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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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五日目(2) 追いつめられる魔術師

 玉英ぎょくえいが寝台から起き上がれないでいる。
 真っ蒼な顔を枕に押し付けて、細い肩を掛布から覗かせて、荒い呼吸を繰り返している。

――薬切れ? そんなバカな。

 羅英らえいは親指の爪を噛んだ。
 棚の引き戸を開ける。四日前に受け取った分がもう無かった。

――あの量なら、十日は保つと思ったのに。まさか、一気に呑んだ?

「兄さん」
 細い声が聞こえて振り返る。
「薬を取ってくれる?」

 瞬く。

――もし、ここで吞まなかったら?

 視線が彷徨さまよう。

「兄さん」
 切羽詰まった声が追いかけてくる。
「早く、薬を」
「玉英」

 見えるのは、瘦せた頬と皺のよった額。目立つ黒目。
 羅英は首を振った。

「兄さん。薬をちょうだい。早く吞まなきゃ。良くならなきゃ」
「呑んだら――」
――それで良くなるのか?

 どっと背中を汗が流れた。
「ちょっと、お医者さんに聞いてくるよ」
 にっと歯を見せて、移動魔術の陣に飛び込んだ。

「兄さん!」
 玉英の声が上ずる。
「……今まで一度でも、僕のこの病気をお医者さんに診せたことがあった?」



 軍営に飛び込むと、雄飛ゆうひには口元を歪めて出迎えられた。
 維祥いしょうは無表情。
 征雲せいうんは穏やかそうに微笑んでいる。

「慌てて喋られても困るからね。さあ、まずは座って」

 今日はここで軍の移動が終わるのだろう。森の中の開けた地で、煮炊きの匂いが広がっている。この天幕の中も、柔らかな茶の香りで充たされている。

「その土地その土地で大切に育てられて作られたお茶ってのも美味しいけど、そろそろ都の手の込んだ香り茶を飲みたいな」

 器を優雅に持ち上げて、征雲は真っすぐに羅英を見遣ってきた。
 その彼が腰を下ろした敷き布の一歩外で両膝をつに、眉を寄せていると。

「羅英、今度はお茶を買ってきてよ」
 と言われる。

――お茶代は誰が払うんでしょうねえ?
 もやもやを呑み込んでばかりだと、さらにきつく眉を寄せると、征雲の笑みがすうっと退いた。

「で? なんか面白い話でも持ってきてくれたのかな?」
「……面白くはないのですが」
「じゃ、何?」

 ひやりと背中に汗が流れる。
 見下ろしてくる金色の眸から逃げるように顔を伏せて。

「薬についてお伺いしたくて」
 そう言った。
「薬? ……薬? ああ、君の弟君に差し上げているあれかい?」
 征雲は手を打った。

「まさか、もう無くなった?」
「……はい」
「そう。やっぱり」

 ふわりと微笑まれる。背中を汗が一気に流れ落ちた。

「慣れてくるとね。足りなくなってくるんだよね」
「足りなくなる?」
「そう。同じ量飲んでても、体が呑んでいると感じなくなる。吞む量を増やしていかないといけないんだよね。だから」

 ふふふ、と征雲が喉を震わせている。羅英は拳を。

「ほら。ちゃんと言ってごらん」
 ぶるぶる、と動くそれを地面に押し付けていると、声が降ってくる。
「話してくれなきゃ、望みは伝わらないからね。分かっていると思うけど」
 はぁ、と息を吐いて、目を限界まで見開いて顔を上げた。
「ほーら。早く話してごらん? 僕も忙しんだ、待ってはあげられないなあ?」

 征雲は笑っている。口元は華やかに綻び、頬も艶を増している。
 ぐっと拳を土の中に押し込んだ。

「ちなみに――」
「何?」
「もし、呑まなくなると、どうなるのですか?」
「いい質問だ」

 金色の眸を一際輝かせて、彼は立ち上がった。その肩に上着を維祥がかける。
 腕を袖に通しながら、征雲は顎をしゃくった。

「ちょっとお出で」


 天幕から進むと、誰もが一度手を止めて、低く低くひれ伏した。
 流れるように出来上がる通り道を、征雲は笑顔で進んでいく。その背には、維祥と雄飛が並び立つ。さらにその後ろに付いて進むのは居心地が悪い。

――俺まで、威張り腐っている側みたいじゃないか。

 ふと、同じ金色の眸を持っていながら、王になりたくないと叫んでいた少年を思い出して、また顔を伏せる。


「さあ、ここだ」
 征雲の声で、前を向く。
 そこにあったのは、馬車だ。

 木造りの、大きめのもの。荷台にはやはり、木で造られた檻。格子にはべたべたと呪符が貼られ、中が伺いづらくなっていたのだが。
 隙間に、人の指が見えた。
 目を剥く。

「ほら、近寄ってちゃんと見る」

 どんっと背中を押されて、格子に体をぶつけた。
 がしゃんと揺れた檻の中で、「ああう」と声があがる。肩を震わせて、顔を上げたら、中が覗けてしまった。
 そこには、人。痩せて、皺だらけになって、眼だけが異様に大きい、人。それも何人も。
 彼らのからからの唇が動く。

――くすりを。

 確かにそう動いていたと察して、羅英はぺたん、とその場に尻餅をついた。

「僕の云う事を聞かない奴等はみんなこうしたんだ。薬をあげて、無いと困るような状態にして、薬欲しさに働いてもらえるようにするの」

 また、上から征雲の声が降ってきた。見上げると長い指を顎に添えて首を傾げた彼と目が合った。

「ちなみに、そういう奴は人形にしない――だって、人形にしておくのもこちらの力を使うんだもの。疲れちゃう」

「俺は―― 玉英は」
「君たちはね。ちょっと遊んだだけ。君自身を薬漬けにするより、人質を取ってみるってのも面白いかなって」
「なぜ、俺たちを」
「うん?」

 征雲は首を傾げた。
「誰でも良かったんだよ。僕を楽しませてくれるなら」
 軽やかな声が、橙色の空気に溶けていく。体中が静かに冷えていく。
 ふ、と息を止めてから、征雲は檻の中に顔を向けた。

「これ以上の薬を飲むと、弟君もこうなるだろうね。体は生きているけど心は死ぬ」

 ねぇ、とまた首を傾げられた。

「最後の最後まで弟君の正気を保ちたいなら、薬は必要なはずだよ?」
「それは」
「途中で呑まなくなると、こうだよ?」

 征雲はにこにこと檻を叩く。

「さあ…… 何をしてもらおうかな」
 コツンコツンと木が叩かれるたび、中から細い悲鳴が聞こえてきた。
「そうだね。人質を取るって結構面白いな。じゃあ――桂雅の弱みになりそうな人質を攫ってきてもらおうかな。誰が良いだろう?」

 旧い友人の顔を咄嗟に思い浮かべ、羅英は首を振った。
――思誠までこんなにして堪るかよ。

「誰にしようかなぁ?」
 征雲はまだ笑っている。心底、楽しそうに。
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