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美肌道伝授終了

「まず人間は日々の食事によって体の全てが作られます。よって食事の内容と食べ方が大事なのです。新鮮な野菜、肉、卵、出来るだけ多種多様な物を食べなさい。以前渡した食事の修正には遠慮がありましたので、新しいのを作って渡します。肉は豚の肝臓を頻繁に食べてください。そして何よりも……これを毎日同じ量程度飲んで頂きます」


 そう言って私は白濁した液をコップに入れて出した。

 ま、この時点でこれが何か分からない二十一世紀人は居ないな。


「あ、これ……ぼ、僕は飲まなくていいよね先生? 今日何も悪い事してないでしょ?」


「ぬ、ぬぅ……これは青臭い匂い……不味そうだぞ先生」


「……しかし、何処かで見たような。これは何ですか」


「これは豆腐を作った際に残る大豆の汁で豆乳と呼ばれており、美肌と健康にとても良いのです。確かに癖がありますから、汁物に入れたり工夫なさい。しかし今日より美肌に向けて努力するという思いを忘れない為、今回はこのまま飲んで頂きます。さぁ、一気にどうぞ」


「う、うう……。汁物にしてくれれば好きなのに……わ、分かったよ飲むから。嫌がったら量を増やすんでしょ……」


「……むぅ……これはかなり不味いぞ先生……」


「……飲みなれない味だ……豆腐は頻繁に食べているが……」


 うん、明らかに日本に居た頃より不味いんだよね。

 成分無調整豆乳でも、何か美味しくなるようにしてあったのかしら?

 が、関係無い。この味こそがイソフラボンの味。

 一日一杯飲まなければ『今日飲まなかった分で、ハゲを防げなかったらどうしよう。肌が荒れたらどうしよう』と不安になる。

 そう、豆乳を美味い不味いで考えるなど言語道断。

 適量を飲み続ければダイエット、美肌、ハゲ、健康。全てを助けるパーフェクト飲料に文句を言うなど天に唾吐く行為!


 なおパーフェクトドリンクの元となる豆腐は、三百年程昔ケイ室の方が作らせたらしい。

 この一事により、ケイ帝国の偉大さが後二千年はたたえられる事が確定したと言える。

 肌の老化とハゲ。この二つで悩まない人類など存在しないのだから。


 しかし灯台下暮らしというべきか、哀れな程に無知というべきか、この国の人々は殆ど飲んでいない。

 アイラさんなんて本気で嫌がる物だから、手洗いとうがいを忘れた時の罰として飲ませている。

 つまりはアイラさんの健康を多方面から支えてるのだ。

 だというのに先ほどの言いよう……許せん。

 明日アイラさんが朝最初に飲むのは豆乳にするとしよう。


「次の話です。冬に部屋を暖めると、肌がパサパサしたり、目が痛くなったりしますよね? これは肌が乾燥しているからで、非常に悪い状態です。なので部屋を暖める時は座ったり寝る場所の近くに、大きな濡れた布巾を置くようにしてください。起きてる間は偶に触ってみて、乾いてたら直ぐに濡らすようにお気を付けを。これにより自分の周りの空気に水分を補給してやれば、かなりマシになるでしょう」


「あ……何時も暖炉で水を沸かしてるのはその為だったの? どうして飲みもしないのに沸かすのか不思議だったんだ……」


「ふむ……確かに肌が痛くなった記憶が御座います。……しかし、少々面倒ですな」


 ……面倒、だと?


「バルカさん、貴方の智はどうやって得たのですか? 大変な努力の積み重ねによって得たのでしょう? あっという間に物事が良くなる方法なんて在りません。全ては積み重ねです。肌だろうと同じ事。少しの面倒を嫌がって、二十、いや十年後悲嘆にくれたいと思うのですか? 貴方でしたらご自分の下僕にさせてもいいではありませんか。将来の為に少しの面倒は許容するのをお勧めします」


「……お許しを。不明でございました。ご教授感謝いたします」


 仕方ないとはいえ不明にもほどがある。超大事な保湿に面倒もクソも無い。

 (ナノマシン)ならぬ身である以上、『美肌が欲しいか? ならばくれてやる!』とはいかんのだ。

 毎日の積み重ねだけが美肌を作る。


「次は日焼けです。これも肌によろしくない。常に帽子を被り、木陰を歩いて日に焼けないよう気を付けてください。特に正午からの前後二時間は外出しない方がよろしい。屋内で出来る用事をその時間帯にするよう努力し、陽が陰って来てから外出するよう気を付けるのです」


 日光をあんまり遮断すると、又別の病気になってしまうがここの生活では不可能なので心配あるまい。

 様子がおかしくなってないか常に見るつもりだしね。


「いや、それは難しい。兵の訓練をするのは外だ。拙者だけ帽子をかぶる訳にもいかん」


「そうでしょうね……。こうしてはいかがでしょうか? 書類仕事を一番日差しが強い正午の前後二時間で行うよう調整し、許される場合は林の中で訓練を。加えて兵にも帽子をかぶるのを許すとか。日焼けすると余計に疲れます。兵達にとっても良いはずです」


「ううむ……しかし、監督するだけの拙者はよいとして、兵達は邪魔な帽子を被る者は少なくなろうな。戦友達が陽の下で肌を焼いてる時に、拙者だけ己を守るというのは……」


 はぁあああ~、良い人だ。だが、ヌルイ。

 日焼けの恐ろしさを全く理解してない……若さとは恐ろしいな。


「ラスティルさん。絶対に勝てない戦いで意地を張って逃げない兵に構って、逃げる兵をも巻き込んで死ぬ将軍が居たら愚かだと思いませんか? 少なくとも私は逃げ帰って来て欲しい。兵力の温存はとても大事です。戦いは勝てる時のみにするべきで、意地を張って全滅なんて最高の愚行だと確信しております」


「と、突然何を言うのだ……い、いや。うむ。そうだと思うぞ? 勝てない戦いからは逃げて耐えるのは大事だと、思う」


「同意頂けてよかった。さて陽の光を止められる者が居ますか? 居る訳が無い。元より美肌とは決して勝てぬ老いに抗い続ける戦い。しかし負けるからと言って抗わない理由にはなりません。ラスティルさんも何時かは死にます。しかし毎日武術の鍛錬をされてるじゃないですか。日々の戦いに役立つ助言を聞いて、帽子をかぶりもしない者達は放っておきなさい。

 ラスティルさんは兵達にご自分の技術を、親切丁寧に教えるので大層な人気だと聞いていますが、美人に教えてもらえている事でも兵達は喜んでいるでしょう。そう、貴方の美貌を保持するのは兵達の為でもある。小さなことに拘ってはいけません。いいですね? きちんと帽子をかぶるのですよ?」


「わ、分かった……。なぁ、アイラ。ダン、いや先生はどうしたのだ。リディアのような積み上げられた確信と自信を感じて怖い程だぞ……」


「? ダン先生は元から凄く怖い時があるよ? ラスティルが分かってないだけだと思う」


「そうなのか……知らなかった……」


「ラスティルさん、確かに私は今までの知識に自信を持っています。何故ならこれは今まで何千年もの間容姿を誇りにする人たちが、悩み、嘆き、悲しみ、望んできた物。彼女達が作って来たシミ、小じわ、悪くなった肌色が! 怨念が! それらの結晶であるこの肌が!! 保証してくれるからです!!!

 これまで話した知識は数千年経とうとも、容姿を大切にする女性達が頼り続けるでしょう。それを皆さんは手に入れました。決して自分が持つ恵まれた骨格に頼り切って無駄にしないで頂きたい。よろしいですね?」


「「「はい」」」


 少し怯えてるのが気に食わんが、良い返事だ。

 昔から骨格が良いのに太ってる人間を見ると我慢ならなかった。

 具体的に言うとイタリア人。マジあいつらよぉ。

 アイドル並みに美人な骨格を持っているのにピザの食いすぎでピザってる女子高生とか、正座させて三時間説教すべきではなかろうか。


「では夜も更けて参りました。肌を美しく保つのに最も大事である睡眠のためにお帰りなさい。これは特にバルカさんに気を付けて頂きたい。貴方が多大な仕事をしてくださっているのには心から感謝しております。しかし少なくとも平時であれば、睡眠を削らないようにして頂きたい。学問の神であるコウに学問を教えるようではありますが、日頃から配下に仕事を多く振っては如何でしょうか。貴方一人が居なくなっただけで、どうしようもなくなるのは組織として問題があるという考え方もありますでしょう?」


「……暫くの間、仕事に支障が出かねません。加えてトーク姉妹が不満に思うのも予想されますが」


「問題ありません。これから一年バルカさんが居ない時期が来る事ですし、その間に慣れて貰ってください。何でしたらトーク姉妹も仕事を減らすように勧めては。当然私の要望であると伝えて下さって結構です。少しの間の恨みよりも、バルカさんの睡眠の方が重要ですので。貴方は本来ここに居るような方ではありませんし、私もトーク姉妹も貴方に頼り過ぎだと思うのです」


「承知しました。お気遣いに感謝を」


「いいえ。むしろ言うのが遅れて申し訳ありませんでした。さて最後に皆さん、美肌道は美しくなる為だけの道ではありません。美しい肌とは即ち健康の証明。そう、今日お教えした話は皆さんが健やかに毎日を過ごす為に気を付けて頂きたい話なのです。

 今は皆さんお若いので大した効果を感じないかもしれない。しかし二十年後、『ああ、美貌も肌も衰えてしまった』と皆さんが嘆いたその時! 同年齢の友人を御覧なさい。自分が如何に貴重な知識を得、有意義な努力をしていたか分かるでしょう。そして友人が『どれだけ自分が体調で辛い思いをしてるか』と愚痴りだしたとき、貴方方は知るでしょう! 自分がどれだけ恵まれた勝者の地位にいるか! その為にはゆめゆめ毎日の努力を怠ってはいけません!」


「あ……。そうか、そうなんだ。ダンはそうやってずっと僕を助けてくれてたんだね……だから体調が良くなったんだ……」


「ほぉ。それは興味深い。どんな変化があったのか教えて頂けまいかアイラ」


「うん。僕ときどき便秘になってたんだけど、近頃は滅多にならないの。考えてみたらダンと一緒に住み始めて半年くらい経った頃から便秘が減ったような気がする」


 あー、それね。そら前が酷すぎですよ。食べてる内容の八割が肉だったんだもん。

 野菜食え野菜。食物繊維少なすぎだ。


「なるほど……。(わたくし)は便秘になった記憶が殆どありませぬが、我が家の下僕が大層苦しんでおりました。今日の教えであの苦悩が予防できるとすれば、益々貴重な知識と言えましょう」


 便秘の大きな理由の一つはストレスなのだが……高級官吏というストレスフルな環境に居て全く記憶に無いとは、やはりコヤツ……。


 ちなみに男性はストレスが多いと下痢るように私は思う。

 私も一時期下痢ってたけど近頃は無い。

 タフになったってこったな。


「うん。便秘は苦しいよ。だからいっぱいウン」「ちょ、ちょっと待て! 一応ここにはダンも居るのだぞ! うら若き乙女が便秘便秘という物では無い! ダンも止めぬか!」


「えっ。しかし健康の話は正直にするのが一番ですよ?」


「そういう問題ではなく恥じらいの問題だ! 皆年頃の娘であろうが! アイラが恥じらいに欠ける一つの理由はお前にあるぞダン! 美肌と健康だけでなく、真っ当な常識も教えぬか!」


「は、はい。すみません……気を付けます」


 と私はビビってたのだが、突然ラスティルさんの勢いが落ちてモジモジしだした。

 あん? どったの?


「だ、だが……本当にダンの言う通りにすれば体調が良くなるのか? 便秘と……その、べ、便が水っぽくなって腹が痛くなるのが減ったりとか」


 あ。ピンときた。


「さてはラスティルさん……以前お渡しした食生活の改善方法。殆ど実行しておられませんね? そして寝る前に酔う程お酒を飲んでいますね?」


 以前渡した内容としては酒量を減らすのが一つ。

 加えて酒のつまみによいような物ばっかり食べてたので、野菜やカルシウム摂取のため動物の乳を飲むように書いて渡したのだが……。


「うっ! ……分かるのか」


「ええ。お酒をいっぱい飲んだ次の日は腹が痛くなるのでしょう? 単純に飲み過ぎです。しかしラスティルさんご安心を。貴方の美貌と健康は私にとって大切な物。決して見捨てません。頑張って従ってください。きっと改善されるでしょう」


 この三人の中でラスティルさんは飛び抜けて酷かった。

 専門知識が無くても、常識の範囲で大きな改善が見込める程に。

 だから改善されるのには自信がある。

 戦士的な人はこれだからいかんわ……。


「う、うむ……。分かった従おう。頼みにしている」


「お任せください。では皆さん長々と引き留めてすみませんでした。今後皆様は長い美肌健康道を歩く同志です。何か悩みがあれば共に解決して行きましょうね」


「「「はい。有難うございます先生」」」


 そう良い返事をした後、ラスティルさんとリディアは帰っていった。

 私も軽く後片付けをしてから寝ようと思っていたのだが、アイラさんが何か言いたそう。


「ダン、ちょっといい?」


「はい。何ですかアイラさん」


「お礼を言いたいんだ。今日、今まで色々としてくれてたのが全部僕の為だったって分かったから。有難うダン」


 あんれまー。天使かこの子。


「小うるさくて不快な思いもさせたでしょうに、そのように言ってくれるとは……有難うございます」


「ううん。不快じゃなかったよ。いつも見てただけの父親と母親みたいにしてくれて嬉しかった」


 ふぁー凄い。思春期で反抗期の年齢……は過ぎたか。

 それでもオッサンに嫌いな物食えって散々言われてこのお言葉……。

 ありがた可愛い……。

 感動で涙出そう。


「くっ……。僭越だとは思ってきましたが、一緒に住むアイラさんの健康が何時も気になってしまって……有難うございますアイラさん」


「う、うん。それでね? ダンはもうちょっとしたら一年くらい出掛けるんだよね? それにここでは戦も無い。でしょう?」


「はい。リディアさんからそう聞いています。こっちから攻めるのは在り得ませんし、一年羽を伸ばせますよ」


「そう……じゃ、じゃあ、行く前に、僕と……その……」


 うんあー? なんか突然顔が赤く。

 恥ずかしがってるのか? なんで?


「僕に……こ……。うう……。や、やっぱりいいや」


「えっと、何か言いたい事があれば遠慮なく言ってくれた方が嬉しいのですけど」


「そ、そうだね。でも、又今度でいいよ。まだ悩んでるし……。だから、無事に帰って来てねダン」


 なんだか分からんが、無理に聞き出してもしゃーないね。

 その内言ってくれるのを待つとしましょう。


「はい。有難うございますアイラさん。ま、何時でも逃げられるように気を付けますし、まず大丈夫ですよ」


 さて明日からは参戦の準備だ。

 人が殺し殺される戦場だというのに、ピクニックに行くような気分になってる自分が居る。

 うむ。出来上がって来たな。自分が頼もしいぜ。

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