2.男同士のあいさつは"よぉ!"
青空がどこまでも広がっていた。
風が緑をサラサラとゆらす音が微かに聞こえる。
ボクはほっと一息をついた。祖母の家から随分遠くまで歩いてきた。稲が薫る田んぼの間の一本道。
夕方5時を過ぎているはずなのに、まだ太陽はこの小さな村を照らしている。立ち止まると汗が出た。
遠くの方からセミの鳴き声がする。きっとこの先に雑木林があるんだ。
ボクはタオルで汗をぬぐい、また歩きだした。
そこは村のはずれだった。ボクが想像した通りの雑木林だった。セミがジージーと大合唱している。
林の中は薄暗くて先が見えない。ひとりで踏み込む勇気は出なかった。でも、このまま引き返すのももったいないような気がして、ボクは林の入り口に立っている大きなクスノキにもたれて座った。
カサカサ…
頭の上で葉っぱがこすれる音がした。風の音じゃない、もっとハッキリとした大きな音だ。ボクは上を見上げた。
「あっ!」
という声がしたと思ったら、上から何かが落ちてきてボクの頭にあたった。
「え?!」
ボクは驚いて立ち上がった。ボクの頭にあたって地面に落ちたものは、すり減ったビーチサンダルだった。
「やっべっ!」
上でまた声がした。
「誰か、いるんですか?」
ボクはビーチサンダルを拾いながら木の上に向かって声をかけた。
「わりぃわりぃ!オレのサンダル落っこちただろ?」
太い枝の上に誰かが立っていた。葉っぱの間から漏れる木漏れ日がキラキラとその背中で光っているため、姿は真っ黒にしか見えない。ボクは目をこらして見上げた。
「悪いけど、もう一個も落とすぜ」
という言葉と同時に、もう片方のサンダルも落ちてきた。それをボクが拾っている間に、木の上にいた人は地面にぴょんと飛び下りた。
「よぉ!」
ボクの前に立って、右手をサッとあげながらキミは言った。
「こ、こんにちは…?」
「こんにちは、だなんて調子狂うあいさつはよせよ。男同士のあいさつは よぉ!でいいんだ」
そう言ってキミは真っ白な歯を見せて笑った。
「ほら、言ってみ? よぉ!」
「…よぉ…」
ボクは小さな声で言ってみた。すると、なんだかすがすがしい気持ちになった。
「悪かったな!オレのサンダルあたったかい?」
「うん…。びっくりしたけど、大丈夫。キミ、木の上で何をしていた…ん…ですか?」
「またそんな調子狂う言い方する。何してたんだぁ?って訊きゃいいんだよ」
「…な、何してたんだぁ…?」
「ひるね!」
「ひるね…?」
こんな木の上で昼寝だなんて…、からかわれてるんだ、とボクは思った。
「このクスノキの上って最高に気持ちいいんだぜ!太くてデカイから枝が折れる心配もないし、熟睡してても落ちねぇのはオレのバランス感覚がいいからだけどな!あんまり気持ちいいもんだから、うっかり寝過ごしちまったぜ。今、何時?」
キミはぽんぽんと喋った。その言葉はとてもテンポが良くて心地よくて、ボクはキミをじっと見つめた。木の上で昼寝していた、というのも嘘じゃないってわかった。キミの言葉が信じられた。
不思議だった…。
「もうすぐ6時になる頃かと思いま…、思うよ」
「そっか。そろそろ帰んないと晩メシ食いっぱぐれちまう!」
キミはボクの手からビーチサンダルを取ると、片足ずつそれを履いた。
「ところでオマエ、どこんち?見かけない顔だよな?」
ボクは夏休みを利用して祖母の家に来ていることをキミに話した。
「へえ〜。オマエ、蔵の家の孫なんか」
「蔵の家…?」
「ここらへんじゃ、あの家の事をみんな 蔵の家 って呼んでるんだ。大昔は偉い領主さまだったらしいぜ」
「ふーん…」
「ふーん…って、オマエ、自分ちなのに知らないのか?」
「うん、知らない…」
昔のことなんて知らない。ボクにとってはただの祖母の家だ。確かに祖母の家は古くて大きいし、敷地の中には大きなお蔵があるけれど…。
ボクたちは一緒に歩きだした。キミはクスノキの裏側に自転車をとめていた。こっちからは反対側だったからボクは気がつかなかったのだ。
「乗れよ、送って行ってやるから」
キミはそう言って、自転車の荷台をあごで指す。
「ありがとう…」
ボクは照れ臭いのと嬉しいのが入り交じった変な気持ちだった。
「いいか?走るぜ!しっかりつかまってろよ!」
言葉と同時にキミはペダルを勢いよくこぎ始めた。ボクは落ちそうになって慌ててキミの背中につかまった。キミの白いシャツの背中には、葉っぱが一枚ついていた。
「あの蔵の中には、何億ってする骨董品がいっぱいだってみんな言ってるぜ」
自転車をこぎながらキミは言った。
「ふーん…」
「骨董品ってどんなのか一度見てみたいよなぁ」
キミはたぶん、何気なく言ったんだと思う。でも、ボクは…、
「見に来る?」
と、言っていた。
「見せてくれるのか?!」
キミは後ろを振り向いて言った。おかげで自転車が大きく揺れた。
「うん。おばあさんに訊いてみるよ。明日、おいでよ」
「行く行く!行かせていただきますっ!」
そう言ってからキミはヒューと口笛をふいた。とても上手な口笛だった。
出会ったばかりなのに、どうしてだかわからないけれど、キミだけは信じられると思った。
キミと友達になりたいって、心から思っていたんだ…。
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