フレールの竜(2/7)PDFで表示縦書き表示RDF


フレールの竜
作:南条武都



おとぎ話と狼


『むかしむかし、あるところに、とても心のやさしい娘さんがいました。
 娘さんにはおとうさんもおかあさんもおらず、ちいさな村のはずれに一人でくらしていました。娘さんをふびんにおもった村人たちはいつも娘さんを気にかけ、しんせつにしていました。
 娘さんも村人たちのしんせつを心からかんしゃして、なにかたのみごとをされれば、よろこんで何でもしてあげました。
 娘さんは心のやさしさと同じように、とてもきれいな娘さんだったので、むらびと達にたいへん愛されていたのです。

 ある年のことでした。その年はあめがひとつぶもふらず、村のひとたちは水がなくてたいへん困りました。
 村人のひとりが言いました、「ああ、これはかみさまのばつなのだろうか、このままあめがふらなければ、わたしたちは死んでしまう」
 これをきいた娘さんはいいました、「それではわたしが水をさがしてきましょう。わたしがみなさんに水をもってきてあげます」
 村人たちは「そんなあぶないことはおやめなさい」と娘さんをとめましたが、娘さんはききませんでした。
これまでおせわになったおれいに、娘さんはどうしても村人たちに水をもってきてあげたかったのです。
 そして娘さんは、水をさがす旅にでたのでした。

 娘さんは、何日も何日も、水をさがして歩き続けました。
あめがふらないのはどこも同じで、どこまでいっても水はみつかりません。娘さんはくつをはいていなかったので、あしは血だらけです。水もたべものもないので、娘さんはいつもおなかがすいています。
 あしがいたくて、おなかがすいて、娘さんはふらふらでした。
 娘さんはじぶんがどこにいるのか、なにをさがしているのかもわからなくなって、ある日とうとう、みちばたにたおれてしまいました。
 娘さんは目のまえがまっくらになって、いたみもくうふくも、だんだんかんじなくなってきました。
「わたしは、かみさまのもとへゆこうとしているのだわ。
 ごめんなさい、むらのひとたち。わたしはみんなに、お水をもっていくことができませんでした」
 娘さんがかなしみにくれて、そうつぶやいたとき、
「にんげんの娘よ、死んではならぬ」
 娘さんにそうかたりかけるものがいました。娘さんがかおを上げると、そこにはおおきなおおきな竜がいました。
 それはみあげるほどきょだいな竜でした。
 体はまるでほのおのように、ゆうひのように真っ赤です。ひろげたはねは空をおおい、あつい太陽のひかりから娘さんをまもってくれています。おおきなふといしっぽを、ぐるりとあしもとに巻いた竜は、娘さんをみおろして、言いました。
「にんげんの娘よ。そなたのおこない、わしがすべてみとどけた。
 そなたはおのが身をかえりみず、ただ村人のためだけに水をさがしもとめていた。
 その心のうつくしさのため、わしがそなたのねがいを叶えてやろう」
 そういって竜は、竜のおおきなひとみからこぼれおちた涙をふくろにいれて、娘さんにあげました。
 娘さんがそれをひとくちのむと、ふしぎなことに今までのつかれやくうふくが、うそのようにきえてしまいました。
 それだけではありません。
 娘さんがそれをもって村へもどると、涙はどれだけくんでもつきないみずうみとなりました。それからずっと、水にこまることがなくなり、村人たちは娘さんにたいへんかんしゃしたのでした』

「……へぇ。聞いた事ねぇな、そんな話」
 道を進みながら男が言うと、語っていた男は肩をすくめる。
「まぁ、そうだろうな。今じゃ語り手もほとんど居ないらしいから。
 この話、なかなか面白いと思わないか?どの村が元になった話なのか、娘がその後どうなったのか……そもそも、題の『フレール』が何を指してるのか、物語からじゃ全く分からない。水不足になった村の事か、水を捜しにいった娘の名前か、あるいは……」
 男はそこで口を閉ざした。前方の緑の中に動く影が見えたのだ。
 相方もそれに気づき、視線を交し合う。そして不意打ちを警戒して、一人は前方を、一人は周囲に注意を向け、お互い無言で剣を持ち直した。
 かさっ。
 落ち葉を踏むかすかな音が、耳に響く。
 獣とおぼしき四つ足の、ゆったりとした足取りが近づいてくる。急の襲撃を警戒して、男達が剣を構えた時。
 茂みの中から滑り出すように、する、と白い狼が現れた。
「!」
 男達は驚き、思わず息を飲んで後ずさった。
 突然現れた狼は、緑の闇に慣れた目には眩しいほどの純白をまとっていた。
 その毛皮には一点の穢れもなく、目は、宝石のように輝く青。
 森への侵入者である彼らをその瞳に捉えても、狼は警戒や威嚇の唸りを発する事無く、彼らの前までやってきて、その場に座った。
 そして、口を開く。
『貴方達は、何処へ向かっておりますか』
「なっ……」
「口が利けるのか!?」
 よどみなく放たれた言葉に、男達は再度、驚嘆した。
 彼らはこれまで様々な場所へ行き、色々なものに出会ってきたけれど、言葉を発する動物というのは稀だ。
 例え言葉を発することが出来たとしても、それは人間の幼児並みの語彙に限られていて、人間と会話を交わすことなど、到底叶わないのだ。
 白い光をその身に帯びているかのような、美しい白狼は、わずかに首をかしげた。
『それが必要であるのならば。お答えを、貴方達は、この森の何処へ向かっておりますか』
 その外見にあった、澄んだ声が同じ問いを繰り返す。男の一人が、ごくり、と唾を飲み込み、
「……りゅ……竜の、赤竜のところへ」
 言葉を搾り出す。白狼は軽く尻尾を振った。
『何ゆえ、赤竜のところへ向かっておりますか』
「村が……その、この森の西に、村があるだろう? 彼らが最近、赤竜の姿が見えないと心配してるんだ。だから俺達が様子を見にきたんだが」
 恐る恐る用件を伝えると、白狼は頷くように鼻先を下げ、くるりと背を向けた。
『参られませ』
「え?」
『我が御主人様は、おとなうものを拒みませぬ。参られませ、私が案内あないしましょう』
 そして、白狼は奥に向かって歩き出す。男達は顔を見合わせ、同時に頷いてから、狼の後を追った。












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