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ソラの戦い

 ダンが真田の陣地を調べてから二週間が経った。

 この間アグラを大将、妹のグッドを副将とするビビアナ軍八万は、夜はソラの街に籠り、昼は城壁間近に布陣してテリカ率いる反ビビアナ連合軍へ正面決戦を迫る使者を出すなどの挑発をし続けてきた。


 対してテリカはソラの南一日の距離まで移動すると、何とかして相手をソラの街から引き離し、あわよくば伏兵によって一撃しようと一週間以上の間手を尽くし続けた。


 しかし短慮と言われるアグラから見ても、毎日決戦の構えを見せている相手を更に引き出そうとするのは、策の存在が見え透いていた。

 結局テリカは時を無為に過ごす結果となり、テリカの指示に従って動かされ続けた将兵と、何よりも兵糧を出しているマリオの不満に押し出される形で、不本意ながら正面からの戦いをしなければならなくなった。


 これによりテリカが陣を敷いて十五日目の良く晴れた午前九時、戦いが始まった。

 アグラ側はグッド率いる歩兵六万五千を城壁と並行して横に並べ、自ら率いる弓兵一万を城壁の上に配置し騎兵五千を予備兵力として城内に置いている。

 これはホウデの指示であった。

 敵が横を突こうとしても城壁からの弓と予備兵力である騎兵で逆に相手の横腹を突けて援護し易い。

 これにより相手のぶつかる場所が城壁から最も離れている歩兵の正面しかない。

 消耗戦、単純な力のぶつかり合いを相手に強制させようという強い意思が見える陣形である。


 テリカもそれに応じるしかなく、九万の兵の内、五万の歩兵をマリオ、イルヘルミの配下に率いらせて横に並ばせた。

 そして弓兵一万強と残りの歩兵一万五千を自分の配下三人に五千ずつ率いらせて一万五千の予備兵力とし、全軍の騎兵四千をサポナの下に付け自分は後方にある見晴らしの良い丘から全体の指揮をとるとした。


 戦いは大将同士の論戦もなく、無言のまま始まった。

 アグラはそういった物に欠片も興味が無く、テリカは名声を高める為に出来ればしたくあったが、一応の指揮権しか持ったない自分が上にたった発言をすれば如何にも僭越だと考えた為である。


 最初は弓の射程ギリギリから相手の歩兵前部を狙った撃ちあいである。

 ビビアナ軍からは城壁の上から整然と、テリカ側からは幾らか分散して矢が飛ぶ。

 矢の雨の中互いの歩兵が盾で耐えつつ前進していく。

 被害は武具の質で劣るテリカ側の方が多く出ている。

 テリカにとって苦々しい結果ではあったが、予想してもいた。

 その為、兵には速足での前進を指示してある。

 ただし、盾兵を最前線に置き後ろに(げき)を持った兵を並べた防御的な陣形によって。


 テリカは単純なぶつかり合いでは勝てないと考え、勝つよりも負けない事を目指していた。

 僅かとはいえ武具の質で劣るだけでなく、自分たちが寄せ集めなのに比べ、相手は一つの軍として訓練された精鋭だからだ。

 

 それを見たアグラは


「お前らぁ! 敵は正面からの戦いを挑んできたぞ! しかも烏合の衆! 根も葉もない中傷をした卑怯者どもに身の程を教えてやる機会だ! 押し潰せぇ!!」


 と兵達に檄を飛ばし、細かい前線の指揮はグッドに任せると、自身は城壁の上に置いた椅子に座ってゆうゆうと出番を待つ事にした。


 一方テリカには余裕が無い。

 自軍の前線が押されるのは目に見えており、その瞬間に予備として置いてある配下を向かわせて援護しなければ敗北は必至。

 眼下に広がる五万の兵の何処が崩れるのか、見続ける必要があるからだ。

 全体を見通せる晴天の日を選びはしたが、もしも雨が降れば直ぐに兵を引かせると決めている程であった。


 開戦してから一時間、最前線で様子を細かく見て来たリンハクがテリカへ報告に来た。


「テリカ様、六割の戦線で押されております。すぐさま陣が崩れはしないでしょうが、これから忙しくなりましょう」


「そう……。分かっては居た事だけどジャコ、メント、カーネルの三人には苦労させそうね。最右翼を任せているサナダの所はどう? 私としては一番心配だったのだけど」


「それが全体で最も良いかもしれません。攻める気は全く無さそうですが、サナダ自ら陣頭に立って兵を鼓舞してますし、配下の将軍達は稀に見る勇将のようです。崩れる心配はしなくていいでしょう」


「はー……義勇兵もどきを指揮してそれは凄いわね。ならばもっと頑張ってもらいましょう。リンハク、貴方に右翼を任せるわ。サナダに負担をかけて凌いで。残りは私が何とかする。……やはり勝つのは無理そうかしら?」


「はい。五分の損失とするのにも、テリカ様の類まれな将器に頼るしかない戦いかと」


「類まれな将器、ね。引き分けでは天下の人々がそんな物を認めてくれるとは思えないのだけど」


 不満そうに言うテリカを何とか励ましたいリンハクであったが、言葉が上手く見つからない。

 事実この場に居ない者であれば、テリカがどれだけ不利な兵を持たされてるか理解しにくく、引き分けという結果を大きくは評価しないであろう。

 結局リンハクは事実をそのまま言うしかなかった。


「確かにそうかもしれません。されどこの状況で引き分ければ、この場に居る将兵はテリカ様の手腕を認めましょう。一歩一歩で御座います。それに遠くの場にいようとも、分かる者には分かるはずです」


 ここでリンハクは声を潜めた。


「……もしもマリオの元から逃げなければならなくなった時、再びマリオのような暗愚な者の世話になっては意味が御座いません。とりあえずは分かる者にだけ広まる名声を得られれば十分ではありませんか。それに余りに勝ち過ぎて名声を得、マリオの嫉妬を買っても問題となります。今はこの程度で満足すべきです」


「……確かに。下らない愚痴を言ったわ。リンハク改めて命じる。兵の命を最優先し、温存に努めよ。その為の献策は何時でもしなさい。相手をソラの街に押し込めれば今よりは勝ち目が出る。アグラは籠城に向いた将ではないし、相手の兵糧が置いてあるランドまでの道は一本、遮断も容易いわ。凡戦に努めよ」


「はっ! 承知いたしました」


「……私、攻める戦の方が得意なのだけどねぇ……。サポナは……動かせないのよね?」


「はい。大将のアグラと鉄騎兵が全く動いておりません。こちらが疲れ切った時に自ら突撃し、蹂躙する算段と見て間違いなく。サポナにはその時防いでもらわなければ五分の状況からでも一瞬で大敗かと。……逆の立場であれば、テリカ様もそうされますでしょう? どうかご自重ください」


「……分かってるわよ。ちょっと聞いてみただけじゃないの。貴方は本当に真面目ねリンハク」


「……申し訳ありません。グローサ様の代わりとして、みどもがテリカ様のお気を晴らすようビイナ様にも言いつけられましたのに、上手い言葉を見つけられず……非才の身をお許しください」


「そう返すところが真面目よね……。非才というより付き合いの長さの差なのだから仕方ないじゃない。貴方には感謝してるわ。貴方を見つけてくれた妹のビイナにもね。今グローサは居ない、貴方を頼りにしている」


「有り難きお言葉、必ずや御信任にお応えします」


 こうしてこの戦いがどうなるかが決定された。


 即ち、凄惨な長時間の消耗戦である。

 お互いある程度予期していた事もあり、テリカは後方、アグラは街中に休憩所を置き上手く兵達を交代させて、水を飲ませ用を足させようとした。

 が、十万近くの人数を完全に管理するのは不可能に決まっている。

 当然その場で垂れ流す者が続出し、戦場に付き物である血と臓物の匂いも加わって戦場全体が悪臭に包まれていく。


 この消耗戦は夕方まで続き、両軍とも歩兵が疲れ切って動けなくなる寸前の状態となった。

 そしてこの時、ずっと戦いの衝動に堪えていたアグラが全ての鉄騎兵を率いてソラの戦場側ではない門から出撃し、疲れ切った連合軍の左翼を蹂躙しようと突撃した。


 テリカの想定通りとなったが彼女に出来ることは何もなく、前線の指揮官が上手く対処し、サポナが防いでくれるよう祈るしかない。


 アグラの突撃を見たサポナも、何とかしたくはあったが数で負けている以上横を並走して削り勢いを落とすのが限界であった。

 最も数で勝っていても正面からぶつかりはしなかったであろう。

 幾ら乾坤一擲の勝負としてこの戦場に来ているとはいえ、彼女は領主。

 単なる将軍とは命の価値が違う。

 馬同士が正面からぶつかりあうような戦い方をするのは、冒せる危険を超えている。

 相手がビビアナ本人ならともかく、その配下相手にそのような真似の出来ようはずがない。


 しかし、兵数が負けているというのに横から削っても、完全に勢いを殺すのは無理というもの。

 しかも将は今まで我慢していた分戦意に溢れたアグラ。

 彼は千騎だけを分けて続かせ、残りにサポナの相手をさせて自分は配下全てを置き去りにするほどの速度でテリカ軍の左翼横腹へ馬を走らせた。

 アグラの一撃によって、テリカ軍の左翼が崩壊すると誰もが思った。

 

 しかしその時、必死になって陣形を整え盾を構えてアグラの突撃に対処しようとする歩兵たちの前に、一騎の騎兵が進み出る。

 その者は真田の配下、ロクサーネだった。


 後年、この戦いに参加した兵士は自分が受け持った新兵たちに話す。


「あの時攻め込まれようとしていたオレらは疲れ切っていた。必死になって陣を整えてはいたが、間に合わないってはっきりと分かった。しかし其処に一人立ち塞がったのがオレたちの将軍ロクサーネ様ってわけよ」


「その話知らない奴居ないっすよ? 俺だってその話を聞いて、ロクサーネ様なら俺たちを見捨てないと思ってここの兵に志願したんすから」


「ああ、そういう奴は多いぜ。オレもその時助けられたからこそロクサーネ様の配下になったんだしな。でも正確な話を知ったほうがいい。だからこうやって話してやってんだ。

 で、アグラの前に馬を進めたロクサーネ様を見て皆思ったのさ。ああ、あいつ防ごうとしてくれていい奴だな。だけど一太刀で死んじまうだろうなってよ。あの頃は誰も知らない男爵家の将に過ぎなかったからな。オレら雑兵まで知ってるビビアナの将、アグラに勝てると思う奴は居なかったはずだ」


「その続きはこの街の民だって知ってるっすよ。偃月刀を片手に引っ提げて馬をゆっくり走らせたロクサーネ様は、間合いに入ると気合一閃、大上段から偃月刀を振り下ろす。しかしアグラも名を成した武将、自分の槍を盾にして何とか斬られるのは防いだ。とはいえロクサーネ様の渾身の一太刀を止めきれる訳がねぇ。馬の首を斬らせちまって、アグラは無様にも馬と一緒に吹っ飛んでしまう。そうっすよね隊長?」


「まぁな。太刀筋を見えた奴は居なかったが、槍の穂先みたいなのが飛ぶのが見えたしそうなんだろって事になったんだ。必死になって陣を整えてた最中だってのにオレらは呆然自失よ。だが、その後どうなったかは知ってるか?」


「その後? ロクサーネ様が偃月刀を地面に打ち付けて一睨みすると、アグラの配下五千騎が皆怯み上がっちまったんすよね? 地面に転げてるアグラを拾い上げると兎みたいに逃げだした。つまりロクサーネ様一人で、テリカ率いる八万以上の軍を救ったんだ」


「……他の奴らも……皆そう信じてるのか。……あのなぁ? たった一人が睨んだだけで士気の高い最精鋭の鉄騎兵が怯えて退却するわけねーだろ? 大将を斬られたってのならまだしもピンピンしてんだぜ?」


「は? いや、だって誰でも知ってる話っすよ?」


「まぁな。誰かが勝手に盛った話が聞こえいいからって広がっちまってるのはオレも知ってる。サナダ様も……なんだっけいめーじ戦略だとか言ってあえて正そうとはしなかったみたいだし。けど兵士になるのなら現実を考えろや。

 ロクサーネ様が睨みを効かせたのは本当だ。だが大将を救わんと敵騎兵の勢いはかえって増しちまったくらいだった。で、恰好を付けてたロクサーネ様は真っ青よ。尻に火が付いたってのは正にあれだな。必死こいてこっちに逃げて来たさ。一瞬前まで伝説の武人みたいだったお人が、漏らしそうな顔で走って来るのを見てオレたちは大爆笑だった」


「だったらアグラの鉄騎兵が突っ込んでくるんじゃ。隊長よく生き残ったすね」


「そりゃサポナ様がその鉄騎兵を止めようと奮戦してくれたからだ。それにロクサーネ様が時間を稼いだのも間違いねーぜ? 向こうの兵はアグラを助ける時に突撃の勢いが落ちたからな。その後無様を晒して怒り狂ったアグラに突撃され死人もかなり出たが、その二人が居なければオレも死んでただろう。だからロクサーネ様がオレの命の恩人であるのは間違いないのさ」


「成る程ねぇ。しかしあのロクサーネ様が漏らしそうになって逃げたのか。俺失望しちまったよ」


「はー。お前らほんっと馬鹿な。ロクサーネ様がたった一騎で名を馳せた将と五千の鉄騎兵の前に立ったのは変わってねーだろうが。お前に同じ真似ができるのかよ。それに一日中戦った後だぜ? 確認した訳じゃあないが漏らしてもしょーがねぇだろう。それとも戦いながら尻出せってのか? そのまま槍に刺されて死にてーのか? 両軍合わせて合計十万を超える人間が戦ったって状況を少しは考えろ」


 と言って自分の指揮する兵たちを諭した。

 ちなみにこの話の内容はロクサーネの耳に入り、この小隊長はロクサーネから二日の間、用を一人で足せなくなるほどシゴかれることになる。


 さて、ロクサーネに馬から落とされても配下の馬に乗り換えて突っ込んだアグラだが、陣形を整えた相手に大きな被害を与える事は出来ず、短時間で兵を引く。

 こうして後の世にソラの戦いと言われる戦いは終わった。


 この戦における、死者に戦えないほどの重傷を負った者の数を含めた人数は、アグラ軍10372人に対し、テリカ軍13875人であった。

 この後、お互いに使者をだし協定を結ぶと、日が暮れる前に戦場に残された負傷者を助け出す。

 その後アグラ軍はソラの街で一夜すごしたのちに籠城を嫌い、ソラよりもランドに一つ近い街に陣を移す。

 そしてテリカは敵が去ったソラの街を占拠した。

ロト太郎様から支援絵を頂きました。

お忘れかも知れませんが、ケイ帝国官僚組みのトップ、元料理人で嗜好がマゾい故人。

アルタ・カッチーニになります。


挿絵(By みてみん)


弾けそう。

あ、服ではありません。ロト太郎さんへの感謝がです。

だらしなく、柔らかく描いて下さいました。

髪も柔らかくウェーブしてるのが分かっておられる感じでしょうか?

……首のは……首わ……いや、チョーカーですね。暗示されてるのかな? ロト様も好きだなとは思ってません。

なろう小説では滅多に見ない気がするだらしなさを補給させて頂きました。

大変有難うございます。

ピクシブurlはこちら。

ttp://www.pixiv.net/member.php?id=12051806

絵への感想などがありましたら是非お願いいたします。

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