イルヘルミによる戦略説明
「ほぉ。まさか数十万の大軍を持たれ、ここにも十万近くの兵を連れて来られたマリオ殿が某たち二千の兵を頼みにされるとは……思いもよりませなんだ。加えて我らはビビアナの背後に位置しており、万が一の場合にはビビアナの逃走を一手に押しとどめる役割を担う以上、多くの兵を残すべきだとお分かりではない? これはこれはこれは。どうやら用兵を全くご存じで無いご様子」
ちょっと、ちょっと! それ言い過ぎじゃない!?
一応そういう建前でよろしくとは言ったが、挑発に使えとは言ってねーがねー!?
「ふん。貴様のように前線で血と汗に塗れなければ生きていけぬ下々の者と一緒にしないでもらおうか。この身は生まれながらにしてウェリア家の主流。このケイでも有数に貴い血筋。故に貴様と貴様の主が死ぬ思いをしてやっと手に入れた二倍以上の物を持っている。この連合軍も我が富と兵糧無くしては維持も出来ん。貴様はこの事実を分かっておらぬようだな」
レイブーン! レイブンブーン! 頼むよ! 青筋立てないで! 後で吠え面かかせてやればいーじゃん!
このブルジョワ皆に嫌わてるだろうし、最後は絶対悲惨だって! というか、私が……いや、何でもない。
まーじガーレを連れて来ないで良かった。あの人好きだけど、これに耐えられたとは思えない。
増してやアイラさんが前に出てたら……『獣臭い。こいつが居る天幕になど居られるか! 余は自分の幕舎に戻るぞ!』とか言ってそう。
だから頼むよレイブーン! 君だけが頼りなんだって!
もしかしてビビアナと組む予定だ。と、話したのが影響してるの!?
でも君ビビアナが死ねば嬉しいっしょ? それでも良いのよ? だから頼むってばさー!
「まぁまぁマリオ殿。貴方様が皆を支えておられるのはここに居る誰もが知っております。その証拠に貴方様が盟主となるのを誰も反対しなかったではありませんか。富める者が声だかにどれだけ施したかを言うのは美しくありませんぞ? ここに居る者は愚者にあらず。貴方様の貴さを理解しているのですから」
「……ふん。ならばよいのだがな」
「レイブン殿も気を静めて頂きたい。貴方は我が領地にまで聞こえた剛の者。そちらの領地の窮状も貴重な役割も皆承知している。その上で文官を連れて来て下さり、我らが憂いなく戦えるように準備してくださったカルマ殿へは感謝しております。
グレース殿から頂いた手紙を、シウン殿に渡して満足してしまったわたくしの落ち度もありました。どうかお許しを。マリオ殿、実際兵糧の管理は頭の痛い問題だとシウン殿とも話し合っていたのです。カルマ殿の配慮に甘えようではありませんか」
イルヘルミが中間管理職の悲哀に塗れてる……。
さっきから使ってる敬語なんてゾワゾワするぜ。
手紙がシウンの所で止まっていたってのも嘘臭いし。
マリオが止まりやすいように言っただけじゃね?
それだけこの連合軍が大事なんだろうねぇ。
そりゃそーか。自分の領地は黄河を挟んでるだけでビビアナの隣なんだもん。
ここで一撃与えないと、サポナの次は多分イルヘルミの領地が吹っ飛ぶ。
「シウン、そうなのか?」
「はい。困っておりますの。どうかお許しください主様」
「……ならば仕方あるまい。良きようにせよ」
あ、何人かの諸侯が不満そうな顔を見せている。
兵糧の管理させたくないってか? 以前の悪評がまだ尾を引いてるのけ?
マリオが同意した以上決まりでしょうに。女々しい……って皆女性だったわ。
「これで決まりましたな。では今話に上がった兵糧、足りなくなりそうな諸侯は直ぐわたくしに言って頂きたい。特にメリオ殿、レイブン殿は大丈夫でしょうか?」
「オレの所はオラリオに頼んである。だけど兵数が多いから不安はあるな。もしもの時は頼む」
「某もオラリオ殿にお願いしてまいった。兵数が兵数なのでまず問題無いであろう」
「おお、お二方とも素晴らしい。ここまでしっかりとされているレイブン殿に管理をして頂けるとは重畳至極。
さて皆様言うまでもないと思いますが一応ご説明しますと、もしもトーク家とサポナ家がビビアナに付けば我らは終わりです。両者ともにビビアナと因縁がありそのような心配をしないで済むとはいえ、彼女たちの重要性は変わりませぬ。故に両者を兵の多寡で侮辱する者が居れば、このイルヘルミ・ローエンが許さぬ。よろしいな?」
最後の一言と同時に感じたイルヘルミの気迫は、諸侯が思わず頭を下げる程の物だった。
マジ気合入ってんな……。
「我らを庇って頂き感謝するイルヘルミ殿。皆も安心して頂きたい。兵糧を盗むような誇り無き真似、我が主カルマ様の名においてしないと誓おう」
「二点伝えるべきことがある。まずムティナ州の諸侯は来ぬ。あそこは小領主達が争い続けてるようで、誰も自陣を空に出来ぬようだ。加えて東のジョルノ州も領主トウケイが病で急死した上に後継ぎが居らず、混乱していて兵を出せるような状態ではない。
では挨拶も終わった。皆が疑問に思っているであろう何故わたくし共の兵が傷付いたかを話しましょう」
そう言ったイルヘルミが全員を見渡すと、皆黙ってうなずいた。
「皆が来る前にわたくしの兵一万に加え、マリオ殿とテリカ殿の兵三万でアクアの関所を攻めたのです。勿論関所をそれだけの兵で落とすのは不可能なので、野戦を挑むつもりでありました。
そして我等が関に付いた時、向こうも一当たりしようと考えていたようで兵は外に出でおり直ぐに戦が始まった。兵は恐らく同じ四万程、相手の将は軍師ホウデのみ。そして我等は負けました。損害はわたくしの兵が千、マリオ殿の兵は四千程。相手は……おそらく三千程度でしょう」
同数で負けたんかい。
ま、三つの軍に対して一つの軍で同数なら、一つの軍が有利か。
成る程、一回負けたからイルヘルミが此処まで必死だったのだな。
「出来たらお前たちが弱かっただけ、それかお互いの連携が悪すぎた。と、期待してぇんだけどよ。どうなんだい?」
おお……メリオの兄さんズバリ行きますね。
ただ、このマリオ相手にその口調は……頭悪いのではなかろうか。
「メリオ殿、わたくしはともかく盟主であるマリオ殿には敬意を払って頂きたい」
「あ、ああ。そうだなワリイ。あんたみたいな口調で喋った事なくてよ。マリオ、えーと、殿も許してくれや」
この人言動が貴族というより気の良い不良の兄ちゃんだ……。
いや、強さと戦歴で言えばリンダ男も鼻で笑うような人だし、不良なんて可愛いもんじゃないやね。
マリオは生きてる世界が違うと感じたようで、相手してられんって顔してる。
「よい。余は寛大故許してやろう。しかしそなたがスキト軍の大将なのか? 軍師は居らんのか」
よーするに別の奴出せって意味かこれ。
「えーと、従妹のサーニアが来てるぜ。あいつの方が賢いんだけど、まだ陣営を作るのに忙しくてよ。まぁ、オレが伝え損なったらサーニアが聞きに来るだろうから頼んだぜ」
「……シウン。頼んだぞ」
「あ、は~い。お任せください。メリオ様、このシウンの名前は憶えておいてくださいね~? でないと……困りますよ?」
「お、おう。分かったぜ」
「纏まった所で話を戻させて頂く。確かに我等の連携は悪かった。一軍となっていれば、これ程には負けなかったでしょう」
「それは損害が多かったこちらの動きが悪かったと言いたいのかイルヘルミ? だがお前も最初から押されていたではないか。のぉシウン?」
「は~い。でも主様、イルヘルミ様が仰りたいのは連合軍の脆さと、ビビアナ軍の強さだと思いますわよ? 戦術も何も無しに正面から潰し合って完全に負けてしまいましたから。ですよねイルヘルミ様?」
「仰る通りだシウン殿。皆々様の中で未だにわたくしの軍が弱いから負けたのだと仰る方が居ましたら、是非挙手頂きたい。最前線で戦って頂く。それで勝てましたら、非常に重要な功績となります。どなたか居られませぬか?」
居るかぼけー。
イルヘルミ軍の強さはコルノの乱でケイ全土に響き渡ってるじゃねーか。
勝てそうな戦績を出したのは死んだフォウティだけだ。
しっかしビビアナは其処まで強いのね。
狭い所だからだとしても、私たちはその狭い所で戦わないといけないわけで。
あれ? 詰んでね?
「そちらのテリカ殿の強さは某の領地まで響いていたのだが、テリカ殿が居てもマリオ殿の所は弱いのか?」
あ、嫌らしい言い方。
レイブン、もうちょい抑えて! この連合軍が空中分解しちゃったら私困るの!
「戦いもせずに口だけは出すのだな?」
「某は音に聞くテリカ殿の強さを尋ねたのみ。或いはマリオ殿がテリカ殿を上手く扱えてないのではと思いましてな」
「お二方お待ちあれ。レイブン殿。マリオ殿は我等の為に一当たりをし、敵の強さを教えて下さったのですぞ。そのような言い方は謹んで頂きたい。テリカ殿の指揮は確かに際立っておりました。しかし客将というのもあり少数の兵しか指揮させて居なかったので、大局には影響を与えられなかったのです。その点は反省し、これから説明する戦略にも活かしております。そうですなマリオ殿?」
「うむ。レイブン、全体を見ずに目の前の事だけあげつらっていては匹夫だと思われるぞ? まぁテリカよ。お主の働きをこの目で見たのは初めてもあり、与えた兵が少なすぎた。話した通りにする故、大いに働いてもらいたい」
「はっ! 有難うございますマリオ様。全てはマリオ様のご指導あってこそでございます。
ただ諸侯の皆様に申し上げますが、ビビアナ軍の強さと士気は大した物。平地で同数ならばアタシとしても戦いたくない相手でありました。武具の良さが違うのです。恐らくは使ってる鉄自体と、鍛冶師の腕が違う。ゆめゆめご油断なきように」
金がいっぱいあるとは聞いていたが、保持してる鉄鋼技術にも差が出る程なのね。
流石最強と言われるビビアナ・ウェリアだ。
「つまりはこういう事です。わたくしの考えでは現在我等の方が有利。されど本当にギリギリの戦いとなるでしょう。我らにバラバラに戦って功名を争う余裕は無い。だからこそこの中で二番目に多くの兵を持つわたくしが副盟主となり、マリオ殿を支える決意を致しました。ではこれより軍の動きを皆様に伝えますよろしいですかな?」
やでやでやっとか。連合軍は意思統一が面倒で大変ね。
頑張ってイルヘルミ。
「まずビビアナの兵数は十一万ほどであり我らの目標はランドに居る帝王ケント様をお救いする事。その為にはランドへ行かなければならないが、ここからランドへ続く道は二本。まずは一隊をもってアクアの関を取り巻きビビアナに兵を割かせ、次に別動隊でもう一方の要所である城塞都市ソラを攻める。
分け方は関の方にわたくしの兵三万とマリオ殿の兵一万。それにメリオ殿の騎馬二万を加えて六万。ソラの方はマリオ殿の残りの兵七万とわたくしの兵一万をテリカ殿に率いて頂き、更にサポナ殿と残りの軍を加える。これで大よそ九万。
主攻はテリカ殿の予定ですが、ビビアナがそちらに同数の兵を割いてきたのなら関を守る兵は多くて二万、そちらは守りに徹し我らが敵を抜いてランドを攻め落とすか、こちらの兵をそちらに動かすとしましょう。これを成す為には連絡を密に取るよう気を付けなければなりません」
なるほどね。
アクアの関は私も昔見たけど、巨大で非常に立派な防衛施設だった。
ありゃ関というより砦だな。
それを道の狭さに縛られつつ攻め落とすよりは、どうせ全部の兵を動かせない以上分けた方が賢いかも。
流石イルヘルミといった所なのだろうか?