ダンとオウランの話し合い1
「許すも何も、お願いしたのは私じゃないですか。理想通りでした。私より自分が上に扱われたカルマ達のストレ、いえ、鬱屈した気持ちも幾分か晴れたでしょう。さぁ皆さんも顔を上げてください。所で私の態度は如何でしたか? 不自然さはありませんでしたか?」
「全く……まるで本心から言ってるみたいでした。私たちも以前ダンさんから教えられた演技の仕方を思い出して、全員で凄く練習したのにそれよりお上手だなんて……媚びた笑いが上手過ぎて怖かったです」
「怖いて……。上手も何も実情はあれくらい私達の立場に違いがあると心得てますので、まぁそのまま出せばあんなものでしょう」
「……」
そこで何故奇妙な顔をするかね。
実行戦力ゼロのヒョロエルフと今を時めく草原族の族長様なんだから、あの程度は当然でしょーに。
ユーがヤル気を出せばワンパンで首ポンだべ。
「ダンさん先程のモウブとサブロなのですけど、実はわたしに忠誠を誓ってくれていて、頼りになる配下なんです。それで……ダンさんが不快に感じたままとはしたくありません。今ここに連れて来て謝罪させたいのですが……それで許して頂けませんか? お望みどおりに何でもさせます」
いや、筋肉ムッキムキのオッサンに何をさせてもらっても嬉しく無いっすよオウランさん。
僕、そういう趣味ないんで。例えアスホールするとしても、出来ればXX染色体が……とか言える雰囲気じゃない……。
元より女性相手にこんなファッキンジョーク言いませんけども。
「いやいや結構です。私を知る人間は少なければ少ない程いい。第一私は不快に感じていません。むしろ大変好感を持ちました。多分、あれは心から思っておられましたよね? だからこそカルマ達もオウランさんが演技をしていたとは夢にも思わなかったはず。
案内のお兄さんも私が何をしたか知っていたのですが、多分あのお二人が話してくれたのでしょう? 大変有り難い傾向です。ただ……門番の方とかが、ケイの人々に私の名前を出すとよくない。あのお二人もそうですが、私の名前を決して出さない様に徹底して頂けませんか?」
「ま、ま、待ってください。あの、案内した者が何か言ったんですか!?」
「先ほどのお二人と同じような内容を言っていたのと、下手な態度を取ってオウランさんに不快な思いをさせれば……まぁ周りの方から殺される的な事を。おかげで上手く行ってると実感を持てました」
「あ、あいつ……後で、殺す……」
あ、やっべ。オウランさんの声に軽い物を感じない。後ろの人達も……怒ってる。
告げ口になってしまった。これはいかん。
「い、いえ、そうじゃなくてですね? 先ほどの方もオウランさんを始め皆さんを深く恐れているようでした。それで、オウランさん達が強い指導力を持ってるのが良く分かって甚く感心したんです。だから……その、怒らないで頂けません?」
「う……。はい……ダンさんがそう仰るのでしたら……あ、あの、わたし達は不快になった程度で殺したりはしてません。必要でそうした事はありますけど、それは族長として仕方なくて……」
あらやだ、言ってる内容が物騒でも様子が凄く可愛い。
モジモジしておられる。いやぁ、オウランさんじゃなかったらあざとくなりますわコレ。
「存じておりますとも。草原族の中でも何処でも、私の名前を出来るだけ出さない様にして頂きたい以外は何一つ文句はありません。さて本題に入りましょう。先ほどの挨拶の後オウランさんから見てこちらの人達はどう感じているように思えましたか? 私の評価とかで感じた物があれば教えて下さい」
「そう、ですね……。不甲斐ない奴という感じだったり……総じて全員ダンさんへの評価が下がった感じがしました。アイラ殿と、髪が狼のような方だけはよく分かりません。皆はどう思う?」
後ろの人達も口々に同意見だと言う。
そうか、私と同じ感触か……良かった。
しかしリディアは当然だが、アイラさんも分からんのは想定外だ。
……だがこっちからは突っつけんな。
「アイラさんは良いとして、その髪が狼のような人。名をリディア・バルカと言いますがこの人には常に注意を払ってください。彼女はケイ全土で最強、最高、最良の知恵者と思って頂きたい。能力的には互角の人間が片手に数えられる程度は居るかもしれませんが……戦えば最終的には彼女が勝つと思っています。
あの人は何よりも恐ろしい事に、目的の為ならどんな屈辱だろうが顔色一つ変えずに耐えられる精神力を持ってますから。私的な会話はしないようにするべきでしょう。何を知られるか分かりません。ケイの貴族だから近づきたくないとか、何とでも理由を付けて避けるのを心からお勧めします」
草原族の人は謀略関連下手っぽいから余計に心配なんだよね。
……あ、お茶が美味しい。護衛の人がいれてたけど、上手だなー。
「え、えーと、あの人はダンさんの配下ですよね? だったら大丈夫じゃないのでしょうか?」
「あー、私と皆さんの関係は誰も知りません。配下と言って下さってるお伝えした三人にも気取られない様にお願いします。バルカさんについてですが、彼女は自分から私の配下になるなんて言い出したのですけど、理由が未だにさっぱり分かりません……正直私にとっても怖い人なんですよ。凄く助けられてはいるのですが」
「何故配下って……それはダンさんの方が優れた方だからでしょう?」
「ブフゥッ!」
は、鼻痛い。
お茶が……鼻に……。
「ゴフッ! エフッエフッ……は、オフッ!……」
「ちょ、ちょっとダンさん大丈夫なの? どうしたんです?」
「オウランさん……お願いですからお茶を飲んでる時に変な事をいわないでくらさいよ……鼻が痛いっす……」
「変って……。リディアという人についてでしょうか? でも、普通そうでなければ自分から配下になったりはしないと思うんですけど……」
いやいや、そりゃ獣人の皆さんは力のある者が長となり、他を従えていく文化だろうけどさ。
いやはや……知らないって怖いわ……。あのリディアが私以下なんて掘った穴に言うのもはばかられるつーに。
「何と言うべきか……。とにかくリディア・バルカを『普通』なんて考えで計っては絶対にダメです。彼女の考えは彼女だけにしか分かりません。付け加えますと、私と彼女の差は石ころと太陽程に違います。勿論私が石ころですからね? これは全ての能力においてです」
全く……知る限りの人類の歴史を総ざらいして当て嵌めつつ、数か月かけて考え出した私の結論に、一週間程度で追い付いてくるような化け物を比べないで欲しいっすわ。
「で、でも、幾らその太陽でも、わたし達をこんなに繁栄させたりは出来ないと思います」
「……それは、私に特殊な事情があるからです。とにかく、あの人は皆さんが見た事もない程の知恵者、グレースよりも上だと思って下さい。深い敬意を払い、私的な会話をしてはいけません。いや、本当にこれ皆さんの為ですよ? 会話をしたら何を読み取られるか分かった物じゃないですし、バルカさんに心の中で嫌われたら……考えただけで粗相しそうです」
どう言えば私の恐怖が伝わる……?
十歳だった時の彼女に私はまだ追い付いてない。こっちは実年齢四十歳だってのに。
昨今はグレースでさえ実務能力でリディアに追い付かれ始めている。
グレースは若い頃から重責に耐え、散々戦いを経験し領地経営をした経験豊富な逸材だ。
恐らくは十年以上に渡って培われた経験が、たった一年程で追いつかれかけてるとか……。
新入社員が使い物になるのは、普通三年……いや、六年必要という常識を知らんのか。
どう考えてもリディアは頭がおかしい。
脳みその分子構造が私と違ってそう。ゲッター線でも浴びたんじゃないのアレ。
「はい……分かりました。配下にも徹底させます」
はぁ……今でも鼻が痛い。
久しぶりだよこの痛み。
「そうして頂ければ安心できます。次に先日の援軍有難うございました。そのお陰を持ちまして非常に良い結果になりました。こちらの村を襲わないといった管理もしっかりして頂き、大変助かりました」
「いえ、これまでの恩を想えば何でもありません。それに、文に書かれていた見返りを頂けるのなら、お礼の言葉を頂くのも躊躇う程なのですが……」
「その見返りですが、既にお渡しした兵糧等の戦利品のみが見返りだと仮定した場合、不満を抱かれますか? 今後にも関係しますから、正直に教えて下さい」
「……ダンさんだから正直に言います。あれだけだと少し足りません。幾らか不満を持つ者が出てきてしまうとおもうんです……死者が十名も居ませんからわたしから見れば悪くはないのですけど、ケイ相手なら奪えるだけ奪うのが普通と考える者が多くて……。でも、必要ならば大丈夫な程度です。同じ条件でも後二回程度は苦労せずに抑えられます」
「やはり足りませんか。こちらに挨拶に来られたような方も居るでしょうしねー」
あの逸材が平均値は在り得ないけど、一人ではないだろうしのぅ。
「あの者はジョルグさんが殺しました。戻ってきた後、ダンさんがどれだけ情けない人間か触れ回った上に、自分に任せればダンさんの首と一緒により良い条件を引き出して見せるなんて言い出したそうです」
「あちゃー。私の出した条件に合いすぎましたか。面倒をおかけしてすみませんでした」
「いいえ。元からわたしも噂に聞くくらい扱いに困る奴だったそうですから。都合が良かったくらいです。ただ……こっちに来なさい。ダンさんに謝りたいのでしょう?」
そう言われて後ろからあの時の護衛の兄さんが出て来た。
どしたんだ頼れるアニキ。……すっげー表情が硬いぞ。
「ダン様、先日は……誠に無礼を働き、……お許しください。決して本心では御座いません。ただ自分としては護衛として働いて、名をお教えしない方が良いのではないか、とか。あの場面であの愚か者も名乗っていない以上、上役の自分が名乗るのは奇妙なのではないか、と……どうか……お許しを」
「い、いや、お兄さん謝罪など要りません。あの時はお陰で助かりました。貴方が止めてくれなければ、斬りかかられてたと思います。私の方こそ突然事前に話して無かった演技を求めてすみませんでした。上手く応えて下さって感謝しております」
「あれは……本当に困りました。日頃演技などしない無骨者ですので。つい、あの者に倣ってしまい……決闘となって当然の無礼を働いてしまいました」
「いえいえ。お陰様を持ちましてあの後出て来たグレースさんは違和感を感じていませんでした。有難うございます。今後とも頼りにしております」
やっとこさ護衛の兄さんの表情が緩んだ。
真面目な人だのぉ。こんな人がオウランさんと私の護衛をしてくれるのならば安心ぞね。
「そう言って下さるのならばそのように。オウラン様からの御指示があれば一命を持ちましてでも」
そう言って兄さんは下がっていった。
うむ。大変よろしい感じである。
『オウラン様からの御指示があれば』それが聞きたかった。
オウランさんの求心力が高いのは我が事のように嬉しい。