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イルヘルミ陣営の方針

「ん~ぐ~あ~。やれやれ。大層疲れる軍議だった。のぉジニ、わたくしの顔は引き攣っておらぬか? 笑顔の作り過ぎで顔が痛いわ」


 顔を揉みほぐしながら軽い調子で問いかけるイルヘルミに対して、ジニは不満の残り火がはっきりと見て取れる表情で答えた。


「いえ、何時も通り美しくあられます。しかしイルヘルミ様、あそこまでマリオの配下のように振る舞う必要があるのですか? 正直不満を感じています。表情を変えないように言われておりましたが、大変でした」


「まだ言っているのか。何度も言ったであろうが。ビビアナに今打撃を与えず戦う羽目になれば、大変苦しくなると。そして今マリオ以外にこれ程の兵を揃え、兵糧を出せる諸侯はおらぬ。金と飯に頭を下げてると思え。加えてマリオは今後とも大事な同盟相手だ。ビビアナと戦ってる時、無思慮に背中から襲われればあまりに不味い。『イルヘルミは殊勝な奴よ、御しやすい奴よ』と、思わせておくに限る。だからこそ服装まであの者に合わせたのだぞ」


 イルヘルミがそう言うと、今まで黙って控えていたカガエが口を開いた。


「では軍議は主上のお考え通りになりましたか」


「ああ。お前の考えとおりになったぞ。流石カガエ。お前がいなければわたくしは杖を無くした盲人同然と改めて知った」


 そうわざとらしい媚びた声で楽しそうにイルヘルミがいう。

 褒められたカガエは、笑顔で恭しく頭を下げた。


「過分なお言葉でございます。幾分かの策を出せたのは日頃主上より頂いたご指導のお陰と存じております」


 聞いていたジニにとって二人のやり取りは意外な物だった。

 彼女の目には、イルヘルミがその場で考え決めていたように見えたからだ。


「そうだったのですか? 一当たりしたのはマリオに危機感を持たせる為なのは知っております。先ほどの軍議でも以前に比べ戦う積極性を感じ感服していたのですが。では軍の分け方も?」


 カガエがイルヘルミの方をうかがい、イルヘルミが頷く。

 それを確認したのち、カガエはジニに向かって説明を始めた。

 際立ってイルヘルミへの高い忠誠を持つジニへの期待を込めながら。


「あれは主にマリオの意向を汲んだのだ。やつは連合軍の盟主として先頭に立ってランドに入りたいのよ。まだ戦は始まったばかりだというのにな。だから別動隊にはテリカを初めとして、もしもの場合には兵糧という手綱で行動を縛れる者ばかりを集めた。それにこの方が主上にとっても好都合。まず主戦場はソラとなろう。我らも精鋭と将軍達を温存出来る。ま、マリオを軍の長としていては、諸侯の士気が落ちるというのもあるが」


「しかし、別動隊は勝てましょうか? ビビアナの軍は侮れません。この連合軍が負けてしまえば我等は窮地に追いやられます」


 前線の指揮官であるジニとしては、自分が関与できない戦に命運をかけるのはどうしても不同意の感が強い。


「別動隊はビビアナよりも兵数が多くなろう。テリカに期待するしかあるまい」


「せめてメリオを向こうに付けてもよろしかったのでは? スキトの騎兵はケイ帝国最強と名高い。より確実に勝てるはずです」


「うむ。考えているなジニ。されどまだ浅い。我らの目的を思い出せ。ランドから追い払うのみではいかんのだ。可能ならばビビアナを殺し、最低でも兵を大いに減らさなければならん。しかし、だ。

 マリオとテリカはビビアナの兵を減らすよりも勝つ事を大事にしかねん。故に我等が望むは追撃戦。テリカ達が戦い、ランドから逃げるビビアナを我らとメリオの騎馬兵によって追い討ちをかける。その為にメリオの兵を温存したいのだ」


 ここまで説明され、やっとジニの顔に納得が浮かんだ。

 或いは自分に戦う機会があると分かったからだけかもしれないが。


「成る程……ビビアナが逃げずにランドで死ねばより良い……。ご教授に感謝いたします。では、あのサナダとやらが来たのもイルヘルミ様のお考え通りなのですか?」


「そうだ。かの者からは書状が来ていた。幾らか遅れるが参陣すると。サポナからも兵が足りないゆえ、サナダに兵を多く集めさせるとな。しかし兵糧を用意できぬので、マリオから出させる手伝いをしてもらいたいとも。それはよいのだが、主だった諸侯が集まったゆえ軍議を始めるとマリオが言い出してしまった。何とか間に合ったのもサポナが急いで早馬を走らせたのだろう。あの二人だけが馬に乗って先に来るという無様さではあったが、我らにとってはどうでもよい」


 ここでつい先ほどまで納得を示していたジニの表情が不安で曇った。


「……しかしイルヘルミ様、本当にあの二人参陣を許して良かったのでしょうか? 自分の目には油断ならない者に見えました。参陣を拒否し、今のうちに潰した方が良かったのでは」


「そうなのですか主上?」


「ああ。リバーシとかいう遊戯だけでなく、伝え聞こえていた評判や成長を考え油断ならぬやつらと思ってはいたが、想定以上であったわ。まさかビビアナの領地より兵を奪ってこれるほどの名声を得ているとは。

 しかしジニ、あやつらを拒否し追い詰めてしまってはビビアナに付きかねんであろう? そうなれば我々は更に危険となる。残念だが将来の危険より今の危険に対処せねばならん。

 勿論わたくしとしても何とかしたいと思っていた。あわよくばサナダの領地がビビアナに取られた際、全員を我が配下にし、ビビアナと戦う前に人材を得られればと思っていたのだが……皮算用であったわ。あの者たち一時的な物であれば別だが、決して心から誰かに仕えはすまい。それにどうも油断ならぬ軍師が配下に居ると見た。我らとサポナの窮状から考えて、決して断れないと見切られていたかもしれん。サナダがこの大戦で名を売ろうとしているのが分かっていながら、口惜しいが何も出来ぬ。もっともこの戦いの後元の領地に戻るとすればビビアナへの盾に出来るかもしれんが……何か考えを持っていような」


「分かりました。非才の身に教えを頂け感謝いたします。……イルヘルミ様を煩わせて申し訳ないのですが、もう一つ分からない事がありまして、ご意見を聞かせて頂きたいのです」


「テリカの事か?」


「はい。ご明察です。軍議でのマリオに対する態度は大変殊勝でしたが、本心でしょうか? フォウティはマリオに騙されて死んだという噂もあります」


「はっきりと言えば分からぬ。全てはテリカの考え方次第よってな。テリカが安定を求めるのであれば、マリオの配下となるのも在り得る。マリオも現時点では信頼していないようだが、『余の子を産むか』と聞いたのはそうすれば今よりも厚遇する気があるのだ。

 ま、ありふれた手だな。如何に憎い男だとしても子が産まれれば父親は殺しにくい。子供を作り難いこのご時世ならば尚更だ。マリオの下ならば妊娠してる間も不安はないし、家名の存続だけを考えれば、配下も一斉に子を作れと言われたのだから良手であろう」


「ほぉ、マリオがテリカにそのような事を。してどのように答えたので?」


「上手くかわしよったよ。お家騒動に巻き込まれたくないと言って。あそこの側室どもは大層争っていると聞く。マリオも文句のつけようがあるまい。わたくしとしてはテリカに反意があって欲しいところだ。テリカの将才がフォウティ譲りだとすると、二人に組まれては厄介極まる」


「主上が其処まで仰るのであれば、サナダ、テリカ共に注意致しましょう。されどまずはビビアナを倒す事です。この連合軍でビビアナに打撃を与え、ビビアナと対立しているトーク、サポナ、我らで三方から攻めれば勝ち目は御座います。しかも我等は黄河を間に置いている。三者の中で一番被害少なく倒せる可能性が高い。

 そしてビビアナ、トーク、サポナの領地を得られればケイ帝国にある半分の民と富を手に入れる事になる。こうなってしまえばサナダとやらがどれ程であろうが、マリオが残り全てを手に入れようと、恐れるに足りません。主上とマリオが同程度の物を持っていれば必ず主上が勝ちます」


「聞いたかジニ。我が軍師の策なんと遠大な事よ。この者が敵の領主であれば、わたくしなど全く抵抗できずに滅んでいただろう。なぁ? そう思わぬか?」


 実際の所この策を聞いた時、イルヘルミもほぼおなじ考えを持っていた。

 しかしその時イルヘルミはそんな様子を見せずにカガエを褒め、今また褒めた。

 褒められたカガエもイルヘルミが同じように考えていたのは気づいている。

 しかし、彼にとってイルヘルミと同じ考えだったのは十分満足できることであり、彼女から褒められるのは喜びであった。


「お戯れを主上。全ては貴方様あっての策。私は単なる文弱の徒にて」


「おお、おお。謙虚さまであるとな。以前のお主では考えられなかったぞカガエ。しかし、その策、おぬしに謙虚という物を教えたグレースがどう出るか、余り入ってない様に思えるが?」


 イルヘルミの指摘は最も大きな懸念を突いていた。

 しかし他にやらねばならぬ仕事は多く、情報も少なすぎ、現在の判断に大きな傷は無いとしか思えないのだ。


「うっ……。し、しかしかの者といえど、先日の戦では傷をおったはず。草原族を領内から追い払えないほどだとも聞いております。加えてトークが領地を広げるとすれば、西はスキト家と戦わねばならない以上、東のチエン家となりましょう。その後さらにビビアナと戦うとなると、我ら以上に痛手をおうに相違なく。我らがビビアナの領地の大半を得られるとの考え、大きな間違いがあるとは思えません」


「わたくしもそう思う。程度は分からぬが、領内から草原族を追い払えていないのも確認している。とはいえあの状態から生き延びた奴らを、マリオのように軽く見る気にはなれんがな。ただビビアナとしても、サポナ、トークを先に潰し後顧の憂いを断とうとするだろう。その間に我らは両者が滅ぼされない程度に援護しつつ、ジョルノ州を、更に江東まで手に入れられればビビアナと地力の差は殆ど埋まる。

 しかし……トークの参陣が余りに早い。檄文が到着するより前から準備をしていなければ不可能だ。出来ればトークの所へ間諜を入れたいが……難しいのだよなカガエ」


「はい。今は何処よりもビビアナの動きに注目せねば。加えてランド、マリオと調べなければならない場所が多すぎるのです。しかもあの戦よりトークの所ではランドにて新しい人間を雇っておらず、内部に人を入れられません」


「で、あろうな。しかしビビアナには参ったぞ。これ以上ないほど急いで力を付けたつもりだったが、未だに足らぬとは。しかも奴がランドで帝王を抑えた為に、これほど早く戦いを挑まねばならなくなってしまった。どんなに悪くてもジョルノ州を手に入れてからと思っていたのだが……。

 カルマめ、あのままランドに留まり、わたくしとビビアナが手を取り合い殺す標的になっていればよかった物を。さすれば今よりはマシだった。今となってはカルマにビビアナを引き付けて貰わなければならぬ。グレースが見せたわたくしとカガエが共に滅んだと思った窮地をひっくり返した智謀、是非ビビアナ相手に示して欲しいものよ」


 そうしてくれねばやってられぬ。と、ばかりにイルヘルミが両手を放りなげる。

 

「申し訳ありませんイルヘルミ様。我ら臣下が足りないばかりに、マリオ相手にあのように振る舞わねばならず、他にも多くの苦労を……」


「うむ。全くだ。憂さが溜まってならぬ。今夜は軍議での苦労を知っているジニにわたくしを慰めて貰わなければな?」


「あ、あの言葉は本気だったのですか? てっきり戯れだと……」


「本気だとも。おお、カガエお前も入りたいか? 三人でもよいぞ?」


「いえ、此度は遠慮いたします。ジニから恨まれたくございません」


「そうか、お前ほどの者を恐れさせるとはジニもよく成長した。今夜はその成長の秘訣を良く教えてもらわなければ」


 イルヘルミがそう言って唇を舐めると、


「はい……、今夜を楽しみにしております……」


 ジニはそう答えて頬を赤らめた。

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