キリの祝福
午後になったのでフィオとキリさん以外が集まり、グレースが条件の話をしている。
その最中に私はオウランさんへ、事前に決めてあった姿勢を取って意思を伝えた。
意味としては『妥当。オウランさん側に問題があればご自由に』となる。
「なるほどな。そちらの事情も理解できる。だがこちらの者が使えるようになり次第、順次官邸で働く者を増やしてもらおう。まぁ、ここに住む者は穏やかで話を聞く者を選ぶので安心して欲しい。
戦士達も半分か……仕方があるまい。しかし三か月だ。三か月以内に大きな問題が起こらなければ、千人に増やしてもらおう。文官として働く者達の護衛という意味もあるのでな。あと戦士達は定期的に交代する予定だ。ずっとケイ人の生活はさせられぬ」
「オウラン、貴方その兵を使ってカルマ様に危害を加えたりしないでしょうね?」
「グレース殿はどうも我々を愚か者だと思い込んでるようだな。朝も言っただろう? そちらが何もしなければ、こんな条件を飲んでくれる領主をないがしろにしはせんさ。ある程度そちらが好きに使えるように戦士達にも良く言い聞かせよう」
「北方の獣人達が襲ってきた時にあたし達の味方をするのと、領内で問題を起こしたら裁いて追い出すのは問題ないのね?」
「うむ。話を聞かない奴らも出るだろうが、出来る限りの事をすると約束しよう。ただしカルマ殿達が、そちらから我々に弓を射かける者が居るのを考えているならば、だ」
「それは分かってる。とにかく問題が起こったら話し合いの場を持ちましょう。ちゃんとした人を出してきてよね。文官の結論はフィオが帰って来てからよ。今呼びに行かせてるからもう少し待ってちょうだい」
となったので皆でお茶を飲んで休憩していると、フィオとキリさんが一緒になって帰ってきた。
なんか、フィオが凄く笑顔だ。
珍しいな……キリさんと気が合ったのかね?
「フィオ、その子はどうだった……ってどうしたのよ。凄く嬉しそうね」
「あ、聞いてくれるっスかグレース殿。それがっスね? こちらの者を試してるときにですね? ……ぐふっうふふふふ」
「そこまで楽しそうなフィオは久しぶりに見る……その娘が何か面白い話でもしたのか?」
「はいカルマ様。それはもう面白い話を。つまりっスね? そこの卑怯な男について尋ねたんスよ。草原族と一緒に生活をしたと聞いていましたっスから、その時どんな評判だったか、とか」
げ! こいつ……監視してると前言ってたが、今でもそういうつもりがあったのかよ。
いかん、不味いぞ。
オウランさんはキリさんにちゃんと私の方針を話したのか?
それに獣人は基本演技が下手だ。オウランさん達への演技指導も大変だった。
何とか……無難に答えていてくれよキリさん……。
「そうしたら……。顔をこんな風に嫌悪感でしかめて『あの人については噂でしか聞いていませんけども酷い物でしたよ。まともに馬も乗れず、日々の仕事も子供以下だったそうです。エルフとして産まれた人は普通ケイではそれなりの仕事をすると聞いていたのに、それでしたから。それに昨日は犬のように媚びへつらったそうじゃないですか? 誇りの欠片も無い男の人って……少なくとも結婚相手にはなりませんよね』って! うふっはははっはははははぁっ!」
………………。
そう、その子がそんな事言ったんだ。
よかった……。ぼくの考えをちゃんと把握してくれてたんだな、キリさん……。
ぼく、うれしいよ……。
「き、キリ。い、きょ……ぶふぅっ。今日、初めてダンを見たんスよね? どう思ったっス?」
あ、こんにちはキリさん。
わ、わー。
ぼくが座ってて、キリさんが立ってるのもあって上から見られて……表情を見るだけで価値無しって単語が浮かんでくるっすー。
英語でいうと、ばりゅーれすっすね。アクセス、我がシンしちゃう的な?
キリさんの視線が黒い炎みたいに、ぼくの精神を腐滅させていくんですけどー。
「フィオ様がお尋ねとあれば……。そうですね、とりあえず今お座りになってる五人のお姿を見た瞬間根本的な疑問が浮かんできました」
ぷ、ぷりみてぃぶな疑問ってやつっすか?
オウランさん、トーク姉妹、リディア、ぼくが座ってるのを見て何が不思議なのでしょうか?
「どうしてダンという人が一緒に座ってるのでしょうか? 一目見た瞬間明らかに格が十段落ちると分かるのですけど……。精悍さの欠片も無い地味さで……。
一応程度なのかもしれませんが、何故このような人にカルマ様やグレース様のような、草原族の隅まで名を響かせている方が従うようになったのか不思議でなりません。男としての価値なんて欠片も無いように見えます。少なくとも獣人の女でしたら皆同じように言うのではないでしょうか」
「「「ブフゥッ!!」」」
「うはっうはははあっ! しょ、小職は知らなかったっス。まさか小職が、うひゅっ。人の散々に貶されるのを聞いて、これ程喜ぶ下種な人間だったとは……ひっーひぃーっ。だ、駄目っス。ここ五年で一番楽しオモシロ爽快っスっー!!」
「く、くひゅっ。ちょ、ちょっと。フィオ。笑ったら悪いわよ。うきゅっ。こんにゃのでも、一応あたし達に命令する。う、うひゅっ。人間なのよ」
「お、お前達……クッ。いい加減にせぬかふッ! す、すまぬなダン。余りに……その、ワシ達に対して上の人間として振る舞うお前が、この様に言われて……ぐふふっ」
はぁ……別に我慢しなくてもイイデス。
近頃ストレス溜まってそうなカルマさんが、机を叩いて笑ってくれるなら……本望ですから。
……ふぁっくあっぷ。
「どうぞ思いっきり笑ってください……。実際私は馬も弓も草原族の皆さまから見れば酷い物です。仰る通りあちらでお世話になった時に色々と手伝おうともしたんですが、壊滅的でしたから……」
「そう、そうよね。草原族とあたし達では生活の仕方も違うしね。う、うふふっ。ダン、貴方も落ち、こ……む……ちょ、ちょっと貴方、泣かなくてもいいじゃない」
え、泣いてる?
ああ、そーいえばさっきから鼻がつーんとすると思ったら……。
いや、多分、演技だとは思うんだ。
でも、昨日はあんなに親しくしてくれたのに……。
自分がどれだけ巨大な機会を失ったのかが身に染みて分かったら……。
「ぐ、ぐひゅっ。だ、駄目っス。流石に、我慢しないと……駄目っスうううううっ! 面白すぎるっス! 近頃やたら偉そうなこの者が、十五程度の小娘にケチョンケチョンに言われて泣くなんて! ち、違うっスよアイラ殿、小職は人の不幸を喜ぶような……ぐひゅっぬほはははははははぁー!」
なんかもう、ほんま、楽しそうで良かったすわ。
ケチョンケチョンて……貴方和歌山県民なの?
「だ、だめ! やめてよフィオ! 人が泣いてるのに、笑うような事、したっく……なっ。だ、だめ。我慢できないわ。あはははははははっ!」
「お、おぬしらっ! や、やめ……ぐっくくくぅっ。痩せても、枯れても、一領主として人の不幸をっ!……くっ。くははははははっ!!」
近頃苦労が多かった皆さんに、笑える出来事があって私も嬉しいなドチクショウ。
はー……獣人のお二人はどうしてるんだろー。
キリさんは、しらっとした表情で皆を見てる。
オウランさんは……ゲッ。やべぇ。
先ほどまでの表情が剥がれてる。
って、何か言おうと……!
「オウラン様、申し訳ありませんがこれ以上はご勘弁ください……。これ以上傷に塩を塗られては今夜眠れません」
私は深く頭を下げつつ、目ではオウランさんを見つめた。
おいおい頼むぜオウランさん……キリさんは一応最高のシュートを決めてくれたんだ。
貴方が違和感を出したりしないでくれ。
「は……う、うむ。そうだな、お前も一応男だ……勘弁してやろう。まぁ、我々とカルマ殿の橋渡しとして力を尽くせ。そうしてよく働けば、わたしやカルマ殿からそれなりの褒美をくれてやろう。富みがあればこの者程の器量よしは無理でも、嫁に来てくれる者は出てこようぞ」
「はっ。分かりましたオウラン様。お二方が共に繁栄できるよう忠勤に励みます」
やれやれだぜ……。
計算外のキリさんが最高の働きをしたってのに、貴方がそれを台無しにしてどーすんのさ。
ま、今の給料でも妻を持っている人はいっぱい居るんですけどね……。
しかしついさっきまで完璧だったオウランさんが崩れるとは……焦っちゃったのかな。
何も焦る事は無いってのにね……。
はぁ……涙が止まらん。
鼻水も出て来たすわ……ハンカチ的布をきちんと持っていて良かった……チーンとな……。
「我が君……そこまで落ち込まれずともよろしく思います。仕方のない話なのですから。そうだ。今夜私とラスティル殿で酒を飲みに行きますか。我々二人をはべらせて飲める男など、ダンだけですぞ? 自信をお持ちなさい」
とか慰めのたまうリディアさんは何時も通り冷徹無表情で……。
で、仕方ないってどんな意味なの?
いや、慰めてくれただけでも驚きの話かな……。
「……ダン、元気だしなよ。僕は獣人だけど君が好きだよ? ……カルマ達を助けてくれたし……」
アイラさん、そう言いながら手を握ってくれるのは嬉しいのですけど、最後の一言は余計ではありませんか?
他意は無いのかもしれませんが……うんにゃ、別に他意があってもいいよね。
ふっ……。
「……はぁ、楽しんでる所をすみませんがフィオさん、その子は官吏としてどうでしたか?」
「ふぅ……ああ、ダン済まないっス。余りに楽しくて報告し忘れたっス。教えてくれたのと、この楽しい笑い両方に感謝するっス。キリならば下級官吏としては十分でしょう。でも中級以上の仕事をさせるにはかなり覚えて貰わないといけないかと。どんなに早くても二年程かかると見たっス」
「ふふぅ……。分かったわフィオ。オウラン今フィオが言ったとおりでいいかしら? 送って来た子たちがあたし達の話を素直に聞いていれば、だけどね」
「当然だが働く奴らにはきちんと俸禄を払ってもらうぞ。それと雑用ばかりさせるのは許さん」
「分かってるわよ。それにあたし達の方も文官が足りてないし。上手く行けばこっちも有り難いわ……世になんと伝わるかが怖いけど」
そのまま話はまとまり、オウランさん達は更に一泊してから帰る事になった。
私はリディアの誘いを断り、家に帰って寝た。
羊毛布団に包まって。精悍さの欠片も無い様子で。
……キリさんは演技をしてくれたのだと思う。
だって、これ以上考えつかない程私にとって都合が良いもん。
有難うキリさん。本当に助かった。
あそこに居た誰もが私は草原族から非常に軽く見られてる。そう確信をもったはず。
加えてイラッとする奴をコテンコテンにしたオウランさん達へ好意も抱いただろう。
その上爽快に大笑い出来るネタを手に入れて、カルマ達のストレスが大分減ったのは間違いない。
何よりも、私に多くを与えてくれた。
世話をしたいと言ってくれて……嬉しかった。
もっふもふ出来て……慰められた。
男として価値無しと言われて……哀しかった。
私はこちらの世界に来てから、深い哀しみを知らない。
負ければ死にかねない世の中だ。
負けないよう、何かを失ったりはしないように行動して来た。
そして大よそ成功してきたから、哀しい時が少なかった。
曹操、足利尊氏、織田信長、皆負け、哀しみの中で尚戦って偉業を成している。
だが負けて不利な状況になった時、私が彼らのように戦えるとはとても思えん。
だからこそ決して負けない様に動いてきたが、知らない感情があってはもしもの時危険なのは間違いない。
哀しみを知りたいとはずっと思っていた。
だから、今日のキリさんには凄く助けられたと言っていい……。
……もしも私の頭がもっと良くて、キリさんと一緒に住む方法を考え付けたのなら……。
はぁ……だが、足りなかった故に私は希望を無くし、哀しみを得た。
有難うキリさん……ただただ感謝しかない。
私はこの哀しみによって必ず強くなる。
だけど……今は……寝台から出たくない……。
ああ、それにもう一つ教えてくれたよね。
見た目の良い女性の怖さを。
私の周りに居る女性、皆美人だしとても重要な認識だよね。
有難うキリさん。
……辛い。
……辛すぎて、ぽえまーに近づいてしまった。
うう……明日までには立ち直らないと、思い出すたびに自殺をしたくなる詩集を作ってしまいそう。
頑張るのだ私。
………………。
何が泣いた数だけ強くなろうよ、だ。
はっ倒すぞミリオンクソババァめ。
キリの祝福を乗り越えて能力が変化。
ダンは哀しみを知り男としての厚みが増した。魅力が上昇。
種族 エルフ
名前 ダン
職業 中級官吏(トーク領陰の支配者)
称号 超俺ら キリの加護を受けし者
能力値
統率 45
武力 47
知力 基準値が違う為測定不能
政治 70
魅力 40→50
精神 90→95
スキル(lv10で最大値)
ケイ帝国共通語 異界の知識 計算lv8 隠蔽lv7→8 強運
ロト太郎様より支援絵を頂きました。
ダンに夢を見せてくれた理解者キリになります。
ロト太郎様曰く、ダン君ハーレム築いていいんじゃよ? というか苦労を考えると手出して良いよね! と煩悩を抱えながら描いておりました。
だ、そうです。
あれですね。メインヒロインよりも人気が出ちゃうモブ少女の雰囲気がムンムンしてますね。
可愛いは正義って事で、ルートが無い妹が一番人気になっちゃうアレですよ。
そしてこの娘をずっと膝の上に乗っけて、後ろから抱きしめつつ会議をしたダンは……。
うん、色狂いの悪役にしか見えなかったでしょう。
所で皆さん全く無関係なんですがマクシミリアン・フォン・カストロプって知ってます? コミック版の。
続いてピクシブより2枚
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=58475258 リディア
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=58476081 ダン
リディアは、はい。大質量でマーベラスですが主な感想になるのですが……。
あ、大質量は結構大事です。皆さんには好きな大質量リディアさんをイメージしておいて頂きたく思います。
問題はダン。
あれ? 完璧なモブっぷりでダンの努力が報われた絵だったはずなんですが……。
突然野望と謀略に満ちたイケメン風味に。
なんでや。これが商業的な問題で絵にする場合、主人公は必ずイケメンになってしまうって奴か。
どっからどう見ても、こいつは主人公最大の敵ですわ。
味方な感じでずっと最大の理解者だったのに、最後血の涙を流させて嘆かせながら敵宣言する系の。
所で皆さん東京BABYLONって知ってます? ホモ漫画の。
感想をピクシブでもこちらでもお待ちしておりますぞねー。