5.消えた老人
8月20日。
とうとうこの日がやってきた。昨夜は遅くまでキミの宿題をやっていたから寝不足ぎみだった。そのせいか少し体がほてっている。微熱があるのかもしれない。
でも、キミの宿題はかたづいたし、これで心置きなく冒険に出られる。
早朝にクスノキの下でキミと待ち合わせ。ボクは荷物の中に蔵から持ち出した地図をしっかりと入れてから家を出た。
外は快晴。雲ひとつない。風も吹いていない。
キミは先に来てボクを待っていた。寝癖がついたままの頭をくしゃくしゃとかき、大きなあくびをしている。ボクはキミの元に走って行った。
「よぉ!」
ボクに気がついたキミが右手を上げて言った。
「よぉ!」
ボクも同じように返した。キミはニヤッと白い歯を見せて笑った。
「いよいよだな!」
「うん、いよいよだね」
「地図を確認しよう」
キミの言葉にボクはうなずいて、荷持の中の地図を取り出した。
「▲がここ、クスノキがここ。この地図の距離感が大体あっているとしたら、×の位置はあの山の真ん中あたりってことになるぜ」
クスノキの先には雑木林があり、その先は山にぶつかった状態の行き止まりになっている。この地図にある忘れられた場所の位置は、山を貫いた真ん中あたりということで、そこにたどりつくまでには複雑に入り組んだ道があるはずだった。
「とりあえず行き止まりまで行こう。そこに何か手がかりがあるかもしれねぇ!」
キミはそう言って荷物を背負った。
その時だった。
突然クスノキの葉っぱがざわざわとざわめいたのだ。
「風なんか吹いてないのに」
ボクとキミは、木の上を見上げた。けれど、そこには何もいなかった。
「何だったんだ?」
キミが見上げた顔を元に戻した時、
「ひっ!」
と、奇妙な声をあげた。
キミのすぐあとにボクも同じような声をあげていた。
ボクたちの目の前に、ひとりの老人が立っていた。白髪を短く刈り、浅黒い顔をしている。その中に光る鋭い目がとても印象的なおじいさん。いつからここにいたのだろう。
「おはようございます…」
ボクはとりあえずあいさつをした。
鋭くボクたちを見ていた老人の顔が一瞬だけ優しくなったような気がした。
「世の中には不思議なことがまだまだある。不思議は不思議のまま、そっとしておいた方がよい場合もあるのじゃ…」
老人はそう言った。
「じーさん、何言ってんだ?」
キミはいぶかしげな顔をして老人を睨みつけながら言った。
老人は、そんなキミを悲しそうな目でじいっと見つめている。
「な、なんだよ、じいさん」
「そっとしておくのじゃ」
老人の眼光の強さに、キミは一歩後戻りして、それでも、
「……な、何を?」
と、訊き返した。
「運命は変えられんのかのう…」
老人は誰に言うともなくつぶやいた。
運命…?
ボクは老人を見つめた。老人の目はとても寂しそうだった。
「じーさん、何が言いたいんだろう…?」
キミはボクに耳うちをした。
一瞬。
再び目をむけると、老人の姿はもうなかった。
「どこに消えた!?じーさん?!」
キミは驚いてクスノキの周りを探して歩いた。けれど、老人は二度と現れなかった。
「おいおい、冗談だろ〜?不気味すぎるぜ」
「ボク…、あのおじいさんに会うの、初めてじゃない気がする…」
「何だ、オマエもか?」
「え?キミも?」
「どっかで会ったことあるような気がした。でも、オレの親戚にあんなじーさんいないしなぁ…」
誰だったんだろう。運命って何のことだろう…。ボクはすごく気になったし、嫌な予感がした。でも…、
「行こう!」
ボクはキミの腕を引いていた。
「お、おぅ!」
キミは少し驚いたようにボクの顔を見た。
老人の言った言葉は気になる。もしかしたら忘れられた場所を探すな、ってことだったのかもしれない。でも、この冒険は、キミとボクで計画を立てたことなんだ。キミと一緒に道を切り開いて、ボクは前に進んでみたい。進まなくちゃいけないんだ。
――って、すごく思ったから。
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