第二話『日頃のパターンって時々とんでもないことを起こすよね』
ドラ焼きの神様に反感をかってしまったからなのか、そんなわけないとはいえ事実女の子になってしまった、ドラえもんにドラニコフ(現時点の確認による)。
しかも美少女。
ドラえもんは青い髪を胸の辺りまで伸ばし、オニキスのような瞳がしている。
全体的に落ち着いた感じのその色はマイナスイオン効果も秘めているのか人の良さそうな顔も相成って癒し系の可憐な面倒見のいい子供向け番組のお姉さん。
一方ドラニコフのほうは艶のある茶色の髪にシャギをいれたセミロング。アイスグリーンの氷の裂け目にみられるような透明感のある青緑の瞳は白い月。肌も白く透き通っていて、プロポーションはビーナス像のようにまるで陶質の様な調律のとれた氷の芸術を思い起こす。
平凡と生きていたらまず会うことがない、縁がまったく感じられない別世界の住人ではないかと疑ってしまう……そんな美女がのび太の目の前に二人も突如現われたのだ。
言葉を失っても致し方ない。
「……」
ごく、とのび太の喉が鳴った。
あのままのび太の時間は止まってしまったかに思ったが、重大な、とてつもなく危機迫っている状態であることに気づいてしまった。
完全防具のロシア民族衣装をまとっているドラニコフにはパッと見では問題ではなかった――しかし、ドラえもんはどうだろう。
黄色のレインコートからすらりと出てくる血色のいい肌色の太もも。
「も、もしかして……」
のび太はドラえもんの胸の感触から嫌な予感はしていた。
異様に柔らかかったソレ。マシュマロでも指に突き刺さったのではないかと思ったソレ。
のび太はある事実を確認するためにドラえもんの足の先に風のごとき速さで視界を向けた。
ピンクの健康的な爪。靴はなおさら、靴下も履いていない素足であった。
「今、ドラえもん、て……」
レインコート一枚なのか!
首にかけた鈴もあるが、そんなアクセサリー今の状態では余計危ないお姉さんにしか見えない。
白や透明ではなかったことで最悪な状況(身体のラインがくっきりと見え、しかも危ないところが透けること)を阻止できているが、雨の雫がすらりとした手足に滴る。
ぶかぶかよれよれであるものの丈の短いコート一枚の姿で公衆の面前(今のところ目撃者店主のみ)でさらけ出せるか、今のドラえもんを。
「うわ、わ!」
のび太の躊躇ったその言霊に続くものを感じ取ったドラえもん。
全裸にコート一枚では不審者としか思えないという事実に!
「は、早くどこでもドアを!」
「そ、それは……」
ドラえもんは戸惑っている。
なぜならドラえもんのポケットはレインコートの中にあったのだ――この状態で腹を出した日には猥褻物取締り法に引っかかる!
表参道を歩けなくなる。
のび太はこの時ほどスペアポケットを何で押入れに律儀に返したのだろうと思ったことはなかったという。
「……!」
救世主はすぐ側にいた。
ドラニコフはのび太の声に反応し、青いマフラーからピンクの大きな扉を取り出した。
どこでもドアだ。
「ありがとう、ドラニコフ」
「とにかく、安全で誰にも見られないようなところ!」
これで移動したその場で着せ替えカメラでも使えば、直面している危機は去るはずだった。
とっさに、のび太がドアのにぎりを回したのが悪かったのか。
たまたまドラえもんの、女の子の素肌に反応したのがまずかったのか。
安全という言葉を付け加えたのもネックだったのかもしれない。
ドアの向こうは湯気が満ちていた。
外気によって湯気が掻き消されるとともにあらわになるのは一人の少女の肢体。
バスタブの湯に浸かっているのでモロに見たわけではないが。
「きゃー! のび太さんのエッチ!」
乙女のもっとも無防備なとき不躾に来た罪が晴れるわけがない。
しずかはとっさに湯の入った手桶を侵入者に投げた。
「ごめんよ、しずかちゃーん!」
ドラえもんとのび太はすぐに反応し、膝を曲げ、背を低くしたが、ドアを閉めたドラニコフは気がつかなかった。
「!!!」
がこんっ。
脳天に直撃する音が響く。
反動で宙に一瞬浮いた手桶は重力に避けきれず、そのまま落下。
「んわー、ドラニコフ!」
ドラニコフの身体に温かいお湯が全身に降りかかる。
「……ガウ……う」
一難去ってまた一難とはこのことを言うのだろうか。
思わずしずかちゃんの入浴タイムに文字通り邪魔をしてしまったのび太一行はしずか宅の浴室の中でびしょ濡れになった。
のび太君はすぐに弾き飛ばされたというのに、ドラえもんとドラニコフはそのまま浴槽へと強制連行されていた。
二体とも濡れているので暖かいお湯にでも浸った方がいいとしずかが思ったからだ。女の子の口には勝てるわけもなく、ドラえもんとドラニコフは自分たちの今の身体を調べる必要もあったことだしとおとなしく指示に従う。
一方でたしかに今は女の子になったとはいえ、もとはあのずんぐりとしたタヌキもといネコ型ロボット。なんか理不尽だな、と思いながらものび太はしずかちゃんの部屋で一人待つことになった。
「のび太さん、お待たせ」
ドラえもんに事の次第を打ち明けられたのか、しずかはもうすっかりいつものやさしい女の子に戻っている。女心は秋の空というが、つい数分前の壮絶に雨の降っていたのが今はすっきりと晴れたこの天気のように切り替えが早い。
温かいミルクの入ったコップがのび太に前に差し出される。
湯気で眼鏡が曇らないように気をつけながら、渇いた喉を潤す。
ぬくもりが伝わる。
ドラえもんたちがいきなり女の子になったから大慌てでこうのんびりとしていなかった、のび太。
そろそろ一息つかないと自身が持たなかった。
(はたして、これからどうするのだろうか……)
ドラミちゃんに連絡するのかな。
いくらオイルで繋がっているとはいえ、実の兄が人間の、しかも女の子になってしまったと知ったらショックだろうな。
ゴキブリが出てきたときと同じくらい。
いや、いくらなんでも、兄の異変をゴキブリ出現と同様に考えるのは失礼というものか。
「ねぇ、のび太さん。ドラちゃんと、えっと……ドラニコフさんが女の子になったのってわからないの」
「皆目見当もつかないよ」
ポケットが光ったと思ったら一瞬のことだった。
美少女戦士系統の変身シーンは長いのに――あ、たしかあれって視聴者のためのシーンで実際は0・3秒以内で済むとかいうか……。スローモーションでここだけ再生させて頂きます。けして時間調節だけのものではない。
て、今の論点違う。
かなり違う。
ドラえもんとドラニコフが女の子になってしまったことだよ。
……あ、ソレに戻ってもわからない。
わからない。
ドラえもんーッ!
て、当人だよ。
のび太の思索は悩み、ツッコミ、そのまま表情になって現われているのでおもしろい百面相となって絶賛上演。
しずかもその様子を見て本当に原因はわからないのだろうと悟った。
わからないが、このままではいけない。
せっかくのチャンスを逃すのも。
「ねぇ、のび太さん」
「な〜に、しずかちゃん」
しずかの手にティーンズファッション雑誌が握られていた。
「この服、ニコフさんに似合わないかしら?」
美少女に変わってしまったドラえもんとドラニコフ。その後の運命はとりあえず着せ替え人形にされるということだけは……確実だった。
「ん、なぜか寒気がする」
浴槽にぷかぷかと浮きながらドラえもんは身震いをした。
ある種の危機感。しかしそれは女の子のファッションショーに付き合うことに対する体力的、精神的苦痛をこれから受けなければいけないことに対してだけだろう。
「どうしたの、ドラえもん……」
一緒に湯船に浸かりながら、とろんとした目で見上げるようにドラニコフがすぐドラえもんに声をかける。
普段ボーとしているが、仲間の表情には誰よりも早く反応する。
いや、普段ボーとしているように見えるだけでドラニコフ自身は他人をよく理解する優しい心に満ちている。ただ、自分は相手の気持ちを素早く汲み取ってしまうゆえに、自己完結し、わざわざ言葉にする必要性を見出せずに何も言わずにもくもくと行動に移してしまうのがつねである。
尋ねてくるというのは、本当に稀で……やはりドラニコフも今のこの状況についていけないぐらい不安なのだろう。
人間の女の子の体になってしまったことに。
鋼鉄の身体から蛋白質の塊へと変貌してしまったことに。
メモリーを違う器に移し変え、データを保存することはロボである自分たちはデータ上理解できる。しかし、心も持つ自分たちにすぐに受け入れられるものかというのは別問題だ。
ドラえもんとて、黄色から青にまったく変わってしまった自分を見たときは唖然とするしかなかった。原因は悲劇の素。自業自得とはいえ、妹にぎょっとされられたときにはいい切れないショックを受けた。
セワシ君が行方不明になってしまったと聞かされ、僕は自分がどんな醜い姿になっていても……自分だと気づいてくれなかったとしても……僕を認めてくれた、人間の友達を見捨てられなかった。時空警察に追われている犯罪者に人質として身柄を拘束されてしまったセワシ君を見たとき、止まらない足を、止めることもなく、たとえイカロスの羽根のように溶けてもセワシ君だけは絶対に救いたい、その想いだけで発射口に僕は飛び込んだ。
熱い。
かろうじて残っていた黄色いメッキも融解していく。
想像を絶する苦痛が僕の電子頭脳を支配する。
痛い、苦しい……。
でも、僕は……。
セワシ君を守る!
守らなくちゃ!
いつ消し炭になってもおかしくない僕に奇跡が起きた。ポケットの中から力が漲ってくるのだ。あの時は何の力が僕を、僕の身体に宿ったのかまで考える暇なんかなかった。
考えたのは――その犯罪者が、僕が学生時代校長先生に僕をクラス替えのさえ間違えて通した溶解炉に、生まれたとたん落ちてノラミャーコさんに救われた思い出もあの溶解炉に――僕と同じように怖い思いをすればいい!
七色に僕のポケットがその刹那光った。
その後のことはあまり覚えていない。
急に身体が発射口から抜けるとともにセワシ君が僕に向かって走ってきた。
「ドラえもん〜!」
僕、こんなに変わったのに……セワシ君は、セワシ君は……。
「セワシく〜ん!」
僕に気づいてくれた。
どんなに変わってもドラえもんはドラえもんだよって言ってくれた。
たしかに僕の見た目は変わってしまったけど、僕自身は変わらない。
ノラミャーコさんも僕だとすぐにわかってくれた。
親友もすぐに僕だと……いつもと変わらない態度。親友の証の親友テレカには青い僕の身体がそのまま映っていた。
まだ親友テレカを取り出していないけど、強烈な光を発していないところから見ると命の危険はないと思える。
僕の悪寒は親友の身に何かがあったとは違うものなのだろう。
表情が曇ったドラニコフに申し訳がない気持ちになる。
「ううん。僕の気のせい。だから心配しなくていいよ、ドラニコフ」
着せ替え人形になってぐったりするのはその二十分後。
なんだかんだといって今は太陽の光が降り注ぐ青い空。
空き地ですることといえば。
「うお、すっげー!」
「さすがジャイアン」
最新のラジコンを操作すること。
世界でも通用するようになるような言葉になりつつあるジャイアニズムの持ち主のガキ大将は、金持ちの狐顔のクラスメイトの玩具を借りていた。
緑の小型の戦闘機がジャイアンの操縦によって縦横無尽に空を翔る。
「ねぇ、もういいでしょ、ジャイアン」
流石にスネ夫が痺れを切らしたのか、ジャイアンに返すようにせがむ。
そろそろ飽きてもらわないといつも酷い目にあってきたからだ。
「まだまだこんなもんじゃないぞ、スネ夫」
しかし、ジャイアンはリモコンから手を離す気はないようだ。しかも何かすご技を出そうとしている。
スネ夫は内心焦った。
空中回転ひねりなんかされたら――雷親父の家の窓ガラスを割り、その衝撃で全壊……68パーセント、コントローラに不備が出てその場で墜落……28パーセント、繰り出した技が決まり何ともなかったが繰り返される……9パーセント――早い話が故障させられる可能性が窮めて高い。
「まってよ、ジャイアン」
予想される悲劇を食い止めようとする。だが、そんなこと聞くわけがないのが、吾らがジャイアンだ。
「いくぞ、空中回転」
ああやっぱり……。
心の中で号泣しながら、残りの1パーセントである、無事に手元に戻ってくることを祈らずにはいられないスネ夫であった。
願いが叶うかどうかは定かではないが。
ただ、今回はその願いより、予測していた出来事よりも大変なことが起きてしまう。
「わぁっ!」
空中から声が聞こえてきた。
太陽が一瞬隠れるぐらいの黒い影が、ジャイアンが操縦している戦闘機にぶつかったのだ。
「な、なんだ」
ジャイアンは思わずリモコンを投げ出した。
「ど、どうしたの、ジャイアン!」
スネ夫は間をいれずに拾い、とりあえず地面に降りるように操縦したが、戦闘機は土に埋もれた。
戦闘機を操縦しきれるほどの平常な心なんて持てるわけがなかったのだ。
「ど、どうしよう、ジャイアン……」
「う、うぬぬぅ」
さすがのガキ大将も顔が渋る。
戦闘機に当たって落ちてきたのが……橙色の髪を三つ編みにし、チャイナ服を着た女子高生くらいの歳の少女だったのだから。
とりあえず、ここにジャイアンがラジコンを空中回転させたら何が起こるか、に新たな項目……タケコプターをつけた少女に当たる、が付け加えられた。
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