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フレールの竜
作:南条武都



白き女


 湿った薪を燃料に、しゅうしゅうと水蒸気を上げながら、炎は燃える。
 高い場所へと立ち上っていく煙は、茂る枝に拡散されて、空の闇に触れるより先に消えてしまう。圧倒的な存在感を持つ赤竜を目の前にしながら、しかし森は変わらず静かだった。あるいは、赤竜が居るからこそ、この森はこれほどの静寂を保てるのかもしれない。
『これから戻っては、村にたどり着く前に夜になろう。今宵はここで、夜を明かすが良い』
 赤竜は硬直する男達に、相変わらず柔らかな言葉をかけた。そして竜の神子だという女を優しく見下ろしてから、体を丸めて寝に入った。
 赤竜が眠りにつくと、僅かながら、周りの温度が上がるように思われた。おそらく眠る事で、竜の体温が上がるのだろう。その証拠に、水の蒸発する音が響いて、周囲にぼんやりと霧が生まれている。
 横になった赤竜のそばで、女は男達に話しかけてきた。
「人間の方とお会いするのは、本当に久しいことです。どうか、外の世界のお話を聞かせてくださりませぬか」
 ふわり、と穏やかな微笑を向けられて、断るすべは無い。男達は事態についていけず困惑していたが、竜の勧めと美女の微笑みに従うことにして、野宿の準備をした。
 とはいっても、池のまわりは水びたしで、寝場所どころか、煮炊きのための焚き火を起こす事すら難しい。
 どうしたものかと思案しているところで、察した女が、自分が寝起きしている乾いた地面へ彼らを案内し、更に竜を起こした。
「お休みのところ申し訳ありませぬ、御主人様。この方々のために、火を起こしては頂けませぬか」
『……ふむ、そうだな。それは気がつかなんだ。失礼したな、人間よ』
 赤竜は男達のために小さな、しかしそれでも思わずたじろいでしまうほどの炎を吐いて焚き火を作り、また厚いまぶたを閉じた。
 そのまま深い眠りに落ちていったようで、時が過ぎ、男達がなんとか落ち着きを取り戻した頃には、赤竜は太い寝息をもらすようになっていた。
「しかし……、その、なんだ。あんた本当に、あのおとぎ話に出てくる娘さん……なのか?」
 竜の威容から恐る恐る目を離し、男の一人がそう尋ねた。手にしている干し肉をもてあますように、右手と左手に持ち替える。
 男達が語る話をにこにこと聞いている女は、一見してそれほど変わったところはなかった。
 確かに彼女は並外れた美しさを備えていたが、例えばエルフのように、人間のものとはとても思えないような侵しがたい美貌、というわけでもない。
 人間として、ありうる範囲での美貌、とでもいえばよいのだろうか。
 親しみ深ささえ感じさせる優しい表情のためか、おとぎ話として語られるほど昔に生きていた人間とも考えられないのだ。
 女はほろほろ、と笑い声をこぼした。
「ええ、そうです。しばらくぶりにそのお話をお聞きすることが出来て、大変嬉しゅうございます」
 本当に大昔の人間なのか、それとも竜と共に生きてきた為か、女の言葉遣いはどことなく古めかしい響きを帯びている。
「私の生まれた村は、既に無くなってしまったそうですが……当時の事は、今もはっきり覚えております」
「じゃあ、あんたの村が水不足で大変な事になったってのも、あんたが水を探して旅に出たっていうのも?」
「ええ」
 そこで女はなぜか、影を帯びた微笑を見せた。
「?」
 男は、何か言いたげなその笑みが心にひっかかった。が、これまでまっすぐ彼らを見つめていた女は、そこですっと視線をはずし、
「……さ、もっとお話をお聞かせくださいな。私は今の世界を知りたいのです」
 目を細めて言った。それは、更なる疑問を口にしようとするのを拒むような、静かな拒否だった。
 何か、事情があるのだろう。
 男達は互いに視線を合わせると、これ以上の質問はすまいと頷きあった。そして彼女の望むまま、この森の外に広がる世界の事を再び語り始めたのだった。












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