人と夢
「えーと、聞き間違えでなければこの子と結婚しろという意味でしょうか? 乗馬が下手で幾らでも卑屈な姿勢を見せる私は、草原族の方にとっては非常に不満な相手だと思われますし、無理にお願いするのは私としても心苦しい物が……」
「まさか! 妻にしろだなんて言いませんよ。わたし達とダンさんの繋がりをより確かなものとする為に、お世話をする者を傍に置いて頂きたいのと、子供を作って血を頂ければ尚良いと思ったのです。
キリはわたしの遠縁なのですが、両親が死んでいて将来はわたしが世話をしなければなりません。それでこの子にダンさんがどれだけの事をして下さったかを話したところ、喜んでお世話をさせて欲しいと言ったので連れて来ました。キリが産んだ子は一族で立派に育てるつもりです。そうしてダンさんにわたし達をより近く感じて頂きたいな、と。ほらキリ、挨拶なさい」
「キリと申します。是非身の回りのお世話をさせてくださいダン様。その……可愛がっていただけると、うれしいです……」
……頬を真っ赤にしておられます。
…………。
Reallyです?
……どっかにビデオがあったりするのか? それで、家がやたら高い塀に囲まれてるオッサンが出て来て……。
いや、でも……電気機械を今までみた事ないし……。
私の手がふらふらとキリお嬢さんに向かうのが見える。
キリお嬢さんは手招きされてると思ったのか、近づいてきた。
つい、頬っぺたに、手が。
……柔らかいなー。
嫌がってる風には見えないなー。
あー……うんあ、キリお嬢さんが手をあげておられる。
……あ、手をキュッて握ってくれた。
……
キュッて。。
「すみません、膝の上に乗って頂けますか?」
ふごっ!
私は何を言ってるんだ。幾ら膝乗り美少女が夢だからって……。
だ、大脳新皮質ちゃんと仕事しろや! 辺縁系しか動いてねーぞ!!
「え、その、よいのですか? ダン様」
お、おや? 嫌そうじゃない……。
う……この欲望、逆らい難い。
「お願いひます」
……あ、本当に乗ってくれた。
私の人生に、こんな幸せが起こり得たんだ……知らなかった。
はふううううう……。
昨日の失敗で少し落ち込んでたのが、癒されていくのを感じる。
「キリはお気に……召しましたか? ダンさん」
……すっごくこの子に世話してもらいたい。
うんにゃ。結婚して欲しい。
けど、そうすると……どうなる?
うぐっうぐぅうう……落ち着いて……考えるんだ……くそ……ったれ。
ああ……すごーく手触りがいいんですけどー。
さらっさらのもっふもふもっふもふ。
「あ、あの、ダン様。皆の前でそんなに尻尾を優しく触られては……恥ずかしいです」
「あ、す、すみません。手触りが良かったので……失礼しました」
「いいえ。お気に召して頂けたのなら……はい、嬉しいです。この尻尾もこれからはダン様の物ですよ?」
あががががが。かわ、ゆま、可愛い。
無意識の内に尻尾でモフモフしてたってのに……ごめんね。
う、ううう。そして尻尾のお陰か正しい結論が、でた。出てしまった。
でも、い、言いたくねえよぉおおお。
「……でも……駄目、です。草原族の方にお世話して頂く訳には行きません」
つ……つれええええええええ。
もう少しで私は泣くぞこれ。
よくこんな言葉を口に出せた。
もしかして私の忍耐力は、並ぶ者が居ない程になってるのではあるまいか。
「ど、どうしてですかダン様、あてがお気に召しませ……あ……」
「ダンさん、お好みを言って頂ければ、出来るだけ好みに合う娘を何人でも連れて来ます。ですから、護衛とお世話をする人間を傍に置いて頂けませんか? それとも……獣人はやはりお嫌ですか?」
こ……好みの娘!
何人でも!!
い、いや、キリお嬢さんが上限です。
こちらの表情を見る頬を染めた不安げな表情が……駄目っす負けっす。
もう、首を振る事しかできない。
あ、髪から良い匂いがする……ついさっき水浴びしたのかな……もしかして、もしかして私に会うから?
ふぁあああああっく! 天よ! 運命よ! どーーーーなってんだああああっ!!!
上げて落とすにも程があんだろくそおおおおおがあああああ!!!
い、いや、今、この瞬間は膝の上に彼女の重みがあって幸せじゃないか……。
あ、有難う天よぉ……。ふぁっきんさんきゅーでぃしゅてにぃ……ちくしょぅ……。
「あの、オウラン様、ダン様はあてがお嫌いではないと思います。ですから、何か理由があるのでは無いでしょうか」
「何故そんな事が分かるのだ」
「……ダン様、説明してもよろしいでしょうか?」
へ? あ、うん。
別に何を言って下さっても……。
嫌いなんてありえませんし。
「どうぞ」
所で何を説明するの?
「オウラン様、あの、今ダン様がしっかりと抱きしめて下さってますから、ダン様があてを求めて下さってるのを、はっきりと感じられるんです。……だからきっとダン様も、オウラン様の計らいを喜んでおられるんじゃないかって」
!!!!!!!!
ひぎゃああああああああああああぁぁぁぁ……。
葛藤と戦うのに精いっぱいで、自分の状態をはあく、できてません、でした。
そりゃ、これだけキュッとしてたら分かりますよね。
……そうかー、顔から火を噴くって本当にあり得るんだー。
私の顔の温度今何度あるんだろー。
「それは……ああ、なるほど……」
やーーーーめーーーーてーーーー。
オウラン様、やめて、やめてください……ほっとした目で見ないでください。
お若いのに器でかすぎっす。
護衛の男性はちょっと同情してる感じがするし!
女性はなんか優しい笑顔をこっちにフギョー!
「……すみません。こんなかわいい子を抱きしめてて、安心してしまって、それで。ごめんなさい」
と言いつつも、膝の上からどかさないのだから誠意の欠片もねー。
だってよぉ、絶対ねーよこれー、我が人生に一回だけだよこれえええ。
って、やめて、振り向いてこっちを見ないで! 顔が近くて益々ピンチになっちゃうの!
「そんな! 謝らないでください。求めてくださったのがとても嬉しくて……その言いたくなってしまって……すみません。とても賢いエルフの方が、あてのような田舎娘を受け入れてもらえるのか不安でしたから……」
あうううう。
すげー良い子だ。
演技じゃねーだろこれー。
あ、あうううう。
つ、つろうござる。嬉しいけどつろうござるぅう。
「でしたら、どうして駄目なのですか? 是非、お願いしたいのです。どうかご遠慮なさらないでください」
「……現在カルマ達から、私が皆さんにとって代わりの効く小さな存在だと思われるようにしています。今日の演技もその為です。でないと私を使えば皆さんに対して有利に立てると考え始めるでしょう。カルマ達としても良い条件で同盟を結びたいと考えるのは当然です」
「でも、例えば見張りという名分にするとか。何とかなりませんか?」
「事情がありまして、私は出来る限り目立ちたくありません。私の元にだけこんな可愛い草原族の子が居るとなれば注目されると思います。そうなると私の危険が増しますし、この子の危険も増えるでしょう。キリさんに初めての相手をしてもらって、何かあったら感情的に我慢出来る自信がありませんし……」
……。
あ。
今、失言したよう……な。
「初めて? ダンさん、その、お付き合いしてる方とかは居ないのですか?」
おう、オウランさんよ。『あ、悪い事を聞いた』みたいに表情を変えないでくれないかな?
キリさんは、私の方を見て素直に驚きの表情をしてるし……。
もーしらん。別に恥ずかしくないもんね。おでの年頃は恋愛に淡泊なのがデフォだもんね。
に、日本に居た頃は……いや、なんでもない……。
「……今でさえ所詮地味な中級官吏。加えて色々秘密があるので親しい女性を作るのは無理っす。それで、オウランさんはどうなんですか。そちらの部族では、オウランさんの年齢だとそろそろ結婚する頃だそうですし、部族長オウランさんともなればさぞ引く手数多なのでは?」
あ。
空気凍った。
……やっべぇ。
「……ここ四年凄く忙しかったですし、ここまで権威が大きくなると釣り合う男性なんて居ません。大体こんなに強い女と結婚して押さえつけられたくないという話も聞きます……ダンさん、酷いです……周りは皆結婚して子供さえ……ううぅ~」
「す、すみませんオウランさん。口が滑りました。オウランさんみたいな優しい美人であればさぞ多くの男性から求婚されてるだろうと思ったのです。許して下さい」
「それは……もう。数だけは増えていますが……権力が強くなるとどうしても難しくて……。いえ、謝罪は結構です。私も口が滑りましたから」
なるほど、エリザベス女王状態なのね……それは難しい。
ぬぬぅ、護衛の人達が皆とても困っておられる。
これは、あかん。しっぱいした。
いっぱいいっぱいで、頭が回ってなかった。
「ま、まぁ、こんな話が出来るほどに私たちの仲が良い。ということで、いかがでしょう……か」
「そ、そうですね。わたしもダンさんとしかこんな話をした事ありません」
周り皆黙ってたんだな……すんげータブーに触ってしまった気がする。
「は、話を戻しますね? キリさんはもう仕方ないとして、これから来る子達へ私の事を話す時は……ときは……褒めないで、欲しいのです。会った時にはオウランさんの役に立ってはいても、大したことの無いケイ人として認識されたいので。キリさんも……うくっ……次に会った時は、そういう人間だとして対応してください。特に明日貴方をカルマ達へ紹介しますから、よく考えておいてくださいね?」
ぐ、ぐぐぐぐ、何この辛さ。何この口の重さ。夢の中で喋ろうとした時みたいに、口が動かなかった。
美少女の集団が私へ好意を抱いてくれる可能性が目の前にある。
それなのに、自分から誰このオッサンとなるように願うなんて……。
おのれ……ぅうぉのれええぇええええ!
真田総一郎うううううッッ!
お前のよーな奴さえ居なければ、キリさんにお世話をお願いする選択肢もあった物をおおッ!
う、うう。
この一事だけで恨み、辛み、敵と判断してしまいそうだ。
まだ判断出来る情報がないってのに。
く……うう、怒りでは誤魔化しきれないこの辛さ。
だ、駄目だ。心地よさが、慰めが欲しくても手を尻尾に向けるな。
触っては嫌われてしまう。
「……どうしても、駄目ですか?」
「はい……どうしても、です」
「……分かりました。キリもいいですね?」
「残念です……。でも、お言いつけのままに。明日の事も考えておきます……」
「はい。お願いします……」
おうぅぅ。今日だけはこのままじっとしていたい。
抱きしめてる手を握ってくれているキリさんに癒されながら……。
……あ、駄目だ。
大事な質問を思い出した。
「オウランさん、確か草原族は西のスキト家と争ったり共に戦ったりと関係が深かったですよね? オウランさんが族長になったのは知られていますか?」
「いいえ。アイラ殿のお陰もあって戦いはあっさり終わりましたから。今あそこは北の水の部族や西の他国と争っていて他に目を向ける余裕が無いと聞いています。以前言われた通り隠してきましたから、わたしが幾らか力を付けた程度は知られていても、それ以上を知っている人間は居ないと思います」
「今後とも大丈夫そうですか?」
「草原族の全軍を使えば間違い無く知られてしまうでしょう。ですが雲の部族はもう配下となりましたし、山の部族を征服するにもそのような必要は無さそうなので、まず大丈夫じゃないかと思っています」
「それは何より。……確信はないのですけど、近いうちにケイで大きな事件があるかもしれません。ですから今は焦って動かない方がいいと思います。事件が起こり全土の眼が皆さんから外れたら、大きく動くと良いでしょう」
「また……ですか?」
あれ? オウランさんなんか怖がってね?
あ、キリお嬢さんもちょっと震えてる。
なんでやねん。
私の方こそ貴方の魅力に震えが来てるつーに。
「はい。あの、なんか私を怖がってませんかオウランさん」
「前回のランドでの事件とカルマさんの出世なんて、誰も予想してませんでしたよ? わたし達だって何か起こらないか地道に探っていたのに。ダンさんが凄いのは分かってますけど、それでも事件が起こった時には怖かったくらいです。なのに、又ですか?」
「前回も今回も予想してた人は居ますよ? 特にこれからの事、ビビアナを追い落とそうと諸侯が動き出すのはかなりの人が予想してると思います」
「え……それは本当に?」
「うーん……多分」
「あの、本当にそんな予想をしてる人なんてダンさん以外に居るんですか?」
「トーク姉妹は多分。そしてバルカさんは確実にしています」
二人はケイ帝国を再興する難しさを知ったからね。
リディアの方は、この話をしてくれた本人だ。
「分かりました。暫くは静かに動きますね。大きく動くにしても、準備をしっかりしてからにします」
「はい。意見を聞いて下さり有難うございます」
この後は、明日の話し合いについて打ち合わせをして終わった。
当然。そう、言うまでもない事としてキリさんには、膝の上に乗り続けて貰ってだ。
あまりにも情けない見た目だったろうが知らぬ。構わぬ。省みぬ。
足がすっごく痺れたけど、良いんだ。
せめて、この時だけでも。
今日、何故儚いという漢字が人の夢と書くのかを私は完全に、頭では無く心と体で理解した。
そして……何かの壁を超えた。
今までの経験に加え、キリという夢を諦めた事で能力に変化。
偉業達成。ひざ乗り美少女という夢に流されず『俺ら』を超えたのを証明する。
隠れ称号『超俺ら』を取得。
種族 エルフ
名前 ダン
職業 中級官吏(トーク領陰の支配者)
称号 超俺ら
能力値
統率 45
武力 47
知力 基準値が違う為測定不能
政治 65→70
魅力 40
精神 75→90
スキル(lv10で最大値)
ケイ帝国共通語 異界の知識 計算lv8 隠蔽lv6→7 強運
仕事が高度になりそれに合わせて力を発揮してるため隠蔽後の能力値に変化
種族 エルフ
名前 ダン
職業 中級官吏(グレースの秘書)
能力値(雑兵は全て20)
統率 30
武力 47
知力 40→55
政治 40→50
魅力 34
精神 30
スキル(lv10で最大値)
ケイ帝国共通語 計算lv4→5