イルヘルミ、リディアの様子を聞く
レイブンが示した意外な社交性の所為で、ゼドって人が器的に負けた雰囲気が出ている。
かなり悔しそうだ。
「う……ぬぅ」
「はぁ……もう良いであろうゼド。ここまで配慮されて恥ずかしいと思え。レイブン殿、感謝する。しかしあれほどの武勇を持ったそなたであれば、後方の兵糧護衛のみで前線に出るなと命令されさぞ不満ではないかな?」
「いいえ。確かにこれだけ集まった戦人たちの武勇、指をくわえて見るだけなのは業腹なれど、我が主カルマ様に一軍を出して参加する余裕が無いのは理解しておりまする。その中で与えられたこの役目の重要性も。第一与えられた役目に不満を述べていては臣下の道に反するという物」
最初はあんなに嫌がっていたのに上手なお答え。
先日あった軍議の時も思ったけど、想定よりずっと頭が回る人だったみたい。
イルヘルミは益々ご機嫌だ。
「素晴らしい。忠義にあふれる言葉、感服したぞ。聞いたかカガエ。大軍師グレースの業績は、レイブン殿のような優秀な将軍あってこそなのだな」
「勿論でございます。我ら軍師は策をたてるのみ。それを実行するには優秀な将軍が欠かせません。こればかりはどれ程の知恵者であろうと変わりはしませぬ」
「全くだ。そしてわたくしのような領主はその両方が欠かせぬのだ。レイブン殿、こちらのカガエは知っているかな?」
「はい。当然存じております。天下最高の知恵者とまで言われるカガエ・クイ殿でありましょう? お会いできて嬉しく思いまする」
そうレイブンが言うと、カガエは奇妙な表情になり、イルヘルミは一瞬呆けた表情を見せた後に爆笑した。
え、なんで?
「き、聞いたかカガエ? ふはっふははははははっ! いやはや、辺境の人間はかように謙虚だったのか。わたくしは今の今まで知らなかったぞ。それでカガエ、おぬしはどう思う? 己が天下一だと思っておるのか?」
あ、カガエって人なんか顔を真っ赤にしてプルプルしてる。
な、なんぞね。何を怒ってるんぞね。
「……いいえ。我が主イルヘルミ様は我が上におります。私は良くて天下で三番目といった所でしょう」
何この寸劇。
イルヘルミが天下最高だと言いたいんだろ? 遠まわし過ぎない?
「ほぉお。ではわたくしが天下で最も知恵のある者だ。そう言うのか?」
「……いいえ。今の時点では、天下で二番目となりましょう」
あれ? ちゃうん? っかしーな。特別凄い人なんて他に知らんぞ?
私ならリディアわんちゃんと主張する所だが、彼女の業績は全く外に出てないはずだし。
「聞いたかレイブン殿。ちなみにほんの半年前まで、このイルヘルミが天下一だとカガエは言ってくれていた。勿論わたくしの誇りを慮ってだが。忠誠心ある配下とは誠に有り難いもの。そう思わぬか?」
「は、はぁ。先日の軍議における……その、見事な采配を拝見しておりますので、イルヘルミ殿が天下一だと仰っても異論を述べる気は御座いませぬが……」
「おお、おお。とぼけて……おらぬのか。これはこれは。あれ程の武勇を持つ辺境の者にてこれ程謙虚とは、素晴らしい男だ。さてカガエ? 今誰が天下一の知恵者だと思うか?」
御洒落イケメンはなんか眉間にしわがよって、大変悔しそうなんですが……誰なん?
「ぐっ……衆目の一致する所、グレース・トーク。異論を出す者はおらぬかと……」
は?
「は? グレースが……でござるか」
「そうだ。当然であろう? 子爵程度だった主君を大宰相にしただけでなく、三倍の軍を相手にして勝ちをおさめた。あれはグレースの策であろう? これ程の実績を持つ者は今の世におらぬ。此度の参陣速度と手回しの良さも誠に感服した」
あ、あー……なるほど。
私、リディア、グレースの共同作業の結果が全てグレースのお陰となってるのね。
そりゃー、天下一の知恵者ですわ。なんせ三人分だもん。
……あの苦労人が天下一……ぶふっ! 今度会ったら煽……教えたろ。
「確かに此度の参陣準備には某も驚いたが……そうか、グレースが天下一……。イルヘルミ殿からそう言われたと聞けば、本人も喜ぶでしょう」
おいレイブン、ちょいと表情が変だぞ。
実情を知っていたら微妙な気持ちになるのはよくわかるが、もうちょい頑張っておくれ。
「所でこの場だけの話として聞きたい。天下ではザンザが十官に殺されたのもグレース殿の策であり、その後ケント帝王が逃げた先も事前に掴んでいたと噂されているのだが……。本当の所どうなのだ? もしもそうだとしたら、なんらかの魔術を使っているという噂をわたくしも信じなければならん」
深刻そうな内容を、めっちゃ笑顔で聞いて来た。
つーか何それ。
そんな噂が立ってるの?
それ未来予知してても無理じゃね?
宮殿内部に工作するツテを辺境の人間が持つ方法なんぞ無いべや。
「さ、流石にありえぬ話でござる。あの時は我ら皆終始戸惑い、その場その場で必死になって動いたのみ。ケント様を保護できたのは正に僥倖でござった」
「そうか……少々残念な気もするが安堵した。しかし混乱した状態から、最高の結果を引き出したグレース殿が並ぶ者無き知恵者だという事実は変わらぬ。帰った時はよしなに頼む。ああ、そうだ。知恵者で思い出した。
リディア・バルカ殿は元気にしておられるかな? 彼女とは知人で動向を気にしていたのだが、カルマ殿の配下となってから話を今一つ聞かぬ。よければ今どんな仕事をしているか教えて欲しい」
!
やっぱり忘れてなかった。
知人て……いや、まぁ、知人と言えばそうなんだけど、本人が聞いたら眉をしかめ……ないな。
あの娘っ子、例え街中で私が『どんな関係です?』と聞かれて『彼女です』ゆーても欠片の動揺さえ見せずに合わせそうだし。
……ぜってーそんな恐ろしい嘘は言いませんがね。
この質問も想定内だぞー。ちゃんと答えなさいねレイブンや。
「リディア・バルカは、グレースの秘書官として働いております。バルカ家だけあって見込みはあるそうで、やがては軍師見習いとなるかもしれませぬ」
よし。それでいい。
「秘書官……? つまり雑用をさせていると? 先日の戦では軍の動きに関わっておらぬのか?」
「はい。勿論関わっておりませぬ。当然では? 平時においては有能だったと聞いておりますが、軍事は全く別物。配下となって半年も経たない人間が関われるようなものではござらぬ」
「ほ、ほぅ……。わたくしはリディアが非常時の器だと思っているのだが、トーク家は違う考えであるか。しかし羨ましい。わたくしは以前彼女をどのように重用してでも配下にと望んで断られた。なのにカルマ殿は雑用をさせてもリディア殿を配下に出来るのか……。いや、人徳の違いとは残酷な物だな」
あ、喋ってる内容とは裏腹に今、笑顔が深くなった。
引き抜き易そうだとでも思ったかな?
それにしても非常時の器だと『思っている』か。
カルマたちが重く見ない程度の人材だったと聞けば、リディアへの興味を無くせられるかも。と、おもったのだけど。
イルヘルミが持つ、自身の目に対する自信はこゆるぎもしなかったみたい。
ま、リディアはどう考えても非常時の器だしね……。
あそこまで何事にも動揺せず、自分のベストを出せそうな人間なんて他に居ないべ。
『リディアは超無能でしたー。でござるー』と言わせようかとも思ったが、下げ過ぎたらおかしいって事でこの程度にしたのだけど無意味だったか。
「イルヘルミ様の人徳が劣るなど考えられぬ事。それにグレース殿が重用していないとなると、現在のリディア殿には経験が足らぬのでしょう。羨ましがる必要はございません」
おんやぁ?
カガエさんなんか嬉しそうだね。
あ、こいつ……リディアに嫉妬してんの?
イルヘルミがどんなに重用してでもとか言ったから?
「……そうかもしれぬ。まぁよい。教えてくれて感謝するレイブン殿。しかしそなたは……本当に良い男、そして良い武将だ……」
そう言ってイルヘルミが唇を舐めた。
筆舌に尽くしがたいほど妖艶な雰囲気……そう、とあるヤンデレ映画で女優さんが足を組み替えた時みたいに。
……それに、今一瞬凄い寒気が……。
「お、お褒めの言葉……有り難く頂戴いたす」
「レイブン殿、是非今日は泊まっていってくれ。一晩中そなたと酒を酌み交わし、語り合いたい」
「イッ!?」
あ、緑髪の兄さんが大声を上げようとした瞬間、姉の方が口を塞いだ上にネックロックで首を絞めた。
いや、まぁ、兄さんの方はリディアの家での言動を思い出すに、性的な意味でもイルヘルミにゾッコンラブなのだろう。
だったらこの誘いに声を上げようとするわな。
だって……そういう意味っしょ?
イルヘルミ・ローエン……ぶれない女……凄いっす。
さて、レイブンの方は……あ、めっちゃ顔が引き攣ってる。
あれか、ジニに似てる人が頭を抱えていたのは、イルヘルミがレイブンに熱烈求愛……いや、配下として欲しいってのがメインなんだろうけど、するのを予想したからか?
……リディアの予想通りなら、イルヘルミはカルマと同盟を組みたいはずなのに引き抜きは不味いとおもうのだけど……。
あ、まだ配下になれなんて言ってないね。
何時か引き抜く為に色んな意味で親しくなっておこうって感じかしら?
あるいは単純に良い人材が好きってだけもありそう。