真田陣営の飲み会2
「しかし、ロクサーネ殿の動きがそちら二人の策とは感服つかまつった。世には隠れた賢者が居るものよ」
「今賢者と言えばグレース・トーク様じゃないですか。小職も軍師のはしくれ、是非グレース様から学びたいと思ってます。レイブン様、オレステとウバルトの戦い、どのように戦ったのですか? どうかお教えください。一生の指針と致します」
フェニガが躊躇なくゴマをすっている。相変わらずだ。
自分の才知に確固とした自信を持っていて尚、このような姿勢を取れるのには感心する他ない。
あの戦いの詳細を何とかして掴みたい、つまり全く掴まれていないのか。
さもあらん。
我等将軍でさえ、自分がする仕事以外の情報は与えられていなかった。
「ああ、オレステとの戦いか……。すまぬ。こちらに来てから多くの者に聞かれている。されど何も話さぬようグレースから厳しく言われていてな」
「しかし妙策による話を大きく広めれば、有為の人材が仕官しに来ますよ? お望みであれば小職が知ってる人材たちに話を広めます。是非ご教授を」
「ほぉ。ではフェニガ殿がトーク家に仕官すればよい。そうすればグレースも詳しく話してくれるであろう。如何」
おっ、中々良い返しを。
それにしてもフェニガは相変わらず狡い。
今の言葉も人材に話を広めるとは言ったが、仕官させるとは言ってないとでも言うに決まっている。
「それは非常に良いお話。しかしソウイチロウ様に忠誠を誓ってしまいましたので……。はぁ、駄目ですか。己を知り、敵を知れば百戦危うからずと言うのであれば、己を教えなければ百戦勝てるという事でしょうかね?」
「さぁな。武しか知らぬ身では分からぬよ」
名前を出されているグレースさえ分かってないのだよフェニガ。
しかし……こうして聞かされると、ダンの隠蔽がどれほど徹底しているかよくわかる。
こちらに来てからはグレースの名をよく聞くのに、リディア、ダン共に全く名を聞かん。
これ程の名声を奪われて何とも感じないのであろうか?
この乱世は大きく名を上げ数多の物を手に入れ、正史に名を遺す機会であるのに。
拙者だって物はともかく、武人としての名は欲しい。
庶民の出であるダンならば、貴族への嫉妬や憧れを持っていて当然。
普通立身出世に必須な名声をグレースに奪われるのは耐え難い屈辱のはずだが……。
……この場に居ない者について幾ら考えても仕方ないか。
機会を得られれば聞くとしよう。
さて、飲もう。
***
「うう……ソウイチロウ様ぁ~自分を見捨てないでくださいぃ。どうか、汚名返上の機会を。自分はもっと出来ますぅ」
「い、いや、見捨てるなんてとんでもない。俺は今回の働き、とても満足してるよ? う、でも、その、近い近い。飲み過ぎだってロクサーネ」
「あー! 義姉貴ずるいぞ! オラ、次はオラの番だ! ソウイチロウ兄、次はオラが名を上げる番だろ? な?」
「あー……。アシュレイも飲み過ぎてる……。誰がどんな役をするかは、その時々によって軍師が決めるんだから、俺がどうこうするって約束出来ないよ」
「かーっ! ソウイチロウ兄、兄は主君だろ? オラたちより軍師が大事だってのか? もっとオラたちにも構ってくれよぉ」
「そう、そうですよ! アシュレイは良い事を言った。武人にしてセキメイ、フェニガに勝る智を持つソウイチロウ様が其処まで遠慮する必要など御座いません。ソウイチロウ様はもっと自分を使うべきです!」
かんっぜんに飲んだくれている……。
一応他の軍の人間が居るのも忘れているのではないか?
「はぁ……。軍師は何時だって将から理解されないものなのです。辛いのです……。わたしは何時だって真田家の為だけを考えて策を出してますのに。二人とも地味な仕事や忍耐力の要る仕事は嫌がるですし」
「本当そうなんだよな。真に功があって、重要な仕事は派手な仕事じゃないんだけど、其処らへんを武一辺倒の人間はどうしても理解してくれねぇ。ソウイチロウ様、その二人を調子に乗らせるのはやめてくれよ。戦いは派手な所ばっかじゃないって言ってくれねーと困るぜ」
「う、うん? そ、そうだね。えっと、それより誰か俺を助けてくれない? 俺二人に引っ張られて酒も飲めないんだけど」
「ソウイチロウ様、諦めた方が良いよ。将たちの不満を聞くのも領主様の役目だから。お酒飲みたいなら、後であたしがきちんとお酌してあげる。ね♪ 約束だよ。あたしも聞いて貰いたい話があるし」
「い、いや、明日もあるし寝ないといけないからね。それにユリアとは俺たちが今後どう動いていくべきかって事でしょっちゅう二人で話してると思うんだけど……」
「はぁー。どっかに武だけじゃなくて知もあって、表面上は飄々としていても芯の所では律儀で信頼できるそんな武将が居ないかなぁ。勇猛な将ならば誰でも嫌がる兵糧護衛をさせられても、愚痴らないような見識があると尚いいなぁ。これ以上ないほど厚遇するのに……」
「そんな人は滅多に居ませんですよ。そんな芯の所まで知るには、何度か共に戦う必要もあるですし。……でも、欲しいですね……主君の寝所を守らせても大丈夫なほど律儀な槍使いが」
……。
なんともワザとらしい。
しかも二人でこっちをチラチラと見ている。
うーむ……カルマ殿に仕官したと話はしたのだが。
流されてそうなったという感じで話したのは、まずかったか?
しかし、寝所……拙者も木石では無いのだから、ひょっとするとひょっとするぞ?
ま、他所の人間が言うと洒落にならんので言わぬが。
「なぁ、ラスティル」
「なんだレイブン……と、酒臭すぎるぞ飲み過ぎだ」
「いやいや、宴の席であればこの程度。それよりもロクサーネ殿はまこと見事な人だと思わんか。あれだけの武功を建てたというのに褒美をねだるのでは無く、更に働く場を望むとは。これこそ正史に名を遺す英雄の素質よ。感じ入った。感じ入ったぞ某は」
い、いや、あれはそう言う物ではなくて、昔から女として慕っているサナダ殿に構って欲しいだけだと思うが……ってもうこちらを見ておらぬ。
あ。もしや……。
「よし……決めた」
「ま、待たれよレイブ」「ロクサーネ殿。お話があり申す。是非お聞き願いたい」
「えっ。あ、はい。何でしょうかレイブン殿」
「ロクサーネ殿の武勇、お人柄、非常に貴重な物。某心から感じ入り申した。付きましては、某と婚姻するのを真剣に考えて頂けないでしょうか。そうすれば我々トーク家、サナダ家の間を取り持つ架け橋ともなりましょう。正に良いことづくめ。是非お考えを」
「「「「「「ぶふぅっ!!!!」」」」」」
くぁっ。言ってしまったか……もういい楽しもう。
突然すぎてサナダ殿以下全員が混乱している。
いや、フェニガだけは冷静に考えてる様子。
流石軍師は違うと言うべきか。
セキメイは……ああ、サナダ殿を慕ってる為に邪心に惑わされている。
『二番目の好敵手を排除すれば、当然わたしの手に入れる親しい時間が大きく増えるかもです』って、それを口に出すのは流石にどうなのだ。
「あ、あのレイブン殿、それはロクサーネがカルマ様の配下になるという意味ですよね? それは、その流石に困るんですけど……」
「うむっ。であろうとも。一つ解決方法はござる。サナダ殿たち全員でカルマ様の配下となれば良い。我らは郡を治めるほどの人材に不足していましてな。現在サナダ殿がお持ちよりも大きな領土の管理を任せようとグレースも考えるはず。加えて今サナダ殿の立場は危うい。今の領地から逃げなければならなくなった時、カルマ様の下に客として留まり、やがて功を立てて領地を貰うという手がとれるようになるかもしれませぬぞ?」
おお、思ったよりもずっと論理だっている。
ガーレならばこうはいかん。
しかし酒で気が大きくなりすぎだ。
配下になるよう勧誘するのならまだしも、客として等と言うのは余りに不味い。
主君が疑り深ければ、反逆の意思ありとして首を斬られかねん。
カルマ殿ならば確かにあるいはと思うが、ダンとリディアの意思は……気が大きくなって取るに足らぬ問題と感じているのか?
ま、多分問題にはならんだろう……先ほど一瞬サナダ殿の方を窺ったロクサーネが頷くとは思えぬ。
拙者としては、この乱世でサナダ殿たちと強い縁があれば心強いと思うが……全体の方針を決めるのは武人の分を越えている。
……うーむ。我ながら慎み深い良い武将だ。天下一かもしれん。
「それはカルマ様とグレース様の意思を含んでの話ですかね?」
「まさか。つい先日の戦まで、ロクサーネ殿は名しか知らなかったのだぞ。とはいえカルマ様がお喜びになられるという確信はある」
フェニガがこちらをチラッと見た。
知らぬ知らぬ。酒の席だ何とでもなる。楽しませてくれ。
ああ……酒と肴が美味い。
「ふむ……確かに縁を繋いでおくには悪くない相手……。全ては我が主とロクサーネの考え次第かな。ロクサーネ、どうよ? レイブン殿は智勇兼備の方として名高い将、お前と真田家にとって非常に良い話だと思うぞ」
あ、こいつも分かってるのにこの言いよう。
楽しむ方向に持って行ったな。
「えっ……そ、その自分は。……うくっ。そ、ソウイチロウ様の御意に従います……」
おお、健気な。
必死に取り繕ってはいるが、手の震えが抑え切れていない辺り、中々趣きがある。
さて、サナダ殿はどう答えるのか。
男の見せ時だサナダ殿。
「俺の………………。俺の考えは……。
レイブンさん、良い話なのは分かるんだけど、俺は頷けない。ここに居る皆とは栄光恥辱を共にすると誓った。なのに未だ苦労のみしか共にしていない。まだ別れたくないんだ。
それでなくとも突然の話過ぎて……ロクサーネもまだ迷ってるみたいだし、お互いをより知るのが先だと思う。それでいいかな、ロクサーネ?」
「は、ははっ! 御意のままに」
……煮え切らぬ。今一面白みも足らん。
……それでもロクサーネは満足か。
口がにやける寸前だ……独り身としては少々不快感を感じずにはおれん。
ふむ? フェニガも満足気にしている?
ああ、トーク家との話を拒否せず、ロクサーネを出さずで賢い答えだった。といったところか?
さて、断られたレイブンは……残念そう。
……ま、相手が悪すぎたのだレイブン。諦めよ。
「そうか……残念でござる。しかしロクサーネ殿が素晴らしい御仁であるという考えは変わらん。是非友になって頂きたい。この乱世、何時敵となるかも分からぬが、だからこそ英雄と会えた時には縁を大事にしたいのだ」
「…………お言葉、嬉しくあります。しかしっ! 今すぐには返事を出来ません。自分は友を選びたく思います。自分は虎であり、犬とは友となれませんので。今度共に鍛錬をし、お力を見せて頂けませんか? 其の後お答えしたく思います」
おお……酒が入っているとはいえ、これは酷い。
自尊心が高いにも程があろう。
レイブン殿がイルヘルミに認められたという話は此処にも聞こえていように。
……やはり危ういなロクサーネは……さて、レイブンはどう答えるのか。
「ほぉ。何という矜持。いや、それでこそ某が見込んだ方だ。よかろう。折を見て某がこれまで積み上げて来た物を見て頂こう」
なんとまぁ、器の大きい事よ。或いは惚れた弱みか。
「はい、楽しみにしておりますね」
ま、余興としては悪くなかったか。
レイブン殿の能力は確かなものだし、二人の友情は確固とした物となろう。
お互いにとって良い縁となるのを祈るとしようか。