オウラン、カルマに挨拶する
今日はオウランさんが交渉の為にやってくる日である。
会議に使われる部屋に主だった人間のみが集まり、彼女が来るのを待っている所だ。
軍議などに私が参加する場合は、此処に居る人間のみしか部屋に入れないようとりきめてある。
他のカルマの配下達には、グレースが雑用を言いつける相手として気に入ってるので、私の参加が許されたとの説明がされている。
勿論グレースは超嫌な顔をしていた。
だが知らん。
その内愛人説が出そうな雰囲気を感じている。
……ブハハッ! おっと……。だが知らん。
本当に聞こえてきた時には、グレースの顔を見る度に心地よい笑いの衝動が来てしまうだろう。素晴らしい。
グレースは好きだ。グレースの秘書的な仕事をして大変好きになってしまった。
美人で有能で、実質的に考えて色々助けてくれてる上に生真面目なのだ。しかもこっそり優しい。いい上司である。
誰が嫌えようか?
だが真面目な彼女が私への怒りに耐えている所を見ると、ついつい楽しくなってしまう。
すまんなグレース。お前に冷静で居られると面倒そうかなーなんて思っちゃうとつい……人生に必要な笑いも供給して欲しいし……。
お前の苦虫を噛み潰して尚美人な顔……大好きだぜ。
フィオも似たような顔をしょっちゅうするが、あからさま過ぎて趣きが足りない。
グレースはイトヲカシなのだ。
所でお前なんで結婚してないの?
なんかこの国私らの年齢なら結婚して当然。みたいな感触を持ってたのに、それって庶人だけなん?
これだけ美人で有能なら引く手数多だろうに、欠片も男の気配がないんだけど。
こんな私的な質問をする気は無い。しかし偶に気になるのだ。
だって日本人の平均結婚年齢はまだあるとしても、庶人の感覚だと貴方大年増だよね?
ま、こっそり疑問に思うだけだ。
だから許してくんろグレースや。
それとも私みたいに諦めてるん?
さてオウランさん達だが、人目を忍んで来る。
耳と尻尾を隠してケイ人の恰好をして、だ。
理由は諸侯に草原族との繋がりを察知されない為である。
スパイは……まだ入ってきてないだろう。
滅ぶと思われた所に貴重なスパイが出来る人材を置いたままにするとは思えないし、まだこのレスターの人員は増やしてないから新しい人間が潜り込むのも難しい。
今日の話し合いの結果がどうなるかは分からないけども、渡す情報は少ない方が良いとグレースもリディアも結論を下しオウランさんに配慮をお願いする運びとなった。
外から多人数の靴音が聞こえる。
オウランさん達全員が部屋に入り、案内の者も下がった。
話に聞いていた通り、知らない偉そうな人が二人と合計で十人の護衛が居る。
全員が耳と尻尾を出した。
大分窮屈な思いをしたようだ。何人かは尻尾をさすってる。
よーしよし。準備万端だな。
さぁ頑張りますかね。
今から此処に居る人達へ私の立場を見せる為に。
オウランさん頼むぜ。苦手らしいが頑張ってくれ。
「久しぶりだ、カルマ殿、グレース殿。生きているお二人に会えて嬉しく思う」
「うむ。先の戦では助力してもらい感謝している」
「確かに助かったわ。でも以前協力を要請した時は断ったのに、今回応えてくれたのは何故? 理由は教えてくれるのかしら?」
「当然の疑問だな。まず、そちらはこれからも難しい時期が続くのではないか? となれば我々を大事にするに違いない。それに話を持って来た奴は詰まらん奴だが、我々を良く知っている。当然話の信憑性も変わって来るわけだ。ご納得頂けたか?」
「……まぁね。それで、横に居るモウブ殿とサブロ殿が今回の協力者というわけ?」
「ああそうだ。当然我々だけでは兵の数が足らなかった。彼らの分幾らか頂きたい物が増えるかもしれないが、ご納得頂きたい」
「それはそちらの要求次第よ。所で……確か両氏族ともオウランの所より大きかったわよね? その二氏族を配下に加えたの? 短い間に随分な出世をしたじゃないオウラン」
「グレース殿、我等はオウラン殿に従っている訳では無い。今回カルマ殿を助ける話を持って来たのがオウラン殿だったゆえ、一定の敬意を払い交渉の中心となるのを認めているだけだ。勘違いしないで頂こうか」
「あら、じゃあ場合によってはオウランとあたし達が取り決めた約定を反故にする気があるのかしら? 自分たちはオウランの下では無いと言って」
「……そうは言わぬ。オウラン殿の所と、ましてやカルマ殿と事を構える気は無い。しかしワシも恐らくはサブロ殿も配下であるように扱われては不快だ」
「獣人は相変わらずね……。で、オウラン。結局貴方が交渉役と考えていいの? 席に着くのは貴方だけと聞いてるのだけど」
「そうなる。きちんと話し合ってきたので安心してくれ。しかし、あいつがお二人へ指示するようになったと聞いた時は驚いたぞ。本当か?」
「……ダンの事なら残念だけど本当よ。表には出ないけど、そこのダンの意見をあたし達は無視できない」
さて、私の出番か。
「オウラン様ダンでございます。今日は態々ご足労頂き感謝の念にたえません」
私は卑屈に見えるように努力しつつ深く頭を下げて礼を示した。
「……ふん。カルマ殿、貴方にも確認したい。真にこのダンがカルマ殿達に対して其処まで強い発言力を持っているのか?」
「……ああそうだ。先ほどの戦いで勝つ為にはダンの助力が必要でな。余程愚かな考えでない限り、ワシはこやつの声を聞くであろう」
「なんと……本当だったのか。こいつが、カルマ殿程の方に命令か。随分身の丈に合わない出世だなダン。わたしが思うにお前がそうなれたのは、わたしの助力あってこそなのだが、お前はどう思う」
「ははぁっ! 仰る通りですオウラン様。私が戦に負けて死んだりせず、このように大きな出世が出来ましたのは全てオウラン様あってこそでございます」
「その私に対して、お前の今の態度は相応しいとは思えんが?」
そう聞いた私は後ろ三歩飛び下がって膝を付き、臣下としての礼をした。
ライオンに吠えかけられたインパラみたいに見えてると良いのだが……。
「申し訳ありません! 相応しい態度に思い至れない愚かさをどうかお許しください。オウラン様のお陰で今息をしているのだと重々承知しております」
ここでゆっくりと顔だけを上げ、媚びた笑みを浮かべる。
おお……オウランさん、その醜い物を見たという顔……決まってます……。
惚れ直しちゃいそう。
「くっ……ふははははっ! オウラン殿、なんだこやつは! こやつがカルマ殿へ発言力を持っている!? 笑いが止まらんぞ。エルフは要職にある者が多く誇り高い物だと思っていたが、このように無様な者も居たとはな! 我が氏族の一員であれば、今すぐにでもこの部屋から叩き出しておるわ。いや、それだけでは済まさん。狼の群れと戦わせ根性を叩きなおしたいな。死んでも構わんだろうこの程度の男は」
「ぶ、ぶはははははっ! 全くだサブロ殿、俺も同意見だぞ。何と情けない奴だ。エルフではなく犬ではないのか? いや、あのカルマ殿がこのような者に頼る羽目になっているとは! 世の中分からぬ物だ」
うむ。氏族長の二人とオウランさんの後ろに居る十名の方々は良い感じで嘲笑しておられる。素晴らしい。
が……カルマを馬鹿にする方向へ行くのはイクナイ。しかし私は何も言えない……どーすっぺ。
「モウブ殿、サブロ殿、こいつを馬鹿にするのは良いが、カルマ殿を侮辱してるように取られかねない発言は如何な物かと思う。これからわたしが交渉しなければならぬというのに、我等の考えを誤解されかねない発言はご勘弁願えないだろうか」
お、おお。オウランさんイイネ!
「あ、ああ。そうだな。すまぬカルマ殿。こいつが余りに情けない物で……失礼をした。決してカルマ殿を下に見るつもりは無いのだ。そうであろうサブロ殿」
「勿論だとも。よくは知らぬが、ランドで大変な事件に巻き込まれたとは聞いている。計算外の出来事があれば、仕方ないのかもしれぬと……いや、その……失礼をした。許して頂きたい」
「……いや、怒ってはいないともご両人。頭を上げられよ」
「「感謝する」」
おっしおっし。よい展開っす。オウランさんは逸材君でも思ったけど人の選び方が上手いね。
オウランさんがちょっとだけ二人より立場が強いと感じるぞ。
「……ダン、お前は情けない奴だが目端だけは利く。それに我々獣人の生活を知っているケイの人間は貴重だからな……ある程度は期待しているのだ。いや、お前が命令する立場ならば、我々の要求は全てお前に言えばそのままカルマ殿達に頷いて頂けるのか?」
見なくても分かる。今グレースの表情には凄い不満が出ており、文句を言おうか悩んでいる。
大丈夫だって、流石にそんな考えもってないから。
実際に何とかするのはグレース達なのだ。
例え命令に従ってくれてもやる気が出ないのではね……。
オウランさん達が明日出す予定の要望は、非常に重要かつ面倒な難事。
上手く成し遂げる為にちゃんと納得してもらうさ。
「申し訳ありません……流石にそのような無茶はお受けできかねます。グレースさん達の納得がなければ、ご要望を達成するのは不可能かと思われます」
私がそう答えると、後ろで息を吐いた音が聞こえた。
其処らへんの常識は流石にあるぜよグレース安心したけ?
とはいえ心配なのは分かる。
万が一と思っても、声を上げたくなって当然だ。
クスッ。
おっとおっと。和んじゃダメダメ。
「ふん……お前如きに求め過ぎたか。まぁ、お前程度でも我々とカルマ殿を繋ぐ役には立つだろう。精々力を尽くせ。さてカルマ殿、話し合いは明日からで良いのだろう? 我々も今日は疲れているし休ませて頂けまいか?」
「うむ。元よりそのつもりだ。宿もこちらで用意してある。すまぬが獣人と分からぬ様に頼むぞ」
「承知している。ではダン、後で宿に来い。幾つか聞きたい事がある」
「はっ。承知いたしましたオウラン様」
私は草原族の人全員が部屋を出るまで、臣下の礼を取り続けた。