グレース、酒宴でアイラを確かめる1
今日はアイラ、フィオ、ガーレを呼んでの酒宴。
近頃は新しい領土も安定してきたし、北方の獣人たちの対処も草原族の手伝いで例年よりもずっと上手く行ってる。
久しぶりの平和な日々。
素晴らしいわ。
ダンが居ないのもあって、乱世が始まる前に戻ったかのよう。
とは言え幸せを噛みしめてばかりも居られないのよ。
リディアとラスティルは絶対に必要な人材、お陰で何故か二人を配下としているダンに要所要所で大きな顔を許してしまっている。
あの二人が配下……惚れた弱みな訳が無いし、意味不明だわ。
不明でも事実は事実、こんな状況は酷く危うい。
彼が無茶な事を行おうとしたら、内紛が起こってしまうかも。
それなのにダンは何もかもが不透明。
俸給も特に欲しがらないし、どんな欲があるのかさえ分からない。
あの野ろ……ダンが居ない今のうちに、出来れば弱みを、それが駄目でも出来るだけ多くの情報を仕入れておかなくちゃ。
とは言え、一緒に住んでるアイラに聞いても駄目よねぇ。
何かを調べたりしないあの娘が、どれだけの情報を持っているのか。
姉さん相手でも臣下ではなく、友人程度にしか見てなかったアイラが、姉さんに何一つ勝ってないダンの配下になってるなんて未だに信じられないわ。
人としての器の差なんて、蛇と龍じゃないの。
出来れば、今日の酒宴でどれ程の忠誠心を持ってるか調べましょう。
***
「アイラ殿~♪ お酒をどうぞ。こちらの肴も中々っスよ~♪」
「うん、有難うフィオ、貰う。この炒め物も美味しいよ食べるなら取ってあげようか?」
「はい♪ 頂くっス……うーん、流石アイラ殿のお勧め、美味しいっス。酒宴を開いて下さったカルマ様には感謝っス」
ほんっとに幸せそう。
……あたしも不必要な時にはこれくらい能天気になりたいわ。
「本日あるのは皆のお陰だ。酒も食事も十分に用意した。好きなだけ食べ、飲んでくれ」
「はっ。頂きますカルマ様」
「そうだガーレ、今宵は無礼講だ。何か不満があれば申してみよ」
「特に御座いません。十分重用して頂いております。ただ、そろそろ戦いが欲しいですな。今年は獣人どもの襲来さえ、辺境に置いた草原族の奴らが追い払ってしまい殆ど我が戦斧を振るえませなんだ。……ま、近いうちにあるのだろうグレース?」
「本当に戦いが好きね。……あるわ。もう準備を始めている。ただ、ランドで今行われてる諸侯の戦い結果次第では無くなるかも」
「む? 隣のチエン領を取るのだろう? 可能ならばビビアナを利用すると言う話ではなかったか?」
「そのビビアナが勝つか負けるかまだ分からないのよ。勝つか、負けて死ねば当然利用できない。そうなったら今連合軍に参加してる三人が帰って来て、万全の態勢になってから攻めた方が良い」
「……俺一人でも、と言いたいが、あいつは山賊崩れなだけあって山を砦にした本拠地を持っていると聞く。少々厳しかろうな。しかし……利用すると言ってもどうするのだ?」
「そうね……ビビアナが領地へ帰るには、黄河を渡らないといけないわ。でも全ての兵を一気に渡らせる程の船は無いはず。何処かで何度も船を往復させる必要があるの。当然凄く危険よ。兵の分散になるし、傷病者を守らないといけない。そこで、我々の船を上げるだけじゃなく、渡る場所の確保か何かを手伝ってあげようと思ってるわ。
そしてうちの領土かチエン領に兵を降ろした後、ビビアナ領まで帰るにはチエン領を通って関所を壊さないといけないじゃない? その後を付いて行って橋頭保を確保させて貰おうって所ね。当然秘密裏に。トーク、ビビアナの同盟は知られるのが遅ければ遅い程両家にとって有利だもの」
「成る程……しかし、チエンもビビアナに付こうと考えていたらどうする?」
「今チエンは反ビビアナ連合側に付くと声明を出してる。第一負けて逃げるビビアナと接触を持つ為、ずっと網を張ってるあたしたちより先に接触は無理よ。あそこには先を考える軍師が居るって話は聞かないもの。
ビビアナには交渉する時、お互いが隣同士になって協力する為、チエン領を取る予定だと話すつもり。そうすればチエンが何か言って来ても拒否するでしょう。一番苦しい時に最も欲しい助けを与えたのはカルマ・トーク。最も信頼できる唯一の盟友もカルマ・トーク。こういう事よ」
「……成る程な。しかし……グレース、そのやり方、お前もあいつに影響されているのではないか?」
……ちょっと考えてた嫌な事を、指摘しやがったわね。
そんなんだから官僚、特に女性たちが脳まで筋肉だと言うのよ。
「そうか? 最も良い策を採っているだけであろう。もしも影響されてるとしても、ダンよりもリディアの影響に違いない。グレースは日頃からリディアと働く機会が多いからな。ダンは二人の指示通り動くだけだ」
「そうでありましたか……。確かにリディアも同じような、有効であれば他を気にしない策を採る奴だ。所で……ダンは本当に主君なのか? 全ての功績がリディアの物となっている以上、リディアが主君だと俺は思っている。能力的にもな」
「……どうなのかしらね」
実は同意見。
主君は臣下よりも名声があるからこそ、主君で居られる。
兵と人は実績のある人間に付いていくのだから。
あたしと姉さん程に信頼関係があるなら話は別だけど、元庶民と貴族の間にそんな関係があるとは思えない。
ただ……リディアの行動には全て理由がある。
何も無しに頭を下げるとも思えない。
「とにかく、ガーレには期待してるから。それと知られない範囲で準備しておいて」
「分かった。……腕が鳴るな。何とか戦になって欲しいものだ」
「は~~、アイラ殿とこうやって食べ飲める幸せ……何時までもこんな時が続けばいいっス……」
「……うん。そうだね……」
こ、こいつら……こっちが真面目な話を直ぐ横でしてたのだから、少しは聞きなさいよ。
「……うう、あいつが帰ってこなければ、ずっとアイラ殿と一緒に過ごせるっスのに……」
「フィオ、ダンの配下にならない? そうすればもっと一緒に居られるよ」
「嫌っス。フィオの主はアイラ殿だけっス。大体あいつがアイラ殿ほどの武人の主君なんて身の程知らずっス! あいつはアイラ殿の優しさに付け込み過ぎっスぅ~」
あー、アイラの胸に抱きついて頭を振ってる。
フィオもそろそろ二十なのに……酒が入ってる所為か甘え方が酷いわね。
しかし、アイラがフィオを勧誘するなんて……。
「リディアも前言っていたけど、アイラまで彼の配下になれと言うの? 何処にそんな魅力があるのか分からないわ。その勧誘はダンの命令かしら?」
「ダンとリディアは良い人だよ。……味方だったら。命令はされてない僕が全員でダンの配下になるべきだと思ってるんだ。僕たちは皆ダンが居たからこそこうやって生きてられる。それに……うんと……。リディア、そう、リディアの方針に皆で従えば、僕たちは強くなるもの」
……それだと、リディアの配下じゃないのかしら。
「つまり、あたしと姉さんに従ったら弱くなるって言うの?」
「うん。そう」
欠片の躊躇も見せずに言うとは、流石アイラだわ……。
ああ……姉さんが落ち込んでる……。
「ワシが領主となってよりずっと共に働いてきた者から、ここまで言われるとは情けない……。仕方ないのだろうな。実際今我等が動いてる方針はリディアの物なのだから……」
「ち、違うわ姉さん! 主君に必要なのは献策をきちんと判断出来る能力よ。高祖様もそういうお人だったでしょう? 自分に能力は無いけども、数多の賢臣を使ってこのケイ帝国をお創りになられた。自分を主君と認めないような人間の策でさえ、公平に判断出来た姉さんは素晴らしいわ。悪いのはあたし。主君の威を脅かすような策よりも良策を提示できなかったあたしなの」
「どっちが悪いかよりも、……うんと、リディアの考えがずっと一番なのが問題だと思う。……カルマたちと、リディアの話を両方聞いた僕には分かる。リディアの方が乱世では勝ってる。だから、皆でダンの配下になった方が僕たちは強い」
くぅっ……悔しいけど、この乱世を生きる才ではリディアに勝てないのは事実だわ。
今はまだ経験不足な所もあって、あたしとフィオが居ないとトーク領を回すのは難しいだろうとは思う。
けど一緒に仕事をして良く分かった。
リディアにとって、全ては己の目的を達成するための要素。
人は単なる数、自分の情さえ完全に支配し、揺れる事は無い。
一方あたしは何より姉さんの立場と感情を考えるから、どうしても思考の幅が狭くなってしまう。
考え方が違いすぎて勝てない……いえ、能力はともかく彼女よりも乱世に向いた心を持っている人物なんて存在しないのでは、とまで思える。
でも此処までトーク家を築き上げて来たのは姉さんとあたしよ。
あたし達が配下になるなんて、全く筋が通らない。
「いいえ。リディアにどれほど才があろうとも、この土地の侯爵はカルマ・トークよ。誰であろうとも姉さんが居るからこそ、才を発揮できるの。道理に反してるのはダンじゃない」
「道理なんて殺し合いでは何の役にも立たない。……グレース、その道理に従わせる為に、オレステに勝った後に招いてくれた宴の一週間前、夜中に刺客を送り込んだの?」
やはりあれはアイラが防いだのね。
「何の話かしら。初めて聞いたわね。刺客なんて物騒な物がレスターに入り込んでいたのだったら、教えて欲しかったわ」
「な、なんですと!? グレース殿、アイラ殿に害を加えようとしたっスか? 絶対に許さないっス!」
「違うよフィオ。あの三人は弱かった。僕を狙うとしたらあの程度を使ったりしない。狙いはダン。多分僕がダンを守るかどうか試したんだと思う」
正解よアイラ。
あの時は目先の問題が片付いたから、調査を始めようと思ったのだわ。
兵を持っていない彼がどう反応するか見る為。
ついでにこっちへ来て貰って、二人きりで話し合いをし、因果を含められれば尚良い。
駄目でもダンへ報告するだろうから、示威行動くらいにはなると思ったのだけど。
何の反応も無かったのよね……。
「三人も来たの? それは大変。ダンの事だから、さぞ怖がってたでしょう?」
あら?
アイラ、凄く変な顔。
……見た覚えが無いような表情……困ってるのかしら? 何を?
「……すっごく大変だったんだよ? 何とか家の中へ入られる前に気付けたから、音が出ないよう素手で殺して。それでも物音がしてダンが起きて来たから誤魔化さないといけなかった。死体を街の外に埋めるのも三人は大変だったし。グレース、二度としないでね。次はもう助けないよ」
アイラが隠していたのか……。
それは確かに大変だったでしょう。
でも、どうして其処までして隠したのかしら?
「グレース、本当にそのような事をしたのか? ワシは聞いていないが」
「姉さん、あたしは知らないわ。ダンの事だから誰かから恨みを買ったんでしょ」
「うううぅう、アイラ殿、あんな男の為に其処までする必要は無いっスのにぃ。あいつは今レスターで働いてる草原族皆からさえ軽く見られている、はっきりと言えば馬鹿にされてる程度の男っスよ? 良禽は木を択ぶと申します。忠誠は正しい人間に捧げて下さいませ」
「……皆? フィオ、どうして皆だって分かるの?」
「それは勿論尋ねたからっス。文官、街の警備をしてる奴ら、両方から。昔少しの間だけ此処には来てない一部の者に文字を教えたらしくて、それは感謝されていました。だけど、乗馬や騎射の練習でそれはもう無様を晒したと聞いたっス。遊牧生活のあいつらだと、同じ氏族でも一部の人間しか直接は会えてないのに、ケイ人の中には此処まで乗馬の下手な人間が居る。そうオウラン氏族の隅から隅まで知れ渡ったのだとか。加えて生活の仕事が何一つまともに出来ない奴と、あの男は笑い者だったっスよ」
大変多くの方から評価頂きました。有難うございます。
朝起きて評価の数を見て鼻水が出ました……。
さて皆様、物見櫓様から支援絵を又も頂戴致しました。
以下のように仰せです。
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ダンとリディアを改めて描き直しました。
ダンから胡散臭くも意味深な雰囲気が伝わってくれれば良いと思います。
あと少し表情柔らかくしました。前はなんか不気味さを押し出しすぎたので。
リディアさんが持っているものは貴族が持ってそうな本みたいな物です。知的イメージで攻めたかっただけ。
というか紙が普及しない漢代がメインな文明レベルなら木簡・竹簡こそ主流なんだろうが、そこはほら、物語は古代中国じゃなくエルフや獣人、魔力が存在するファンタジーな世界だし、なにより現代知識を拡散してくれている真田えもんがいてくれるんだから、多少はね?
むしろカメラとかコンロとか全自動なんちゃらなど色々オーパーツが登場する某夢想エロゲーに比べれば遥かに許容範囲だと思うの。思わない?
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うん。思う。
知らない方の為に述べますと、とある三国志を元にしたエロゲーには何故か現代センスに満ちたメガネを付けた武将が出てきたりとか色々ありまして。
尚史実でそんな眼鏡が産まれたのは1850年くらいみたいですね。
それと……これは見透かされてるのでしょうか。
真田総一郎が持っている腹案の中には、当然紙を作って売るのもあります。
曹操が孫子に注釈を加えて世へ出したように、孫子的な物を本にして売ろうとかも思ってます。
そうしたら『な!? たったこれだけの薄さ軽さで孫子(的な物)が全て読めるだと!? さ、真田……なんて凄い人物なんだ……』ってケイ中の知識人に戦慄が走る……んじゃないかな。
石鹸も考えてるよ。当たり前ですね? 作中で出てくるかどうかは不透明ですが。
まぁ、そんなどうでもいい話よりもこのダン君、スタン……いえ、己の精神力を特殊な背後霊に変え、その力によって空中で足を組んでる様に見えてしまいました。
赤いオーラは流す血の量の暗示、浮かべる笑みは確定した勝利を相手に知らせる笑み的な?
ちょっとアレな所で気に入ったのは、手袋をしている所でしょうか。
指紋や、緊張を手から見て取られないようにしてるって設定なんてどーよ。
リディアはこの抱えてる本がネクロノミコン的な物にしか見えません。
特に目付きが怖くて素晴らしいですね。
凄く、人ではなく物として見られてる感じがして特殊な性癖が満たされそうです。
物見櫓様、支援絵感謝申し上げます。
皆様、出来ましたら絵の感想をお願い致します。
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