森の番人
その森では、木々が葉を茂らせた枝を重くもたげ、地面は草や苔に厚く覆われていた。
獣道しか見当たらないこの未開の地を、男が二人、歩いていく。彼らは鎧に身を包み、剣で草を切り払い、先へ進んでいた。
森は静かだった。天をつく木々が空を埋め尽くし、小鳥が軽やかな歌を紡ぐ美しい森を、男達は道を急ぐ。
男達は、この森の西側にある村からやってきた。
古くより禁忌とされてきたこの森に入ってほしいと彼らに依頼してきたのは、ほかならぬ、森の番人を勤める村長だった。
『あんた方の腕を見込んで、頼み事をしたい』
食堂で昼食をとっていたところへやってきた村長は、そう切り出した。最初は何の気なく聞いていた男達は、しかし村長の話が進むにつれて、身を乗り出していた。
村長の話はこうだ。
村の東には、大昔から、大陸のほとんどを覆っている広大な大森林がある。
この大森林に隣接した所に住む村の人々は、森の恵みに感謝と畏敬の念を捧げ、心ない人間の手でむやみに森を荒らされぬよう、村長が代々森の番人となってこの場所を守ってきた。
しかし、森の真の番人と認められているのは、これもまた人の記憶には残されていないほどの永い時を、森と共にすごしてきた赤竜だった。
『見上げるほど巨大で、燃え上がる炎のような膚の、美しい竜です。この村はずうっと、あの赤竜を守護神とあがめて来ました。あの赤竜がいるからこそ、森は今ある姿を保つことができるのです』
『その赤竜を見つけてほしいっていうのは、どういう了見だ?』
男の一人が問うと、表情に畏敬の念を浮かべていた村長は、顔を曇らせた。
彼が言うには、赤竜が全くその姿を見せなくなってしまったのだそうだ。以前なら一週間に二、三度、村の上空を飛んでいたし、森の奥深くから地面を揺るがすような咆哮が聞こえたものだが、ここしばらく、その気配も無い。
赤竜に何か起きたのか。よそへ移動したのか。それとも、他に理由があるのか。
心のよりどころとして赤竜を慕っていた村人達は、かつてない事に日々不安を募らせていた。実際どういった事になっているのかを確認しようにも、村人達は赤竜の聖域たる森に足を踏み入れる事を恐れるし、森の中に生息する獣達と渡り合う技術もない。
この村に滞在して数日。男達はすでに、家畜を食い荒らす狼や、森に巣食う盗賊たちの退治などの依頼をこなして、その技量を示し、村人達の信頼を勝ち得ている。
それ故に村長は、村の一大事に関わるその問題を、彼らに託そうと決心したのだった。
男達に異議はなかった。
冒険者生活が長い彼らも、竜に出会う機会はなかなか無い。竜というのは、いつの時代も冒険者の憧れだ。これが竜退治なら少々手に余る仕事だが、様子を見に行くくらいなら、なんでもない。
彼らは村長との交渉がまとまると、早速準備をして、森に足を踏み入れた。
そして、今日で四日目だ。
これまでの道のりで、何度か獣に襲われたが、さほどの手間をとらずに撃退することが出来たので、男達は少々気を緩めつつあった。
「……赤竜ってのは、珍しいな」
黙々と、道なき道をいく男達のうちの一人が、不意に口を開いた。もう一人の男が「ん?」顔を向けると、相手は軽く肩をすくめる。
「いや、竜っていうのはもともと数が少ないらしいんだが、その中でも赤竜は、数えるほどしか居ないそうだ」
「何でだ?」
「さぁ、わけは知らないが。体が赤いと目立つから、その分敵に狙われやすいんじゃないか?」
「竜の敵なんか居るのかよ。あんな強くて、おっかない生き物に」
男は大きく張り出した木の枝を切り落とし、汗をぬぐう。相方はふ、と苦笑した。こちらも額に汗を浮かべている。
「あえて言うなら、人間じゃないか。赤竜の鱗で鎧を作ると、火に強い代物が出来るらしいから」
赤竜の数が少ないのは、そのあたりにも原因があるらしい、と男は言葉を継いだ。
それからしばらく、また黙って歩き続けた。
木々の枝に遮られていて分かり難いが、日がだいぶ傾いてきたらしい。徐々に気温が下がりつつあるのが、火照った体には心地よい。木から飛び立った鳥の羽音が耳に響いた。そろそろ寝床の支度でもするのだろうか。
草刈りに飽きたのか、先ほど赤竜の話をした男が、また口を開いた。
「……そういやお前、『フレールの竜』って話、知ってるか?」
「いや。何だ、どういう話?」
「おとぎ話だよ。確か、どこか北の国で伝わっていたかな。赤竜が出てくる珍しい話なんで、覚えてたんだ……」 |