リーア先生の解説3
「次の話に移りましょう。テリカです。彼女はマリオの配下となるつもりでしょうか?」
「さて……。まず父フォウティはマリオとシウンの謀略によって死んだという噂があります。しかし噂通りだとしても、テリカの考え方次第では配下となるのもあり得る。それだけマリオが持つ地盤は大きい。ただし二人の仲が盤石でないのは確実でしょう。
私が知るだけでもテリカの武功は巨大です。江賊を静め配下にした他にも、南方最強の武人と言われたカーネル相手に一騎打ちをした挙句配下にしたとか。なのに与えられてる立場は精々男爵程度。マリオはテリカに兵を養わさせたくないのです。テリカはずっと東の領地を欲しがってるのに、それも叶えられておりません。何度も約束をふいにされたそうで。東、つまり江東に近い土地を与えてテリカが知己や親族と連絡を取るのを恐れている。そう勘ぐるのも可能な状況です」
「別動隊の指揮を任せられる程度には信頼があるようですが……。食料はマリオが握っているからでしょうけど」
「まだ在ります。テリカが最も信頼する将軍にして軍師、グローサ・パブリが来ておりません。自分の治める街を最も信頼する人間に任せたのも在り得ますが、この戦いはテリカの名声を高める最高の機会。今後どうするつもりであろうと、非常に重要です。ただしそうなった理由は不透明。マリオが自分の意を通しやすくする為、呼ばないよう指示をした可能性もある」
「あのー、話を聞いてる分にはテリカが独立すると思っておられるように聞こえます……」
「今日、本人を見て独立するだけの物を持っているとは見ました。しかし同時に賢く忍耐力のある人間だとも。マリオの元から独立するのは賭けなのです。しかも少々分が悪い。多くの策を講じてなお、時を待つかマリオの失策が必要となる。独立するに最低限必要な兵さえ今のテリカには用意出来ないのですから。
私であれば、近い内の独立を諦めます」
「で、隙を見せた時に全部頂くんでしょうか?」
「噂が全て真実であり、天の時を得られたのであれば。……なに奇妙な顔をなされているのか。私がテリカであればの話です。大体貴方様もなさるでしょうに」
「ええ、まぁ、可能だったら……配下になりたくない人でしたし。話を戻します。グローサが来てないのが問題との事ですが、献策してたリンハクという人ではこの大一番に相応しくないのですか? マリオを大変喜ばせてましたし、出来る人だと思ったのですけども」
「いえ、良い人材かと。マリオが言いたかった内容を、少し足りない振りをして言った辺り知恵が回る。立ち居振る舞いからして名家の出であるのに、自分を下げる忍耐力も持ち合わせておりました。逸材と言ってよいでしょう」
「えっと、言いたかった内容というのは、戦わずに追い払えるという話ですか?」
「はい。マリオは目の前から追い払えればある程度満足のはず。勿論イルヘルミが直ぐに滅ばないようビビアナの戦力を削ろうという考えはあるとしても、自領に帰ったビビアナがイルヘルミを滅ぼし今一度ランドを手に入れた上で、南方にまで手を伸ばすかは疑わしいので。加えてビビアナは感情的な人物。つまり甘いとも言えます」
「あー……肉親であるマリオと戦うのは躊躇しそうなんですか?」
「マリオの態度次第ですが」
加えてテリカとしては更にビビアナを殺したくないかもね。
強大な敵が居れば、自然有能な将軍である自分達の価値が高まるし。
独立するとしたら江東、つまりイルヘルミの南だ。
ビビアナがイルヘルミやマリオと戦ってる間は横やりの入る心配が減って、好機が訪れやすいと考えてそう。
「それだけマリオの考えを把握してる軍師よりもグローサという人は優秀なのですか?」
「さて、簡単な戦歴しか知らないので優秀かは分かりません。しかしほぼ全ての戦いでテリカの隣に居たようなのです。信頼においてあの若者とは比べ物にならぬでしょう」
「……では、その最も信頼出来るグローサを残した理由は?」
「分かりません。……では芸がありませぬな。邪推をすればマリオがこの同盟軍を支え自領への目配りが緩くなってる間に、独立の地ならしをさせているやも。文を送り、協力者を募る。あるいは……マリオを江東に居る誰かに攻めさせてもよい。テリカ自ら鎮圧に趣き、そのまま領地を得てしまうという手もある」
「しかしそんな事をすればマリオも気づくと思うのですが」
「所詮邪推です。ただ、必ず気づくとは思いませぬ。幾つもの諸侯が入り乱れる十万を超えた軍を組織するのですぞ? イルヘルミ、テリカ、サポナ、サナダ、我ら。どれも細作を入れて探りたい所ばかり。加えてランドの様子も調べねばならず、自領からここまでの兵糧輸送まである。幾らマリオといえど余裕はないでしょう」
「しかしどれほど準備をしても、マリオが江東へ行くのを許さなければ手詰まりですか。確かに動かない方が無難かも」
「結局全てはテリカ次第となりましょう。しかし南方は余りに遠く、不確かな情報しか得られておりませぬ。この戦の間にテリカの配下にどのような者が居るか、今までどのような行動をして来たかを簡単にでも調べたく。しかし、そうなるとこれから暫くの間、他の陣営を調べられなくなりますが……如何致しましょうか」
「私もテリカは気になっていました。是非お願いします。他の諸侯は……陣営へ食料を届けますし、その時に陣の雰囲気程度を調べればよしとしようかなと」
「ではそのように。しかし軍議一つを見ただけで、これ程諸侯の思惑が入り乱れる様を見て取れるとは。誠に良い見物でした。年甲斐もなく体が熱くなったほどです。我が君、此処へお誘い頂き感謝しております」
……年甲斐もなくてあーた……最後に熱くなったのは何歳なんでしょうか。
「そ、それは良かったです。私も珍しい物が多く見れて興奮しました」
特に悪い意味で。
真田が来るまでは、純粋に楽しんでたのに……。
「特にサナダの言動に心を揺さぶられていたようでしたが、何か御座いましたか?」
!
……やっべぇ。
少し荒れた呼吸が聞こえてたか?
「彼らは最初から食料を貰うつもりで来てましたよね? 色々と根回しがあったのを理解出来てい無かったので、とんでもない借金をあんな簡単に出来てしまうのが非常に衝撃だったんです……」
「ああ……そういえばダイは私に教える時も、屋敷に住む分の費用を報酬から引いてくれと態々言っておられましたな……」
「……はい。嫌いなんです。借金」
「……成る程」
微妙に困ってるような雰囲気がしないでもない。
お貴族様には分からない感覚っすかね。
「さて、それでは失礼致します。そろそろレイブンが兵糧についてシウンから聞き終わっている頃でありましょう」
あ、だったら確認しておこうと思った事がある。
「よろしくお願いしますリーアさん。所でその兵糧の仕事、リーアさんが管理しますよね? 何時も通りの仕事をするおつもりですか?」
「はい。何か不都合でも?」
お、おお……こんな所に思考の穴が。
これが若さか……。
「リーアさんが普通に仕事をしてしまうと、処理が大変早くなります。そうするとイルヘルミとかの注意をひきかねないのでは。だから……仕事をする時間自体を六割程にしてはどうでしょう。休暇のつもりで良いと思いますよ」
リディアは少し考え込んだ後、私に一礼をした。
「今日は大いに敬服致しました。助言を頂かなければ、要らぬ危険をおかしていたでしょう。感謝申し上げる。しかし……どうしてこのような気づきが出来るのか、ご教授頂きたい」
そりゃ勿論。
「年の功です」
「……貴方は私と四歳ほどしか差が無かったと記憶しておりますが」
「凡人らしい失敗の経験がその分ありますので」
「……そうですか。分かりました。物見遊山に来たつもりで仕事を致します」
そう言うとリディアは自分の幕舎に帰っていった。
さて、これから反ビビアナ連合戦が始まる。
真田、ラスティルさん、不安はいっぱいある。
しかし諸侯がどんな行動を見せてくれるのかと、楽しみでもある。
この戦いが終わった時、来て良かったと思いたいものだ。