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氷の花束
作:田中M氏


寒い雪の日だった。
木々も寒さに縮みこむほどの冷え込みはひとしおで、この冬一番かと思われた。
雪は終わりなきほどに空を覆いつくす。
ラトラが何故こんな日に家を出たのかはわからなかった。
急に外に出たくなって、外に何かいいものでもあるかのように、着込んではその身を白い景色に溶けこませた。
父親は出掛けておとといからいないし、母親は暖炉にむかって編み物をしながら寝ていたので小さな彼を止める者はなかった。


雪のせいで空が明るくさえ見える中、一心にラトラは雪の中を進んだ。
町の外れまで来て、森の深緑が雪の下に見えた頃、はっとして一点を見つめた。
少女が歩いている。
白い服に白いスカーフを巻き白いブーツをはいて、白い布で覆われた白いバスケットを持っていた。持つ物身につける物全てが真っ白だった。
雪の中にいるからそう思ってしまったのかと思うほど、少女はほとんど雪の中に溶けこんでいた。
顔も白磁のように白くまるで血が通っていないかのよう。
少女は視線を感じたのかラトラの方をむいた。
少女の瞳は氷のような青色であり髪は銀だった。
まだ十歳くらいであろうがその瞳には年相応でない輝きがともっておりひどく惹かれた。
ラトラは白く息をはくと、しばらくなんと言ったらよいか迷って、
「こんにちは」
と言った。
返事はない。
雪はまだまだ降り続けていて、距離も少しあるし聞こえなかったかとブーツを持ち上げ歩を進める。
小さなラトラは年上の少女を見上げてもう一度挨拶した。
「こんにちは。こんな日に、どうしたんですか。」
ふしぎな事に、少女が口をひらいても吐息は白くはならなかった。
「新芽の瞳と、小麦の髪を持つ少年よ」
目が合って、ラトラは自分の事を言われているんだなとやっと気付く。
たしかにラトラは新芽のように明るい緑の瞳を持つし、髪は小麦の美しさをたたえるような黄金をしている。
「そして肌は林檎のよう」
少女は続けるがその表情はずっと変わらない無表情だった。ますます少女の年には似合わないものだ。
「帰りなさい。その色が失われないうちに。この雪は体温を奪います。」
その声が少しいたわるようなものに変わったかと思うと、少女は身を翻していた。
ラトラはもっと少女と話がしたくて追いかける。
「待って……!」
雪が足をとる中距離を狭めた時に、少女は何か落とした。
「……?何か落としたよ。」
ラトラが拾って少女に渡そうと手をのばした。
「触るな!」
少女が声を荒げた。
びっくりして手をとめ少女を見上げると表情は変わらないもの眉が少しだけ顰められていた。少女の様子にラトラは、そんなに大変な物なのかと下を向く。
それは、どこか青く透き通った、いや、白い結晶に包まれたような、バラの花束だった。まるで氷で出来た花束のよう。あまりに綺麗なので触れたら溶けてしまうのではないかと思うほど。
「きれい……」
「そう思うなら余計に触れない方がいい。その花束はその身も氷らせる」
触れると氷ってしまうとでも言うのか。つい、いたずら心かラトラは花束に触れてしまう。
息をのんだ少女だったが、ラトラはその花束に触れても大丈夫だとわかるとそっと持ち上げた。
「はい。」
にっこりと笑って少女に手渡すと、少女はやや困惑顔で受けとった。
「ふしぎな少年だ……この花束は人間が触れられるはずのない物。無事でいられるはずがないのだから…」
どこかあきれた声音でラトラを眺め見るのでラトラはなんだかくすぐったいような困ったような気持ちになった。
「それでも今日の事は忘れる事だ。奇跡は二度もないだろう。」
さよならも言わずに去ろうとする少女にラトラは思わず声をかける。
「待って!まだ行かないで!君の名前教えてよ!どこに住んでるのとか…」
いくつもの質問のどれにも答えずにゆっくりふり返って少女は言った。
「私の名前を知ったらお前はもう普通じゃいられなくなるだろう。人に見えない物が見えるようになる。だからやめておきなさい。」
諭すように。
少女が歩いた距離分、心も遠ざかったように感じてラトラは胸がきゅっと苦しくなった。
「やだ。」
林檎色の頬をぷくっとふくらませ、一歩も譲らないように少女を睨んだ。
困った母親のように立ちつくす少女は、ふうと白くならない息をはいた。
「これをあげましょう。」
寄ってきて氷の花束をよこすと、ふっと目を細めた。
「いいですか、今日の事は、忘れなさい。」
なんだかその声を聞くとすっかり忘れてしまいそうになる。
ラトラは頭をふり、
「この花束の花びらが全部、落ちてしまったら、また会える?」
少女は真っ直ぐな銀の髪を下げて、繰り返す。
「いいえ。忘れなさい。お前のためです。」
「やだったらやだ。忘れないし花びらも落ちるしいつか名前も聞く!」
「………」
少女は顔を上げて悲しそうに、困ったように笑った。
「ふしぎな少年……。お前のその新芽が色褪せず、小麦も枯れさえしなければ――あるいは。」
それきり少女は俯くと、びゅうと大きく吹いた風に目を瞑ったラトラが次に目を開けた時には少女はもういなかった。
手の中に残った氷の花束だけが、少女がいた事を証明する唯一の物となった。


家に戻ったラトラは心配した母親にこっぴどく叱られ、無事でよかったと抱きしめられた。
それから森の近くで出会った白い少女の事は何も言わずにさっと窓際に駆け寄った。
青いリボンで包まれた花束を、窓辺に飾ろうとして花瓶のかわりになる物が家にはない事に気付いた。
「うちに花を飾る入れ物ってある?」
「花瓶かい?あいにくないねぇそんな物は」
ラトラはしょげかえって何かかわりになる物はないかと探しまわった。
古い竹ぼうきを見つけて、母親に頼んで切ってもらい花瓶のかわりにした。
綺麗な花に竹ぼうきの花瓶は不格好だったが、青いリボンを巻くと幾分ましになった。
まだ小さな少年に水を入れる考えはなかったが、青白い結晶の花は萎れる様子も見せずに花瓶の中にいた。
それから次の日に帰って来た父親のお土産の中に、白い布にくるまったキャンディがあった。ころころした色とりどりのキャンディには目もくれず、ラトラは白い布を竹ぼうきの花瓶に巻いた。
青いリボンはその上に巻き直した。
するとすっかり綺麗な花瓶ができた。
その日からずっと、花びらが全部落ちてしまう日を待った。
少女はラトラに会えるとは言わなかったが、あるいは――と言った。あるいは――会える、と。
綺麗な花だが、枯れるのを待つなんて不謹慎すぎると思いつつもその日を待った。



花束を窓辺に飾った日から、ラトラは他の人には見えない物が見えるようになった。いや、ただそう感じていただけかもしれぬ。それも冬にだけそういう事が起こった。
いつもの雪が降る音が囁くように聞こえたり、雪の中転んだ時に周りに誰もいないはずがクスクス笑い声が聞こえたり。
見かけない子がいると思って友達に誰か知らない子がいるよと言うとそんな子はいないと返されて、見るといなかったり。
年齢が上がるにつれ、回数は減ったが雪の降る日がわかるようになったり冷え込むのがわかるようになったりした。


何度も何度も冬を越え、花びらが一枚一枚枯れ落ちてゆくのをラトラは見守っていた。
白い少女の事は、ずっと忘れなかった。
忘れられなかった。
いつもあの雪の結晶のような花たちが教えてくれたし、そして何よりあの少女の透き通る青い瞳にもう一度会うのだと何度も思い返していたからだ。
ラトラはもう、すっかり働く年になっても家を出ないで実家から働きに出ていた。
ラトラは木こりをした。森の近くにいれば、あの白い少女にまた会える気がしていた。
冬になれば、仕事はできないが暇さえあればあの場所へと出掛けて行った。
あいにくその日も少女には会えなかったが、家に帰ると日課になった窓辺の花瓶を見た。
花は、花びらをすっかり失っていた。昨日まではあと一枚だったのだから当然後にはもう花弁に残る花びらはない。
驚きのあまりラトラは着の身着のまま、脱いだ上着も持たずに家を飛び出した。


森の近くへ走ると冬の寒い中では当然だろう、誰の姿もなかった。
ラトラは白い息をいくつもはくと、呼吸を整えようと深呼吸する。頬は紅潮して林檎のようだった。
空を見なくとも、もうしばらくすると雪が降る事はラトラにはわかっていたので、そのままその場に立っていた。
びゅうびゅうと風が吹く。
寒さに身震いするが、いつからかラトラは寒さには強くなっていた。人よりも冬の寒さを感じなくなっていたのだ。それはいつからかというとやはり少女に出会ってからだった。
そしてふしぎな事や寒さ以外にも少女に出会ってから変わった事はあった。
ふんわりと柔らかく透明な何かに包まれる感覚。あたたかく見つめられているようにも思えて、ラトラは白い少女は今もどこかにいるのだと実感する事ができた。
それが、今もする。
気付くともう雪が降っている。
あの子が来る、と思った。
雪でむこうが見えないくらいに景色がかすみ始めた頃。
困ったような、あきらめたような、少女の声がした。
「忘れなさいと、言ったのに」
あたりに少女の姿を探し首を回していると、ふっと正面に白い少女が現れた。
相変わらず少女は白い服で全身が包まれている。
銀の髪も真っ直ぐのままで、あの綺麗な青い瞳も変わらない。
「一日だって忘れた事はないよ」
ラトラは少女にほほ笑んだ。
やはり少女は困ったように笑った。
「どう、新芽は枯れたりしなかっただろう?」
「小麦が枯れないと言ったのだ」
少女よりも高い目線になり余裕もできたラトラは、あげ足取りにも負けなかった。
「小麦が枯れるって、髪の毛全部なくなっちゃうって事?」
「お前が全てを忘れなかったら、という意味だ…」
あきれて少女は額に手をつく。白い革の手袋が目に入る。少女の顔は相変わらず白く、手袋をしていなくともその手は手袋と見紛うほどに白いのだろうと思った。
その手袋に包まれた手を取って、ラトラは真剣な顔で言った。
「出会った時から好きでした。結婚して下さい。」
驚きに目を見開いた少女は頬をさっと赤らめた。
彼女の白磁の肌に珍しい事が起きたのでラトラは更に身を寄せる。
一歩後ずさり、少女は俯く。
「………わ、私は雪の女王になったばかり。人間とは同じ時を生きられません……。」
言われてみれば、少女はあの日からラトラの半分も年をとっていないような姿でいる。
「……大丈夫、きっと…僕ももう人間からははみ出しているから」
ラトラは今も昔も自分の周りで起こっている事を話した。
「………花束のせい…?…私の…」
「きっと僕が君に見合うようになりたいと、願ったからだよ」
「……あなたは……」
そう言いよどむと、少女は再び俯いた。
「………あなたは?」
決心したように、少女は正面のラトラをむいて言った。
「あなたは……それでも…私と結婚したいのですか?私と生きるには今のあなたの家を捨てなければなりません。」
「構わない。」
真摯な瞳に、あの日と変わらない新芽の、新緑の、若い緑の輝きを見つけた少女は、思わず泣きそうに顔をゆがめた。
そんな顔をされてはラトラの胸はしめつけられてしまい思わず彼女を抱きしめた。
「君と行きます。君となら、どこまでも。」
小さな少女の体を抱きしめ、ラトラはたしかにぬくもりを感じた。
少女は小さく「ありがとう」と言った。
それからラトラは少女に名をたずねると、少女はリロスと名のった。
そうしてラトラとリロスは、雪の女王が住まう世界へ旅立った。
二人は悠久に近い年月を、共に暮らし、二人は同じ時間を生きて共に死んだという。

【完】


この作品に、友人が挿絵を描いてくれました。
しかも、面白…いや…ありがたい事に、小説本編公開するよりも先に挿絵をアップしてくれました。
ネット公開前に小説を友人に見せていたので、どうせなら小説と絵をほぼ同時期に投稿しよっかっ♪って言ったにも関わらずすれ違いが生じました(笑)
そんな友人の先ばしり…いや先行ぶりが面白…いやその…頼もしいので…よかったら「秘密基地」の「新イラストコーナー」でM山の挿絵も見てみて下さい。私も大好きな絵ですので!
先にM山の挿絵を見てくださった方は小説本編公開が遅れてすみませんでした。
最後にM山、ありがとう!













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