オウランの要求
一夜が明けて本日はオウランさんへの見返りについて交渉する日である。
正直に言うと、かなり緊張している。
これが上手く行かなければ、カルマ達を助けた意味が殆どない。
オウランさんの助力をカルマが拒否すれば、さっさと逃げた方がよくなってしまうだろう。
交渉の席についてるのはオウランさんとその護衛、こちら側はカルマに軍師達、それに護衛としてアイラさんだ。
簡単な挨拶を終えて、話し合いが始まる。
頼むぞ、上手くやってくれよ。
「ではカルマ殿に要求を聞いて頂こう。金銀等は要らない。その代りにまず我々が今細々と売っている茶をご領地でより大々的に売らせて頂きたい。十官の方々も買ってくださっていた品質に自信がある品だ。
それと、今後我々から官邸で働く者を雇ってほしい。とりあえずは文官として百人。そして官邸内やレスターの街を警護する者を千人。これが上手く行けば領地全体でも護衛や文官として雇っていってもらいたいな。
最後にカルマ殿の領地で使われてない草原に我々が住む許可を要求する。これによりトーク領は我々が生活する場所になる。共に繁栄し、共に外敵と戦う気にもなるというものだ。良案であろう?」
と、いう要求なのだけど……皆の反応はどうかな?
……。
おっとー? 驚愕で声も出ないって感じですねー?
私も一応驚いた表情を作ってるけど、これ程の表情を作れているだろうか?
あ、リディアは表情が変わってない……。
この人何処までも凄いわ。
「ちょ、ちょっと! 貴方、ダン! こんな条件だと知っていたのかしら!?」
「まさか! 知りませんよ!」
「本当に? いえ、こいつを問い詰めてる場合じゃ無いわ。オウラン! それはあたし達に領土を寄越せと言ってるの! 戦を仕掛ける気!?」
「グレース殿、きちんと聞いてくださったかな? 共に生きる為にそうしようと言っているのだ。今回こいつが教えなくても、我々はお主達が滅ぶ寸前の戦いをしていると察知したはずだ。戦を仕掛けるのなら、その時に仕掛けるさ。必ず滅ぼせたであろうからな。
今後とも我々に攻められると非常に困るのではないかな? それならば共に生きるのが一番だ。しかも欲しいのはケイ人が大事にする畑に出来る土地ではない。使われてない草原。何を悩む必要があるのかさえ分からんね」
よーしよし。
いいぞー。
後はカルマ側の草原族への認識次第。
正直全く分からん。
何年もケイで暮らしてきたが、ケイ人としての教育を受けた訳じゃ無い。
『文化が違~う』なんてしょっちゅうだ。
いずれにしてもオウランさん達の協力が無い限り詰んでしまうはずだし、選択肢は無いと思うのだが。
と、なんかグレースが怒ってる?
オウランさん何か言ったっけ?
「お前、あたし達を脅す気?」
あ、それね。
「まさか。ああ、我々が攻めたらといったからか? 我々というのはケイ人が草原族と呼ぶもの全てについてだよ。あいつらが襲ってこないように交渉し、それでも来た場合には追い返すのを我々も手伝おうではないか。山と雲の部族が来た場合も最善を尽くそう。どうせそちらもその為に我らを使おうと考えていたのではないか?
それとも、他の氏族全てを無償で止めろとでも? そんな不可能を要求して来るようなら、こちらとしても協力は無理だぞ」
「……その言い分はとりあえず分かったわ。だけど文官って何よ。お前達は文字が読めないでしょうに」
さっきから思っていたが、それなりに勢力を持つ氏族長相手に言葉遣いが荒くないですかね?
獣人への対応ってこんなものなの? オウランさん達も特に違和感は感じてないみたいだし。
客観的に考えてもあまり賢い対応とは思えないんだがなぁ。
「それは昔の話だな。我々も思うところがあって文字の勉強を始めている。勿論そちらの要求に沿えるほど達者になっているかは分からん。それで文字を読める者の中で、中ほどの者を連れて来た。
この者を試して文官として使えるか調べてくれ。駄目な場合は何が足りないかを教えてくれれば対処しよう。それと警護役の責任者はこいつだ。警護に関してはこいつと話し合ってもらいたい」
そう言ってオウランさんが昨日の二人を紹介すると、二人ともケイの礼儀で頭を下げた。
ある程度はケイに合わせます。という意味かなこれは。
「まるであたし達がお前の条件を飲むと確信してるみたいねオウラン」
「九割がたな。ケイが非常に不穏な状況となっているのは我々も把握している。そんな状態の中で今までのように毎年村を襲われては厳しかろう? 複数氏族が集まって攻めて来れば目も当てられない事になるのは目に見えている。これはお互いに利のある話だ。カルマ殿とグレース殿にそれが分からんとは思えん」
「……大体ね、警護の人員とはつまり戦士よね? そんな奴らをレスターの中に千人も入れてしまったら、お前が街を奪おうと考えたとき面倒な事になるでしょうが。冗談じゃ無いわよ」
「其処まで愚か者だと思われるのは心外だ。良いかグレース殿。これはケイ全土で唯一獣人を理解しておられるカルマ殿相手だからこその話。他の諸侯相手では、一蹴されるとみて間違いない。これ程貴重な相手を、無策な暴挙によって無くすよりも愚かな事があろうか?
加えて、もしもわたしが万難を排してカルマ殿を攻め滅ぼし領地を得たとしよう。次にどうなる? ケイの諸侯全てがこの時だけは団結して攻めて来るに決まっている。数多の配下を死なせて守ろうと、十年とこの土地に住み続けられまい。この程度の先は学が無くとも読めている」
「……ふん。成る程ね。それにしても先々を考えて動いてるだけでなく、此処まで準備が良いなんて……オウラン、お前何時から此処まで賢くなったのかしら? 昔はあまり策を考える人間じゃ無かったわよね?」
「わたしも氏族長となって四年が経った。何時までも考え無しの小娘では居られないというだけの話さ。良い臣下達も居る。それに加え我が氏族は勢力を増していてな。以前の二倍近くになった。それだけに考えなければやっていけないのだよ」
うんうん。いいね。堂に入ってる。
いや、いかんな。この感想は自分が上かのようだ。
事実として生ける伝説となっているオウランさんに失礼だった。
それに思い返せば最初のオウランさんもこんな感じだった気がする。
元々ケイ人と交渉する際に使う顔を持っていたのかな?
「そう、大した物ね。で、まだ要求はあるのかしら?」
「いや、もうない」
「分かったわ……ではこちらの人間だけで話し合う時間をもらう。それとフィオ、その子が官吏として何処かの部署で働けるか、読み書き算術を試してちょうだい」
「ならば我々は宿舎に帰って休んでいる。午後にもう一度ここへ来ればよいかな?」
「ええ、そうしましょう」
という事で解散となり、カルマ側の人間は更に密談に向いた部屋に集まって話し合おうとなった。
私が全員分のお茶を用意していると、グレースがこっちに……うわ、すっげー表情。
「おまえぇ! これ、どうするのよ! どうやって責任を取るつもり? お前は昨日あいつらに何を言ったのよ!!」
お、おお……フューリーの精霊に取りつかれておられる。
カルマさん! 妹さんが今にも口から『リィィィィ!!!』って叫びそうですよ! 静めてくだ……あ、カルマさんも大して変わらない表情だった。
が、これも想定内。
追い詰められてるのはカルマ達であって、私では無い。
やっぱ色々守りたい物を背負ってる時に、冒険は止めた方がいいっすよカルマさん。
失敗すると今みたいに余裕が欠片も無くなるべ。
そのうえ私みたいな人間が付け込んでくるからのぅ。