アイラのお願い
「さて、バルカさんの考えは私には分かりません。私が居なくても此処に居続ける可能性もあるでしょう。それで今まで話してくれた私に関する考えは全て、今まで誰にも話してないのですね?」
深く、頷く……か。
「ふむ……アイラさん、どうしてこんな話をされたのかよく分かりません。何か勘違いがあって私を脅そうとしてるのかとも思ったのですが……」
「ち、違うよっ! そんな風に思ってたの!? 僕は、ダンに信頼して欲しくて、それで僕が分かってても誰にも喋ってないと知ってくれれば、と思ったから……」
成る程ねぇ……相変わらず不器用な人だ。
話し方も下手だし。
だからこそ信頼出来るのだけど……疑われてる内容があまりにも不味い。
「信頼、そうでしたか。ただアイラさん、貴方は誤解されています。私は三人が居なければ何も出来ない人間。その私にオウランさんが怯えていたのも誤解だと思いますよ? あの後挨拶に行きましたが、二人っきりでもあの通りでしたから。怖いと思うくらい重要視してくれていれば、簡単に交換が効く人間だと思われないで済むんですが……そんな気配を感じませんでした。何よりも私は配下の皆さんを信頼しています。そうでなければカルマさんの権威を脅かす危険な立場のまま、此処に居続けたりしませんよ。嘘を吐いてると言われては困りますね」
「う……。わ、分かったよ。……ごめん、僕が間違ってた……」
……間違ってたと思ってる感じではない。
これ以上何を言っても無駄か。
アイラさんは私の命綱である。
しかし一瞬で絞首刑の縄にイリュージョンする危険性が出てきてしまった。
だがどうしようもない。
縄がチタン合金製なのだ。
はぁ……草原族を内部に引き入れてあって本当によかった。
想定したよりもずっと必要だったみたい。
今の話、出来るだけ早く伝えるとしよう。
「能力を誤解されると、不幸を招きますからお願いしますね。話を戻します。アイラさんが一人でここに残った場合、カルマさん達は勧誘して来るでしょう。その時はどうするつもりですか?」
「僕は……カルマ達にもダンの配下になって欲しい。……それが一番安全だと思う。だから、そう言いたいんだ。……駄目なら諦める」
勧誘されたら、逆にカルマ達へ私の配下になれと勧誘すると?
奇跡が起こって彼女達がそうしたいと思ってさえ無理だ。
多くの面倒事が発生するのが目に見えている。
解決する一番真っ当な方法は……私とカルマが結婚し、カルマが私に従う姿勢を見せるとかか?
これだけしても配下の者達に動揺が走るだろう。
それでもあえて、という程の利点をカルマ達が感じるのは在り得ん。
ならば……好きなようにさせるべきか。
「私が今まで何をしたのか分かるような内容と、さっきみたいにアイラさんが私をどう思っているかを話されては困ります」
「ダンが、カルマ達を助けてくれたのも言っちゃ駄目なの?」
命の恩人だから従うべきだとでも言うつもりか?
その程度で主君が配下に従ってたら、何処の世界であろうとも君主制は成り立たないのだが。
アイラさんだって分かってるだろうけども。
しかし……アイラさんがこんな風に考え出すとはね……。
今でもオウランさんの所へ行ってもらうのは必要だったと思うけど、考えが足らなかったか。
あの時カルマ達が私を受け入れる可能性は三割切ってると思ってたからな……適当になってしまっていたようだ。
「計画を立てたのがバルカさんとして話すのなら、良いですよ。ああ、それと諸々の口止めをしたのは私ではなくバルカさんだとしてください」
「うん。分かった気を付ける。……有難う、ダン」
お礼を言われるのは奇妙に感じる……。
絶対に成功しないのだから。
「はぁ……アイラさん、今の所私たちは上手く行ってると思いませんか? カルマ達は虎口を脱し、ある程度安定しています。この状況で私を実体よりも有能だ。なんて話して、状況を崩しても損の方が多くなり易いとおもうんです。もっともっと、と望むのは人間の性だとは思いますが……賢いとは思いません。大体悪い方向に進みますので。ただ、誤解しても周りへ話さず、二人っきりの状態を作って話して頂けたのはとても嬉しかった。考えも聞けて安心できました。有難うございます」
「うっうう……。……分かったよ。このままだとカルマ達が何時かダンに何かしそうで……ごめん。変な話はしないように気を付ける」
「はい。お願いしますね。では、バルカさんを呼んで来て頂けませんか?」
ふむ……アイラさんは思ったよりも信頼出来るか?
少なくとも、ここに置いて行ってもまず裏切らないと考えてよいだろう。
……裏切る?
まるで私に損をさせるのが悪みたいな言葉を使ってしまった。
正義も悪も無いってのに……。
さて……今後はアイラさんが私に抱いてる心の距離を、より詳しく計る必要が出て来た。
どうやって計ったものか……。
「ダン、お考えの所失礼。それでお二人の話は教えて頂けるので?」
「駄目。秘密だよ」
「それは残念」
「バルカさん、アイラさんは一人にしても大丈夫です。残る問題はラスティルさんを連れて行って大丈夫か、です」
こっちも難しい。
ラスティルさんが一度臣下になると言った以上、そう簡単に他所へは行かないと思う。
だが……ラスティルさんの話から感じた真田ユリア組との相性の良さは大変な物があった。
「連れて行かなければラスティル殿は不満に思いましょう。信頼されてないのか、と考えるのも間違いない」
それもあるんだよなぁ……。
「僕は……連れて行って大丈夫だとおもうよ。ラスティルはダンを裏切ったりしない」
まぁ、貴方はそう言いますよね。
……いや、私の知らないラスティルさんを知っててこう言ってたりするのか?
「アイラさん、どうしてそう思うのですか?」
「……? どうして? ……だって、そうだと思うから」
……あかん。参考にならん。
天才系はこれだから……。
グッと踏み込んでクッと腰を入れての説明を聞いて三割打てたら、私だってプロ野球目指したぞN島さんや。
「私の考えでもまず大丈夫と思われます。加えて置いて行けば心が離れるは必定。連れて行くべきでしょう」
「昔ラスティルさんから話を聞いた時の感触では、真田とユリア、この二人との相性は運命の恋人みたいに良さそうだったんです。それでもですか? ラスティルさんを連れて行けば必ず宴に呼ばれますよ?」
「おや、恋人が取られそうな情けない男のよう。ま、そんな情けない顔をなさいますな。ダンも主君として悪くはありません。好きなようにさせて頂けますし。それにラスティル殿は私と一緒で面白い物を大変好まれている。となれば、ダンは良い主君かと。第一私は選択肢が無いと考えております。この上は今のお気持ちをはっきりと伝えてはいかが。面白がりながら喜ぶでしょう」
……ダンです。真面目に悩みを相談したら、恋人を取られてるみたいだとおちょくられたとです。……しかも、おちょくって来た相手も美女とです!
……これじゃあ自慢だな。
はぁ……リディアがそう言うのなら連れて行くしかございません。
しかし真田とユリア……やだなぁ……。
あ、そのユリアで凄く大事な考えがあったんだった。
「話は変わりますが、オラリオ・ケイが治めるカメノ州と、加えてビビアナがイルヘルミを攻めた場合、戦場になりそうな場所周辺と町に入れる兵の数と人口まで書かれた詳しい地図を、誰にも知られないように作れませんか? これからビビアナと諸侯が戦うとすれば、何処でも人が入っても知られ難い時が来ると思うのですが」
カメノ州は今活発に動いているビビアナ、マリオ、イルヘルミの内マリオとしか隣接してない為、比較的平穏な土地だと聞いている。
加えて背後にあるムティナ州は、高い山に囲まれており入り口が北と東のみちしかない非常に攻めにくい土地。
カメノ州でも悪くないが、ムティナ州を手に入れて引き籠られれば真田が知識を現実化するのに必要な時間を稼げるだろう。
ちゅーか、私が考え付く真田の最善手がそれだ。
更に言っちゃうと、この手法でボッコボコにされてた劉邦は四百年続く大国を作り上げ、劉備は流離の浪人もどきだったのに一国の王となった。
小勢力が大きくなるには、周りから攻められない土地じゃないと厳しい。
とはいえ、カメノ州はケイ帝国の地図でいうと真田の領地の反対側だから、どうやって移動するのかという問題もあるのだが……。
ま、今のイルヘルミとビビアナに挟まれてる領地から移動できず、そのまま圧死してくれればベストだな。
とはいえ他人に頼るのでは単なる宝くじになってしまう。
自分の手で攻め込む為に、予想の範囲の場所くらいは調べておくべきだろうて。
「可能です。……カメノ州を攻めるおつもりなのですか?」
「今の所そんな気はありません。しかしあそこはケイ帝国の中心。場合によっては重要な土地になると思いました。調べられるときに調べた方がいいと思ったんです」
反対されれば諦めるつもりだ。
私は重要な場所だとも思ったが、リディアが違うというのならそれが正しかろう。
リディアにいぶかしがられてまで推し進める程の確信はない。
「……カメノ州はその通りご卓見。しかし……ビビアナがイルヘルミに攻め込む……黄河を渡り、カヴァッロからパコレアか? ふむ……ビビアナと共に戦うとしても、必要になり得るか。分かりました。細作を放つのに最適の時期でもあります。お言いつけ通りに致しましょう」
「有難うございますバルカさん。正直自信はありませんが……お願いします」
「……自信が無いと仰りながらお当てになるのは存じております」
「今の所は、ですね。日頃の善行を天が見ておられたのでしょう」
「その面の皮の厚さ。頼もしゅうございます」
ひどっ!
面の皮が厚くないとやってけないからしゃーないべ。
この後は実際にビビアナ討伐軍が起こった時に、カルマ達へどう話すかリディアと詳しい所を詰めていった。
しっかし結局ビビアナでもケイ帝国を纏めきれないようだ。
まーそーだろーねー。
諸侯は皆夢いっぱい野望いっぱい。
相手が死ぬくらい強く殴り倒さずに従うものかよ。
しかもタコるのに丁度よい場所へビビアナが来てくれている。
そりゃーヤル気だしますわ。
諸侯の皆様には是非頑張って頂きたい。
ビビアナにも強さを見せて貰いたいね。
その方が真田以外に異邦人がいるかどうか分かり易かろうて。