心臓を握る
「貴方、いえ、ダン……様。本当に化粧の所為なの? 聞いた覚えが無いわ。勿論歳を取るとシミが出てくるのは知ってるけど……」
「まだ嘘つきだと思われてしまってますかね。私としては先ほどの非礼を詫びようと思って、本当の意味で気遣った忠告をしたつもりだったのですが……。不快感を与えてしまったのでしたら謝罪致します。二度と申し上げませんのでお許しください」
すこーし。ほんのすこーしだけ意地悪な言い方しちゃったかもしんない。
が、日頃この二人にどう対処するかで苦労してるのだ。
少し楽しませてもらってもバチは当たらんべ。
「ちょっと、何よ……本当に悪かったわ。どうか許してくれないかしら。膝をついて謝ってもいい。だからあたし達がどうすべきかはっきりと教えてほしいの。成人した女が化粧をしないのは、とても奇妙でしょう? あたし達の葛藤も分かって」
「ダン殿、ワシからも頼む。疑ってしまい、不快な思いをさせて悪かった。男に指摘されてつい冷静さを無くしてしまったのだ。今後は態度に気を付けよう。だから、な?」
そーは仰いますが、実を申しますと態度なんて、これでもかという程に雑巾を洗った後の水よりも価値を感じないのよね。
だってお二人は乱世の世で、この国の常識から考えて欠片も筋が通ってない相手、つまり私に生死が掛かった判断をされてしまうストレスを抱えてる訳で。
いよいよとなれば右手で握手を求めてガッシリ掴んだ後に、左手で隠し持ってた短剣を突き出すくらいするっしょ。
……流石に言葉尻を捕らえて難癖付け過ぎかな。
「謝る必要はありませんよ。しかし本当に化粧の所為かと言われましても……。個人差もありますが、同年齢の屋内で働いてる化粧をしない人物……つまり男性の肌をしっかりと見てはどうでしょうか。多分女性より綺麗です」
私がそう言うと、二人とも頭を抱えながら思い出そうとしだした。
あの、考えるより見た方が早くありません?
「「ダン様、どこからそのような話を仕入れたのですか?」」
ハモるんかい。
それに二人とも口調が変わってるぞ。
そんなにお肌が大事とは……。
……。
うん。大事にしてるのは分かってた。
だって見目麗しい少なくとも人前に出る時は、化粧をばっちりしてる女性だもの。
美容の基礎である肌が大事に決まってる。
いやぁ、私も性格が悪くなりました。
「長年の観察結果からの考察ですよ。加えて言うと女性でも化粧が出来ない庶人だと、幾つか条件が合えばカルマさん達貴族よりも綺麗ですね」
ただこれは農業など日焼けする仕事が主な世の中では、滅多に居ないパターン。
カルマ達は内勤だから、この点に関しては凄く有利だ。
「……我が……君。以前、ご指導くださったのはそれが理由だったのですね。……あの時は、大変な失礼を致しました。お許しください」
「はい。そーなんです。気にしてませんので大丈夫ですよ。でもバルカさん、どうなされました? 何時もと違って落ち着いておられないような……」
「……はい。少々動揺してしかるべき事実に思い至りまして。もしかして、なのですが。ダン様、化粧以外にも肌を美しく保つ秘訣をご存じなのでは?」
おお、スゲーなリディア。
どうして分かったんだ?
しかし……様付けって……それこそもしかしてなのだけど、本当に動揺してる?
って、アイラ、カルマ、グレースの三人がこっちをすっごい目付きで見てる……。
殴りかかって来そうなまでの気迫を感じてコエー……。
こんな話アイラさんにとってはあまり興味無いと思ってたのだけど、そうでもなかったのね。
「あ、貴方。いえ、ダン様、本当に? ご存じなのですか?」
どう答えたもんじゃらほい。
……あ、そうだ。
「バルカ様の賢明さには何時も驚かされます。神の如き知恵をお持ちですね」
「どうか、様などと仰らないでください。そのお言葉、つまり……」
「ご明察でございます。長年の観察と試行錯誤の結果により、幾つか肌を美しく保ってる方の共通条件を発見致しました。大よそは正しいでしょう」
「ぬぅうう……なんと……!」
カルマの眼が日中は目を開けない忍者バリに「カッ!」と大きく見開かれている。
瞳術でも使おうかって気迫だ。
だが我が智の深さ高さ、負けはせぬ。
具体的な内容としては、栄養、日焼け防止、保湿、睡眠、清潔。
どれにおいてもカルマには欠けている要素、お前の肌年齢は私が握っているも同然なのだから。
あ、君達? もうちょっとで掴みかかって来そうだけど、そんな事しても教えないよ?
「ダン殿! いや、ダン先生! どうか教えて頂けまいか。むしろ今まで何故話してくださらなかったのだ。あたしとグレースにはもう、後が無いのだ。何か要望があれば言ってくれ。きっと叶える」
「待って姉さん! 嘘、今度こそ絶対に嘘よ! 根拠も無いのにそんな話を信じるものですか! 騙そうとしたって、そう簡単に踊ったりはしない! 貴方、年頃の女性相手に肌の話で騙そうだなんて……人として恥を知ったらどうなの!」
ほぉ……?
言ったなグレースゥ?
その言葉、後悔しないといいなぁ?
「根拠、ですか。ではこういうのは如何でしょうか。私の肌を近くでよく見てください。お二人よりも綺麗なのが分かるはずです」
ンフフフ。ククククククッカカカカカカッ。
倉庫係として働いてた頃からずっと近所の奥様達に「あら、ダン君って肌綺麗ね……もしかして、家の娘より綺麗なんじゃないかしら……秘訣あるの?」と言われて来たこのお肌。
どれ程の美人相手であろうが臆すものかよ!
日本に居た頃から平均値を超えていたが、こちらに来て強制的に甘味を絶たれた結果、我が肌は完成したのだ!!
やはり苦しみこそが人を成長させるのだな……。
スーパーに行けば必ず半額の甘味が無いか探すくらい好きだっただけに辛かった……。
その艱難辛苦、報われる時が来たようだ。
そう余裕の笑みを浮かべた私に、トーク姉妹だけでなくアイラさんとリディアまでが酷く真剣な目付きで近づいてきた。
ぬぅ、美女四人に全身全霊で観察されるとは……何時もならばほんのちょっとだけ恐怖感を感じるところだ。
しかし精神的動揺は皆無。
当然である。今私は圧倒的に強い。
日頃の観察により、彼我の絶対的戦力格差は確認済みなのだ。
「……そんな、嘘……嫌……嫌よ。こんな現実認めたくないっ。確実に姉さんよりも、そしてあたしよりも……ぐ、くくぅううう」
「なんと……気付かなかった……言うだけの事は。……待てよ? なぁリディア、すまぬがダンの横に立ってくれぬか? 出来るだけ顔を近づけて頼む」
「……嫌でございます。むっ、アイラ殿? 何故そのようにしっかりと肩を掴まれるのですか?」
「ごめんねリディア。僕も知りたい。この四人の中で一番リディアが綺麗だと思うんだ。だから犠牲になって。お願い」
「くっ……その、ような甘言にっ! ち、力ではっ!」
お、おお……リディアが、顔を歪めて抗ってるなんて……子供の頃大人と剣の鍛錬をしてた時に見た以来だぞ。
「よし、アイラ動かしちゃだめよ。ごめんねリディア。でも貴方だって気にはなってるでしょう? 大丈夫あたしたちは同志。恥なんて無いから安心して」
「ぐっ……それは……その通り。……仕方ない。観念致しましょう」
「……凄い……本当にダンの方が綺麗……。確かダンは四歳年上なのに……。……つまり僕も負けてるんだよね……。うう……ダンは卑怯だ。それにズルい……」
「……やはり、私は負けておりますかカルマ殿」
「……うむ。だが、リディアが悪いのではない。ダン殿が勝っているのだ。今が盛りのリディアより綺麗な肌とは……信じられぬ」
ぬぅ。
うわっ、私の肌年齢高すぎ……? な感じのポーズを取ってる姉妹については心からザマァ味噌汁だが、アイラさんを落ち込ませてしまったのは困ったね。
あとリディアさん、私は悪くないからね? 無理やり比べさせたのはそっちの三人よ? 忘れないでね?
少々予想外の出来事もあったが、基本的にこの反応は当然だろう。
私は日本に居た頃から、MHKとかを見て健康や美肌の秘訣を聞いたらちゃんとやる人間だった。
こっちに来てからも米ぬかで顔と髪を洗い、日中の外出は極力避けるといった日焼け対策も頑張ってきている。
仕事もずっと内勤ばかり。
グレースが目に隈を作って仕事をしてる時も、私は好きなだけ寝た。
食事も栄養バランスを考え、ビタミンを多く取るように努力を欠かしたことは無い。
付け加えて最強のお茶である柿の葉茶を常飲している。
更にアレも飲んでいるしな。
そんな私に、天から与えられた美貌に頼り切ったお前たちが勝てる要素は無い。
第一私の知識は、そしてこの肌は、お前たちのような容姿に恵まれた人間が地球で六千年掛けて築き上げた執念の結晶なのだから!
個人の武勇と才能に頼り切った戦術でなぁ。
我ら地球人が六千年以上かけて築き上げた美肌戦略に勝てるものかよぉ!!
しかも敵情視察さえ今頃とはな!
話にならん!
常在戦場という言葉も知らぬと見える!
同性の容姿が気になりだす思春期からやり直してこい!!
私は既に他者との戦いを卒業しかけているぞ!
時間軸との戦いを始めているからな!
アンチエイジング的な意味で!!
やはり、智こそが力よ。
しかし、ここまで圧倒的だと……自身の力が怖くなってきてしまうぜ。
クフッ。クフハハハハハハハッ! ハァーハッハッハッハッハ!!
「待て……すまぬがリディア、アイラと並んでくれ」
「それは……もしや……私にも誇りという物はあるのですが……しかし、知らなければどうしようもない、か。覚悟を決めました。事実をお教えくださいカルマ殿、グレース殿」
「え? えっ? どうしたの皆。そんな真剣な顔をして」
「黙ってなさいアイラ。それと動かないで。…………やっぱり。リディア、アイラの方が綺麗よ……。普通戦塵に塗れる将軍は官吏より汚くなる物なのに……もしかして……もしかするの?」
「うむ……他に考えられぬ。アイラは一緒に住んでもう一年以上。それゆえだろう。……だとすれば、何という力だ……」
「……よくよく見れば確かに記憶にある将軍達よりも、いや、同年齢の官吏よりも。不覚。今頃になって気付くとは……」
「え、そうなの? 僕がリディアより綺麗? 嬉しいけど……なんで? 特に何も……あ、でも……ダンが来てから色々……だけどどれのお陰か分からない……いっぱい変わったし」
アイラさんの言葉を聞いた三人は全員でアイラさんを見た後、四人揃ってこっちを見た。
ちょっと不気味だった。
それでも我が力に裏打ちされし余裕は崩れぬがな。
「おや、何故私をご覧になるのですか? アイラさんが綺麗だとしても、それは日頃善行を積んでるアイラさんを天が見ておられた。そういう事でしょう。日頃助けられてる私が言うのですから間違いありません。感謝いたしておりますアイラさん」
と言って私は恭しく頭を下げた。
出来る執事のように。
クフッ。一度こーいうのやってみたかったんだ。
ロト太郎様から再び支援絵を頂きました。
食事中のアイラになります。
コメントで間食頬張るアイラさんが人気だったのでラフですがパンをもしゃもしゃしているアイラさんを描きました。
きっと尻尾はゆらゆら揺れて上機嫌状態なのだろうと想像しております。
だそうです。
ラフでも問題無く可愛い。
何故アニメだの漫画だので、美少女食事シーンが高確率であるのかを哲学的に考えさせられる絵ですね。
結論としては可愛いからなのですが……。
現実では昨今見なくなった口いっぱいにしてる美少女という幻想的なシーンが、私たちの心を震わせるのでしょうか?
そして、多分簡単に描かれたであろう右側の方が私は気に入りました……。
何故だ。表情が無いからか? リディアを無表情にしてしまったのは、やはり私の嗜好が現れたのだろうか?
悩める絵です。
ロト太郎様有難うございます。
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