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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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六日目(2) 求められた娘

「お前なんか嫌いだあ!」

 散々喚いてから、顔に青痣あおあざを作った少年は退散していった。
 勿論、あの見た目は美しい青年に絡んでのことと理解しているが、りんにとっては「そんなこと言われても」というところである。
――わたしは、あの人を求めていない。
 じくり、と胎が痛む。
 自分の体の中にこんなものがあったことを意識したのは、あの青年のせいだ。


 雨雲が去った空を落日が染めた後。


 部屋にまた桂雅けいがが入ってきたので、椅子に座ったまま、身を固くした。
 視線が交わる。
 つい昨日まで見えていなかったものを見て、ひっと息を呑む。

「随分と嫌われたものだ」

 しゃらりと衣が鳴る。髪が揺れる。くすっと笑って、彼は己の右の頬を撫ぜた。
 蝋燭の灯りでもあおいと知れる顔から、瀟洒な眼帯が消えている。
 隠されていたのは金色の眸だったのだ、よく知ったそれよりも鋭く輝く眸。

 カタカタと椅子が揺れる。揺らす。一歩、一歩、緩慢に桂雅は近寄ってきた。また衣が鳴る。
 吐息がかかる距離で、海の色の眸と金色の眸が、覗き込んでくる。

「仕方がないか――私も、踏みつける側の人間だったようだからな」

 そのまま、唇と唇を合わせられる。
 あとは、流されるまま。



 すっと目が開く。
 蝋燭の炎による赤が、天井で揺れている。
 庭で騒ぐ虫の声しか聞こえない。
 体中が重い、と手の先だけ僅かに動かすと。

「孕め」
 と、再び痛みを訴える胎を肌の上からなぞられた。

「この国を変える王を、早く」
 のそりと首を動かして、見上げれば、形の良い唇が完璧な笑みを作っていた。
 寝台の上に転がされたまま、凜は息を吐く。

「おかあさんになんかなれない」
「だから早く、と」

 隣に腰を下ろした青年へ、眉を寄せてみせる。

「そうじゃないの」

 掠れた声で続けようとして、金色の眸に思いとどまった。


 口論していた父と母の姿が見える。
 己と殴り合っていた時の弟の顔も。
 ひとつの袋を反対側から引っ張り合う弟と妹の姿も。
 それを羨ましそうに眺めていた、金色の眸も。


「比陽も家族を欲しがっていたわ」
 ようやく絞り出せた言葉に、彼は形の良い眉を寄せる。
「お母さんに抱きしめてもらったことなんかないって。兄弟と一緒に遊んだこともないって」

 頬が強張る。

「そんな記憶は確かにないな――私とあれは異母兄弟だが」
「……あなたのお母さんは?」
「何を知りたい」
「あなた自身は、お母さんに……」

 さて、何と続けようと瞬いていると。

「母はこの地の領主の娘だ。この地に来ていた先代の王が、手をつけて、そのまま都に連れ帰った」
 先に桂雅が言った。
「身籠ると同時に王は興味を失い、生まれた子も金色の眸を持たぬとあって、王宮では肩身が狭かったようなだな」

 長い指で右目の下をなぞって、笑む。

「私がこの地の領主になれたのは祖父の計らいだ。それがなければ王宮から一歩も出なかっただろうとも」
「……比陽も?」
「あれも、まともに外に出たことなどなかっただろうな」

 ふっと息を零して、彼はすっと寝台から降りていった。
 月の光を弾いた衣が真っすぐに伸びた背を隠してしまってから。

「考えたくないことを言うな」
 歩き出そうとした背に心臓が跳ねた。

「ねえ」
 身を起こす。乗り出す。
「あと一つだけだから。教えて」

 桂雅はのろのろと振り向いた。
「比陽は?」
 口の中が粘つくのを振り切って、吐き出す。

「……今、どうしているの?」

 くしゃりと顔が歪んだのがわかる。

「ねえ」
「死んだ」

 短い言葉に、瞬く。

「どうして」

 くつくつと嗤われる。金色の眸が見える。

「あれが、己を王にと担ぐ軍の先頭に立っていたからだ。本人の意図に関わらず、私に――他の王座を狙う者と争うつもりがあるのだと思われても仕方なかろうな」

 彼は顔だけでなく、体もこちらを向けて、柔らかい声で続ける。

「あれは、とっくに死んでいたんだ」
「嘘だ」
「おまえと逸れた後だろう。追ってくる魔術師と遣り合って、競り負けていたんだ。体のあちらこちらを失い、彼岸に片足を踏み込んでいたんだ」
「でも」
「それでも死にたくないというから、魔力を分けてやった。私の人形となること、先の寿命が私に左右されることを承知の上で」
「死にたくないと言っていたわ」
「そうだな。怯えていた」
「死にたくないと言っていたのに…… 何故、今殺したの」

 もう一度、視線を交えて。

「あれを殺さねば、この先で違う諍いの種になる――何千何百の命が喪われるかもしれない。同じように死にたくないと訴える者たちが」

 もう一度低く嗤って。彼は今度こそ、足音を立てずに部屋を出て行った。



 凜もまた、柔らかい衣を着込んで、外に出た。

 真夜中、冷えて湿った空気の中をそろりそろりと進んで、塀をよじ登る。あっさりと越えられて、背筋がぞくりと震えた。
 知らない街。道を鼠が横切っていき、木の葉が風に舞う。しなやかな皮の靴は、土を静かに蹴る。衣もふわりと広がり、揺れる。

 大きな通りで丘を下っていった先の、開けた場所に。柵で囲われた一角か設けられ、槍を構えた兵士たちがいた。

「あんたもか、物見高いなあ、お貴族様は」
 じろじろと衣裳を見てから、一人がそう言って、槍で指示してくれた。
「ほれ、あそこだよ。あれが城主様と争っていた莫迦王子の首級くび

 そろり、と柵の前へと歩み寄る。がしゃん、と指先をそこにかけて。

「比陽」

 呼びかける。
 風にさらされていたのは、頭だけ。台の上に行儀よく並んだ中、真ん中に視線は吸い寄せられる。
 瞼を下ろしてあって、良かった、と思った。

――本当に、死んでしまったの。

 ぼろぼろぼろ、と爪先に雫が落ちてくる。

「なんで泣いてるんだ、あんた」
 つ、と隣に立った兵士が顔を覗きこんだ。
「あんたも、比陽の軍の人間かよ」
「ち、違う……」
「こんなちっぽけな娘っ子だからって油断はできねえからな」

 ぐっと手首を掴まれる。ばしっと反対の手でそれをはたいた。

「この……」

 と、別の手が伸びてくるのをかがんでかわす。
 身を翻そうとして、柵にぶつかり、共に地面に転がる。すぐに身を起こすと、目の前が、首級くびの載せられた台の正面だった。

 慌てて、見つめていた顔へ腕を伸ばす。

 ずし、と腕の中に転がり込んできたそれを、抱きしめなおして。
「待て!」
 叫び声を背に駆けだした。
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