真田の陣営を調べる
テリカ軍の方へ移動したという事は、参加する諸侯の陣地に直接兵糧を届ける仕事が産まれるのとイコールだ。
スニーキングする必要さえない。
この機会に真田軍の装備を確認しない理由があるだろうか? NO. Never.
で、補給部隊の管理をする一文官として真田陣営に入った訳だが……。
まずやたら兵の雰囲気が明るい。
最精鋭部隊でもない限り、兵達は食うためだけに兵となる。
当然『ダリー。飯だけは食えるから兵になったけど、いけすかない貴族の為に命かけねーといけねーし、訓練はキチーし、マジだりー。スケも居ねーし。略奪してー』という不満が見えるもの。
なのに兵が楽しそうとは……真田とユリアの仕切りが相当にいいのだろう。
訓練の様子を見るに、今のところ特別な装備と戦術を使ってる訳ではなさそうだ。
装備には金がかかり、戦術には訓練が必須だから其処まで心配していなかったけど、確認出来て一安心。
しかし兵糧を受け渡す段になって切れそうになった。
木牛車なんてヒストリカルなもんじゃねぇ、町の人の移動速度と運べる資源量が激増する手押し車と荷車モドキが使われてやがる。
いや……きっと使うと思ってたけどね。
私だってトーク家でも使おうかと思ったし。
しかしそれでも、自分が使えない……いや、使う気の無い技術を目の前で活用されてるとイラッとするぜ。
「なぁ、あんた。さっきからずっと手押し車を見てるが、そんなに面白いかい?」
おう? 微妙に嫌味な感じがする声だが……。
おお……。
すげぇ。
日本人顔だ。
耳が短いし、茶色が入った黒髪を刈り上げてる。
だが……すごくパンピー臭の顔なのに、服装は真田軍幹部が好んで着る現代風。
よーするに綿パンとボタンが使われている綿シャツ……お偉いさんなのか?
年齢は二十歳程度、若いが真田の軍は皆若いはず。
「はい。手押し車と言うのですか、初めて見ました。とても便利そうな道具ですね」
更に言えば運べる資源量が25パーセント上がりそうですね。
「だろ? 特別にアレを詳しく見させてやってもいいぜ? 上司にこんな道具を使ってはどうですか。と、報告すればきっと功績となる。で、代わりと言っちゃなんだがあんたトーク家の人だろ? 今話題のトーク家についてちょいと教えて欲しいんだよ」
おっとー? 恩を着せつつ何を聞き出そうとしてるんですかねこの人は。
当然調べてるのは俺だけじゃあないだろうな。
色々な事実を知ってるのは幹部のみだから、問題は出ないはずだけども……。
「いえ、結構です。それよりも真田陣営で恩を売りつけられつつ尋問をされた。と、レイブン様に届けた方が無難そうですので。兵糧を出して下さってるマリオ様まで伝わるかもしれませんが……」
目の前の人間が真田陣営の幹部だとしても、レイブンとマリオの方が圧倒的に立場は上。
今の私の立場である下級官吏的には、こんなもんでしょう。
「……まぁ、待てよ。小職はまだ何も聞いちゃいない。尋問なんて言うのは捏造ってもんだ。聞きたかったのも、トーク家での世間話程度のもんさ。……あ、酒飲む?」
と言いつつお酒の匂いがするヒョウタンを差し出してきた。
……結構な立場っぽいのに、あっさり下手な感じになったぞ。
いや、最初からだったか?
ちょっとこいつ好きかも。
「いいえ職務中ですのでご遠慮いたします。所でお名前を頂戴できますでしょうか? 真田様御配下の方とお見受けいたしますが」
「あ、すまん。名乗るのが遅れた。小職の名はフェニガ・インザ。真田軍における雑務全般を管理している者だ」
!!!
フェニガ! 真田がホウ統だと見込んだ軍師じゃねーか!
……おい、真田。
お前あっちの歴史で散々冴えない見た目と言われたホウ統と、こいつの普通フェイスをイコールで結んだんじゃなかろうな。
この凄く普通な感じ向こうに居た頃の私ソックリなんだぞ。
喧嘩売ってんのか。それとも考えすぎか。
いや、それよりも目の前のフェニガ君だ。
私は膝を付き、深い謝罪を示す姿勢を取った。
「フェニガ様……? こ、これは失礼をしました。軍師様とは露知らず。お許しください」
「なんだ、名前知られてんのか。軍師と言っても男爵軍の軍師だ。畏まってもらうほどではないだろ。……とはいえ一官吏ではない。だからレイブン殿に変な事を言うのであれば、問題が起こるかもしれないぞ」
あ、下手に出たら脅してきた……。
「元より捏造したりは致しません。事実を伝えるのみで御座います」
「チッ。下級官吏の癖に頑固なやつ。下の方の人間は少しだったら賄賂を受け取ったり、上の人間におもねる柔軟性が必要だぜ? ……ったくよぉ……軍師様と言いつつお前自分の軍の方が立場上だって思ってるだろ? 分かんだぜそーいうの。……ああ、正解だよ。小職は下級官吏であるあんたにさえ強く出られねぇ。可哀想だと思わねぇ? だから親切にだな? ……分かった。話しかけ方が悪かった。軍師として遠方の情勢を聞きたかっただけなんだ。別にその程度はいいだろ? 小職だって連合軍の一員なんだしさ」
……うーむ……スッゲー親近感が……世を拗ねてる感じがしてすごく友達になれそう。
でも嫌だ。真田の奴らには何一つ話したくはない。
が、拒否しても意味がなさそう。
だって真田軍に兵糧運んでるのは当然私だけじゃないわけで、私以外にも聞き込みをしているに決まってる。
ここはどんな質問をしてくるか情報を得させてもらうべきかね。
「はい。一官吏ですので大したお話が出来るとは思えませんが」
「まず名前を教えてくれねーか? 出来れば顔も見たいのだけど」
「申し訳ありません。レイブン様より個人が特定できるような内容を話すなと命じられております」
これは本当にそうしてある。
そうでなくとも名乗る気は無いけども。
「……徹底してんな。じゃあさ、『オレステとウバルト相手に誰がどんな活躍をしたか』ならいいよな? カルマ様の所には勇猛な将に優れた軍師が居ると聞く。グレース殿なんて天下一だ。凄い人たちの話を聞かせてくれよ」
細かーくこちらのプライドを擽ろうと姑息な言い方をするね君。
『ならいいよな?』て。何も繋がっとらんじゃんかい。
しかも本心じゃないよねそれ。
真田陣営にはロクサーネ、アシュレイというラスティルさんと互角の猛将が居ると聞いている。
凄い人とは思ってなかろ。
しかし、この細かいセコさ……イイネ。
「はぁ、分かりました。勿論最大の功労者は策を練り全体の指揮までとったグレース様でしょう。ああ、フィオ様がグレース様をよく支えたとして賞されておりました。またラスティル様、ガーレ様は敵将と一騎打ちをして勝ったそうで。驚いた事にカルマ様御自ら弓を取り戦ったと聞いております。それはもう素晴らしいご活躍だったと雑兵に至るまで話していました」
て、事でね。
全力で皆さまには名声で光り輝いて頂きたいと思う。
光が濃ければ、闇も又……。
何ていうのは嘘だ。
光が強かったら、影、薄くなるんでね。
光があっちこっち反射して影にも光が射すので。
私もそんな感じで薄くなっていきたい所。
有難うグレース。光り輝いて皆の注目を浴び、私の隠れ蓑となって頂戴な。
名声いっぱいやで? 嬉しかろ?
「なるほどなぁ、カルマ様まで弓を取るとはやはり厳しい戦いだったんだな」
「フェニガ、こんな所で仕事から逃げていたのです? わたしにばかり仕事をさせて酷いのです」
おんあ? ワザとらしい喋り方……って……こ、こいつの服装。
いや、今は服装なんてどうでもいい。
真田の軍師であるフェニガにこの言い草、もしやこいつ。
「おいおいよく見ろよ。この人の服、トーク家の兵糧担当官吏様だぜ? 兵糧は軍の生命線。それを握るこの人と親しくなるのは命綱を太くするのと一緒。つまり小職はサナダ軍に大きく貢献してるんだよ。……ああ、酒がうめぇ」
「はぁ……もう、他の軍の人の前でそういう振る舞いはやめて欲しいのです。貴方すみませんですね。この駄目軍師が失礼な真似をしませんでしたか? あ、わたしはセキメイ・リヨウと申します」
やっぱり。真田が孔明だって言った奴だ。
だと思った。一目見た瞬間に分かったぜ。
しかしこの会話……私の口を軽くしようとして?
軽く……なるかもしれないな。普通は。
下級官吏が一軍の軍師からこんな笑顔で親し気に話しかけられたら、嬉しくなっちゃうもんだろうし。
セッコイけど、人の口を緩くするにはこういう積み重ねも大事だと私は思う。
だがそれを下級官吏の恰好である私にするとは……真田の奴、いい人材持ってんな。
「失礼などとんでもない。一軍を差配する程の方と話せる幸運を天に感謝しております。そしてセキメイ様と言えばフェニガ様と同じく、真田様が諸侯の集まる軍議の場で自慢なされたと聞き及びました。お会いできて恐悦の至り」
そう言って深々と一礼。
「えっ。あれがそこまで噂になってるのですか。……流石に恥ずかしいです。えっと、何の話をしていたですか?」
「ああ? いや、トーク家と言えば今天下最高の軍師であるグレース様が居る所だろ? 他にもどんな有為の人材が居るのかってのを聞いてた。ほらラスティル殿、あの天下無双の槍使いで美人のねーちゃん。彼女とガーレという方が一騎打ちをして功績を上げたそうだぜ。なぁあんた、その二人どっちが上の評価をもらったんだい?」
「ガーレ様になります」
「そいつは凄い。あのラスティル殿を超えるなんて……。あれ? 小職はレイブン殿がカルマ様の筆頭将軍だと聞いていたのだけど、レイブン殿の功績は?」
「先回の戦ではお二人の下となりました」
「なんと……レイブン殿は一目見て天下でも早々居ない程の将とお見受けしましたのに……信じられませんです。トーク家は安泰なのですね。あやかりたい程です」
うむ。セキメイは言うと同時に笑顔。どや? 私美人やろ? って感じの。分かっておられる。
褒めるねーキミタチー。
その褒めて尋問するやり方、コロンボでも見たの?
ある意味孔明っぽいやり方だ。
日本人なら孔明自身が策で周瑜をストレス漬けにして殺した上に、弔問をしにいって褒めまくった……死人を褒めて二度殺すをマジでやった印象が強かろ。
そしてその褒め方が余りに名文なので、周瑜の同僚たちが周瑜は孔明の所為で死んだのではなく、周瑜自身が気負い過ぎたから死んだのでは? と考えてしまうというアレ。
ま、当然創作なんですけどね。あれを本当にやったら流石に殺されると思う。
いやぁ、大昔の人の考えるラノベってオリジナリティがあって凄いよな。
鬼畜の所業にしても凄み……いや、エグみが違う。