ラスティルへの確認
夕食を食べ終わると直ぐにリディアとラスティルさんが来てくれた。
やでやでである。
気は進まないが連合軍へ連れて行くのなら、数点確認しなければならないのだ。
「お二人とも来て下さって有難うございます。そちらにお座りください」
リディアは鉄面、ラスティルさんは余裕の微笑。
何時も通りだな。
リディアは当然として、ラスティルさんも偶に内面がさっぱり分からないんだよね。
私の評価はどうなってるのだろうか?
今は特に気になる所。
「ダン、今夜は拙者の美を更に磨く方法が話されると聞いてたった数時間が待ち遠しかったぞ。どのような秘訣なのだ? 早く教えてほしい」
え、それだけ?
「あの、バルカさん、参戦について話があるとは伝えて頂けなかったのでしょうか?」
私の問いにリディアが答えるよりも早く、ラスティルさんが呆れた様子で口を開いた。
「ダン、リディアがそのような手抜かりをするものか。お主の表情があまりにも硬かったのでからかったのだ」
……あ、なるほどね。
「すみません。仰る通りです。バルカさん失礼しました。話の内容を考えると緊張してしまいまして」
「いえ、お気になさらず」
「では話を聞かせてもらおうかダン。何か問いただしたい事があると聞いているが?」
どう話すべきか何度も悩んだが……結局正直が一番マシなんだろうな。
「はい。質問があります。ラステイルさんが連合軍に参加し、他の人に今から私が言う内容を尋ねられた時、どう返答するのか答えてください。まず、今ラスティルさんは誰に仕えてますか?」
「ふむ。カルマ殿だな」
「どうしてカルマ殿の配下に?」
「それはアイラが……いや、違う。カルマ殿の客将となっていた時に、存亡を懸けた戦が始まってしまい、其処で功を立て名を成しているうちに骨を埋めようと決意するに至った。とでも答えるか。アイラという名前は聞いた覚えも無い名であった」
「現状カルマは名声が低く、状況としても未だに危険です。ラスティルさん、千金を持って、あるいはカルマよりも重用するのでマリオ、イルヘルミの元に来ませんか? 断る理由は無いはずです」
「このラスティル、一度交わした主従の契りを金や与えられる立場、更には人の好みで反故にはせぬ。……詰まる所、拙者が今つい名を入れるのを抜かしてしまった真田殿の所へ移ってしまわないか不安なのであろう? 正直な所拙者も驚いた。ダンならば留守居役を命じると考えていたのでな」
はいそーです。
バレバレでしたね。
しかしラスティルさんは頭がいいな。
質問の意図まで把握されてる。
「実はこちらの二人に相談するほど悩みました。ですが二人とも連れて行かなければラスティルさんの機嫌を損ねると言いまして。どうも二人は私の懸念をきちんと把握していないようにも思えましたが……」
「この二人ならば仕方なかろうなぁ。ようするにダンは真田殿という美形の男に嫉妬していると言えなくもない。このラスティルが取られないか、と」
う、うわー。
そーいう言い方しちゃう?
……あ、でもそういう事になるかも。
これは……ショックずら。
例え真田が不細工であろうが、私について話されるのは何が何でも止める。
でもラスティルさんが、男性として魅力的らしい相手の方へ行っちゃうのを懸念してるのは事実。
完全に『僕を捨てないで』と言ってる男ですよね。
頑張れ私。恋しても様々な理由で又一人旅に出たフーテン様を見習え。
顔で笑って腹で泣くのだ。
「全くの勘違い……とは言えないですね。加えてユリア・ケイという方です。彼女の人となりを話すラスティルさんはとても楽しそうでした。私の印象としてもラスティルさん好みの方。私では全く相手にならないのは確実に思えましたから」
今では客観的な思考をするのに邪魔だから極力考えないようにしてるが、どうにもユリアが劉備に思えて仕方がない。
そしてラスティルさんは、劉備から非常に信頼された趙雲に。
となれば、この二人は運命の相手である。
実際ラスティルさんがそれくらいの親しみを持っていると感じた。
私はこの二人とラスティルさんを掛けて戦わねばならない訳だ。
ガチでやってられるか。
ブタに乗ってサラブレットと駆けっこするようなもんじゃねーか。
まぁこれだけ状況が違うのに、全て同じような人物によって同じような歴史をたどるというのは非科学的だよなぁ。
パラレルワールドネタは漫画だとしょっちゅうあるけどねぇ。
と、今はそんな思考はどうでもいいのだ。
「ダンも面白さでは負けておらぬぞ。それ程真っ正直に卑屈な事を言える人間は他におるまい。人によってはそれも魅力の一つだ。なぁリディア?」
「はい。こういった可愛げがなければ私も胃を痛めていたに相違なく。有り難く思っております」
と、リディアが重々しく言った瞬間、三人が同時にリディアの顔を見た。
胃を痛めた事があるような台詞に驚いてだと、私は確信している。
しかしリディアの顔は大真面目にしか見えない。
……貴方がストレスで胃を痛めるような状況って、人類の誰もが胃ガンになると思うんですけどね。
「……とにかくだ。拙者はこの槍、我が誇りに掛けて主従の誓いを立てた。それをダンは軽い物だと言うのか?」
あ、笑顔は崩れてないけど微妙に怒ってる。
……うんだけどさぁ。
「軽いと思ってるのではなく、私とそのお二人ではあまりに魅力的な差があると言ってます。そちらの方々とラスティルさんが会います。懐かしく思い、旧交が宴会などによって温められます。焼けぼっくいに火が付きます。離れがたくなって私とはさようなら。という成り行きが目に見えてしまうんですよ」
「ふむ、別に男女の仲だった訳ではないが。しかし彼らと酒を酌み交わしてもよいと? 仲が良くなって欲しくないというのに態々機会を与えるとは。まるで名君のように寛大な話だ」
「え、でもこの広い国で離れて住んでいて、しかも戦う人間が酒を酌み交わす機会なんて早々ありません。これ程の機会を邪魔するのは流石に……」
真田の領地とは、400kmくらい離れてる。
将軍クラスの人だとやたら身体能力高いから、馬に乗って四日程度で行けるか? だがそれでも遠い。
平時でさえこれだけ離れて住んでいれば生涯で一、二回会うのも難しい。
孔子が『朋有り、遠方より来る、また楽しからずや』と態々読んだ程遠方の友人と話す機会は希少なのだ。
その上これからは誰が敵となるか分からない内乱になると、皆分かっている。
なのに友と語り合う機会を無くすような奴は、嫌われて当然だべや。
私が昔車で三時間離れた所に住んでる、結婚したてのイケメン友人の所に行ったときを思い出す。
そいつの奥さんは家でも外でも自分を放っておいて旦那が私と飲むのを許さなかった。
その時私は、『何このクソビッチ。イケメンがババを引いたぜザマァ』と思った物だ。
そのクソビッチと同じ真似は出来ない。
……ちょっと酷いかな? でもアイツがする『どうだ。美人だろ』主張があまりにウザかったしまぁええやろ。
私だってダルボッシュくらいの対イケメン核地雷を踏んでたら同情したのだけど。
彼が踏んだ地雷は凄かった……。
異世界に行って五年以上経っても忘れないくらい酷い。
周りからおだてられて有頂天の小僧を、私が邪推するに生理周期を計算した意識高い美女? が誘惑してきてベッドイン→出来ちゃった婚→旦那全力放置→お互い浮気からの離婚→二人の子供の養育費として月二百万円払う事に。
ウルトラスーパーパーフェクトコンボだった。
月二千万円+慰謝料だった要望が、月二百万円になったあたりその子供も……いや、下種の勘繰りだなこれは。
あ! そうだ酒! ヤバイじゃん!
「ただしラスティルさん! お酒の席でも此処にいる人間の話をしないでくださいね。飲み過ぎたら誰でも口が軽くなります。気を付けてくださいよ!」
……やべぇ忘れてた。
人が秘密を漏らす確率は、飲んだ量をX軸として二乗曲線を描くのだ。
そしてこの人は飲兵衛。
……いかん。やっぱり飲み会参加を止めるべきか?
「ぬぅ、そっちでも信頼されぬのか。忘れているようだが、先日のカルマ殿との宴会でそちらの二人は失言をした。されど拙者はしておらぬぞ?」
「ぼ、僕は失言してないよ。リディアが止めてくれたもん」
「その言葉には私も異論がある。ラスティル殿もかなりの事を仰っていたはず。一人だけ理性的であったかのように言うのは如何なものか」
え、あの時話したのは私が料理作れる程度だけじゃなかったの。
「ラスティルさん、何を話したんですか……」
「はぁぁぁぁ……酒の席における女の言葉を聞きたがるとは……。失望したぞ。以前詳しく尋ねなかったゆえ感心しておったのに。第一本当に不味ければ話しているに決まっておろうが」
でもリディアが言うかなりの事って……だが、確かに不味い内容ならば言ってくれる……かな?
「はい……すみません。以後気を付けます」
「素直に謝ったので許して差し上げよう。しかし話すなと言われてもどうしたものか。誓紙に書いて差し出すか?」
紙に書いて出されてもなぁ。口約束と変わらないっしょ。
別に誓紙に書いて誓った後、曹操見逃して死刑となりかけ、お涙頂戴やって無理やり無かった事にした演義関羽を煽る訳じゃ無いけどさ。
ま、あそこで殺したら利敵行為だしね……でも、誓紙が紙ゴミなのは間違いなかろう。
「いや、結構です」
「うむ……? 以前ダンに何度か約束を求められたが、実の所約束を信じていないのか? 少なくとも我ら三人は約束を簡単に違えたりはせぬぞ?」
はい信じてません。
元から相手の反応をみる為と、一瞬の躊躇があったらいいなー程度で約束して欲しいと言ってた程度なので。
連合に参加してそこで何か言っちゃうのを約束で止めるなんて無理だ。
お願いするのが関の山。
だから悩んでるのだよ。
「私が考えるに良い主君と会って仕えたいと思うのは、恋と一緒です。約束なんかじゃ恋は止められないでしょう。実際の所この話し合いに大した意味はありません。ただ私の考えをラスティルさんに言っておいた方が良いと勧められましたので、お時間を頂きました」
マジ恋みたいだと思う。深く知りもしないのに、運命と思っちゃう当たりが特に。
しかし勘違い出来る時期でないと、熱中出来ないんだよねー。
「その勧めをしたのはこのリディアですラスティル殿。我が君は今一つご信頼くださらないですが、貴方が喜び、我が君はラスティル殿の心を得られる一挙両得の策と自任しております」
「なるほどな。流石リディアよく分かっている。ダン、この話し合いには十分な意味があったぞ。やはり男に、しかも主君にどうか見捨てないでくれと言われるのは心地がよい物だ。リディアへは楽しい時間を作ってくれた感謝の証として、後ほどよい酒をお届けしよう」
「有り難く頂戴します」
……。
言葉に出して言われると……。
いえ、どれだけ情けなくてもラスティルさんの心を得られたのなら、不満はありませんけどね。
ちゅーか、その言い草だとラスティルさんが大した悪女みたいになってますが……まぁ、どうでもいいんでしょうね。楽しければ。
あ、もひとつ口止めしないといけない内容があった。
リディアが自分で言うと思ったんだけどなぁ。