第十三話 Xファ〜イル[月はでているか!]
月明かりの下、ふんわりとした柔らかいベッドに黄緑色の髪の少女は埋もれている。
占拠した天上世界の、外交などでよく使われる一流ホテルのスイートルームだと言われているが、ドラリーニョにとって見れば、ふかふかなベッドであることの方が重要。
団子にした髪を解き、サラサラなストレートヘアーのまま布団にダイブ。瞼を閉じれば今日の戦いを思い起こす。
爆風に飲まれる校舎に、光線と竜巻が舞う戦場。赤が少なかったのが、不服だが、仕方が無い。自分はそこまで突き進むことができなかったのだから。
邪魔をしたのは未来から来た道具の使い手たち。戦に馴れているのか、原住の輩にも苦戦した。悔しいといえば悔しいが、それ以上にドキドキする。
困難な砦ほど潰し概があるから。
それに、今日はビック・ザ・ドラに褒められた。
「実験は成功したと、ビック・ザ・ドラ様は喜んでいらっしゃったし♪」
イメージを現実世界にエネルギー体として形成させる玩具。
たしかに想像するだけで瞬時に願ったものができることは便利だ。
乗っ取った天空世界の技術を使用し、二十一世紀で生産するのだからバグがないか不安だったが、ドラリーニョが使用したものは完璧だった。何も不都合なものは無かった。
ただ、彼女が未来で何度も使ったことがあるシステムなので難なくイメージを掴んだものに過ぎない。
今、人間マリオネットによって操っている天空人たちに搭載してもうまく使いこなせるとは思えないけど。
(次はどんな面白いことするかな〜)
ドラリーニョはふと、このことについて深く考えるのをやめた。
自分はそんな深く考えずに、ただビック・ザ・ドラのいうとおりに町や世界を破壊すればいい。身体を動かすだけで十分だから。
あの、緑の魔術師と戦うのが何よりも楽しみなのだから。
褐色の肌に飛び散る細い線、血吹雪。
きれいだな、と思った。
野獣のようにさわしなく動く月の瞳を持つ狼の鋭い爪との交戦ももちろん好きだが、ピンク色の長い髪を惜しげもなく風になびかせる姿は人間たちの空想で言う精霊そのものである。
ぞくぞくしてくる。
「ドラメット三世……この僕が痛めつけるから!」
ドラリーニョは枕を握り締め、うっとりと微笑んだ。語る内容とは裏腹に、その表情は恋人のことを語るように甘い。
それこそ絶対忠誠を誓わされたビック・ザ・ドラといえども自分とドラメットの戦いだけは干渉させない。おそらく今のドラリーニョにとって破壊衝動を満たす上位の存在がドラメットなのだ。
狂わされた感情は親友を傷つけることに躊躇を無くすどころか、快感を与えている。
これが戦闘兵器の……あるべき姿。
命令に率直に従いすればいい。
そう結論づけ、明日に備えてドラリーニョは寝ることにした。
明日はこの天空世界でまだ操られていない住民たちを、隠れている人々を見つけ出せ、と命令された。
それができたらまた緑色の魔術師と戦っていいともいわれた。
「さってと、ドラメットをズタスタにして、ビック・ザ・ドラ様に今度こそ献上しよう♪」
すでに天空人の捕縛は当たり前田のクラッカー前提。そんな簡単な任務なんか時間をかけずに終わる。
ドラメットの再選の方がドラリーニョには重要で……その無邪気さは雨天で延期した遠足を楽しみにしている小学生のようであった。
ドラリーニョはうとうととした時、肩がとっても熱いと感じた。
その熱はドラリーニョの意識が遠のくまで続く。
「なんだろ……」
そういえば今日の戦い、ビック・ザ・ドラから出撃を許可され、思いっきり暴れたのは覚えているのだが……緑色の魔術師が自分の後ろに飛びかかり、背中の飛行ユニット兼イメージ増幅器を壊されて……それ以降が思い出せない。
気がついたら、ドラリーニョはビック・ザ・ドラの膝許に拠りかかっていた。
ビック・ザ・ドラが微笑んでいたのでその嬉しさで忘れていたけど……ま、忘れていたらそれでいい……戦っている最中にでもドラメットに聞くから……。
優しい、ドラメットなら……。
ムニャ……。
月光浴を楽しんでのび太の部屋に戻ってきたドラニコフが見たのはかなり異常な光景だった。
鼻血を噴出しながら布団に寝ているのび太と、なんかぴくぴくと動いている橙色の団子虫……王ドラの三つ編みだろう。王ドラは髪だけを外にさらし、体全体を毛布にもぐりこませ、相対性理論をなぜか唱えている。
「がう?」
本当に何が起こったのだろう。
「あ、おかえり、ニコフ」
ドラえもんの声。
廊下から聞こえてくる。
どうやら、一階で何かをとりにいっていたのだろう。
言葉が通じそうな状態ではないのび太と王ドラから聞き出せないが、ドラえもんならニコフが思った疑問に答えてくれそうだ。
期待の目を向けて、足跡のするほうに目を向けた。
「……」
そしてニコフはドラえもんの姿を見るなり、妙に納得した。
どうやらドラえもんは未だに今の姿に自覚が無いみたいだ。
氷嚢をもっているのはのび太のことを考えてだろう――しかも、間を措かずに用意して――それこそ着替える時間がおしいとさえ、思ったのだろう。
だが、それでも……。
「がう、がうう」
いったんのび太の看病は自分に任せてくれと、ドラえもんに言った。
「で、でも……」
何が原因なのかまで知らないが、ドラえもんが戸惑っている。
でも、このままの艶姿のドラえもんで看病する方が問題だ。
ドラえもんが風邪ひいたらいけないだろうとドラえもんを部屋から退場するよう言い聞かせる。
「じゃぁ、任せたよ、ドラニコフ」
正当な理由にドラえもんは文句を言わずにドラニコフに持ってきた看病セットを手渡し、ふすまを閉めた。
「す、すみません……ドラニコフ」
音を聞いて、王ドラが顔を出す。
うん、王ドラが顔出せなかったのはわかっている。
だって、女の子に免疫ないんだものね。
白いバスタオルを巻いただけのドラえもんを直視できないのは当然だよ。
「そうニコフがいうならば……あ、ドラメット、下りてきても大丈夫ですよ」
傷ついた身体を見せたくなかったので咄嗟に天井に隠れたのはいいが、下りるタイミングがつかめなかったドラメットだった。
太陽の光を反射し、月が隠者たちの後ろを照らした。
彼女の名はリルル。
前の時代ではスパイとして戦闘能力を重視した頑なな残酷な人形。そして今は、時空を越え歴史を改竄したことによってもともとの妖精とも天使とも通じるような可憐な少女として生まれ変わった少女である。
彼女は今暖かさも冷たさも併せ持つ漆黒の宇宙――怖がる人は多くとも、耐性のある彼女にとって見ればどうってことはない――闇に浮かぶ星、緑と青の惑星を見つめていた。
太陽という恒星の光を恩恵として受け取る地球という優しい大地に暮らす、自分に思いやりという温かい感情を回路から引き出してくれた優しい人がいる星。
「しずか、さん……」
生まれ変わったのはいいが、リリムはしずかには会うことはできない。
気恥ずかしいというのもあるが、運命によって妨げられている。
今のリリムが地球でドラえもんたちと出会うことはタブーなのだ。それは、ロボット惑星メカトピアの歴史を変えたことによる、そして生まれ変わった代償。
禁忌については生まれ変わった瞬間に理解できた。
メカトピアと地球での戦いをなかったこと――パラレルにしたことによって、その原因となったリリムとドラえもんたちにあうことはタイムパラドックスを起こしかねない危険なものになってしまったのだと。
(一目見えただけでも……十分)
翡翠色の瞳が閉じられる。
たしかに正常ならばリリムはドラえもんたちをあってはいけない。
だが、時空が乱れたときの狭間の時間ならリリムがドラえもんたちとあってもなんも問題はないという抜け道があった。
正常に動いていない時間はあらゆる禁忌が許される絶好の機会。
その僅かな時間を感知し、地球に下りてのび太に手を振った。
リリムは僅かな時間でも、喜んでくれたのび太を見て、胸に温かいものを感じた。
時空が乱れることは、現在を生きている自分たちにとって好ましいといえはしないが、でも……もしそんな時間が着たら迷わず日本に下りて、今度はしずかに会いたかった。
言葉を交わせなくても……。
自分が無事にこの時代を生きていることをアピールしたい。
人知れず、宇宙の漂いながらも。
「ねぇ、あなたもそう思うからこそ教えてくれたのでしょう」
リリムはその裏技を教えた、《彼》に向かって声をかけた。
今はノイズだらけで聞き取れないだろうが《彼》はリリムのすぐ近くにいる。
《彼》は肉体を数百年前に失ったため肉眼では確認できないだろうが、アンドロイドであるリリムにはわかる。
《彼》はサイバー生命体。
人間で言うならば霊魂と言えばいいだろう。
アンドロイドやロボットはデータがあれば何度でも再生が利く。
しかし、内部の特に人間で言う脳や心を示すCPUやOSが破損すればもとの人格には戻れない。ただ、一部の例外を除いて。
それは全人格を電子化してしまうことである。
人間のような肉体に縛られていないプログラムだけの存在だからできること。
プログラムだけの健在なシグナルをサイバー生命体とリリムの世界では称している。
聞くところによると《彼》はもともとあるゲームのプログラムとしてこの世に生を受けたという。
実体化モジュールを使用し、人間の姿に変わった。
丁寧にたんぱく質で構成した肉体を作り出して。
彼の母体でもあるゲーム機はある事故で破損、起動が不可能となった。ゲームの世界には戻れなくなり、時が流れ、《彼》の肉体が死滅。その時、死ぬと……存在が消滅すると思っていたが、《彼》はもともとプログラム。
たまたま死滅した環境によってプログラムが誤作動を起こし、偶然にも宇宙の大気に溶け込むプログラムDNAが設定されたという。それによって《彼》の思考は実質上この宇宙を消滅しない限りは永遠に眠りにつくことはなくなった。
その間、世界の運命についていろいろな知識を得たという。
無限に等しい宇宙の力を僅かに感知する力も習得。実体化ができなくとも《彼》は空気の振動を利用して脳波に直接語りかけるような『会話』ができるようになったのも最近だと言っていた。
リリムは《彼》に感謝している。
たしかに《彼》は不思議な存在だ。不気味だとか、恐怖もあった。でも……《彼》はドラえもんたちのことを知っている……自分と同じく、心を教えてもらった恩義がある人物であるという。
ドラえもんたちに会えない運命を受け入れるしかないとき涙を流したリリムに見かねてアドバイスを送った優しい《彼》。
「あなたも、のび太さんに会えるようになれたらいいのにね」
現実世界で。
今の科学力では無理――ゲームのモンスターを実体化するシステムが構築されていないから。
PCに乗り移ってメッセージを送るとしても《彼》の容量が重すぎてすぐにショートしてしまうし、ウィルスと同じく本来は意図して送り込まれたものではないのでファイヤーウォールで妨げられてしまうという。
《私は夢の中で交信しただけでも、十分ですよ》
けして私の存在が認識されなくても。
この時空で……頑張っている姿を拝見するだけでもいい。
だから……。
《彼》はもしこの時間内でドラえもんたちと再会できたとしたら、それは、けしていいものではないことをうすうす感じていた。
二十二世紀で生まれる、はずの機械ができるということは……しかもあまりにもリアルすぎて後に発売禁止になってしまうゲームによって生み出された自分だから。
でも《彼》の、平和を念じる想いは……あまりにも無力だった。
地球で起こっていることを知らずにいる少女の桃色の髪が漆黒の海に浮遊する。
モフモフとしたふんわり柔らかボディの丸っこい兎は王宮をヒョコヒョコと飛んでいた。
「では、ここは日本ではないのですか」
ここは至って平和なマヤナ国。
「そうだ。それにしてもお前も面妖な生き物だな」
青い古狸、もといネコ型のドラえもんのことを指しているのだろう。
「この姿はサービスでございますから」
子どもにうけるための。
現に街中ではもみくちゃにされてしまった。
その姿を見て、ティオはさすがにこのままタップを街にいさせるのは辞めたほうがいいと王宮に客人として招いた。
「タップとやら、のび太はお前のところではどんなことをしたのだ?」
のび太や日本のことを知っているのだから、彼らの友人である可能性があるし、タップが彼らとの冒険話にも興味があった。
「えっと、ですね……」
タップものび太と同じ顔をしているこの王子に興味を持っていた。
サピオの元に戻る前に、ティオやこのマヤナ国のことを土産話にもっていこうと思った。
(ブリキンには連絡ついておいたし)
なぜか今、チャモチャ星に戻る時空が繋がらなくなってしまったらしい。連絡を取り合うぐらいなら簡単に出来たのでそんなに慌てない、タップだった。
「話が長くなりますが、よろしいですか。それとティオ王子様のほうはどんな冒険でしたか?」
「話の交換か……面白い。夜明けまでは、じっくり話し合おうか」
王子といえども人の子。子どもらしい無邪気な顔でタップと向き合う。
「しっかし、そうなれば長くなるな……何か食べ物を持ってこさせるか?」
「いえいえ。夜食はこちらで用意させてもらいます」
タップは口を大きく開ける。
異空間に繋がっている――ドラえもんでいう四次元ポケットと同じでいろいろと詰め込むことができる。
取り出したのはウルトラマンが地球で活動できる時間でできる文明の機器、世界が誇る日本の発明……カップラーメンだった。チャモチャ星ではどこが発明したか、知らないけどね。
「お湯もありますので」
「なんとも素晴らしい」
再びこの味に合えるとは思えなかったティオは満足げに頷いた。
赤毛の髪の乙女は宙を見ていた。
濁った眼でも月はその美しさを変えることなく深々と淡い光を放す。
その落ち着いた情景に彼女は我慢できなかった。
「ビック・ザ・ドラ様……明日の月を赤くしてもかまわねぇか?」
エル・マタドーラの邪悪な瞳が一段と輝く。
力を使い、未来と今の時間を狂わせていたものの……そろそろ体が疼くのだろう。
ビック・ザ・ドラはひとつ間を置き、にやりと笑う。
「いいだろう……たまにはお前も動かないとドラリーニョまでとはいえないが不満なのであろう」
「まぁな。ふふ……明日、天上界の奴らを掃除する楽しみができたぜ」
いやらしく笑う、エル。
「いい忘れたが、科学者だけは使うなよ。まだ、アレが有効なのかわからんのだからな」
実験は成功したが。
「わかっているって、ビック・ザ・ドラ様。だからこそ、アレでこの夜を彩りたいんだよ」
楽しみだな、と悪女はビック・ザ・ドラのいるこのリビングに翳された水晶を見る。
水晶に写し出せられている校舎。復元光線でせっせとドラパンが内装を修復している、のび太の通っている学校だった。
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