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オウランの悩み1

 宴まで休むように言い、ジョルグ以外を下がらせます。

 人払いも……いいですね。


「ジョルグ、何か問題はありましたか?」


「あえて言えば、山部族の物をケイで売る件でしょう。こちらは今までより少々良くなる程度の保証しかしていないつもりですが、向こうは直ぐに三十万全ての民が売るものを、何倍もの値段で売ってくれると思い込んでいるかもしれません。自分の方で話しておいて宜しいでしょうか」


「あ、深く考えないで言っていました。お願いします。他にはありますか?」


 ん、突然表情に迷いが出ましたね……そんな顔をされるような失敗があったでしょうか?


「いいえ……御座いません……ただ、その……気を落としておられませんか?」


 ……。


「えっと、何の話か分かりません。むしろ上手く行ったと感じています。あの様子であれば、山には雲と同等の信頼を置いていいでしょう」


「はい……自分もそう考えます。失礼致しました。考え違いをしていたようです」


 ……全部わかってるであろう相手に、取り繕っても虚しいだけでした。


「……意味の無い話ですが、聞いてくれますか師匠」


「喜んで。オウラン様の悩みは我が事と感じております故」


「はぁぁああ……」


 恥ずかしい話です。

 でも誰かに聞いてほしくて仕方ないと、認めましょう。


「ガンホウが慎重で考え深い氏族長だと聞いていたんです。それでジャムカが、夫となれる人であればと期待をしていました。失望とは言いません。でも、残念でした……」


「まぁ……若者の人望厚く、ガンホウが将来を期待している。と自分の耳にも入る程でしたからな……」


 若者の! 人望!


「どうせこんな事だとは思ってましたよっ。若者の血気盛んな事と言ったら、飢えた蝗みたいですもの。その者たちに人気があるのであれば、さぞ攻撃的な考えを持っている人だろうって。でも! 期待したっていいじゃないですかっ! わたしと一緒に大きく広く悩んでくれる慎重な、考え深さで人望があればって。妻が他に居ても別にいいやとかまで考えてたんですよ? どうせわたしが毎月産めるわけでもありませんし。……今となっては虚しすぎます。……うう……夫が、欲しい。……せめて、子供だけでも……。子供、好きなのに……」


「その……ジンでも良かったのではありませんか? あやつは中々慎重で考え深い性質。だからこそオウラン様もカルマとの調整役を仰せつけたのでしょう?」


「はい。でも、その、やはり同じ草原族から夫を迎えては草原ばかり偏って見ていると思われそうなので、他部族から迎えた方が、とか……考えてたんです。当時は。まさか雲、山、共に血の気の多い奴だけしか居ないなんて。主だった氏族の若い男数百人全員がケイを攻める事か、目の前の楽しみしか考えて無いなんて想像できます!?」


「思い出されませ。昔の我らもそうだったではありませんか。隣の氏族より広い範囲を考える事は滅多にありませなんだ。カルマとの親交があって、外を見る条件が揃っていた我らでさえああだったのです。オウラン様は……教えられ、必要に迫られ大きく成長なされたのです。貴方様のように、馬、弓に優れ、深く広く慎重にお考えになる男を探すのは……困難かと」


 深く広く慎重って悩んでいるだけじゃないですか。

 女であれば、細かく慎重な者も居るのに……。

 日頃から狩りと戦いしかしたがらない男と違って、赤子を育てるからでしょうか?

 

「別に馬と弓が下手でもいいんです。慎重な人柄で、わたしの重荷を共に考えてくれる人だったら。勿論、多くの氏族がわたし一人の名によって纏まってる状況で、わたしの夫である権力を無思慮に使う人だと困りますが」


「当然でしょうな。……出来うれば、オウラン様に助言できるほど物を知っていて欲しくも御座います。更に良く分からない落ち着きと、恐ろしく感じるほど名誉に頓着しない人柄を持っていれば尚都合が良い。……知り合いに一人だけおりますな」


「そーですね。偶然ですけど、わたしも一人そんな人を知ってます。でも、ジンが伝えて来たんですけど刺繍は奇妙に思えるほど不得意なのだとか。その人はわたしの所で大豆が手に入るかわざわざ聞いた後、豆乳とやらの作り方と一緒に、美味しく食べる方法まで教えてくれる料理上手なのに。一緒に親から教えられるはずの刺繍が出来ないなんて、変な話もあったものですね~。うふっ」


「ほぉ~そう言えば、自分の知り合いもここに居る時、ここの料理を学びたいので料理上手な人間を紹介してくれなんて言って来ましたな。あのような男であれば、オウラン様の日々を支えうるのでしょうなぁ」


 …………くぐぅっ。


「尻尾さえっ! あればぁっ……!」


「その……ええ。オウラン様の嫡子、三部族以上を受け継ぐかもしれない者の父がケイ人では、不都合が大きいでしょう……ただ、見た目がごく平凡……いや、時に不気味でも宜しいので?」


「平凡の何が悪いんですか。見た目の良い男なんてどうせジャムカですっ! 不気味なのも頼れる感じがすると思います。尻尾さえあれば、何とかお願いして、夫に……。いえ、子供だけでも作れるよう出来るだけこっちまで来て貰ってたのに! わたしが名付けたいのは自分の子供なんですっ。あの赤子が安全になる方法を広めたのがわたしだって話が広まったら、今以上に名づけを頼んでくる人が増えそうで……。今だってしょっちゅう赤子を抱かそうとしてくるのに。……可愛いからそれはいいのですけど」


「あ、あの、オウラン様、話が散らかって……いえ、全部分かっておりますが」


 不毛です……乾季の草原みたいにまっ茶色。

 愚痴……違う愚痴……ああ、やっぱりこれは愚痴なんですね。

 

「……今日、誰もが感心していた方策、殆どわたし発案じゃないのにあんな感じで良いのでしょうか? ……誰よりも賢いなんて言われて。いえ、その、近頃は正直に言うと獣人の誰よりも賢い気がしてますけど。

 しかしあの冬、毎日やらされた勉強を思い出すと無性に良いのかなって気になるんです。わたしあの時、出来の悪い娘みたいでした。わたしが女として学ぶべき物を教えられた後、出来を聞いた時の亡き父みたいな困った表情をよくされて……凄く丁寧に教えてくださいましたけど。苦労したお陰で今のわたしがあるのは間違いないのですが、胸が苦しくなる記憶です……」


「……それは自分も同じで御座います。彼はわたしより十近く年下にもかかわらず、全く違和感を感じさせず弟のように扱われました。……投げ出そうとしたり『ケイの庶民程度に戦の話を教えられる覚えは無い』と言うと、『ほぉ……今年の冬、食料の心配をせず、雪の中狩に行かないで済むと喜んで下さっていましたよね……。そうですか、時間が幾らか出来たと聞いたので、私とお話してくださらないかと思ったのですが。氏族の皆様がこぞって義に厚いと褒めそやすジョルグ様は、私には恩を返してくださらないのですね。

 あ、いえ、大丈夫ですよ? どのような扱いをされようとも、ジョルグ様が恩知らずだなどと言いふらしません。第一ケイの庶人が言いふらしてもジョルグ様とは立場が違い過ぎて説得力皆無なのでご安心を。もしくは私の貢献が、一冬余った時間を頂くには足りませんでしたか? 今後定期的にケイで商売出来るようになる方法の確立程度では。皆様大変暇しているようですけど、やはりジョルグ様ともなればお忙しいですか? だとしたら……仕方ありませんねぇ……。オウラン様は真剣に私と討論してくださるのですが、第一の臣下は嫌ですか……オウラン様可哀想だなぁ』ですぞ!

 性質が悪すぎて昔アイラ殿を見た時以来の恐怖を覚えもうした。どのような魔物もあれ程厄介ではありますまい。しかも古今だか何だか知りませんが、ありとあらゆる英傑の話を細かくご存じで……。創作とも思えない話を使って丁寧に、容赦なく具体的に自分の間違いを指摘して来る。あの時よりも誇りを失いかけた時はありませなんだ」


 ぜんっぜん似てないですね、ジョルグの物まね。

 わたしも殆ど同じ事を言われたので良く分かります。

 本物はもっとずっと怖いです。


「ダンさんから直接文字を教えられた子たちだって、厳しさでダンさんを怖がる子が居ましたからね……。カルマの下で働かせようにも、要望通り軽く見てるかのように振る舞えそうだったのは、キリくらいのもので困りました。

 何にしろ我らを野蛮人と馬鹿にするケイ人が、我らの誰よりも獣人に相応しい戦い方、支配の仕方を知ってるのか不思議でなりません。聞いてもはぐらかされます。……でもその教えと、書き残された物を元に考えた方策がわたしの力を支えてる。まぁ、そのお陰で苦労もしてるのですが」


 例えば夫選びが難しいですし、更に言えば夫選びが困難極まってしまいました。


「……余計な力を得なければ。と、後悔しておられますか?」


「まさか! あのケイが乱れた後の氏族争いで、元々の状態であればまず生き残れてませんよ。無難な所でモウブかサブロの戦利品として愛妾になっていたと思います。敵の慰み者になる悲哀を想えば、今は最高の状態です。……ただ、それでも悩みは産まれるだけで」


 食べ物がふんだんにあり、氏族どころか部族全体が安らかです。

 これだけでも夢のようなのに、更に数多の誉れを得ている。

 ……時々その誉れが邪魔になるんですけども。


「そう言えば、結局ダン殿と会って如何でしたか。満足なされましたか?」


「満足……。結局、何も分かりませんでした。昔と全く変わらない好意を感じられたので、不安は大分減りましたが……。しかし……何か要望がある時は、その分わたしたちが利得を得られるように努力するそうです。良いんでしょうか? わたしダンさんよりも何かを貰った相手は、もう父と母のみですよ?」


「……臣下が、己の全力を長に捧げるのは当然……ではありますが。だからこそ長がその者、あるいは一族を守るのです」


「ダンさんは臣下じゃないです。それに臣下でも名誉を奪えば復讐を覚悟するのは当然です。なのにカルマと会う時の段取りは知ってるでしょう? あれ以上な目にあってましたよダンさんは。守ると言ったって、どちらかというとわたしが守られてるようにも思えるんですが……」


「それは考え過ぎでしょう。一官吏であったダン殿が権威を振るえるようになったのは、我らの助力あってこそ。……余りダン殿が得をしたようにも見えませなんだが」


 ……その権威、わたしが得をするようにばかり使われてるように思えるのですよね。

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