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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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七日目(2) 仲立ちをしたらしい友人

 目を開いた瞬間に見えた顔には、容赦なく拳を見舞ってやった。

「痛い! 痛いよ! 酷いよ、思誠しせい!」
「うるせえ。男に寝顔を見られて喜ぶ趣味はねえよ」

 毛布を払いのけて、伸びをして、それから寝巻の中に手を突っ込んで、ぼりぼりと体を掻く。
 窓からは朝の光。太陽はゆっくりと昇ってきている最中のようだと感じる。
 それから、寝台から転がり落ちてむくれている男の、明るい橙の眸を見た。
 そういえば、久しぶりに羅英らえいの顔を見た気がする。

「そりゃそうだなぁ、久しぶりなはずだ。つーか、よく顔を出せたなてめえは!」

 ガタン、と床に下りる。

「探られてるなとは思っていたが、よりによって征雲せいうんとはなあ」
「うん。なんのことかな?」

 尻餅をついたまま、彼はずるずると後ろに下がる。
 蒼い顔をしている。
 思誠は舌を打った。

「切り刻んでやろうか!」
 ぶわり、と腕に風の刃を纏わせる。

「待った! 待った! は、話し合おうよ、昔のように!」
「何を今更」

 ぎっと奥歯が鳴る。
 両手を上げて、羅英は見上げてきた。

「まずね。家の中で流血の惨事はよくないと思わない?」
「ああ?」
「おばあちゃん、驚くと思うけど」
「……確かに」
「そもそも、俺が間諜だったなんておばあちゃん知らないからね。普通に通してくれたし」
「成程」

 家政を任せている老婆の顔を思い浮かべて、思誠は額を抑え、風を消した。
「盲点だったな」
 ちっと舌を打って。

「なら、家の中は止めるか」
「良し!」
「その代わり公開処刑だな」
「ほえ!?」

 羅英の声が裏返る。

桂雅けいがの前に突き出してやる」

 にっと笑う。
 昨夜も間違いなくお楽しみだったに違いないが、きっと起きているだろう、と城主の顔を思い描く。
 それから、ごきごきと首を鳴らし、衣装箱を開いて上衣アオを取り出して、叫んだ。

「羅英! いつまで部屋の中にいるだ!?」
「え? ダメ?」
「男に着替えを見られて喜ぶ趣味はねえ!」

 座ったままだった男を部屋の外に蹴り出す。それから、思誠は溜め息をついた。


――慣れ合っているんじゃねえよ、俺は。


 どちらも、その関係を表すのは友人という言葉だ。
 だが、どちらの方がより大きくて重いのか、改めて語るまでもない。



 結局、思誠と羅英は二人そろって老婆にたっぷり朝食を食べさせられ。街を歩きだした頃には、陽はそれなりに高くなっていた。
 雨の気配の遠ざかった空が眩しい。

「お散歩日和だねえ」

 いつもより高めの声で羅英が呟く。思誠は黙って、通りを見回した。
 衛兵が多い。
 乱れた言葉は、戦明けだからというだけではなさそうだ。

「何があった?」
「ああ、そうか」

 羅英が手を打つ。

「首が盗まれてんだよね」
 ほら、と彼は広場の真ん中を指さした。

「無い!?」
 素っ頓狂な声を上げる。
 だが、そこにいる誰もが同じような有様だから全く目立たない。

「だから盗まれたんだって。比陽様の首級くび

 広場の中央――昨日の敗将たちの首が晒されたそこを見ながら、羅英はひょいっと肩を竦めた。

「誰が盗んだか、知りたい?」

 くすっと笑われて、思誠は勢いよく振り向いた。

「てめえ! まさかてめえが」
「俺じゃない!」

 嗤う羅英の襟をぐっと右手で掴む。

「征雲に突き出したんじゃねえのか?」
「うーん、近い。惜しい」
「ふざけんなよ!」

 叫ぶ。それさえも喧騒は飲み込んでいったというのに。
 羅英はふっと表情を消した。

「思誠」

 静かな呼び声。
 思誠の気持ちもすとんと落ちていく。

「どうした?」

 着物から手を放し、問うと。
 くしゃり、と羅英の頬が歪んだ。

「助けてくれ」

 重ねて問おうとした口が、動きを止める。
 視界の隅を、はらり、と羽が動いた。
 蝶だ。碧い蝶。

「あ……?」

 それはぐるりと羅英の頭の上を舞っているのに、彼は見向きもしない。
――魔力の蝶。
 思誠にだけ見えている、使者だ。これを使役している人は一人しか思い浮かばない。
 溜め息を吐く。



「遅い」

 城の奥、机に頬杖をついた人が言う。

「だからって呼び出すために変なもの飛ばしてくるなよ! 廊下の衛兵が少ないのもおまえの指示じゃないのか?」
「人聞きが悪いな。友人と、その友人を歓迎しようというだけではないか」

 笑うと、絹の衣も好い音を奏でる。
 眼帯は昨日から外したままらしい。深い海の色と金色で対を成した眸が真っ直ぐに向けられている。
 戸口に手をついて項垂れた思誠の後ろでは、羅英が忙しなく瞬いていた。

「あなたが、桂雅様?」
「初めてか。私はなんやかやと知っているつもりでいたんだが、そうかもしれないな。さっさと入れ――二人ともだ」

 また溜め息を吐いて、思誠は机の反対側の椅子にどすんと腰を下ろす。
 桂雅は右手で髪を掻き上げて、まだ戸口から動かない羅英を見遣った。

「征雲叔父のお遣いとして、私に何を言うつもりなんだ」
「何って……」
「伝言など、ないだろう?」
「……言われてみれば」

 ははっと羅英は嗤った。

「勢いに任せて飛び出してきちゃったからなぁ…… もうちょっと冷静になれば――玉英ぎょくえいを連れてくることもできたかもしれないのに」
「玉英がどうしたって?」

 久しぶりに聞いた羅英の弟の名前に、思誠は眉を寄せる。

「お見通しですか、桂雅様」
 羅英はまた顔を歪めた。
「俺が何故、征雲様に従っているのか」

 今度は桂雅が瞬いた。ひどく、ゆっくりと。舌先で唇を湿らせて、彼は応じた。

「人質を取られている」
「弟です。たった一人しか残っていない、家族です。呑まずにはいられない――呑んでも吞まなくても死に至る毒を呑まされました」
「征雲叔父が好みそうなことだ」
「そうです。だから、あなたにも同じことをしようとして」
「おまえが凜を叔父の下に連れて行ったんだろう。ついでに比陽の首も持って行ってくれたようだな」

 ざっくりと言い切られ、羅英は首を振った。

「叶わないなあ――何もかもお見通しじゃないんですか?」
「まさか」

 また髪を掻き上げ、桂雅は椅子を軋ませた。
 思誠は頭を抱えた。

「凜って――娘っ子か。昨夜は城の中にいたんじゃないのか?」
「気が付いた時には、これが移動の術をかけていてな。どうやって迎えに行こうか考えていた最中だっただが」

 ぎしっとまた椅子が軋む。
 ばたん、と一際大きな音が響く。

「なんだ!?」

 振り返ると、戸が閉まっていた。羅英は廊下に弾き出されたらしい。

「思誠」

 呼ばれ、向き直る。桂雅は優雅に首を傾げた。

「占いは便利だな。遠くのことが見通せる」
「お、おう」

 頷き、座りなおす。自然と背筋が伸びた。

「だが」
 と桂雅は続けた。
「近くのことは何も分からない。今夜、天気がどうなるか。私自身が何をしているか。そういうことな何も分からない」
「そういうもんかい」
「おまえの寿命も見えない――近しいから」

 じっと顔を見つめる。ふっと桂雅の顔が陰った。

「遠いものも近くなると見えなくなるらしい。先ほどの男も、今はもう見えない。私に近い存在になったということなのだろう」
「他にも見えなくなったものがあるのか?」
「さて、な」

 ふわりと微笑んで、彼は立ち上がった。

「それはそれとして――折角お呼びなんだ。叔父上に会ってこよう」
「は!?」

 素っ頓狂な声を上げる。

「ちょっと待て!? 会いに行くって」
「私も移動の術は使えるぞ?」
「そうじゃねえ!」

 机を叩いて、顔を突き出した。

「一人でのこのこと敵陣に乗り込む奴がいるか!?」
「凜がいるからな。あれをなんとかしないと」
「小娘一人……」
「大事な娘だ。未来の王の母にする」

 そう言って、爪先で床を叩く。

「私の生はこの国の未来への供物だ」
 低い声に息を呑む。

「思誠」

 また呼ばれた。

「巧く誤魔化しておいてくれ。特に奏牙そうがを引き留めてやってくれよ?」

 黙る。目を限界まで見開く。
 また一つ微笑んで、桂雅は姿を消した。
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