オウランの提案考察会議
「すみませんがグレースさん、まずは何を怒ってるのか教えて頂けませんか? 昨日は出来る限りの歓待をしただけで、特に実のある内容は話してませんよ」
「貴方以外にあいつらがこっちの情勢を知る方法なんて無いでしょうが! 下手な言い逃れはしないでもらいたいわね」
「そうでもないと思いますよ? 草原族の皆さんはランドでお茶を売っていました。その時の経験やツテを活かして調べたんじゃないんですか?」
「……チッ。相変わらずのらりくらりと……しかも何に怒ってるかですって? 領地よ! 更に官邸で獣人が働いてるなんて、姉さんの名声にどれほど酷い傷が付くか!」
「えーと、領地と言っても使って無い場所でしょう? それに、傷も何もカルマさんの名声は今これ以上ない位低いわけで、気にしても仕方ないのでは?」
官吏を募集しても中々人が来ないと愚痴ってたっしょ?
攻められた際に官吏が山ほど逃げちゃった分が、中々埋まらなくて困ってたじゃない。
自分の功績を全く誇らずに、百人も人員を紹介するなんて私ってなんて尽くす男なんでしょ。
だっていうのにトーク姉妹のこの態度……傷付いたわー。
……ブハハハハハハッ。
いかんいかん。流石にここで爆笑したら、感情的な理由で断りかねない。
「相変わらず姉さんに対しては好き勝手言う……。あたし達とオウランどちらに重きを置いているの。昨日オウランに対して臣下の礼を取っていたのも気になるわ。そういう事だと判断して良いのかしら?」
「私がオウラン様の臣下だと? 下らない質問ですね。私が向こうの臣下だとしても、何か状況が変わります? ああ、一応言っておくと臣下ではありません。向こうから見た私の価値を考えて、臣下の礼を取った方が上手く事が運ぶと思ったのであのような姿勢を取っただけです。オウラン様から見れば、私の価値はカルマさんとの間を取り持ち、常識の差を埋める一助になればいい程度でしょう」
「ふん。貴方に常識があるかは微妙な所じゃない?」
はい。今ちょっと苦しいなって思いました。
「『カルマさん達が誤解してるみたいです』程度は言えるでしょう? しかし元々の話として何故オウラン様に協力を頼む羽目になったのか忘れてません? お二人がランドに行って、身の程知らずな出世をして、先の戦でもまだマシってくらいに悪評を流されたからですよ? 先程から私を責めてますが、もしやあの評判を流したのが私だとでも?」
「……流石にそうは言わないわよ」
「それは安心しました。で、先の戦いで勝てる方法が他にありましたか? 私が臣下の礼を取ってオウラン様にお願いしたからこそ勝てた上に領地も二倍になったのでは? それでカルマさん、今回の事で私を追い出しますか? 私も血を流して争う気はありませんし、そうであれば出て行きます。貴方の説得次第では、リディアさん達が残る可能性も在るでしょう」
うーむ、もうちょっと怒った感じで言った方が良かったかな?
完全に想定内の反応で怒るのは難しいねい。
此処で追い出される可能性はあると思っていた。
そして対処法は無い。
アイラさんとラスティルさんは防御的な護衛、私の為にカルマ達と殺し合いをしてくれるなんて期待する程おめでたく出来てはないっすわ。
それにアイラさん達の護衛だけに頼るのはもう限界。
これからカルマ達は目立つ。いや、もう目立っている。
そうなればスパイも入って来るだろうし、一人で私に対するカルマ達の動きを掴むのは不可能。
ここで草原族の人達を中に入れるのは必要条件。駄目なら逃げるべきだ。
そうなればカルマ達だけでビビアナ、イルヘルミに勝てるとは思えないから、最終的には悲惨な事になるだろうが知ったこっちゃねぇ。
好きに生き、好きに死ね。
「我が君、そのようなお言葉はやめていただきたい。ダンが出て行くのならば私も出て行きます。恐らくはラスティル殿も。アイラ殿は……分かりませぬが」
「ま、まてダン。ワシに追い出そうなどという気持ちは全く無い。これまで通り協力して行きたいと思っている。グレースも予想外の話で気が動転し言葉が過ぎたのだ。グレース! ダン殿に謝れ」
おお……ここでカルマがとりなそうとするとは。
これが噂の臣下が泥を被り、主君が良い所を取るという奴か。
「……悪かったわ。言葉が過ぎてしまった。出て行けと言い出しかねないように感じたのなら完全な誤解よ。リディア達まで出て行くと言ってるのに、そんな考え持ったりしない」
で、不承不承な感じでグレースが謝ると。
互いの厚い信頼が必要不可欠だなコレ。
「それは良かった。私も被害妄想が過ぎたようですみません。さて、いい加減オウラン様達の提案が我々にとって有益かどうかの話を始めましょう。バルカさんはどう思いますか?」
「前提として我々は草原族との固い繋がりが不可欠。これから戦が起こるときに後背にいる草原族と敵対していては余りに危うい。単純に拒否するのは愚行だと考えます」
「でも獣人よ? 官邸内で働かせたら必ず不満を持つ者が出るわ。加えて世に居る名士たちが来てくれるのもまず望めなくなってしまう」
名士は最初から来ないと思うなー。でも、希望を捨てたくない気持ちもよく分かる。
ただ、そんな楽観的なお考えはリディアにバッサリ切られるんでねーか?
「獣人がおらずとも名士が悪評塗れの辺境へ来るとお思いか?」
ほらね。
「とはいえ内部から不満が出るのは確かに問題でしょうな……。ふむ……西のリュウ州では多くの獣人達と生活しており、領主のマテアス・スキト殿からして草原族の血が入っているとか。不満を表す者には、マテアス殿を侮辱するつもりかと言って説得されては如何か」
「つまり、リディアはあの条件を受け入れた方がよいと言うの?」
「大筋では。ただし幾らかの調整が必要でしょう」
「あたしが問いただした通り、あいつらが人を内部に入れてこっちの領地を全部取ろうって魂胆だったらどうするのよ。否定はしてたけどとても鵜呑みに出来ないわ」
「確かに。しかしグレース殿が良い質問をしたお陰で、オウランが自分たちの立場を過不足なく把握していると知れました。第一ビビアナと不仲だというのに、更に後背に危険を抱えていかんとなさる? よって草原族を迎え入れるのは必要不可欠。この考え間違っておりますかな?」
よかった。リディアが味方をしてくれて。
実利的にはそうなると考えていたが、やっと安心できた。
「一々ごもっともに思えますねぇ。それでバルカさんの考える調整とはどんなものですか?」
「まずは領地に住まわせろとの点ですが、我々とは生活の仕方が違うため確実に争いが起こる。よってお目付け役を付ける事、その者に従い話を大事にすると約束させなければ。それと……問題を起こした者をこちらの法で裁き、領土から出て行かせるのを取り決めるべきでしょう」
「待ちなさい! あたしは納得してないわよ」
「他に道があるのなら私としても教えて頂きたい。しかし無ければ納得なさい」
「……そんなにあっさりと決められる話では無いわ。もう少し考える時間が必要なのよ」
グレースがそう言うと、カルマと一緒に考え始めた。
私とリディアがお茶を飲みつつ待って二十分が経った頃、グレースが大きく息を吐いた。
ああ、諦めたかな。
「……駄目ね。やっぱり草原族との親密な関係は必須だわ。姉さんはどう?」
「同じだ。オウランにこちらの状態を見透かされているのは気に食わんが……確かにあやつが他の氏族を止めた上に、外敵の対処などにも協力してくれるのならば……致し方あるまい」
「納得したのならお考えになられよ。何人の文官と草原族の戦士を受け入れられるか答えを出せるのは、グレース殿だけなのです」
「言われなくても分かってるわよ。……一つの係の中に一人か二人が限界だから……。ただし文官として雇えと言ってたけど、能力が足りなければ本当に無理よ。それに元々働いている者との間に軋轢が産まれるのは間違いない。最初から百人なんて不可能だわ。戦士の方は……こっちの常駐戦力から考えて……難しいわね。せめて半分の五百人から様子をみないと不安がある」
「ごもっとも。それで何名なら文官として面倒を見る自信をお持ちで?」
「……四十、いえ、五十人。最低限の能力があればの話だけど。……でも受け入れれば確実に周りから侮られる。リディア、何とかなる思案は無いかしら?」
「御座いません。今は生き残る事以外に力を振り分ける余裕はないでしょう」
そうだよね。
カルマ達は草原族の協力なしには生き残れないと私も思う。
そう考えれば伝手となった私は命の恩人なんだけどねぇ。
その認識はあまり無いだろうな。
そうなるように動いてるし。
「そうよね……。仕方がない、か。諦めるわ。はぁ……。領地に住む草原族だけど、そいつらもある程度戦えると思うの。賊の発見と討伐、それに細作らしき人間の発見も手伝わせましょう。街道を外れて生活するとなれば、そういったやつらを見つける機会もあるはずよ。それと獣人が襲ってくるときには必ず情報を流して協力するように、しっかりとした契約をしないといけないわね」
「流石グレース殿。良策です。ふむ。それらが実現すればお互いに悪くないのでは? 我々は文官もそういった領内を偵察する人員にも不足がありました」
「……あいつらがこっちの条件を飲んでその通り動けばね。でも……姉さん、これでいい? 姉さんは侮られて辛い思いをしなければならなくなってしまう」
「気持ちは嬉しいが、過保護というものだ。二人が話して最良となったのならば、何の憂いも無く任せられる。後は、ダン。お前はどう思うのだ?」
おっと、私かい。
「私もカルマさんと同意見です。条件の方は相手の対応次第ですし、まずは今決まった通り相手に話さないと始まらないでしょう」
私のこの言葉でカルマ側の会議は終わった。