、イルヘルミと同盟を組んでいるに等しいのを忘れてはなりませぬ。両者の不利益になるような提案であれば拒否を。しかしそうでなければ、レイブン殿のお好みで宜しいかと。但しこれは私の考え。我が君は如何でしょうか」
ふんふん、成程ね……って私かい。
「それでいいと思いますよ」
「そうか。では某の思う筋を通して良いのだな?」
「はい。ただ予想が外れた場合を考え、従者として私と我が君も参加させて頂きたい。何か問題があれば、二度咳を致します。その場合はゆっくり考えさせて欲しいと返答を」
「承知した」
やった! 偉い人たちの会話をラジオにして美味しい飯が食えそう。
「ああ、私とダイの分はお茶と菓子程度にするよう伝達願いたい。従者は酔わせないようにさせているとでも言えばよろしいでしょう」
「え”っ。どうしてですか?」
「食事の仕草で私が貴族だと知られかねませんので。ダイも未だに作法が少々不安定。印象を残したくありますまい?」
「なる、ほど。……残念です。他所で作られる食事を食べたかったのですけど」
「お主、意外に食い意地が張ってるのだな。……どうだ、某が従者にも食わせてやりたいと言って、幾分か貰ってやろうか?」
「おお……レイブンさん、貴方いい人だ。是非お願いします。その、出来れば二人分お願いできませんか?」
リディアが食べてないのに自分だけ食べるなんて嫌っす。
「ほぉリーアのか。良かろう。ラスティルの分も貰うか?」
「いえ、彼女は良いです。あの人しょっちゅうあっちこっちで御馳走になってますから」
何を食べて来たという話を良くしおってからに。
流石に羨ましい。
ペッペッペッですわ。ギリシャ人秘書ですわ。
「……お主意外性無くせせこましいな」
うっせ。食い物の恨みは恐ろしいもんなんだよ。
それに貴方たち私が小物だと安心するっしょ?
だから積極的に小物な所は出そうと決めてんねん。
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次の日、レイブンに連れられて幕舎に行くと、既に準備万端整っていた。
ただ思ったより相手の人数が少ない。テリカと中性的美男子軍師リンハクだけ。
酒宴はレイブンとテリカの挨拶から始まり、暫くは社交辞令交じりの褒め合いが続く。
騎兵としてのレイブン殿は正に模範、多くを学ばせて頂いた。いやいや、地に降りての鍛錬でカーネル殿に負けた。しかもテリカたちは船戦が最も得意とか。決して船上で戦いたくはないと思った。こちらこそトーク家と平野では戦いたくないものだ。はっはっは。うんぬんかんぬん。
「さて……テリカ殿、これ以上酒が進むと酔いが回ってしまいそうだ。本題があればその前にお伺いしたい」
「レイブン殿と酒を酌み交わしたかったのも本当なのだけど……そう言ってくれると有り難いわ。まず質問させて欲しいの。先日の戦、無様な物だったと思うかしら? レイブン殿が指揮をとっていれば勝てていたと思う?」
「いいや。誰が頼りになるかも分からない連合軍で、よくぞ耐えたと思う。細かく見れば負けではあるが、あれが人の身の限界であろう。むしろ若さに見合わぬ将器の大きさに、感心しきりでござった」
負けと言われて苦笑してるけど、嬉しそうだな。
しかしさっきから軍議の時と違って、随分砕けた女性らしい言葉遣いだが……こっちが地なのかね?
「褒めて頂き光栄よ。もう一つ聞かせて。アタシが全面対決を嫌い、兵の温存ばかりしてるのをどう思っているのか。もしも良策があればそれもお願い」
「……兵糧補給などの後方任務しかしてない某が、全軍の大将であるテリカ殿にそのような直言をするのは憚られるのだが……それは命令かな?」
「命令であれば話してくれるのなら、そうしましょう」
「其処まで言われるのであれば。真正面から戦っては勝てないと先日明らかになったばかり、某はテリカ殿の判断を妥当だと考えている。しかしこのままでは埒が明かないのも間違いない。一軍をアグラの裏に抜けさせて挟撃をしようにも、そのような抜け道は無いと聞く。正直手詰まりだ。他には某かサポナ殿の騎兵で相手をかき乱すくらいだが……己が訓練した兵が十分に無い現状では、それも辛い」
「なるほど……」
テリカは満足そうに頷くと、リンハクの方を見た。
するとリンハクも頷く。やっぱり何かお願いごとでもあるんかね。
「実は今マリオ様から、早くアグラを倒してランドまでの道を開くようせっつかれてるの。当然の話だとは思うわ。これだけの軍を支えるのは、大変な苦労ですもの。でも現状はこの通り。それでこの書面を持ってマリオ様の所まで行き、こっちの実情を直接話して頂けないかしら。中立の人間で、信頼出来る人にマリオ様の不安を取り除いて欲しいのよ」
うわーお、さっすがリディア。
ドンピシャです。
「主君と信頼関係を作るのに、苦労しておられるようだなテリカ殿」
あ、その返答はよろしくない。
少しは意外な事を聞いたみたいな顔しないと……。
「……もしかして、予想済みだったかしら?」
「そ、そうだな。もしかしたらと思っていた程度だが」
「ふむ。アタシの苦労が見え見えだったとしたら……少し恥ずかしいわね。お恥ずかしながらそうよ。でも何処でも苦労しているものじゃないかしら? レイブン殿だって兵糧の護衛任務を任された事にはカルマ様への不満があると思うのだけど」
あ、ごめん。それお願いしたの私。
あの時カルマは良いのかな? って顔してたけど私には理由が分からなかったぞよ。
まさかこんなにあっちこっちの人が、不満に思って当然と言うような仕事だったとは。
戦場だと食事事情が悪くなるけど、今回のような場合の後方任務であれば、狩だの何だのが結構出来て其処まで貧しくなるまい。って、リディアが言っててその通りだったし……。
嫌がるレイブンを見て、面倒くさい奴なんて思ってましたすみません。
「確かに最初はそれもござった。しかし今は感じておらぬよ。レスターに居ても仕事は新兵の訓練であったろう。それに比べれば、これ程の大戦を直に見て、テリカ殿のような英傑と酒を酌み交わす機会をくれたと有り難く思っている。勿論我が大太刀は毎日泣いているが……ま、我慢させるしかあるまい」
そんなに戦いたいんかーい。
武将というお方々はやはり理解不能っすわ。
「あら……主君との間にそんな強い絆があるなんて。羨ましい程ね」
「察するにテリカ殿は色々な不満をお持ちのようだ。例えば……江東の地を平定させて貰えない事であろうか? 何度か小耳に挟みもうした。この戦いが始まる前、マリオにそう願い出て断られた、と」
え、何それ私知らないんだけど。
うーむ……飲み会で聞いたのか?
やるなレイブン。凄く有り難い質問だぞそれ。
「貴方の耳にまで届いてるなんて、人の口に戸は立てられないわね。実のところ今アタシの故郷である江東一帯では、子爵以下の人間達が争い合っていて荒廃しているの。それでマリオ様に、平定する為に兵の貸与と、代官としてアタシを置いて欲しいとお願いしたのよ。江東の民が平穏に暮らすのは父の願いでもあった。何とかして叶えて欲しかったのだけど……。体よく断られたわ。
正直に言えば、今必死に働いてるのもアタシの忠義を認めてくだされば、願いを叶えて頂けるかと思ってるのもあってね。だと言うのに現状を誤解されては堪らないの。どうか助けて頂けないかしら」
リディアの咳払いは……無い。
「某はマリオが嫌いだ。しかし盟主は盟主。見たまま思ったままを伝える事しか出来ないが、それでよろしいか?」
「勿論。口で騙したければ相応しい人間にお願いするもの。このリンハクとかね」
ごもっとも。
レイブンはそーいうの下手だねぇ。
私とリディアの話を禁止するのにも大変苦労しました。
「テリカ様、その言いようはあんまりで御座います。
レイブン様、みどもたちが最も恐れるのは、誤解です。貴方様は少し話せば分かる程に真っすぐな方。マリオ様も貴方様の報告を信頼するでしょう。どうか見たままをお伝えくださいませ。そしてこちらの文をお渡し頂ければ、賢明なマリオ様であれば必ずや我等の誠意が伝わりましょうから」
そう言ってリンハクは女性のように、小首を傾げて微笑みやがった……。
魅力的な美人さんにしか見えねぇ。
……もしかして、この中性的な見た目はわざと作ってるのか?
男性に対しては女性のように、女性に対しては男性のように振る舞って相手の親近感を得ようって奴か?
……軍師ってどいつもこいつも怖いね。
グレースとフィオってもしかして癒し系だったのかしら。
「……分かった。其処まで言われては断る術を持たぬ。必ずや言われた通りにいたそう」
そうレイブンが言うと、二人ともホッとしたように息を吐き、晴れ晴れとした笑顔になった。
これは、テリカが苦労してるのは本当か。
顔も体も傷だらけで、めっちゃ戦場の人っぽいのに気苦労が耐えないとは可哀想。
と思いつつ私も気苦労以上の物を増やすべく、聞き耳立ててるんですけどね。
「恩に着るわレイブン殿。これで気が晴れた。今日は十分に飲んでちょうだい!」