11.記憶と奇跡と約束
あの時、ボクたちは戦で傷を追い敵に追われていた。ボクの傷は深く、これ以上は逃げられないと覚悟を決めた。
「私をおいて逃げろ!」
「何を言うか!おぬしと共でなくば意味は持たぬ!」
キミはボクを背負い山の中に逃げ込んだ。どうにか敵を巻くことはできたけれど、山道は険しくわずかな獣道をたどりながらさまよい、たどりついたのがこの泉だった。
「奇跡だ…」
キミは瑠璃色の泉を見てつぶやいた。
おそらく土地のものも知らない場所だったのだろう。遥かいにしえからの自然のまま存在している奇跡の場所…。山に生きる獣だけがこの泉を知っていたんだ。
「このようなところでゆっくり生きるのもよいな…」
キミは言った。
澄みきった泉の水で傷口を洗うと、不思議なことに傷はすぐに癒えた。
再び獣道をたどり、ボクたちは泉をあとにした。けれど、ボクもキミもこの泉を忘れられなかった。
ボクはたどった獣道を地図に書き記した。迷わずに再び訪れることができるように。
キミに謀反を企てているという嫌疑が向けられた。もちろん濡れ衣だった。けれど、戦国時代の混乱の中で、一度ついてしまった火は鎮火できなかった。
キミの追討命令が下され、ボクもキミを追わなくてはならなくなった。でも、そんなことができるはずがない。
ボクはキミをここに隠した…。
「このようなことをしてはおぬしまで追われるぞ!私の首を取るがよい!」
「そのようなことができようか!案ずるな、ここはおぬしと私しか知らぬ奇跡の場所だ」
キミは幼少の頃から共に学び、剣術を磨き、兄弟のようにして生きてきたかけがえのない友。
ボクはキミを失いたくなかった。ボクの命にかえてもキミを守りたかった。
けれど、ボクがキミを匿う可能性を疑われていたのも事実だった。
キミは――。
暑い夏の日だった。
キミはこの泉のほとりで自害した。
ボクの為に死んだ。自分が生きている限りキミを匿うボクにも危険が及ぶから。
ボクはキミを守れなかった。それが一生の悲しみになった。
ボクはキミを泉のほとりに埋葬し碑を建てた。謀反の疑いをかけられたままひっそりと果てたキミの墓標を。
やがて時が流れ、領地をおさめることになったボクは、獣道の地中に泉に続く通を作った。獣道はとても険しく、やすやすとキミの墓標に参ることが出来なかったからだ。
ボクは何度もあの祠からの通路を通りここに眠るキミに会いに来た。この泉のほとりでボクたちはいつも会うことが出来たんだ。姿や言葉はなくても通じ合っている心。大切な、宝物。
やがてボクも年老いて、自らの死期を悟ったとき、泉に続く抜け道を封印した。
後々の世まで永遠に、キミを守りたかったから。
ボク自身の記憶――。
領主はボクだった。生まれ変わって再びここでキミと出会えたんだ…!
ボクたちは過去の自分に導かれてここにたどりついた。ここに来ることはボクたちの運命だったんだ。
ゲホゲホッ!
キミの咳はいちだんとひどくなり、キミの顔は蒼白になっていた。
「しっかりして!」
「――オレ、ここで死ぬみたいだ…」
キミは言った。
「死なせない!もう二度とキミを死なせたりしないよ!」
「…オマエ」
「ねぇ、約束しよう。来年の夏もまた、あのクスノキの下で会おう!だから、頑張って!」
ボクはキミを抱きしめて叫んだ。
キミはこんなボクを友達って呼んでくれた。こんな短い夏休みの間に、ボクは今までの一生分の、生きている喜びを感じられたんだ。キミと出会えたことで、キミと一緒に過ごせたこの夏休みで!
キミはかけがえのない、ボクの宝物だ!
「…どうかな、オレ……」
「そんなこと言うな!約束!男と男の約束!」
「OK…。男と男の約束だな…」
キミは寂しく笑った。
「うんっ!」
キミはまた激しく咳をした。もう、息ができないみたいだった。呼吸がだんだん小さくなり、キミの瞼が力を失っていく。
死んじゃダメだよ!キミにボクの命をあげる!
奇跡の泉、お願い!ボクの親友を助けて!代わりにボクの命をあげるから!
ボクはキミを抱きしめて必死に祈った。
ボクの涙がキミの瞼にポタポタと落ちた。
今が大事な時!今以上に大事な時なんかこの先一生ない!
だから、だから……!
泉がキラリと光った。
ボクの涙で濡れたキミの閉じられた瞼が一瞬だけ動いた。
遥か昔、ボクとキミの傷を癒してくれた泉の水。
ボクは奇跡を信じて、手ですくいあげた水をキミの口の中に流し込んだ。
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