オウラン、三部族を支配す2
「正直なところ余りに話が多く、戸惑っております。そこでそちらの雲部族の方がオウラン殿の配下となって長いのならば、どんな変化があったのか聞かせて頂ければ有り難いのじゃが」
「長いという程じゃありませんね。まだ一年経っていません。ですがいいですよ。良いように質問をどうぞ」
「感謝をオウラン殿。さてお嬢さん、雲部族代表であるならスーサイ殿のお身内かな?」
「違うさ。ワンはターチ氏族のエクア。今は雲部族の取り纏めもしている。スーサイは居ない。で、何が聞きたい? ワンはお前みたいな身の程知らずに裂く時間があるなら昼寝したい。早く質問して」
エクアは同年齢ではありますが、何時も昼寝がしたいと言ってる印象しかないまだ良く分からない娘です。
彼女の父ターチがわたしの配下として付くのだから若い者が良い。と、エクアに長を譲ったのでこうなりましたが……。
やはり経験不足とも思えます。
将来的には良いでしょうけど、現在は経験豊富な人間にわたしの欠けている所を補って欲しいのですよね。
まぁ、ターチが後方でまだ不安定な雲部族を整えてくれれば安心ではあります。
……しかし、この言い方はいけません。
「エクア。話し合いが長くなるのは仕方ない事です。それにガンホウ殿はわたしと貴方よりも経験豊富な長老。敬意を払いなさい」
「あうっ! でも、オウラン様に向かってこの態度はっ! うっ、その……ごめんなさい。……ガンホウ殿、失礼を許して欲しい。ご質問をどうぞ」
「う、うむ……では。今までの話を聞き、オウラン殿は我等の行動を強く監視し、完全に支配されるおつもりと見た。……反発を感じはしないのかの?」
「……少し感じた。でももう無い。オウラン様が支配するようになって、争いが減り皆楽になった。一度あった冬も、昔よりは飢えずに済んだ。牧草地や井戸で争った時、仲裁のお陰で前よりは死人が減ったし。雲部族の有力氏族でオウラン様に逆らう所は無いよ。ワンなんて偉くなったのに、昼寝出来る時間が増えた」
結局昼寝ですか……。
いいのですけどね。ガンホウも少しは信用したみたいですし。
「ああ、ガンホウ殿一つ説明します。わたしが長だと知っているのは、草原族でも有力氏族の長と補佐役、その程度の最低限必要な人間のみで、小氏族と殆どの人間は知りません。雲部族も同じで、草原族の支配を受けているとも知りません。何回かの戦も戦いが終わり次第話を広めず、引き分けで終わったとして話を広めるよう命令しました。山部族も同じようにしてもらいます。既に指示が行っていると思いますが、問題は起こっていませんね?」
これに関しては、モウブも必ず強く言っているはず。
守られなければ敵対したと見なすとも。
ここに居る以上、流石に守っているでしょう。
「それは守っております。されど……もしも共に戦うようになれば、戦士たちが皆知ってしまうと思うのじゃが?」
「大事なのは、これだけの氏族を一人が支配しているのを隠す事です。獣人が違う部族と同盟を組んで戦うのは珍しくありません。先ほど軍の分け方で違う部族の者を混ぜると言いましたが、同じ人間を固定はせず定期的に別の氏族と交換します。自分の氏族全ての人間へ、我々が部族間で争っており、共に戦う場合があっても何時分裂するか分からない状態、つまり今まで通りであると言いなさい。そして無駄な推測をする者は危険を招くとして処罰するのも義務付けます。
何よりもケイ帝国との境界へまだ何も知らない小氏族たちを移住させなさい。氏族ごと消えるような問題でも起こらない限り、手をだすのを禁じます」
「……理解できませぬのぅ。何故其処までしてこれ程の偉業を隠しなさる? ……ご自分に自信が無いのか! と、思う者も出て来ましょうぞ。力があると見せれば、戦わずに従う者たちも多く出るものじゃ」
ほぉ……挑発するように言いながら、私の様子を見ている……。
良かった……。
このガンホウ、流石十年以上勢力を保っていただけあって、獣人には珍しく慎重でよく考えている。
モウブとサブロ、エクアは意見されて怒り心頭のようですが。
……こっちを見てますね。
この程度で処分なんてしませんよ。
座ってなさい。
「小さい者たちはそれで従いますね。でも我らは獣人。強くて自分に自信がある者は徹底的に負かされないと本当には従いませんよ。そいつらを少しでも簡単に倒す為、こちらを軽く見るようにしたいのです。それにもう一つ理由があるのですが、本当に理解出来ませんか?」
「……いいや、ケイ帝国の奴らが邪魔をせぬように、じゃろう」
「そうです。小氏族の者たちに、ケイの者が我らの生活は変化してないと思う為の壁になってもらうのです。我らが纏まり、力を持ったと知ればケイの諸侯は我らを危険視しだすでしょう。カルマとの良好な関係さえ崩れかねない。貴方たち山の者が前の冬、草原に食料があったと聞いて奪いに来たように、北方の水が襲って来ています。彼らと戦ってる時に後方でケイが攻め込むのではないか、などと心配したくありません」
「理解できぬなオウラン殿。これ程の力を持っていて、何故ケイ人如きを恐れる? 水の分裂ぶりは馬で八日以上離れてるオレの所まで聞こえる程。そんな奴らを追い散らすには二万騎も居れば十分であろう。
そして残りの三部族二十万騎でカルマの奴を攻め滅ぼし、あの土地を得るのだ! 奴らの兵は精々五万、戦という程の物にもならぬ。そうだ、モウブ殿が使っていた鉄の鏃、あれをオレにも是非頂戴したい。そうすれば山の部族だけでも滅ぼしてお見せしよう!」
……さようなら、わたしの期待。
言語道断なのですが、このジャムカの発言にモウブとサブロも今度は殆ど怒っていない……。
説明し理解もさせたのに……こう考えて当然だと思っているのでしょうか?
エクアも期待するような目で見ている。
ガンホウなんて自慢げですし。
……何でこう、我ら獣人は血の気の多い人間ばかりなんでしょうか。
「はぁ……攻めれば我等がとてつもない幸運によって手に入れた、カルマとの友好な関係も水の泡なのですが……どうせその五万との戦いというのは、平野で戦うつもりなんですよね? トーク領と我等の境界線、及び首都レスターがどうなっているか調べましたか?」
「戦いが平野なのは当然ではありませぬか。それ以外何処で戦おうと言うのです。……下調べはしておりません。まぁ、これから斥候を出せば十分でしょう」
「……良いですか。カルマは我ら草原の三氏族が連盟していると思っています。但し、草原全てを抑えているとは知りません。兵数も我ら三人合わせて三万に届かないと思っているでしょう。それでも彼女たちは警戒を強めています。もしも攻め込んで来るならばいち早く察知出来るよう狼煙台をあちこちに建て、レスターの城壁を一回り広く大きく、高く築き始めています。もう数か月もすれば作り終わるでしょう。
平原で戦う? 彼女たちは今大量に兵糧を蓄え始めているそうです。我らが平原でどれだけ強いか知ってるカルマが大軍相手に出てくる訳ありません。諸侯への援軍要請を行ってレスターの中に引き籠りますよ」
城壁を作る際には、我等にも給金を出すからと人を出すよう要請がきて悩みました。
どうせ作られるのであれば、と考えて了承しましたが。
ついでにどうやって壁を作るのかも分かりますしね……。
「であれば! その城壁が築かれ食料を溜め込まれる前に攻めようぞ。三万の兵に怯えるような相手が二十万の兵を相手に出来はせぬ。負ける要素が無い。レスターが何だと言うのだ。どれ程の兵が居るというので、オウラン殿は攻めぬと言うのか」
やる気だけは買います。
でも……。
この人、ぜっっったいにレスターの街を見た事さえ無いでしょう。
……忍耐、忍耐が大事。わたしは忍耐出来る族長。
こういう意見が多いのは分かっていたはず。
「直ぐに集められる兵は多くて二万でしょうね。ただし! レスターには現状でも十五万の民が居て増え続けています。攻めて来た相手が賢いケイの諸侯であれば、税を払う相手が変わるだけですので民は積極的に戦おうとはしないでしょう。しかし我らが相手ならば何をされるか分からないと考え、戦える者全員が勇猛な兵となる。しかも街は今でさえわたし達の体を三つ重ねた高さの壁に囲われているのです。
ジャムカと言いましたね。貴方はそんな城壁をどうやって攻め崩すか知っているのですか?」
「わ、我ら草原の民が知る訳がない。だが民が兵となろうとも何を恐れておられる? 所詮弓も満足に引けない奴ら。それが十万加わろうとも、何ほどの事もない」
「弓が射れなくとも、城壁の上から石を投げ落とされるだけで十分我等の戦士たちを殺せますよ。……ケイの兵法書には、攻城戦をする場合は三倍の兵が必要だと書いてあります。街を攻める専用の道具を揃え、知識を持っている将軍を使って三倍。道具の一つも知らない我らが攻める? 弓で土の壁を壊すつもりですか? まぁ梯子程度なら分かりますからそれを使うとしても、何万の戦士が死ぬか……」
「……オウラン殿は、レスターの中に己の兵をカルマの配下として働かせていると噂で聞いた……であれば、そ奴らを使って兵糧を焼き、取り囲んで食料が無くなるまで待ってはどうじゃろうか? 我等の馬と羊がレスター一帯の草原を食べ尽くす前に、奴らの方が飢えて死ぬじゃろう」
おおっ。なんと耳が早い。
まだ護衛長としてジンを派遣して数か月しか経ってないのに……素晴らしいですね。
ですが考えはまだ浅い……いえ、隣の領地以上の範囲を知る術なんて殆ど無い我らでは当然ですか。
「何!? 親父、そんな話オレは聞いて無いぞ」
「噂程度ではあったし、信じられない話じゃったからな。だが、どうやら本当のようだ。どうですかオウラン殿」
「その通り、良く知っていますね。確かにその手を使えば、レスターは比較的少数の犠牲で落とせるかもしれません。大量の獲物も手に入るでしょう。しかしその後はどうなります? 戦士の三倍近い数の戦えない者たちを安全にあの土地で暮らさせる為には、他に幾つもの数万人が住む城壁を持った都市を落とさないといけません。その度に何万人も死ぬ。トーク領だけで二百五十万もケイ人が居るのですよ?」
「あそこの民の数までご存じだと? 本当にそれ程多くの……いや、事実かどうかは関係ありませぬな。……しかし、レスターと簡単に取れる土地だけでも十分ではありませぬかの? ケイの土地を手に入れるのは誰もが望む悲願、オウラン殿の威名も益々高まると思うのじゃが」
そして、それを発案した自分の息子と山部族の名も、ですかね。
より派手で大きい功績の場を欲してもいるのでしょう。
「まだまだ問題があります。其処まで苦労して確保しても、今乱世となってるケイの諸侯だって、我ら相手であればある程度手を結んで当たるでしょう。後方の水部族を唆して攻めさせ、西のスキト、東のビビアナが攻めてくるのも考えられる。あー……ビビアナ・ウェリアは知っていますか? 全兵力二十万を超えるケイ帝国最強の諸侯を。今ランドで他の諸侯全てを敵に回して戦っていますが、僅かに劣勢程度だそうで。ああ、劣勢と言っても彼女は死にませんよ。逃げ帰るだけの力は十分にあるはずですから」
「い、いや、名を小耳に挟んだ程度じゃ。……何故其処まで遠くの事を知ってなさる。雲からお聞きなさったのか?」
雲とビビアナが今領地が隣り合ってる事まで知ってましたか……。
しかし雲……領地が隣り合っていてもわたしの方が多く知ってたのには、失望を超えて悲しくなりました。
……まぁ、一昔前のわたしだって、日々の生活に追われて全く関係なく生活しているケイの諸侯についてなど全く知りませんでしたが。
ただ近頃は我らを兵に使おうと接触してきている諸侯も居ますし、もう少し調べていて欲しかったです。
「それもありますが、ダ……自分で調べました。そのトークのほぼ隣に居るビビアナですが、我等がケイの土地を攻めとれば必ずや侵略してきた我らを追い払い、ケイでの名誉と領地を得ようとします。
そうなれば水とスキトに後方と西を脅かされ、トーク領の残っている城にビビアナの兵が入り、我らの隙を見ては出撃して荒らしていく。十年土地を保つのも無理でしょうね。後は昔の苦しい生活に逆戻りです。ケイの人間は我ら三氏族の物を簡単には買わないでしょう。狙うのを何処の土地にしても殆ど同じ事が起こるとわたしは考えています。
大体、我々は全員が馬に乗り矢を射れるお陰で、戦える者の数だとトーク領を遥かに超えましたが、民の数では未だにトークだけの半分程度なのですよ? 十万の兵を無くせば我らは回復までに数十年掛かりかねないのに、彼らは数年で戻ってしまう。……良いですか。二度と下らない提案でわたしを煩わせないでください。カルマが我らに脅威を感じる事が無いよう全力を尽くし、友好な関係を維持する。これ以外に手はありません」
「余りに、相手を賢く考えすぎでは無いかの?」
「相手の失策を期待するよりは良いと思います。それにカルマ、グレース共に知っていますが大変賢い人たちですよ。当然それ以上に力を持っているビビアナだって、賢い臣下を数多持っている筈です。わたしの思いつきより更に酷い目にあってもわたしは驚きません」
……ジャムカは、未だ自分の案への未練が見て取れますか。
本当に血の気が多い……。
しかしガンホウの目には理解が表れ始めている。
ならば良しとしましょう。
皆様、新しく匿名希望の方がご自分のイルヘルミ像を絵にして送って下さりました。
以下のように仰せです。
実は前からイルヘルミさんのイメージが掴みにくいなと思っており時間があったので描いてみました。
絵師ではありませんので他のお二方と比べると荒い部分もありますが良いように扱いください。
レナスぽい三つ編み、チビ、巨乳、肉食系という情報は拾えましたが他の要素を見落としてる可能性大です。
加えて「黒いズボンに、黒い胸元がぱっくり空いてるアカデミー賞ドレス風味の服」が上手くイメージできなかったので普通にアカデミー賞ドレスになりました。これも申し訳ないです。
との事でこちらを下さいました。
ぬぅ、十四歳の吸血鬼に見えまする。
Youヘソ好きでしょ? いえ、服の上からでもヘソのくぼみが見える程張り付いた服、というのが好きなんでしょ? 分かります。
でも、一つ言わせてください。一応この人三児の母で、日光の元でも指揮をする武将で、今三十一とかなんです……。
ご都合により、ケイで耳が長い人は老化が遅いって事にしてますが。
四十後半までは出産するのもそこまで珍しくないって事でよろしくお願いします。
日焼けもラノベだと日光の下で戦ってる姫将軍の肌が、真っ白とか毎度の事ではあります。
匿名希望様、絵を描いて下さる程拙作を好んで下さり感謝いたします。