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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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四日目(1) 話に入れない友人

 朝日の中、桂雅けいがの後ろについて思誠しせいが部屋に入った時、王子様は憮然と胡坐あぐらをかいていた。
 その右足首には細い鎖がぐるぐる巻きになっている。反対の端は長く伸びて、部屋の隅の柱に縛り付けられていた。
 稀代の魔術師お手製の拘束具だ、引き千切ろうとしても叶わないだろう。このことに気付いているからか、それとも桂雅に絶対服従の身の上だからか、そんな素振りさえ見せていなかったのだが。
 ただ、二人を見上げるなり、拳に雷をまとわせて、歯を向いた。

「元気そうで何より」

 立ったままの青年が言う。眉目秀麗との言葉がふさわしいその顔立ちにしっくり馴染む優雅な笑みを浮かべて――ではなく、目は全く緩んでいない。
 鋼のような声で桂雅は続けた。

「頭は冷えたか?」
「なんのこっちゃ」

 比陽ひようが吠える。声変わりは済んでいるだろうに甲高い声だ、と思誠は耳を塞いだ。
――かんに障るぜ、本当に。
 桂雅の蔭に隠れているようなこの状況。話に加わるまい、顔を出すまい、と思ったのだが。

「偉そうにしやがって! 取り巻き引き連れてれば安心なんだろ、意気地なし! 後ろにいるてめえだって、くっついてれば安心なんだろ! 威張れると思ってんじゃねえのか!?」

 なんかよく分からない言い掛かりが飛んできた。
 そもそも、この王子が理路整然と話をしていたことがあったかどうか。
――思い出せねえよ!
 耳に手を当てたまま、溜め息を吐く。

「やっぱりこいつは置いてくりゃあ良かったな」
「奏牙の前にか?」
「違えよ、森の中にだよ。てめえが俺と奏牙そうがに言ったのは、娘っ子を連れ戻してこいだからな。放蕩王子を捕捉しろとは言われてないわけでして」
「確かに――だが、いいさ。これをかついでいる軍が寄ってきている以上、手元に置いておきたい気持ちはある」

 桂雅は表情を引き締めた。

かついでいる連中だけでなく、征雲せいうんも来ている。そこにしゃしゃり出て行ったら何が起こるか想像もつかぬが、面倒にはなりそうだ。おまえも面倒は厭だろう?」
「……気に入らねえ」
「何がだ」
「偉そうに! さも、俺を助けてやってやるみたいな言いぐさしやがって!」
「事実だろうに」

 眉を吊り上げる比陽を見ながら、さらりと髪を掻き上げて、左目を覆う眼帯に触れながら、桂雅は笑みをさらに深くした。

「深手を負っているところを救ってやったのは誰だと思っている」
 う、と比陽は身を引いた。
血塗ちまみれで、まだ死にたくないとのたまったのはどこの誰だったかな?」


 時折占いの結果をもとに突拍子のない命を出すのは分かっていたが、いざ言われたら、毎回てんてこ舞いだ。
 まだ雨季の最中だったその時は、川の上流を見て来いというものだった。
 笠を被ってぶつぶつ言いながら出かけた先で見つけたのが、全身傷だらけの因縁の王子だったというのは、なかなかの衝撃だったのだが。


「死にたくないというから、魔力を分けてやったのではないか」
「確かにそう言ったよ! それが人形にすることだとは言わなかったじゃねえか!」
「言われずとも想像は付いたのではないか?」
「んなわけあるかぁ!」

 唾を飛ばされてもなお、桂雅は笑みを崩さない。眼帯から指先を離さない。

「困ったな。おまえは王の御前での腕試しで、人形の術を使ったことはなかったのか?」
「ないよ。その前に威張り腐った王様は死んじまったから」

 比陽もまた胡坐の姿勢に戻る。

「死んでよかったよ」
「なんてことを言う」
「王様なんていらない。都の、王宮で、何が行われていたか知ってないからそんな感想になるんだ」

 眉を跳ねさせた桂雅に対して、比陽は胸を反らす。

「王様に従わないと殴られる、蹴られる、最悪殺される。誰かが苦しんでいるのを見ていてさ、嫌だなって思わないんだよね、あいつら。相手が血みどろになっていても、どんなに謝っていても、笑っているんだ。笑っていられるんだよ? 痛くないのかなとか思わない連中なんだよ!」
「それは王に限らず、ではないのか?」

 乾きを含んだ声で桂雅が口を挟むと、比陽はさらに誇らしげに言った。

「そうさ。みんなみんな、威張っているだけの連中だよ。そんな威張っているだけの存在なんて、いらない。王様なんていらない。俺はならない」
「……残念だが、それは王が要らないという理由にはならぬな」

 桂雅の溜め息がまた響く。

「王がいないから――まとめる者がいないから、土地を耕すことさえまともに進めていけずにいるんだぞ?」
「誰かさんたちが王様になりたいって言って争ってばっかいるからだ」

 比陽は、べ、と舌を出した。
 桂雅の顔から笑みが消える。

「堂々巡りだな、馬鹿馬鹿しい」

 長い長い溜め息。桂雅ははすに比陽を見遣った。

「人が集まって暮らしているならば、誰かが取り仕切らねば物事が進まぬということがある。王というのは、そのための存在だ」

 比陽は首を傾ける。

「どうしても王になりたくなかったのなら、さっさと『鍵』を別の者に譲っていればよかったんだ。そうすれば、受け取った者が王になっていた――ここまで戦乱も広がらなかっただろうに」
「え?」

 じっと見下ろす視線と、固まった視線が絡み合う。

「先代は、『次の王は我が秘術を得た者とする』と言い置かれ、さらにその『鍵』をおまえの手元に残していかれた。その意味は?」
「知らねえよ!」
「考えろ」
「できるか!」
「ならば私が教えてやろうか? これは占わずとも知れたぞ」

 ふ、とその一瞬だけ笑い。

「彼の方が一応おまえの父だった――親の情で持っておまえを守ろうとしていたからだ。弱腰で魔術もろくに振るえない以上、王とならなければ、切り札を持っているように見せかけなければ、早晩殺されるとお考えだったのさ」

 言葉を続ける。

「碌に人を手懐けられぬ、名ばかりの王など要らぬ。私が、立つ」
「王になってどうするつもりだよ」
「少しでもマシな未来をこの国に用意するつもりだ」

 最後、桂雅は低く細く言った。
 そのままくるりと体を回すのに、比陽が乗り出す。

「待てよ! あの子をどうするつもりだ!」
「母となってもらう――そうだな。金色の眸を持つ子が生まれればいいのだから、私でなくてもいいのだな。おまえの子を産んでもらうか?」

 にやりと笑われて、比陽は頬を真っ赤に染めた。

初心うぶな奴め――此処に来る前は何か月も二人きりで逃げていたのに、何もしていなかったのか」
「あ、ちょっと、まって」
「あれは次の王の、い母となる。私が成すのは、その子が王位に至る道を確かなものにするだけだ」
「子を産めばいいのかよ! あの子も道具にするつもりかよ!」
「道具、か。そうかもしれぬな」
「ざけんなよ!」

 ガシャン、と鎖が鳴る。
 桂雅は今度こそ、扉を開けて出て行った。足音が荒い。
 詰まっていた息を吐き出して、思誠はそれを追った。
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