真田陣営の方針2
「……やっぱりグレース・トークが天下一だと?」
俺がそういうと、セキメイは悔しそうな表情ではっきりと頷いた。
半年近く前、トーク家がオレステとウバルト両方を相手にして勝った。そう報告が入った時の二人の表情は忘れようがない。
二人とも驚きの余り言葉を失っていた。
「あの戦では、カルマは徹底して情報を遮断しました。それで情報が余りにも少ないので推測が多いですけど、聞いて頂けますですか?」
「ああ。諸侯の中で注意すべき人物の話は何時だって聞くさ」
「そう、ですね。ご賢明であらせられます主様。まずザンザに呼ばれたカルマがランドに赴いたのは当然でした。しかし偶然と、恐らくは幾つかの必然が重なりカルマが大宰相に突然なったのは予想外だったでしょう」
俺はそれを聞いた時、カルマがこの世界の董卓だと思ったんだよなぁ。
今でもそうなのかもしれないと思ってる。
なのに今みたいな結果になったのは、俺みたいな人間が居るからじゃないかと。
そして一番疑わしい、いや今まで只一人そうかもしれないと思ったのがグレース・トークだ。
ただグレース・トークは俺みたいに突然この世界に現れた訳じゃ無く、この世界で産まれた人で間違いないと調べがついている。
だがまだ疑念を捨てきれない。
何とかトーク陣営に探りを入れたい所だ。
「うん? あたしはあの大出世も計略の内だって噂を聞いたよ。オレステとウバルトを招き寄せる為の策だったって」
「流石に在り得ないと思うのです。まさか十官と争っている最中のザンザが、妹の頼みだからといってのこのこ宮廷に現れるなんて誰も予想出来ません。グレースが辺境の人物である以上、情報を得る手段も限られていたでしょうし」
「確かに情報は限られていただろうね。あの頃のトーク家に比べればサポナの方がよっぽど大きな力を持っていた。それでも隣の領地の情報がやっとだった。間諜を育てるのは難しいね……俺達なんて一人も居ないからなぁ」
孫子で敵を知れば、と書いてあるし俺としてはケイ帝国中の情報を仕入れられるようになりたい。
だけど遠くまで行って情報を仕入れてくれる信頼できる配下なんて、そうそう作れるようなものじゃなかった。
今は旅の商人とかから噂話を聞く以外に情報の仕入れ方が無い。
何代も続く貴族の名家ならば、代々そういう仕事をしてる人間を持ってたりするらしいけど……俺の仲間には貴族なんて居ない。
「はい。そしてグレースは複雑怪奇な王宮の組織に苦闘したはずなのです。わたしだってある日突然主様が大宰相になってしまっては、大宰相としての職務を支える以外何一つできなくなってしまうでしょう。
でもグレースは違いました。ウェリア姉弟が噂を流し始めるのに気付くと、素晴らしい速度で見切りをつけた。
そして辺境の者に降ってわいたケイ帝国頂点の椅子を投げださせるように、主君を説得するという難事をあっさり成し遂げたのです。その上で一万を切っていたはずの兵力で、自軍よりも多い二つの軍を野戦で一蹴する準備までしてるなんて……。悔しいですが今でも方法が分かりません。時間が足らなすぎますです」
「草原族が助けた可能性もあるんだろ? それを話してくれたフェニガは微妙な表情だったけど」
「それしか考えられませんが、納得いきません。カルマが二人の領主を殺したのち二人の領土へ攻め入った兵数は約八千でした……」
「あれ……? それだと減ってても二千くらい? ……傷病者込みで二千減らすだけで三万の敵を倒したの?」
「はい。これを草原族の援軍で成し遂げたのであれば、一万……いや二万以上の草原族を呼び込んだ上に彼らばかり戦わせた事になるです。あり得ません。カルマは毎年獣人たちが村を襲うのに苦慮していた。そんな決して友好的と言えない獣人を相手に二万の兵を出させるともなれば、複数の氏族を数週間で説得しなければいけない。彼らはいつも複数の氏族で争ってますですから下手をしたら自領で争いを始めかねないので、とてつもなく大変なのです。これだけでも無茶なのに、まだ問題があるです。
彼らにとってケイの村は略奪対象。なのに村は襲われた形跡が殆どないと、商人たちが言ってました。これ以上ないほど落ち目だったカルマが、自軍よりも多い草原族を制御するのは不可能にしか思えませんです」
「サポナ先輩の所で戦った火族なんて、話し合いの余地が殆どない感じだったもんねー。強さこそが全てって感じ。草原族も同じ獣人だし話に聞く分には大差なさそう」
「その通りです。あの状態のカルマが草原族に助けを求めるのは、飢えた狼に子羊が態々鳴いて自分の位置を知らせるに等しい。
これらの問題をあの短期間で解決出来るとすれば、軍師では無く魔術師だと思うのです。
結局グレースは嵐のように変わった状況変化を見事に乗り切り、領土を二倍にするという世に並ぶ者の無い実績を作ったです。これにより天下にいる全ての軍師は己に出来ない事を成し遂げる者が居ると悟り、悔しさに歯ぎしりをしたと確信してますです」
「……草原族と協力体制が産まれてるってのは在り得ないのかい? 草原族が領土に入って来ているらしいし、自分の領土に住まわせる条件で援軍を手に入れたのかも」
「確かにそれも在り得るのですが、草原族に領地を明け渡すなんてわたしにはとても考えられませんです。ケイ人と獣人では生活の仕方、考え方が全く違う。複数の氏族に分かれた彼らを細々とした面で協力させる苦労は考えただけで気絶しそうな程。多くの問題が発生するに決まってるです。
それよりは戦で傷を負い領土から草原族を追い払えない方がまだ在り得るかと。……しかし、もしもこのままずっと領土に草原族が居続けて大きな問題も起こってないようであれば、カルマは、いえ、グレースは我々も翻弄された嵐の中心で、複数の氏族を領土に住まわせてもよいほど完全に服従させた事になるです。こんなのは古の大軍師リウにだって不可能でしょう。恐ろしいなんて言葉だけではとても表せない有能さなのです。私としてはとても認められませんです」
セキメイの説明を聞いて、ユリアが頭から煙を出しそうなほど悩みながら言った。
「う、うむむぅ。誰かグレース以外の人が準備していたとか……ない?」
「あの時ランドにはカルマが頼りにする臣下全員が集まっていましたです。一応子供のころは有名だったリディア・バルカという人物が自領に居たそうですけど、客分でしかも領地に来て半年だったとか。
加えて功を称えられた文官はグレース・トークが殆ど。もしもそのような人物が居れば、凄まじい功績を無視されたことになり出奔して当然でしょう。自分の命を救った功臣をそんな目に合わせ、他の領主の元へ行かせるような真似するわけがありませんです。その人物だけでなく、配下全員が大きな不満を持つに決まってます。けどあの後にそんな有能な人物がカルマのもとから出奔したという話は聞かないです。それでも、グレースの能力が突然落ちたとでもなれば、考えもしたのですが……」
「あー……。そうか、今回の参陣の早さはグレースの有能さを証明した事になるのかな?」
「うぐぅっ。……はい。あり得ない速度でした。前々から世の動きを読み、準備していたのでしょう。お許しください主様。トーク家が参陣すると聞き、あんな遠くから来るのであれば、全員が揃っての軍議には余裕があるとわたしは考えたです。その所為で遅れてしまい、主様に余計な屈辱を味合わせる事になってしまって……我が不明を此処に謝罪いたしますです」
「大丈夫だよセキメイ。お願いだから顔をあげて。……ああ、そんなに悲しそうな顔をしないでほしい。俺はなんともなかったし、全て上手くいったんだ。セキメイとフェニガのお陰だよ。笑ってくれないかい?」
俺がそういうと、少し悩んだ後でセキメイは笑ってくれた。
うん。やっぱり女性は笑顔じゃないと。
「寛大な御心に感謝します主様。わたしはつい先日まで自分が軍師として天下一に近いと思っていました。でも、世の中にはわたしが推測できないほどの策を実行する鬼才が居たです。しかし、何時の日か必ずグレース・トークをこえ、天下一の軍師となりますです。主様のために」
「ま、例えグレース・トークが本当に史上最高の軍師でも、ムティナ州を手に入れ十年も経てば俺たちはきっと勝てるさ。新しい道具と農業の方法があれば、今の二倍以上食料を作れる。後は戦から逃げて来た人々を助けていれば、幾らでも力が増えていくはずだ。その為にも今はこの戦いで名声を得なければ。頼りにしてるよ俺の軍師」
「二倍の食料が本当に作れてしまいそうな当たり、主様は本当に規格外なのです。お任せください。主様の計略を成功させるため、この戦で必ずや大功を上げて見せますです」
ま、未来から来たんだしこの時代の人達が出来ない事を出来るのは当然だよね。
色々違うから正しくはパラレルワールドって言うのかな?
何でもいいか。
まずは食料だ。
飢えた人たちをそのままにしておく趣味は無いし、俺たちが生き残るためにも自分の領地を富ませなければならない。
それを成し遂げるためには、多くの人を殺さないといけないと考えると辞めたくなるけど……。
でも徳川家康、劉邦、どんな英雄だって他に方法を見つけられなかった。
それに自分の命運を他の人間に任せては、使い潰されかねない。
自分と仲間たちを守るためにはどうしても安定した領地が必要だ。
その後、どう動くかは世がどうなっているか次第だろう。