最後に現れるのは
「いやはやおっしゃる通り。マリオ殿が多くの側室と子供たちを持っているのは我が領地まで聞こえております。常日頃から羨ましいと思っていました。
わたくしの親族にして右腕である、このジニ・ローエンも男を見つけられず難儀しておりましてなぁ。わたくしが男であれば子を授けてやれるのですが、女では夜慰めてやる事しか出来ませぬわ。なぁ? ジニ? 男が居らず寂しかろう?」
「や、やめてくださいイルヘルミ様。別に……寂しくはありません。イルヘルミ様がお相手してくださってますから。貴女様の子が産めればどんなにとは思いますけど……」
「お、おいイルヘルミ殿、幾らなんでも軍議の場で睦言はやめてくれよ?」
「おお、これは失礼を。ジニの可愛さを皆に見せてしまい目の毒でしたかな? はっはっは」
……。
どう言ったらいいのか分からないけど、この人が凄いのだけは分かる。
マリオが作ったピリピリした空気が、一瞬で『やってられませんわー』という空気に変わった。
変え方がどうかとは思うけど。
……あ、イルヘルミが何かジニって人に囁いたら、ただでさえ赤かった顔の色が火みたいになった。
そしてコクコク頷いてる……。
……もしかして、今夜。いや、この後……。
や、やめよう。落ち着かない気分になってしまう。
「いや、皆様無駄な話をして失礼を致した。全て決まりましたな? それでは」「会議中失礼致します! 申し上げます! ヘインの領主、ソウイチロウ・サナダ、およびユリア・ケイが先ほど参陣し、会議へ参加許可を求めております! 如何致しましょうか」「……」
え?
全部決まったところで主役登場?
まぁ、意思統一できた後は基本イルヘルミが言ったとおりのシャンシャン軍議ではあったけど。
遅刻は……よろしくないと思うよ? マリオがめっちゃ顔をしかめてるもの。
「ヘインの領主? 余は知らぬな。知っているかイルヘルミ」
「はい。近頃急成長した男爵です。色々と奇妙な物を作る男で、この服もそやつが作った物を我が趣味に合うよう手を加えた物。リバーシを作った男でもあるのですが、マリオ殿はご存じありませぬか?」
「リバーシ……聞いた覚えもあるような。シウン、知っているか?」
「一度お相手願った事がありますよマリオ様。黒と白の駒を互いに挟んでひっくり返す遊戯です。庶民の間では非常に流行っておりますわ~」
「ああ、あれか。愚かな庶民が喜びそうな単純極まる遊戯であったな。されど余の所まで聞こえてくるとなれば、中々の物か。イルヘルミも好んでいるのか?」
「はい。確かに単純ですが、旅の馬車の中で出来るので。今までは書を読むか、配下とまぐわうかしか在りませなんだが、種類が増えたのは喜ばしい。服と体を洗う水が潤沢と言えぬ戦場では、中々好きな時にまぐわう訳にも行きませぬからなぁ。はっはっはっは」
……ごくり。
……。本当かな。気になる。
こっちに来てからは……はい、まぁ、溜まってると人によっては言う状態が続いていますので。
あ、いや、一気に出てしまうと洗うのが大変なので定期的に、アイラさんへの配慮をしつつ……って誰に言ってんだ私は。
性病が怖くて夜立っている女性なんてもってのほかだし……この六年で溜まったものが……。
うう、このエロイ姉さん色々と毒だ。
「ちっ。お前は品が無さすぎるイルヘルミ。まぁ分かった。挨拶くらいさせてもよかろう。おい。そいつを呼んで来い」
「はっ!」
伝令の人が出て行ってから三分ほど待つと、一組の男女が入って来た。
こいつが……真田総一郎か。
……なんてこった……。
こいつ私がこっちの世界に来てから出会った男の中で、一番モテそうだぞ。
美形レベルではマリオと互角だが、マリオは一部の人にだけ人気のありそうな毒在りイケメンだ。
性格が見た目にも出てる。
しかしこいつはジャニーズの中心に居そうな正統派さわやかイケメン……。
こいつ禁じられた御洒落装備である穴あきグローブとかしてるんだけど、イケメンだからカッコよく見えるほど。
どうなってんだ。
選挙をしたらこの二人の内どっちが勝つかは一目瞭然と言える。
うーむ……ラスティルさんはどうして私の配下になるとか言ってくれたんだろ。
人の印象は15秒で決まるとか言うメラなんちゃらの法則の応用で言えば、勝ちようがないぞこいつ。
隣に居る女はユリア・ケイかな?
紫色サラサラストレートヘアのソロアイドルみたいな美人。
私がこっちくる直前はグループアイドルだけになって死滅してたなぁ。
最後のソロアイドルは歌いながら『大好きだから☆』何ていうアコギな真似してた人だろうかね?
ルー・ル……連想に年齢が出るな。少尉とは前髪が違うのに。
真田に寄り添いながら、ニッコニコしてる。
それだけでもカップルに見えるってのに、二人揃ってボタンの付いたジャケットを着てやがる……。
微妙にお揃いのコーディネート……こいつらファッションショーと勘違いしてね?
そして居並ぶ諸侯の皆様はグギギギギ状態。
……ついさっきまで、如何に男を見つけ難いかという話をしてただけに国一番のイケメンを彼氏に持っているのをめっちゃ見せつけられてしまった感じっすわ。
テリカも少し悔しそう。
あ、一番イラッとしてそうなのはマリオだ。
自分より人気の在りそうなイケメンを見て悔しいのかね?
まぁ、私が見て来たこの国で『二番目』のイケメンがマリオだから、初めて負けた感じっす?
一番が真田じゃなければ、ザマァって言えたのに……。
それとも遅刻したってのに、すっごく堂々と入って来たから?
「遅れて来たご両人に説明すると、現在こちらのマリオ殿を盟主、わたくしイルヘルミ・ローエンが副盟主となり、戦い方まで決まったところだ。もしそちらが参戦するとなれば、後程わたくしの方から人をやって教えよう。では名乗って頂けるかな」
「はい。俺は真田総一郎です。遅参してしまった事お許しください。この恥は隣のユリア・ケイ共々戦いで拭わせて頂くつもりです」
「男爵ごときが戦でだと? 大きく出おったな。それでお前たちはどれだけの兵を連れて来たのだ?」
「七千ほどでしょうか」
そう真田が言うと、マリオは心の底から馬鹿にした表情になった。
私も覆面の下で同じ顔になってそう。
数が多すぎる。
こいつ馬鹿だった。
「子爵にもならない者が七千だと? お前兵糧は用意出来ているのだろうな? もしや道々村を襲って兵糧を得たか?」
「いいえ! 俺たちは民の為に戦っているのです。村を襲ったりなんてしません。兵糧は何とか此処までの分と少し程度は用意出来ました。何でしたら俺たちが通って来た後を調べてください」
「お待ちくださいマリオ殿。貴方様は遠くに居るのでご存じないでしょうが、サナダ殿とユリア殿は仁徳に溢れた貴族として我が領地の民が噂する人物。そのような真似をしてせっかくの名声を壊すわけもない。しかしサナダ殿、七千もの兵を領地から集めたのでは、ビビアナがそなたの領地を攻めた場合まったく対抗できず民たちが恨むのではあるまいか?」
「それは大丈夫です。主に隣にあるビビアナの領地から、人の口伝いに畑を継げない第二子以下から募った兵ですから。加えて領地の人々には俺たちが戻る前にビビアナが残した兵から攻められて、どうしようもなければ直ぐに降伏し、ビビアナを主君とするように言ってありますので。この反ビビアナ連合にはそれだけの覚悟をして来ました」
イルヘルミの表情が一瞬歪んだ。
さもありなん。私なんて福笑いみたいな顔になってる。
馬鹿だと思ったら常識を越えてただけだった。
やっべぇこいつ、未来の知識だけじゃねぇ……。
「ほぉ、成り上がりにしては見上げた心がけだ。しかし解せん。ヘインと言えば黄河を越えたビビアナ領となりの街。ビビアナと組めば領地を無くす危険を冒さずに済んだはずだ。そのような危険をおかしてまで、何故ここにきた」
「それは仲間皆とユリアがそう望んだからです。ユリア、説明してくれ」
「うん。皆さま、あたし達は世に数多いる戦乱の中苦しんでいる民たちを助ける為、ケイ帝国再興を目指して戦いたいのです。である以上ケント様を苦しめているビビアナとは組めません。それにあたしはウィン・ケイの末裔。没落したと言えどもケイ室の末裔としてケント様を助けたい。兵たちもこの考えに納得したからこそ付いて来てくれてます。
しかし情けない事に兵糧が足りていません。マリオ様、どうか助けて下さらないでしょうか。天下万民の為に戦う機会を与えてください」
寒気を感じる。
ユリアのクソな綺麗ごとを聞いて、恥ずかしくなったのではない。
恐怖でだ。
こいつはビビアナの領地から兵を七千取って来たと言った。
ケイ帝国最強で最も安定していて、今は少し問題のある状態だとしても普通は一番住みたいと思うであろう領主の元から!
男爵の肩書しかないのに、今の綺麗ごとでそれだけの人を動かす力がこいつにはあるのかよ。
人間業じゃねーぞ洒落にならん。
今から益々世の中は荒れ、人々は苦しむはずだ。
その時民に優しいと有名になりつつあるこいつの元に、どれだけの人が集まるのか。
そして集まって来た奴らは、実際に評判の通り動くこいつに心酔する。
しかも見た目が良い上に、長い戦乱で文句を忘れてしまったケイ帝国の象徴である姓を持っている!
大変分かりやすい未来への希望、明るい将来への象徴となるような人物。
特に若く力があり、馬鹿々々し……若々しい正義感に溢れた人間の目にはさぞ魅力的に映るに違いない。
ああああ、やっべぇ! モロにラスティルさんじゃねーか。これは絶対連れて来るべきじゃなかった。
まさかこんな人外の人望を持った奴が、真田の相方だとは。
クッソ……一時期ユリアが伝説に残る人望の君主、劉備じゃないかと思いはした。
しかし性別も見た目も多くの物が違うこの世界で、そんな理論的説明が全くできない当て嵌め方をするべきじゃないと思っていたら、これかよ。
ラスティルさんの義理堅さを入れても不味い。
私とは魅力に差があり過ぎる。
加えて、こいつの図々しさはどうだ。
『奢って下さい七千人分』と言いやがった。
ド真面目な顔で、私が感じた分には天下の為だと言って。
こいつは厄介な敵になる。
イルヘルミなら私よりよっぽどユリアの恐ろしさを理解したはず。
表情が一瞬崩れたのはその為ではなかろうか。
だがイルヘルミ、そいつの横に居る真田はユリアなんて目じゃないくらい危険なんだ。
ユリアだけなら、民に優しいと言ったってたかが知れてる。
大変な善政を敷いてると聞くイルヘルミなら、民の支持も弱小の領主であるユリアより得られただろう。
しかし真田は食料増産と、労働効率の上昇でお前の常識をブチ破る準備を着々と整えているんだよ。
お前の予想の上限を遥かに超えた危険性を持ってるんだそいつは。
あ、ビビアナの所から人を連れて来れた要因の一つが分かったかも。
真田だ。こいつが常識外れの生活向上に繋がりそうな物を見せたからだ。
グレースが言ってたじゃないか、密偵が千歯扱きを褒めてたって。
同じ評価が隣の町々まで聞こえていたに違いない。
だから多くの人はユリアに付いていくのが最も良い未来を手に入れる方法だと思った。
そしてそれは正しい。
真田が居れば、この国で最も暮らしやすい領地が産まれる可能性は高い。
ケイ人全員が、真田を領主にしたいと望みかねないほどの。
この二人のコンビはヤバイ。調子に乗った時の相乗効果が凄まじい。
これは……何とかして真田達を削らなければならん。
まだ私が圧倒的に有利だ。
しかし時を与えれば、どれ程の在り得ない成長をするか……。
そして真田は今目の前で何らかの思惑を持って、この連合軍に参加しようとしている。
だってのに状況に流されるだけで、声を出して追い出せないなんて!
凄まじい誘惑を感じる。声高に拒否を示したい。
だが絶対に駄目だ。
私がこいつに注目してるのは、誰にも知られたくない秘密。
第一私の声で何が変わる訳もない。
だからイルヘルミお前だよ!
昔リディアとあれだけ話をし、コルノの乱が起こるのを予見し男爵程度から此処まで大きくなったお前だ。
真田はともかくとして、ユリアの危険性が分かってないとは言わせんぞ。
だってのに! ぬぁぜえええ黙ってんだぁああ!! さっき表情変えとっただろうがあああ!
クソがぁ! 肝心な時頼りにならん奴!
大体てめぇがマリオに入室を認めるよう勧めたから私の毛根にダメージがいってんだぞ!
責任とって下さい! お願いします! でもそんな気配が欠片もねえ! ふぁーっく!
最早私の希望はマリオが何とかしてくれる事だけ。
日本円にして一人の食料を一日三百円とすれば、一か月で六千三百万円。
正しくは分からないが、大した金額をたかられている。
どうか拒否してこいつらの思惑を外してくれ。
ここへ先に来てしまった以上、ビビアナの所には向かえまい。
となれば、自領に帰ってイルヘルミとビビアナの間で磨り潰される運命。
お願いしますマリオ様、貴方の手で目の前のイケメンにトドメを。
そうすれば、貴方がこのケイ帝国最高のイケメンになれるんです。