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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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二日目(1) 頭を抱える友人

 今日は特に城内の人の動きが激しい。
「仕方がない、か」
 また桂雅けいがが荒れるかもしれない、と思誠しせいは息を吐いた。
 自他ともに認める友人ではあるが、軍政に関われる裁量も才覚もない。おとなしく事態が落ち着くのを待ち、それからが出番だ。
 城主が皆さんの胃に優しくあっていただくための役割を果たさなければ。


 西寧の城の、丘の南側から門を潜ったすぐがまつりごとを請け負う人が集まる棟。陽の高い今は、主人あるじも一際騒がしいこちらにいるだろう。
 そこを避け、黄色い花が咲く庭を突っ切って、奥側へ進む。
 一番奥の部分――早い話が、城主である桂雅の住まい――に入る手前の東屋をのぞくと、少年が一人、ごろんと転がっていた。
「何やっているんだ、奏牙そうが
 低い声で呼びかけると、彼はむっくりと起き上がり、顔を向けた。

 その頬から首、右腕にかけては細かい刺青がびっしりと入れられている。腕にも肩にもそこそこの逞しさを備えているが、柔らかな布で作られた上衣アオに覆われたからだはまだまだ伸び盛りと窺わせる。
「聞いてよ、思誠!」
 眉も大きな瞳も、甲高い声もまた、幼い。

「桂雅様はひどいんだよ!」
「何が」

 頭を掻きながら東屋に上がり、腰を下ろす。
 真ん中にまた転がって、奏牙は両腕両脚をばたつかせた。

「早速! 早速、あの娘とやっちゃったんだよ!」
「あー…… だろうなあ」

 予想どおり。何を言っても聞かないらしい、と項垂れる。

「僕が! 僕がいるのに!」
「てめえが子どもを産む気か」
「それは無理だなぁ。僕、男だし」

 奏牙はむくっと起き上がり、首を振る。思誠は息を吐いた。

「じゃあ、諦めろ。争う土俵が違う」
「一緒だよ! 桂雅様の一番になろうっていうんだから!」
「一番ってなんだよ」
「一番愛されているかどうか」
「……あいつにそういう感情があればな」
「何言ってるのさ、思誠こそ。僕は桂雅様に愛されているはずなんだ!」

 えっへん、と胸を反らして、奏牙は続けた。

「僕は桂雅様に一番に魔力を分けてもらったし、遊ぶ時は必ず一番に呼んでもらえるもん! 夜寝る時一緒にお布団に入れてもらえていたもん!」
「じゃあそれで満足しておけ」
「厭だよ。今まで僕が夜のお布団は一緒だったのに、昨夜ゆうべ急にられちゃったんだよ!」
「そうなるだろうなぁ」
「悔しい!」
「そこを争う男がいるか! てめえに夜の相手をできるはずがねえだろう!」
「できるよ? ちゃんと突っ込んでもらうための穴はあるよ?」

 ほら、と奏牙は腰を折り、尻を突き出してきた。
「俺にそんな趣味は無い!」
 そこを思いっきり蹴飛ばす。
 べしょっと床に突っ伏したところから、また奏牙はバタバタと暴れている。

「僕が一番だもん! 僕が相手だもん! 桂雅様が寂しいっていうなら添い寝だって夜伽の相手だって、僕がするもん!」
「阿呆なことをでかい声で叫ぶな!」
「僕がつっこまれる~~~!」

 視界の隅に激しく動く腕をとらえたまま、思誠は頭を抱えた。
 大きく息を吐き切る。そこでふと、目の前の奏牙以外にも叫び声が聞こえることに気が付いた。

「なんだ?」

 ずれた眼鏡を押し上げながら、見回す。

「魔力が動いている。それも、桂雅様じゃない」

 奏牙も跳ね起きて、走り出した。奥の棟の中へ、思誠もまた駆け出す。
 二人でぐるりと濡れ縁を抜けた先には、獲物を振り回す兵と隅で体を寄せあう女官たちがいる。
 槍と剣の雨をひらりと交わし、抜けて、濡れ縁の手摺の上に器用に飛び乗った影も、また。

比陽ひよう!」

 奏牙が叫ぶ。

「おまえ、また桂雅様に歯向かう真似を!」

 ぎっと奥歯を鳴らして、拳を固める。刺青がかっと輝いて、そこから炎の渦が巻き起こる。
 そのまま突っ込んでいこうとする奏牙の襟首を、思誠は慌てて掴んだ。

「邪魔するな!」
 責める視線を無視して、一歩前に踏み出して。
「何をしに来た――娘をどこに連れて行く?」
 思誠は相手を見つめた。


 一月ぶりだろうか。髪はぼさぼさ、長袍アオ・テーはところどころ解れ、穴が開いている。
 目鼻立ちのはっきりした貌の真ん中では、対になった金色の眸がぎらぎら輝いていた。


「何処でもいい。桂雅が手を出せなければ」

 叫び返す比陽の腕の中、まだ眠っているらしい娘は、胸を上下させる他はぴくりとも動かない。
――桂雅の奴、魔力を吸い上げることはしなかったな。
 本当に子が欲しいからというだけの行為だったらしい。

 そう思誠が考え込んでいる間に。
 くるりと背を向けると、だんだん、と音を響かせて、比陽は塀の向こうに跳んでいった。
「そら見ろ! 思誠が邪魔するから!」
 奏牙も叫んで、その後を走って行った。





 夕方。
 覗いた部屋には、むすくれた表情の桂雅と、目と頬を真っ赤に腫らした奏牙が居た。

「何をやっているんだ、おまえは!」

 思誠の叫びに、椅子にかけた桂雅はちらりと視線を流してきてから、ぷいっとそっぽを向いた。

「八つ当たりはよせ。奏牙を殴ったところで、娘っ子は帰ってこないぞ」
「本当だよ、思誠。あんたが邪魔するから逃げられちゃったんじゃないか」
「悪かったよ」

 息を吐いて、床にへたり込んだ奏牙の横にしゃがみこむ。

「比陽は嫌いだ。あれだけ桂雅様の御恩を受けておきながら、桂雅様のものを横からかっさらっていくなんて」
「おまえ、朝はあの娘を嫌がってなかったか?」
「それはそれ」
「思誠もあの娘が厭か」
「当たり前だろう!」

 よしよしと奏牙の頭を撫でながら、思誠は怒鳴る。

「いきなり妃を決められたら、誰だって困惑するんだよ!」
い母となる娘なのにな」

 ぼそりと呟いた桂雅がちらりとこちらを向いたので、ずいっと目の前に顔を突き出してやった。

「俺はあんたが王になってほしいと思っている。どんな形であれ、あんたが一番の王になると信じているからだ」
「勿論」
「でも、難癖付けて引きずり下ろしたいと思っている奴だっているかもしれねえんだからな。少しは自重してくれよ」
「そうだな」

 は、と息を吐いて、桂雅はまた横を向いてしまった。
 思誠もまた溜め息を吐き、頭を掻いた。
――絶対分かってねえな。
 いったい娘の未来に何を見たというのだろう、と口を開きかけて、噤む。


 娘はいないほうが大多数の心が平安かもしれない。
 だが城主の機嫌が悪いのは、大多数の安寧のためにもよろしくない。
 ずば抜けて端麗な容姿と魔力を誇る彼に仕える者たちの心理的負担減こそ、自他ともに認める友人の役目。


 結論。
「しゃあない…… 娘っ子を捜してきますか」
 言うと、桂雅が勢いよく振り返った。

「本気か」
「あんたが言うか」
「俺も! 俺も探す!」

 はいっと奏牙が手を挙げる。

「比陽はどうしたらいいですか!?」
「放っておけ」
「あー…… おまえ、あれにも甘いんだな」
「うるさい」

 涙の跡をからりと乾かして、言い募ってきた奏牙を、わしわしと撫でて。

「そういうわけで出かけてくるから、あんたはでんっと座ってろ」

 思誠はびしっと指先を桂雅に突き付けた。
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