表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/215

リディアの成長

 ランドに来て一年、教師としての俺にリディア様が不満を漏らしている様子は無い。

 有難うごぜぇますだで。


 そのお陰で色々と順調だ。

 バルカ家には貴族として当然という感じで馬が居たので、お願いして乗馬の訓練が出来ているし、警護の皆さんに交じって戦い方の鍛錬もしている。

 大した成長はしてないが、慣れが大事なのだ。慣れが。

 まぁ、戦いに関してはショックな発見もあったけど。


 稀にだが、リディア様も交じって訓練をする時がある。

 そして、判明した。

 御年十一歳の少女より、人生経験三十年を超え、肉体的にも幾つか年上の俺は弱い。

 より正しく言えば、彼女が強い。

 彼女に精神的動揺によるミスは無いと思って頂いて結構だった。

 剣先が迫ろうが、筋肉ダルマのオッサンが吠えようが、その表情に変化は起こらない。

 そして、動きにも変化が起こらない。


 どういうメンタルなのだ?

 勉強の方に力を入れてるので、技術自体は其処まででは無いらしい。

 しかし、常に100パーセントの精神状態を維持しているというのはかなりの技術的差を覆すと思う。

 持ってる魔力とやらも多いと聞くし。


 尚、何回か手合わせを求められもした。

 その際には全力で逃げましたとも。

 未熟な腕で、怪我をさせるといけないとか適当に並べて。


 十一歳の女の子に負けるのは別に良い。

 考えようによっては得難い経験である。

 ご褒美と言えなくもない。

 が、こういう対戦物でぶつかり合うとそれはもう性格がバレるのだ。

 日本に居た頃しみじみ思ったのだが、対人戦を真剣にやると凄く性格が出る。

 日頃からリディア様には色々と思考を丸裸にされていると俺は感じている。

 これ以上バレるのは宜しくない。


 ただ、俺に逃げられまくったのに尚「ダン先生。手合わせをしませんか。日頃やらない相手ともやりたいので」と言われたのには正直参った。

 珍しく、残念に思ってるような気配を見せられては動揺して当然であろう。

 まぁ、それでも逃げ続けたけど。

 これも精神的鍛錬である。……多分。


 何にせよ平穏で順調な日々だったのだ。

 つい先ほどまでは。



 今俺はバルカ家の廊下を全速力で歩いている。

 このバルカ家当主ティトゥス・バルカ様に呼ばれて。

 実の所ティトゥス様に会うのはこれが初めてだ。

 初日に、リディア様に挨拶をした方が良いのか尋ねはした。

 しかし


「父は厳格な人のため、呼ばれるまでは余計な気を使わない方が良いでしょう。先生は礼儀の作法をご存じでは無いとお見受けしました。無駄に父の怒りを買っても仕方ありません」


 それにたいして俺は余計も極まった事に、挨拶しただけで怒りを買うのかと声を震わせながら尋ねたのさ。

 すると


「私は先生の価値に礼儀を含んでおりませんが、父は作法を心得ていないと我慢できない、いえ、我慢してはならないと考える人ですので」


 と返って来たのだ。

 当然怯え切った俺は、ティトゥス様の視界にも入らないように気を付けて一年を過ごしてきたのである。


 さて、部屋に付いた。

 先ほど家政婦さんが、心配そうに教えてくれた部屋に入る際の礼儀に従って部屋に入ると、エルフの男性が座っていた。

 四十歳にはなってるはずだが、どうもエルフはかなり高齢にならないと老化しないそうで、二十代中ごろにしか見えない。

 流石戦うのが主なお仕事のエルフ。少しでも長く戦う為に若い期間が長いのだ。

 ってやつだな。


 その男性の手前にリディア様が立っていたので、一歩下がった所に俺も並ぶと、男性は俺が部屋に入った時から顰めていた表情を溜息一つ吐いた後に消し、口を開いた。


「お初にお目にかかる。儂はティトゥスと申す。ダン殿でよろしいか?」


「は、はい。私、リディア様に雑学を話して養って頂いておりますダンで御座います。ご挨拶が遅れてしまいました。申し訳ありません」


 一年も遅れて申し訳も何も無い物だけど、他に言い方が思いつかん。


「謝って頂こうとは思っていない。儂も必要が無いと思ったから呼ばなかったのだ。では少し話がしたい。座ってくれ」


 その言葉にリディア様が驚いたように目を見開いたのが見えた。

 え、どういうこと?

 座ってくれと言われただけで珍しいの?

 私貴方の驚いた顔初めて見たのだけど。


「ダン殿。来て頂いたのは一人の親として感謝を述べたいと思ったからだ」


「は、はぁ。感謝、と言われましても……何のお話でしょうか」


「まず事情から話そう。帝王が一月ほど前お隠れになったのは知っていると思う。その為、二か月後に新しく帝王をいただくとほぼ同時に、一人の側室を持たれるのが決まった。

 ただ、その側室がエルフではあるが肉屋の娘でな。二つの行事が重なった上に前例が少ない事態でもあり、宮廷は非常に忙しくなってしまったのだ。それで、そこのリディアにも手伝わせているのだよ」


 うわ、十一歳で仕事かよ。

 可哀想。

 という同情は今は置いておこう。

 それよりも肉屋の娘が帝王の側室になる話の方が重要だ。

 以前調べた情報に関係する話である。確認しなければ今夜は寝れん。


「あの、すみません。肉屋の娘ですか? もしかして、ハリという方でしょうか」


「ほぅ。ご存じか。民の間で名の知れた娘と聞いてはいたが。いや、それはどうでも良い。話を戻そう。そこのリディアだが、儂は危ぶんでおった。我が八人の子の内で才は傑出している。しかし、周りが非才の者である場合に上手く付き合えない所がある。それでは周りに邪魔をされ、才を発揮せずに潰されるとな。

 まだ若いのだから仕方なくはある。だが、今度のような緊急の時でもなければ宮廷で働かせるまで五年は時を置き、その間に教えよう。そう考えていたのだ」


 横を見るとリディア様が父に向って頭を下げていた。

 無表情のまま。

 ……全く何を考えてるか分からない。

 それにしても中々厳しい親子関係だな。


 ……待てよ?

 今八人の子供と言ったか?

 ……これについては、後で確かめる必要を感じる。


「だが、今回の働きで成長を見られた。非才な者への接し方が柔らかくなり、他人の考えを聞き、複雑な視点を持った物の見方を出来るようになっていた。

 ダン殿が来てからリディアの機嫌が良くなっていたが、成長させてくれるとまでは期待していなかった。しかし、ダン殿はバルカ家の才を育て、我が家が帝国へ更に仕える機会を与えてくれたのだ。儂の感謝を是非知って頂きたい」


 それは俺にとって衝撃的な言葉だった。

 ティトゥス様からの褒め言葉が気にならないほどに。

 俺が教えたのは、厳選に厳選を重ねた富や権力に変換できない内容のはずだ。

 なのに、リディア様にとっては違う視点の考え方があると教えるだけで、あるいは気晴らしをさせるだけで十分だったのか。


 出会った時からとても計れない子なのは分かっていた。

 それをさらに、成長させてしまったかもしれないとは……。

 飛び抜けた人間はどんな世界だろうが苦労をする。

 目立つからな。

 マスメディアの行動を見れば誰だって分かる事だな。

 俺はこの少女が、より大きな苦労をするようにしてしまったのかもしれない。

 ……勿論何も出来ないんですけどね。


 ただ、今は同情するよりも、ティトゥス様にこっそりと釘を刺しておかなきゃならん。


「お褒め頂き、安堵しております。しかし、私が話したのは愚にも付かないような物だけ。リディア様の成長は、ご自身の努力にのみ寄る物でしょう。

 それで、ティトゥス様にお願いがございます。もしリディア様が変化された理由を聞かれた時に、私の名もお話し相手が居るという話題も出さないで頂きたいのです。成長に一役買ったなどという評価は私の身には過ぎております。とても背負い切れませんので」


 即興にしては良い感じで纏められたのではなかろうか。

 俺は権力者が怖い。

 そういった界隈で、珍しい人間が居ると話されるのは恐ろしい事だと思う。

 出る杭は打たれるのだ。


「ふむ。ダン殿がそう仰るのならそう致そう。だが、何かあれば儂に言ってみると良い。バルカ家はこの恩を返すだろう」


「お言葉、誠に有り難く」


 実際有り難い。

 そろそろリディアに教えられる内容が尽きる。

 新しい仕事を探さないといけないと思っていた。

 ティトゥス様には折を見てお願いするとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ