真田とレイブンの会話
「……サナダ殿と言ったか。某に何か用でも?」
「幾つか話があるんだけど、今いいかな? あ、えっと……レイブンさんは俺より上の貴族じゃないよね? そうなると貴族としてどう話したらいいか分からないんだ。変だったら許してほしい」
と言いつつ一礼。
いや、上の身分相手の場合、おめーの言葉遣いは平易過ぎると思うけどね。
それとも一領主として、他の領主へ下手に出過ぎるべきじゃないとかあるのだろうか?
態度を決定させた相手以外は誰だろうとも、下手一択の私には分からないけど。
「……いや、領主ではない某に気遣いは無用だ。それで話とは?」
「まず兵糧の融通をお願いしたい。貴方が担当だと聞いた。実は俺の所はもう兵糧が心もとなくなってきていて、このままだと兵達も不安を感じてしまう。出来るだけ早く援助してもらえないだろうか」
「承知した。これからシウン殿の所へ行って細かい話を聞く予定だ。その時しかと伝えよう」
「有難う助かるよ。今後ともレイブンさんの所には迷惑を掛けるとおもう。何かあったら言ってくれ」
こいつ事前の挨拶に来たのか。
レイブンは……ぬぅ、どっちかというと好意的に見える。
さっきは立場が遥かに上の人間へ敬った様子をあまり見せなかったから、対人関係に隙があるのを期待したのだが。
「それとレイブンさんはカルマ殿の配下だろ? ラスティルの様子を知ってたら教えて欲しい。友人なんだ」
「ラスティルならば来ているぞ。直接会って話をした方がよかろう」
「そうなんだ! 分かった有難う。近いうちに使者を送るよ。……次に少し不快かもしれない質問をしたい。決して悪意はない。ただ、どうしても気になる事がある」
「前置きはよい。質問をしてくれ」
「うん。……俺たちは以前カルマ殿の悪評が広まった時、民を救うために討伐軍が起こると思ってた。そしてその軍に参加するべきか悩んでたんだ。結局直ぐにカルマ殿が自領に戻ったから、戦いにならないで済んだけど。本当の所はどうしてたんだ? あの噂の内どれだけが本当だったのか教えてくれないか?」
うわっ、こいつド真面目な顔でド失礼な質問をしてきやがった。
当然レイブンも真面目な顔になっている。
しかし不快そうではない……。
イケメンだから許されるのか?
いや、レイブンがホモとは聞いた覚えがない。
世が世であれば、確実にガーレと噂にはなってるとは思うけども。
「ふん。悪評の内容が正しいかを本人に聞いてくるとはな。第一某が否定した所で信じぬのではないか?」
あ、この後の返事は予想がつく。
「いや、信じる。話して直ぐにレイブンさんが一本気な武人だと分かった。実のところこの質問自体、聞くまでも無かったかなと思い始めてるくらいだよ」
……はい。ええ。予想を上回りました。
まずい……。
今すぐこいつの顔面に拳を埋め込みたい。
剣を腰に差してるし、手を出したらこっちが殺されそうなのに強い衝動を感じる。
何なのこいつ?
男女両方イケちゃうイケメンなの? あれか? 男女逆転大奥でショタっ子から「一夜の情けを……」とか言われちゃうの?
いや……こいつならこっちで実際に言われてるのかも……。
は、腹立つ。
あああああ……。
レイブンが我が意を得たり的な表情に……。
ま、まじでこいつ私と真逆なのね。
「何処までも真っすぐな御仁だ。しかし悪くない。よかろう、質問に答えよう。あれは根が全くないとは言わぬ。が、針小棒大の見本だ。某たちは帝王の為、ケイ帝国をよくするために動こうとしたのみ。第一ランドに残っていた役人たちから邪魔をされて、大した仕事はできなかったのだからな。我等は天に対して恥ずべき行いは何もしていないと確言出来る」
「そうか……良かったよ。民が苦しんで無くて。それに俺たちが噂に踊らされてレイブンさんと戦ったりせずに済んで。失礼な質問だったのに、答えてくれてありがとう。お陰で安心できた。俺の配下たちも今の答えを聞いてホッとすると思う」
そう言いながら深めに頭を下げた。
……どうもハゲそうにない髪だ。
チッ。
「最後にもう一つ聞かせて欲しい。あの時カルマ殿は突然病気になって帰ったと聞いている。まぁ、病気が仮病だったのは分かり切ってたし、まさか大宰相の職をあんなにあっさりと諦めるなんてすごい決断だって俺の軍師が言ってた。あれはカルマ殿が一人で決めたのかい? 俺も一応主君だし、どうしてあんな決断が出来たのか参考にするため話を聞きたいんだ」
今度は探りに来やがった。
もしかしたらこれこそが目的か?
レイブン、この質問は散々試した。
変な返答をしたら、どんな言い訳も通用せんぞ。
「ああ、あれは某も驚いた。毎日の仕事で精一杯だったところに突然だったからな。だが国中に広まっていた悪評がどうしようもないのは皆分かっていた。カルマ様とグレースならば某よりもずっと理解し、考えていた筈だ。どちらがより意見を出したかと言えば……グレースであろうな」
よし。
それでいい合格だ。
「そうなのか、カルマ殿とグレースさんは凄いな。俺の軍師もグレースさんにはとても感心していたよ。答えてくれて有難うレイブンさん。これからもよろしく頼む」
「うむ。機会があれば酒でも酌み交わそう」
「是非。じゃあ俺はこれで失礼する。まだ陣地の作成も終わってないんだ」
そう言って真田は一礼すると走って去っていった。
……あー、イケメン同士でよい雰囲気でしたね。
薔薇的な意味じゃなくて、なんかこう士は士を知る的な?
本当にこの真田は私と同じ日本人なんでしょうか。
突然自信が無くなって来ました。
レイブンの機嫌も良さそうだ。
これがイケメンのコミュニケーション能力ってやつか。
私も意思をきちんと伝えるという意味では、近頃中々の物じゃないかと思い始めてた。
しかし真田は次元が違うんでやんの。
意思を伝えたついでに好意を得るなんて、釣りバカのサラリーマンみたいだ。
尊敬しちゃいそう。
暫く歩き、周りに誰も居なくなるとレイブンが話し出した。
心底感じ入ったという様子で。
……クソがぁ。
「それにしてもあの真田という男、大した人物だ。そなた達もそう思わぬか?」
「はい。……レイブンさんはどういった所が気に入ったのですか?」
「まず強い。走って来た時に体幹が揺れていなかった。領主とは思えないほど鍛錬してある。あの奇妙な手袋が同じように擦れていたのをみるに、恐らくは双剣を使うのだろう。両手を同じように使えるまでさぞ苦労したに違いない。領主としてはあの中でテリカ殿の次に強いな」
え、何それ凄すぎない?
「……レイブンさんとその二人はどっちが強いのですか?」
「某を馬鹿にしておるのか? と、言いたいところだが残念ながら真田殿はかなり某に近そうだ。テリカ殿と某は地上なら互角、あの御仁は船の上が得意らしいからそちらなら負ける。某は船で戦った経験など殆ど無いからな。ま、その分馬上なら負けまい」
テリカは分かるけど、真田がそんなに強いんかーい。
それは幾らなんでも想定外だった。
いや、まぁ、個人の強さなんてどうにでもなるけどさ……。
「ダイの場合サナダ殿の強さよりも、あの真っすぐな話し方を学んだらどうだ? お主はあまりにうさんくさ過ぎる。顔にも性根が現れるのだぞ? お主がどれほど強くなろうとも、ユリアという娘があれほどに惚れた様子を見せるとは思えん」
「はぁ……すみません」
ええ、ええ。
そうでしょうとも。
ユリアからは見るからに好き好きビーム出てましたよね。
あんなん無理ですわ。
性根も放っておいて。
私は真田がスペシャル考え無しだと思ってるんだから。
真似なんて御免被るね。
あっ、でも……男のレイブンでさえこの評価。
女性であるリディアが好感を持ったとしたら……。
すんげー心配になってきた。
「成る程、レイブン殿のような武人にはそれほど魅力的でしたか。では、彼が言っていた民の為、天下万民の為に戦うという言葉にもやはり同意を?」
それ気になる。どーなんレイブンって……苦笑してますな。
「いや、それは流石にな。某は生き残るので精いっぱいだ。彼らも特に余裕があるとは思えないのにあの自信。若さ故に思えて同意できぬ。されど仕方ない面もあろう。ケイの係累だと主張するのであれば、ああ言わざるを得ん。最もユリアという御仁は本気で言ってるようにしか見えなかったが。あるいは彼らは今まで落ちたことが無く、全て順調に行ってるのかもしれぬ。だとすれば羨ましい話だ」
あ、多分明察ですそれ。
私も感じたあの自信、これまでの成功に裏打ちされてる物だと私も推察している。
真田はこっちに来た時庶民だったのに、ここまで来たんだろ?
殆ど上昇だけしかしてないのじゃまいか?
ただねー、こいつ落ちそうもないんだよな。
突然の死亡は在り得ると思うけど、安定した領地を持てれば食料増産と必要労働量の軽減によって兵が量質共に上昇する。
後は蹂躙だ。
戦争に役立つ知識も何か持っていそうだ。
あの自信に根拠はあると考えたほうがよい。
さて、話してる内に自陣についた。
レイブンと別れたら、リディアにマンツーマンで今の軍議を見てどう思ったか教えてもらいましょうかね。
あ、ラスティルさんも呼ばないと不味いな。
どうなったのか凄く気になっているはずだ。