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金色の眸に映る世界 作者:秋保千代子
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三日目(2) 引っ込みのつかない魔術師

 泥濘ぬかるみだから足音は立っていなかったのに、近づいたら気付かれた。
――俺、隠密向きじゃないよねぇ。
 屋根と呼ぶのは気がひける葉の蔭に座った娘の向ける視線は、真っすぐ胸を突く。羅英らえいは必死の笑みを浮かべた。

「どうしたの?」
「……死んだの。まだ小さな子どもが」

 そう答えた娘の頬には湿った筋が残っている。
 己の乾いたそこを掻きながら、羅英はさらに声を高くした。

「こんな場所だよ? まあ、仕方ないよね?」


 乾期に入ったというのに、もう何日も大雨スコールなんか降っていないのに、地面はどろどろのぐちゃぐちゃなのだ。
 西寧の周りでも特に此処ここが手付かずだったのは、随一の水捌みずはけの悪さのせいだと云うのが思誠しせいからの情報。
 並ぶ掘立小屋、薄い屋根と細い柱は 雨のたびに流されていくのだろう。
 食べ物の前に、澄んだ飲み水を手に入れることさえできないのではないだろうか。
 精を傾けてひらいたところで、まともな畑ができるか――豊かな実りが得られるかどうか。
 縮こまっている人たちは何を思っているのだろうか。


 雄飛ゆうひ――大本は征雲せいうんだ――から言われたのは、比陽ひようを追ってこいだったのだが、思わぬところに辿りついてしまった、と肩を竦める。

「この人たちはどんな人たちか、知ってる?」

 問うと、娘は首を振った。その上着クアンの見事な刺繍を見つめながら言葉を継ぐ。

「君と同じ。もともとは北の山の中に住んでいた人たちだよ」
「北の?」
「そう。王都の、さらに北。精霊が住まい、それを守る民が暮らすと言われている山の中から。あの辺りは特に、今回の戦いに巻き込まれているからね」
「……焼かれてしまった村は、多いの?」
「うーん…… 焼かれちゃったというのもあるけど、いいようにこき使われたりとか、ここぞとばかりに虐められて追い出されちゃったりとかしてるんだよね」

 は、と息を吐く。

「北だけじゃないだろうけど。有り体に言えば、今回の戦火の巻き添えから逃げてきた人たちさ」

 娘の紅花色の眸が揺れる。

「この辺りは、桂雅けいが様の護りが厚くて荒れてない。だから余計に、すさんだ所から人が流れて来やすいんだよ」

 一度唇を噛んでから、彼女は眉を吊り上げた。

「どうして、そんな目に」
「どうしてだろうねえ? 俺には分かんないなぁ、金色の眸の人たちが考えていることなんて」

 ひょいと肩を竦めてみせても、彼女は笑わない。
 むしろ。娘の隣にいた少年――比陽がぐっと体を乗り出してきた。

「あんなの、ちょっと魔力が強いからって威張ってばかりの連中だよ!」

 声が大きい。羅英が眉を寄せる。

「まあ…… 確かに、そうだけどさ。あんたもその一人だろ?」
「俺は王になんかならない!」

 金切り声が返ってくる。口の端が下がる。

「ならないって、ねえ…… あんたが決めることじゃない」
 目を冷たく細める。
「金色の眸の持ち主であるからには――いいや、持っていなくたって王族に連なっているんだったらそれだけで。周囲は『王様になりたがっている奴』と考えちゃうんだよね。上の権力の笠を借りて威張ろうってやつは尚更。比陽様、あんたは一番、たかられているんだよ」

「集まり方はウジ虫みたい、中身は無意味に吠える犬みたいな奴らにね!」
 その顔こそ吠える犬のようだ、と冷たく見遣る。比陽の視線は燃え上がる一方だ。
「王様の臣下だから他の人を傷つけても苦しめていいと思っているような奴らだよ。いいようにされてたまるか。逃げてやる」

「不在にしているってのも良くないみたいですけど? 帰ってガツンと言ってやったら?」
「厭だね! 話を聞かないような奴ら、勝手に死んでしまえ!」
「誰が死なせるんだよ。いや、その前に、話を聞いてもらう努力をしたら?」

 溜め息を吐く。

「噂には聞いていたけど、本当に部下を掌握するとかそういう発想のない御仁で。 あんたじゃ完全にお飾りの王様に――『傀儡かいらい』になっちゃうだろうね」
「とっくに人形だよ」

 ついにガウガウ吠えられている気分になってきたが。

「俺は桂雅の人形さ」

 比陽の叫びにぎょっとなった。

「……なんだって」
「俺は桂雅の人形さ! 二度も言わせるなよ!」

 瞬いて、金色の眸が輝く顔をまじまじと見つめる。

「桂雅様も『人形』の秘術が伝えたってこと……? しかも、同じ王族を――魔力が強い相手を言いなりにできるほどの?」

 え、え、と息を漏らして二歩三歩と退く。

「聞いてないよ!? 桂雅様が人形の術を使えるなんて!?」

 そう。考え得る全ての魔術を操る稀代の天才でありながら、王族に連なる者としての金色の眸を持たない。秘術である、生きた人間を傀儡とする術だけこなせない。そういう話ではなかったか。
――噂はアテにならない!
 対して、比陽は首を傾げた。

「やろうと思えばできたのに、やってなかったんだよ。昔、王の――父の前で腕を振るえと言われても《《わざと》》やらなかったんだ。俺もそれに気づいたのは自分が人形にされてからだけど」

 ぐっと拳を握って、一歩踏み出してくる。

「人形にされたせいで、あいつに逆らうことが何もできなくなっちゃったんだよ。適当な名前を付けちゃうから、この子の『本当の名前』だって呼べなくなっちゃった。腹の立つ……」

 その拳の周りが、パリ、と瞬く。

「まあ、単純に強くなれたってのは良かったかもだけど」

 雷だ、と気が付いて、青くなった。
――待ってくれよ! ここで桂雅様から伝わってきてる魔力を振るわれても、相手にできる自信がないけどぉ!?

「俺、戦闘向きじゃないんで!」
「知らない! おまえ、征雲叔父の人形といた奴だろう? どうせ、俺を殺しに来たんだろう」
「まあ、そんな感じでもあり――いやいやいやいや違うから!」
「絶対に逃げてやる! おまえぶっ飛ばしてから!」
「見逃しますから! どうぞ行ってくださいいいいいいいいいい!?」

 体ごと突っ込んでこられて、慌てて身を捩る。泥の中に尻餅をついて、そのまま後ずさる。

「ちょ、ちょっと、待って!」

 ぜえ、と両手を前に出す。

「俺は戦う気はないから!」
「そう言って、追いかけて来られても厭なんだよ!」
「ごもっとも!」

 飛び上がって、空気を裂いて迫ってくる雷から逃げようとしても、足が思うように前に出ない。

「うああああ! 死にたくなーい!」

 背中に、チリ、とそれが触れて弾き飛ばされる。
 顔から泥の中に飛び込む。
 続いて来るだろう衝撃に、目を閉じて。

――あれ?

 鋭い雷鳴は別のところから響いた。
 顔を上げる。
 目の前を明るい焔が通っていく。

「これ……」

 それを纏った少年がいつの間にか居て。雷の拳を捻りあげていた。背中に腕を回された比陽は顔を歪めて、喚いている。対して、捩じる方の少年は満面の笑みだ。

「あいつ、昨日、雄飛とやり合った奴じゃん」
「あいつも、桂雅の人形でねえ」

 低い、聞きなれた声。

「思誠」
「余計なことをペラペラ喋る、めんどくせえ王子様だ」

 唇はひん曲がっている。
 だぼだぼの上衣アオの裾をいじりながら、彼は見下ろしてくる。

「で? また話を征雲に持っていくんだろ」

 瞬く。
――こっちも見逃すつもりなのかよ。
 深く、長く、息を吸って。
 一気に陣を描く。

「勿論だよ! じゃあね!」

 努めて、笑って。
 陣に飛び込んだ直後に見た友人は、珍しく目を潤ませていた。
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