戦勝の宴2
「は!? ダンがそんな料理を作れるの? ……凄く興味が沸くわね。……あたし達へ作ってくれるようにお願いしてくれない?」
「あー、話しておいてすまぬが、恐らく無理であろう。相変わらずの秘密主義でな、配下にしか作るつもりが無さそうであった。我々でさえ作ってる所は絶対に見せて貰えぬほどだ」
「何ともケチな奴だ。グレース、そこまで嫌うのであれば追い出せばよかろう。某達は危機を脱した。助けてもらったとはいえ、置いておけば今後あやつの決定に従えと言うのだろう? 傍若無人な話ではないか。金でも渡して此処を出て行くように言っても義を損ないはしまい。主君に対して従えと言ったのだからな。
正直に言えば個人的にも好かぬ。弱くて卑怯な男だ。今回の戦で某の功がこの中で下から二番目なのも、あやつの所為に思えて仕方がない」
「レイブン、速さが身上なのは存じておるがもう少し考えた方がよいぞ?」
「レイブン殿はもう少し世を見てると思っておりましたが」
「レイブンは強さだけで考えすぎだね……」
「レイブン、飲み過ぎではないか?」
「レイブン……貴方は賢い方だと信じてたのに……」
「レイブン殿……それは悪手っス……。うぅ、アイラ殿ぉ」
「な、何故そこまで言われなければならぬのだ。しかもグレース、フィオにまで……」
「例えダンが役立たずだとしても、拙者達の主君なのだ。ダンが出て行くとなれば我々も出て行くという話を忘れてはおるまい?」
「そして世の中は定まっておりません。むしろこれより更に乱れようとしている」
「ばらばらになると皆危ないよ? 集まっていた方がいいと思う」
「ダンがどんな人間か分からぬというのに、この状態で恨みは買いたくないのぉ」
「せめてこの三人があいつを見限ってからじゃないと駄目でしょうが」
「もしもアイラ殿が出て行ってしまったらレイブン殿を恨むっス。……アイラ殿ぉ、どうかあやつを見限って下さいませぇ」
「わ、分かった分かった。某の考えが足らなんだわ……何も其処まで言わずともよかろうに……そっちの二人なんて自分の主君をズタボロに言っておったではないか……」
レイブンめ……無礼講とはいえ言葉が過ぎる。
ダンがどれ程の忠誠を得ているか、あの者が何を考えているか全く分かっておらぬのだぞ。
「ふむ、共に戦った者として一つ意見を述べさせて頂こう。皆さまが心からダンの配下となれば将来が晴れる。そう私は考えております。まぁ、皆様は一度かの方に刃を向けましたので、信頼されるまでに長い時間が必要になりましょうが。
その点は諦めて頂く必要があります。私も未だ信頼されているとは言い難い」
「え、リディア、貴方でさえ疑われてるの? そんな男の配下に何故なってるのよ……不安ではないのかしら?」
「ダンの場合疑っても処罰を考える人ではありませぬ。私としては慎重な主君は好ましい。その点カルマ殿よりも上ですな。ダンがカルマ殿の立場にあったのなら、ランドには決して行かなかったでしょう。
まぁ、信頼されないのが不安でしたら、忠誠の証としてダンのお子でも産んでみるのも一つの策では。ご両人とも今夫をお持ちで無い事でございますし」
む、自分で言っておいてなんではあるが良計やも。等と呟いているが……。
た、確かにワシは夫を病気で数年前に無くし、子供も居ないが……。
こ、こやつ冗談なのか本気なのか分からない事をあっさり言いおる。
無礼だと怒るべきなのだろうか? だが、本当に良計と思ってる節も……。
しかし、こやつらそんな仲であったのか?
貴族と庶人が何時の間に……。
あ、いや、自分で言っておいてと言ってるのであれば、まだそうなっていないという意味か。
し、しかしリディアはまだ十七だというのに……恥ずかしげも無く……う、うぬぅ何故ワシが動揺せねばならぬのだ。
「しかしリディア殿、拙者の見たところ我等の主は美女が迫った時には美人計と疑う人間だぞ。特にリディア殿のような英才からとなれば余計にだ」
「それは確かに。ふむ、ラスティル殿は男女の色恋にお詳しいのか?」
「さて……言い寄られた経験は多くあるので詳しいと言えなくも無いか? だが男と特別な関係になった経験は無いからそうだとは言いかねるな」
「成る程。それでも私よりは勝っておられる。所でラスティル殿こそダンと関係を持たないのですか? 貴方の好む面白き事が増えると思われますが」
お、おい……話が……どんどん露骨な方向に。
ガーレとレイブンが小さくなっているぞ。
……しかしこやつら、この様な話題を全く表情を変えずに話おる。
あ、グレースは別の方向を向いているが、凄まじく集中して聞き耳を……。
すまんグレース……お前の夫を探さないといけないとは思っていたのだが、余りに忙しくそれもままならん。
今後も何時お前の夫を見つけられるやら……許せグレース。
「確かにダンは興味深い男だ。しかし拙者はまだ先日出会った男が忘れられん。今ダンと男女の仲になれば比べてしまうだろう。それはよくないと拙者は思う」
「ほほう。ラスティル殿が其処まで言うのならばさぞよい男でしょうな。どのようなお方で?」
「名はソウイチロウ・サナダ。今は男爵となっている男で非常に見目がよい。その上仁に厚く、人望があるな。直ぐに他人を信用する人間だ。それだけならば不安もあったが、今では優秀な軍師が二人居る。こうなれば中々に理想的な主君と言えよう」
「おやそれではダンと正反対。何ゆえダンの配下に?」
「賭けに負けた。というのもあるが、ダンは拙者を賢くしてくれた。それにここで働いて出来た蓄財の殆どを使う程求められ、細かく気遣われてほだされたのもある。罠に嵌められたようにも思えるがリディア、アイラとの縁も得難く感じておるし不満は無いな」
「なんと。あの貧乏性が蓄財の殆どを。私はそのように求められた事は……無いでもありませぬが、負けた感は否めん。うむ。やはり子供を作る件真面目に考えるべきか」
「その考え、一つ問題があるぞ。ダンは我等に対しては距離を取るのに非常に若い娘だと距離を取らぬ。つまり、趣味がそうである可能性を感じている。となれば、リディア殿は可憐に咲き誇る花、ダンの趣味には合わぬだろう。ふむ……そうなるとカルマ殿も厳しいか」
「ぬ、ぬぉっ!?」
「なるほど、それが御座いました。となると……グレース殿も厳しいか。二人ともお許しを。実現不可能な献策をしてしまったやもしれませぬ」
なんと未熟な軍師なのか……精進が足りませぬな……ってお主……。
「ちょ、ちょっと貴方達! 黙って聞いてれば好き勝手言って! なんであたしと姉さんがあいつを閨に呼ばないといけないのよ! 確かにあたしは男と付き合った事が無いけど仕方ないでしょ忙しかったのよ放って置きなさいよ何が悪いってのよ!! 姉さんも無礼だくらい言わないと、こいつらがあの男に変な風に伝えられたら困るわよ! 男は勘違いするものだって聞いてるわ! 夜這いされても良いの!?」
「お、おお。そうだな。二人とも、酒の席とは言え流石によろしくないぞ? 若い娘ならばもう少し慎みを……いや、何故ワシが説教せねばならんのだ……」
「うむ? 冗談だったのですが駄目で御座いましたか? これは失礼を」
じょ、冗談? 二人とも真剣その物にしか見えなかったのに?
リディアはもとよりラスティルも此処まで困った人間だったのか。
なんだこれは。同類が集まるにも程があるぞ。
あ……違うかもしれぬ。
これは二人とも相当飲んでいるな。
あまり顔色は変わってないが……空いた酒壺の数が……。
しかし泥酔してるにしては言葉がはっきりしておる。
……こやつら何処まで不透明なのだ。
「貴方達……冗談はもっと洒落になる内容にして欲しいわね。それにしても聞けば聞くほどダンは信用出来ない人間に思えて来るのだけど。貴方達本当になぜ配下になったのよ。大体あいつ自身だってリディアが主でも良さそうな感じじゃないの」
うむ。確かに。
ワシもそれがずっと不思議だった。
リディアは……少々奇矯な所があるとしても、欠けてる所が無い。
人の上に立つのに慣れてもいる。
我々もダンが決定をすると言われるよりかは、まだ納得し易かっただろう。
とは言え流石に若すぎるとは思うが。
「……皆様が心からダン様の配下になれば、お喜びになるでしょうから申し上げますが、私がかの方の配下になったのはひとえに恐ろしいからです。皆さまも心からの忠誠を捧げては如何。難しいのは承知の上ですが、一番良い結果に落ち着きましょう」
「何を言うのかと思えば……某は弱い奴の配下など御免被る。武に優れていなければとは言わぬが、あの男には某が忠誠を尽くす価値が全く見えぬ」
「俺もそれ程は無いな。主君としてでは無く同僚としては今回の事で大分見直したが」
「リディア……貴方男の趣味酷くないかしら? それにダンの何処が怖いのかあたしには分からないわ。むしろ彼の方が貴方を怖がってるじゃない」
「アイラどの、このような言葉を真に受けてはならないっスよ! あの男に怖いところなんて欠片も無いっス! あ、いや、あったっス! あいつはきっとアイラ殿を手に入れる為なら何でもするっス。小生も出来るだけ見張りますが、何かあったら直ぐに言ってくださいっスね」
お、おお……其処まで言うか。
いや、勿論ワシも思う所はあるが、配下の者に主人の誹謗を其処まで直接的に言うのは上手く無いと思うのだが。
これは……やはりこの場に呼ばず正解だったかもしれぬ。
しかし……このリディアが恐ろしい?
この世に何一つ怖い物は無い、そう見えるこの者が?
やはりダンについてはよく考えるべきか?
皆はこの調子……ワシが慎重にならなければ。
しかし、このリディアの場合は何か裏があって言ってそうな気もする。
……ぬ、ぬぬぅう。
あやつと子供を作るのは考えたくもないが……。
あれは、リディアの冗談であろうな?
……表情は宴が始まって今までずっと同じゆえ分からぬが。
いや?
先程少し表情が変わった……か?
だったら何だと言う程度ではあるが……。
「……皆、ダンは」
「アイラ殿、駄目です」
「でも、僕は皆に……」
「駄目です。いや、皆様失礼を。私も酒が過ぎたようだ。少々大げさに言い過ぎたかもしれませぬ。言葉が過ぎていれば酒の席であるとしてお許し願いたい」
この後はダンの話は出なかった。
総じて皆で楽しく酒を飲めたと思う。
中々良い宴であった。
気にかかるのは、リディアの言葉だ。
頭から離れぬ。
それにアイラは何を言いかけたのか……。
……ダンには感謝の使者と、幾らかの食事を届けるとしようか。
ただ一つ、今回の宴ではっきりと分かった事がある。
リディアも、ラスティルも、ワシには少々難しい配下だ。
今まで辺境に住んでいる、頭の中にある物がそのまま口から出る人間ばかりを相手にしてきたからのう。
特にリディアは……全く計り知れぬ。
ダン自身が言っていた通り、彼の口から出る内容が全てリディアの考えというのもあり得るように思える。
……考えてみれば、ダンも恐らくはあの二人相手に苦労しておろう。
うむ……少々親近感が沸く。
そして現状あの二人の力は必要不可欠。
となればダンをある程度尊重すべきなのだろうな。
少々不快であろうとも。
とはいえ、所詮は下級官吏だった男。
あまりにふざけた決定を下そうとするのならば……考えねばなるまい。
お陰様を持ちまして、二日連続で日間ランキング五位以内に入れました。
有難うございます。