宴会での話を聞いて1
アイラさんが宴会から帰って来て一夜が明けた。
私は昨日の残りを温め直して食べている。
アイラさんを送って来た使者が、謝罪と一緒にカルマからと言って食事を持ってきてくれたが食べてない。
毒入り、あると思います。
即死物は無いと思うけど、下剤くらいは入っててもおかしくない。
なので、アイラさんに確認して貰ってから食べようと思う。
……犬扱いのつもりは無いっす。マジっす。目を見て欲しいっす。
今日は昨日宴会に参加した面子が全員休みの日だったりする。
全力で飲む気だったのだろう。
実際昨日帰って来た時のアイラさんは酷い状態だった。
殆ど体に力が入って無くて、大変重かった。
廊下で寝ようとしたのを必死になって寝台まで運んだのだ。
そして……着替えさせた。
何処まで着替えさせるべきかという哲学的命題に悩んだ挙句、下心によって命を危険に晒すのは愚行というイデア的現実を悟り上着を脱がせるだけにとどめるという賢明さを発揮した自分に感心至極。……イデアって何だっけ。
二人だけだから証人は居ないから触ってもゲヘヘヘヘヘという閃きもあったが……。
夢うつつにでも感触を覚えられていれば、私の首から「コキャッ」という音が鳴ってしまう。
そんな豚にはなりたくない。
あ、違う。アイラさんに不快な思いをさせたくないからしないのだ。うむ。我紳士。
……さて、皿を洗うか……おんや? あれはリディアとラスティルさんけ?
ラスティルさんは少々二日酔いしてそうだけど……何しに来たんしょ。
「お二人ともどうなさいました? 昨日はかなりお飲みになったでしょうに。アイラさんなんてまだ寝てますよ」
「実は昨日の宴で失言を致しました。せめてご報告をしなければなりません。今よろしいでしょうか」
おいおい……堪らなく不安になってきましたよ……。
私の了承を聞いたリディアは、お茶の用意を願うと直ぐにアイラさんの部屋へ行き、音が応接間的な部屋まで聞こえるような勢いで叩き起こすと三人で私の対面に座った。
ラスティルさんからは戸惑いしか感じ取れない。
しかしアイラさんは気まずそうにしている。
……何を言ったんだ?
「昨夜の宴で皆が大いに飲んだ時の話です。何故私どもがダンの配下になっているのか。と、問われました。私はカルマたちが真にダンの配下となればお喜びになると考え、私が貴方を恐れており、彼女達にとっても配下になるのが最善であると述べたのです」
「……僕はカルマ達がダンを軽く扱うのを止めてほしい。……でも、言ったら駄目だった?」
……はい?
はぁあああああああああああぁ!?
私が怖いとあいつらに言っただって?
しかも、俺の配下になるのを勧めただと!?
アイラお前もか!?
ダンッ!!
……ああ? なんか手が痛い。
ああ……机を殴ったからか。
……クソッ茶がこぼれてる。
普通に買えばたけぇのに勿体ねぇ……。
拭かないと……。
「お許しください我が君。貴方についての話を出すなと言われておりましたのに」
そう言いながらリディアとアイラは席を立ち、膝を折ろうと……ってクソがっ!
「リディアッ! ……さん、お二人とも止めてください。貴方達のような方にそういう屈辱を感じるであろう真似をされると、不安になって仕方がないのです!」
こいつら……私がどれ程努力して、取るに足りない人間と思われるべく努力してると思ってんだ。
それをあっさり壊すような真似しやがって!
リディアァッ! お前、やはり私の敵なのか?
アイラも……何が軽く扱うのを止めて欲しい、だ。私は軽く扱われないと困るんだよ!
私がどうなろうともカルマ達が幸せになれば、それでいいとでも思ってるのかてめぇ。
「お、おい。ダン。落ち着け。何を怒っている」
「……ラスティルさんも、何か言いましたか? 私がまるで一角の人物であるかのような事を」
「いや、言ってない。お前が言うなと言っていたからな。美味しい料理を作れるというだけだ。ああ、具体的には話してないぞ? 調理の仕方をお前は見せなかっただろ? この程度でも駄目だったのか?」
チィッ。余計な……だが、まぁ、その程度ならば……。
「いえ、それくらいでしたら大丈夫です」
「う、うむ。それは良かった。なぁダン、配下が主君を怖いと言うのは当然ではないか。全く怖くないという者には不忠の疑いがあろう。第一これ以上無い程酒が入っていた時の話だ。誰もまともに受け取ってはおらぬ。覚えているかさえ疑わしい。とにかく落ち着け。お前らしくないぞ」
ばっか馬鹿ばぁああああか。
当然かどうか何てどうでも良いんだよ。
覚えているかどうか疑わしい? カルマもか? あいつは中々だ。酒に飲まれるような人間には思えんぞ。
落ち着けだぁ?
…………。
そりゃ、意識せずに机を殴る程度には……。
………………。
不味い。
私は誰に対して怒っている? ……智と、力で、人間が到達出来るとは思えないような所に居る人間に怒っている。
…………。
正気じゃ、ない……。どちらか一方でも感情的に動けば、私は一瞬で死ぬのに。
これは、いかん。まずは落ち着かないと。
「お茶をいれなおします。すみませんが、飲み終わるまで少々お待ち頂けませんか」
……まだ怒りで手が震えそうだ。これは酷いザマ。……こぼすなよ。全員分のお茶を入れなおせ。
少しずつ、ゆっくり飲もう。
冷静になるための時間が欲しい。
くそ……突然だからってこんなに感情的になるなんて……。
いや、今は自分の情けなさを考えるな。
冷静にならないといけない時に、自分に対して怒り始めてしまう。
まずは……どんな反応があったか確認しなければ。
いや、それより先にアイラさんが何を言ったのかも聞かないといけない。
「アイラさん、私を軽く扱わないで欲しいそうですが、カルマさん達に何と仰ったのですか?」
「う、ううん。僕は何も言ってない。言おうとしたらリディアに止められた……」
アイラは私が怖いなんて言って無いのか……?
それは……助かった……。
「そうですか、ではバルカさんの言葉にカルマさん達がどう反応したのかを教えて頂けませんか」
「は。揃って言下に否定しておりました。レイブンは忠誠を尽くす価値が全く見えない。ガーレは同僚としては見直したが、主君にはしたくない。グレースは何処が怖いか分らない。フィオは怖いところは欠片も無い、と。カルマだけは何か思いを巡らしていて何も言っておりません」
ふーむ、一顧だにされなかったか。
良かった……。
カルマは……やはり厄介だな。
厄介? ……その前に中々だ。なんて思ったか?
馬鹿な。自分より遥かに上の人間に向かって『厄介』『中々』なんて表現は相応しくない。
……いかんな、私は彼女を軽く見始めていたか? 気を付けなければ。
しかし、きちんと話を聞いてみると……。
悪くないのではないか?
これならば、皆の考えを知れてむしろ良かったのかもしれない。
酔いが回った中での発言なら、本音の一部であるのは間違いなかろう。
カルマに関しては被害があるかもしれないけど、必要経費の範囲とも言える。
はぁ……何とか落ち着いてきた。